キャスト:ヴィルフリード・ディアン・フレア・リタルード
NPC:なし
場所:宿屋
―――――――――――――――
ヴィルフリードは、酒瓶を持って、宿屋への帰路へついていた。
仕事直後なのに、宿屋の安酒だけで済まそうという気にはなれず、食後、外に
繰り出していた。
暗い夜道を歩きながら、ヴィルフリードは今日出会った二人について考えてい
た。
不思議なことに、フレアよりリタと多く話していたというのに、フレアの性格
の方が掴みやすい、と感じていた。
リタは、一言で表せば「不思議」であった。掴み所のない言動。ふわふわと
漂った雰囲気。女性であるのに、なぜかそう感じさせない所作(実際女性でない
のだからしょうがないのだが・・・)。
あの手合いは、考えても埒が明かない。ヴィルフリードはリタについての思考
を放棄していた。
あれは考えながら対応するよりは、その場の雰囲気で掛け合いを楽しむが一番
であろう。
そんなリタの性格が掴みにくい、という対比もあるのだろうが、フレアはきっ
と、根っから素直なんだろう。
そう、一言で表せば。
不器用な子だ。
ヴィルフリードは、フレアをそう評していた。
甘えてしまえばいいのに。
騙してしまえばいいのに。
頼ってしまえばいいのに。
逃げてしまえばいいのに。
自分が今まで平然とやってきたことを、彼女はしない。
それは、とても潔癖なことなのだろう。
だが。
正面から一人で立ち向かおうとするなんて、バカのすることだ。不器用にも程
がある。
そんな身を削るような生き方で長生きできるとは思えない。
そして今更のように気づいて、ヴィルフリードは息を吐き出すように笑う。
彼女は、不器用な上、クソ真面目なんだ。
だが、あのタイプは一度頼れる人ができると強くなる。
何もかもが自分とは正反対のタイプだ。
こうなると、心配というよりも、嫉妬が大きい。
なのに同時に、ずっとそうであって欲しいという願望を託してしまう気持ちも
ある。
両方とも、「なりえなかったもの」に対する感情だ。
どちらにしても醜く、相手には迷惑なものだ。
だから、それらを、静かに、静かに心の奥に沈める。
沈めて、彼女の好きにさせるのいい。
それが一番だ。
それを沈め終わろうとした頃、丁度宿屋の前についた。
カウンターでカギを受け取り、部屋に向かおうと、階段を上ったところで声が
した。
「あ」
フレアだ。
「よぉ。
どうしたんだ?」
「ちょっと、下に降りて軽いアルコールのものを飲もうと思って……」
「奇遇だな。
俺はコイツを調達してきたところなんだ」
ヴィルフリードは手に持った酒瓶を上げ、振ってみせた。
「なんなら一緒に飲むか? 下の食堂は閉まっていたから……どっちかの部屋に
なるが。
軽いものなら、部屋に貰いモンがある。甘いやつで、飲めないから売ろうと
思ってたやつだ」
「いや……それは悪い」
その時、先ほど沈めたはずの感情が、遊び心を伴って、一つの小さな泡ように
浮上した。
「ま、若い子がオッサンと飲んでも楽しかないわなぁ」
カラカラと笑いながらその台詞を言う。
この台詞を言うと、素直で真面目な彼女のことだ。答えは予想される。
「いや、そんなことはない」
案の定、少し慌てたように、釈明するフレア。
「んじゃぁ、一人寂しく飲むこのオッサンにちょいと付き合ってくれんかね?」
「……だが……」
「ん? ……あぁ。そうか」
渋るフレアの様子に、ヴィルフリードはようやく気がついた。
「うら若き娘さんとこんな時間に二人きりってのは、問題あるってか。
いやぁ、最近はお嬢さんぐらいの娘には男扱いされなくてねぇー。『お父さん
と一緒の年だ』なぁんて言われるから、ま、逆に嬉しいんだがね。
んじゃぁ、おやすみな」
そう言って背を向けようとしたとき。
「ヴィルフリードは」
ヴィルフリードはそのかけられた言葉に、少し驚いたように口を半開きにし、
顔だけをフレアに向けた。
フレアの顔を見ると、声をかけた自分自身に驚いた顔をしていた。が、すぐ
に、笑顔を作った。
やはり、誤魔化すのが下手な少女だ。
「ヴィルフリードは……何故、そんな風に出会いを楽しめるんだ?」
「……楽しまなきゃ損だろ?」
「でも……楽しんだら楽しんだ分だけ……」
フレアはそこで言葉を呑み込んだ。
「……あ? ……あぁ、そうか。
……あー……なんだろね?」
ヴィルフリードは軽く息をひとつ吐き、そしてひょうきんないつもの口調で話
し始めた。
「俺はさぁ。出会いに関して、そんな感覚が多分麻痺しかけてるんだ。慣れ、っ
てやつかね?
だから、別れに対して、アンタみたいに強い思い入れも、今は無い。
昔は辛かったよ、そりゃ。でもなぁ、昔の方が、出会いをもっと楽しめたん
だ。
俺、バカだったからよ。アンタみたいに別れのことなんて目の前に突き出され
るまで考えてなかったからよ。
だからこそ、あの頃みたいになれやしねぇかって、楽しもうとしているんだろ
うな。
ま、よくわからねぇけど」
ヴィルフリードの下に向けられた視線が、フレアにまっすぐに向けられる。
「その怖れる感覚は大事にした方がいい。それがあるからこそ、楽しめるんだ。
でもな、アンタも剣をしょってるんだ。わかるだろう? 戦ってもいない敵相
手に脅えてちゃぁ、勝てるモンも負けるんだ。
覚悟はしても、恐れちゃぁ、アカンよ。
なんにしろ、アンタは俺より出会いを楽しめる」
いつの間にかヴィルフリードは真顔になっていたが、今度は相好が崩れる。
「って、今、説教臭かったなァ。
あー、クソ。年はとりたかねぇや。
……ま。そーゆー訳で。また今度機会があったらオッチャンとの出会いも大事
にしてなァー。
んじゃ、おやすみぃーい」
そのまま、歩こうとしだしたとき。
「いや、待ってくれ。一緒に……飲もう。少しだけなら付き合おう。私の部屋で
よければ」
その小さな逆転劇に、ヴィルフリードは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口の両
端を吊り上げる。
「んじゃぁ、自分のグラスと酒を持ってくるよ。部屋で待っててくれ」
笑顔で軽く手を振る。フレアは少し微笑みながら小さく手を振り返した。
部屋に戻ったヴィルフリードは一人自己嫌悪に陥っていた。
あのみっともなさといったらなんなんだ。
親父臭く説教しやがって、挙句の果てに……沈めたはずの「願望による託し」
までしやがった。
兎に角も。
仕切りなおしだ。
酒でも飲んで忘れよう。
そう思ったとき、隣の部屋のドアの音が聞こえた。
隣人は、リタである。
恐らく、共用トイレにでも行くのだろう、とヴィルフリードは、さして気にも
しなかった。
フレアの部屋の前に立ち、ノックをする。
しばらくするとフレアがドアから顔を出した。
「入ってくれ」
そう言われて入ろうとした時、背後で文字で表現し難い奇妙で短い言葉―――
あえて文字で表現するならば「ゴァっ!」だろうか―――が聞こえた。
振り返ると、そこには白ずくめの戦士が驚いたようにこちらを見ていた……。
NPC:なし
場所:宿屋
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ヴィルフリードは、酒瓶を持って、宿屋への帰路へついていた。
仕事直後なのに、宿屋の安酒だけで済まそうという気にはなれず、食後、外に
繰り出していた。
暗い夜道を歩きながら、ヴィルフリードは今日出会った二人について考えてい
た。
不思議なことに、フレアよりリタと多く話していたというのに、フレアの性格
の方が掴みやすい、と感じていた。
リタは、一言で表せば「不思議」であった。掴み所のない言動。ふわふわと
漂った雰囲気。女性であるのに、なぜかそう感じさせない所作(実際女性でない
のだからしょうがないのだが・・・)。
あの手合いは、考えても埒が明かない。ヴィルフリードはリタについての思考
を放棄していた。
あれは考えながら対応するよりは、その場の雰囲気で掛け合いを楽しむが一番
であろう。
そんなリタの性格が掴みにくい、という対比もあるのだろうが、フレアはきっ
と、根っから素直なんだろう。
そう、一言で表せば。
不器用な子だ。
ヴィルフリードは、フレアをそう評していた。
甘えてしまえばいいのに。
騙してしまえばいいのに。
頼ってしまえばいいのに。
逃げてしまえばいいのに。
自分が今まで平然とやってきたことを、彼女はしない。
それは、とても潔癖なことなのだろう。
だが。
正面から一人で立ち向かおうとするなんて、バカのすることだ。不器用にも程
がある。
そんな身を削るような生き方で長生きできるとは思えない。
そして今更のように気づいて、ヴィルフリードは息を吐き出すように笑う。
彼女は、不器用な上、クソ真面目なんだ。
だが、あのタイプは一度頼れる人ができると強くなる。
何もかもが自分とは正反対のタイプだ。
こうなると、心配というよりも、嫉妬が大きい。
なのに同時に、ずっとそうであって欲しいという願望を託してしまう気持ちも
ある。
両方とも、「なりえなかったもの」に対する感情だ。
どちらにしても醜く、相手には迷惑なものだ。
だから、それらを、静かに、静かに心の奥に沈める。
沈めて、彼女の好きにさせるのいい。
それが一番だ。
それを沈め終わろうとした頃、丁度宿屋の前についた。
カウンターでカギを受け取り、部屋に向かおうと、階段を上ったところで声が
した。
「あ」
フレアだ。
「よぉ。
どうしたんだ?」
「ちょっと、下に降りて軽いアルコールのものを飲もうと思って……」
「奇遇だな。
俺はコイツを調達してきたところなんだ」
ヴィルフリードは手に持った酒瓶を上げ、振ってみせた。
「なんなら一緒に飲むか? 下の食堂は閉まっていたから……どっちかの部屋に
なるが。
軽いものなら、部屋に貰いモンがある。甘いやつで、飲めないから売ろうと
思ってたやつだ」
「いや……それは悪い」
その時、先ほど沈めたはずの感情が、遊び心を伴って、一つの小さな泡ように
浮上した。
「ま、若い子がオッサンと飲んでも楽しかないわなぁ」
カラカラと笑いながらその台詞を言う。
この台詞を言うと、素直で真面目な彼女のことだ。答えは予想される。
「いや、そんなことはない」
案の定、少し慌てたように、釈明するフレア。
「んじゃぁ、一人寂しく飲むこのオッサンにちょいと付き合ってくれんかね?」
「……だが……」
「ん? ……あぁ。そうか」
渋るフレアの様子に、ヴィルフリードはようやく気がついた。
「うら若き娘さんとこんな時間に二人きりってのは、問題あるってか。
いやぁ、最近はお嬢さんぐらいの娘には男扱いされなくてねぇー。『お父さん
と一緒の年だ』なぁんて言われるから、ま、逆に嬉しいんだがね。
んじゃぁ、おやすみな」
そう言って背を向けようとしたとき。
「ヴィルフリードは」
ヴィルフリードはそのかけられた言葉に、少し驚いたように口を半開きにし、
顔だけをフレアに向けた。
フレアの顔を見ると、声をかけた自分自身に驚いた顔をしていた。が、すぐ
に、笑顔を作った。
やはり、誤魔化すのが下手な少女だ。
「ヴィルフリードは……何故、そんな風に出会いを楽しめるんだ?」
「……楽しまなきゃ損だろ?」
「でも……楽しんだら楽しんだ分だけ……」
フレアはそこで言葉を呑み込んだ。
「……あ? ……あぁ、そうか。
……あー……なんだろね?」
ヴィルフリードは軽く息をひとつ吐き、そしてひょうきんないつもの口調で話
し始めた。
「俺はさぁ。出会いに関して、そんな感覚が多分麻痺しかけてるんだ。慣れ、っ
てやつかね?
だから、別れに対して、アンタみたいに強い思い入れも、今は無い。
昔は辛かったよ、そりゃ。でもなぁ、昔の方が、出会いをもっと楽しめたん
だ。
俺、バカだったからよ。アンタみたいに別れのことなんて目の前に突き出され
るまで考えてなかったからよ。
だからこそ、あの頃みたいになれやしねぇかって、楽しもうとしているんだろ
うな。
ま、よくわからねぇけど」
ヴィルフリードの下に向けられた視線が、フレアにまっすぐに向けられる。
「その怖れる感覚は大事にした方がいい。それがあるからこそ、楽しめるんだ。
でもな、アンタも剣をしょってるんだ。わかるだろう? 戦ってもいない敵相
手に脅えてちゃぁ、勝てるモンも負けるんだ。
覚悟はしても、恐れちゃぁ、アカンよ。
なんにしろ、アンタは俺より出会いを楽しめる」
いつの間にかヴィルフリードは真顔になっていたが、今度は相好が崩れる。
「って、今、説教臭かったなァ。
あー、クソ。年はとりたかねぇや。
……ま。そーゆー訳で。また今度機会があったらオッチャンとの出会いも大事
にしてなァー。
んじゃ、おやすみぃーい」
そのまま、歩こうとしだしたとき。
「いや、待ってくれ。一緒に……飲もう。少しだけなら付き合おう。私の部屋で
よければ」
その小さな逆転劇に、ヴィルフリードは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口の両
端を吊り上げる。
「んじゃぁ、自分のグラスと酒を持ってくるよ。部屋で待っててくれ」
笑顔で軽く手を振る。フレアは少し微笑みながら小さく手を振り返した。
部屋に戻ったヴィルフリードは一人自己嫌悪に陥っていた。
あのみっともなさといったらなんなんだ。
親父臭く説教しやがって、挙句の果てに……沈めたはずの「願望による託し」
までしやがった。
兎に角も。
仕切りなおしだ。
酒でも飲んで忘れよう。
そう思ったとき、隣の部屋のドアの音が聞こえた。
隣人は、リタである。
恐らく、共用トイレにでも行くのだろう、とヴィルフリードは、さして気にも
しなかった。
フレアの部屋の前に立ち、ノックをする。
しばらくするとフレアがドアから顔を出した。
「入ってくれ」
そう言われて入ろうとした時、背後で文字で表現し難い奇妙で短い言葉―――
あえて文字で表現するならば「ゴァっ!」だろうか―――が聞こえた。
振り返ると、そこには白ずくめの戦士が驚いたようにこちらを見ていた……。
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