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2024/05/17 02:26 |
消えない足跡 0/カロリーナ(千夜)
PC:カロリーナ
NPC:フォガス
場所:カルマーン

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 時間を浪費する罪悪感がいつも目の端にいて、煩わしい。
 パティオでだらだらとお茶を飲みながら思う。
 あの生活も、悪くはなかった。日が昇る前に起きて水を汲み、日が暮れるま
で戦闘訓練。時々は遠征に参加して死と隣り合わせに戦う。そしていつかは命
を落とす。それは日常であって、日常である限り苦痛はなかった。厳しく、優
しい両親。命を預けられる仲間。スリヴァン家の長女として慕ってくれる町の
人々。そしてアレク。私は、恐らく幸せだった。日常が、非日常に変わってし
まう瞬間まで。
 家を飛び出した途端に、私は途方に暮れてしまった。ある人物を探し出すつ
もりだったのだが、幼い頃から戦う術しか教わらなかった私には、名前さえ知
らない人物を一体どう探せばよいのかまるで分からなかった。やがて持ち出し
たお金も尽き、一時は本当にこのまま行き倒れてしまうかと思ったが、冒険者
ギルドに登録することで何とか日銭を稼いでいる。
 だが、未だに途方に暮れていることには変わりはない。探す人は、その手が
かりすら見つからない。
「お待たせしました。クランベリーチーズケーキです。それと、この干菓子は
サービスです。ごゆっくり、カロリーナさん」
 私は顔なじみのウェイトレスに礼を言って、フォークを手に取った。濃厚な
チーズと、爽やかなクランベリーの風味が口の中に広がる。
 お茶を一口啜って、このままずっと途方に暮れているのも悪くはないかな、
と思い始めている自分を自覚した。

 日が暮れ始めて、カフェがバーに姿を変える頃になって、ようやくカロリー
ナは腰を上げた。
 熟れる前の青白い月が、所在無げに空に佇んでいる。
 熱気の引きはじめたカルマーンの町はどこか現実感を失っていて、カロリー
ナは少し不安を感じた。足早に、歩く。
 たどり着いた先は冒険者ギルドと提携している宿屋であった。
「こんばんは、フォガスさん」
「ああ、カロリーナちゃん。いらっしゃい」
 マスターへの挨拶もそこそこに、依頼の張り紙が掲示されている一角へ進
む。
 カロリーナはしばらく張り紙を眺めていたが、やがてその中の一枚に目を留
めた。
「フォガスさん、これなんだけど・・・」
「ああ、そいつは今朝来たばかりのヤツだ。条件はそこそこいいんだが、ほ
ら、ちょっと遠いだろ? 護衛した後、帰って来るのが一苦労だ」
「でも、帰って来ないのなら問題ないわ」
 宿屋のマスターは少し目を大きくしてカロリーナを見た。
「そうか、そうだな、確かに。馬車に乗れて、しかも金までもらえる。最高の
移動手段だ」
 言いながらも、マスターの声には寂しさの響きが含まれていた。
「正直、オレはカロリーナちゃんはここに根を張るものだとばかり思っていた
んだが。カルマーンは良い町だろ? 36年住んできたオレが言うんだ。間違い
ない」
「ええ、私もそう思うけれど、でも、前に話したでしょう? 探している人が
いるの」
「じゃあ、何か手がかりが?」
 首を横に振るカロリーナ。
「案外、この町にいるかも知れないぜ? 灯台元暗しってな」
「でも、行かないと。そうしなければ私は、ここに住み着いて静かに暮らした
いと思ってしまう」
「もう、思ってるんだろう? そうしたらどうだ。名前も分からない赤の他人
を闇雲に探すより、ずっといい」
 また、首を横に振るカロリーナ。
「故郷に住む大切な人たちを、私は裏切れない」
 カロリーナはいつもの淡々とした表情。マスターはそれは数刻見つめていた
が、無言でカウンターに引き返すと、詳しい連絡先が書かれた紙を取り出して
カロリーナに渡した。
「ありがとう、フォガスさん。本当にお世話になったわ」
「いや、悪かった、引き止めるようなことを言って」
「いいの、うれしかった」
 そうして、その日の夜は更けていった。
 それは一つの別れであったが、同時に物語の始まりでもあった。
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2007/02/12 21:15 | Comments(0) | TrackBack() | 消えない足跡

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