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2024/11/01 10:21 |
銀の針と翳の意図 98/セラフィナ(マリムラ)
人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン -廃城
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 灯りを片手に、暗い廊下を駆け戻る。廊下に時折血溜まりがあり、全速力で走れな
いのがもどかしい。足下に注意しつつ慎重に走りながら、セラフィナは薄く下唇を噛
んだ。
 心の中で謝罪しながら死体を飛び越え、目指す部屋は間近。生々しい血の匂いは既
に頭を幾分麻痺させているようで、嫌悪感は感じるものの、嘔吐の兆候はあらわれな
い。
 部屋にあった灯りはまだ煌々としていて、入り口の外まで光の帯が延びている。そ
の帯に足を踏み入れ、セラフィナは目を疑った。

「居ない……!?」

 彼女たちが居ないのだ。居るはずの場所に。
 ベアトリスを寝かせた付近にただならぬ血痕が見て取れる。側にはパトリシアの剣
が転がり、細い血の痕が引きずるように入り口へ伸びている。
 血を流した本人が残せる痕跡ではない。おそらく滴らせるほどに血塗れた剣を引き
ずるように歩いた別の人間……領主の息子か。そこまで考えて吐き気がした。

 パトリシアはまだ麻痺が残っていたはずだ。無理すれば動けなくもなかったかもし
れないが、個人差があるとはいえ、完全な状態だったとは考えにくい。ベアトリスの
体格でこの出血量ならほぼ即死だろう。パトリシアであったとしても致命傷には変わ
りない。もし息があったとしても、早く出血を止めないと死は時間の問題だ。

「……ぁ!!」

 押し殺したような、悲痛な声が聞こえた。
 声は恐らく二階からだろう、セラフィナが走り出す。
 声は女性の声だった。ベアトリスだろうか?
 もしそうでなかったとしても、声がするということは生存者がいるということ。
 未だ助けられる命があるなら助けたい。
 セラフィナは切に願った。



 どうにか二階への階段を見つけ、人の気配を探して走るものの、声はもう聞こえな
い。
 諦めそうになる度に自分を励ましながら、セラフィナは耳を澄ます。

「……」

 誰か、いる。そう思った。
 ライから受け取った灯りを部屋の隅へと向ける。
 そこでうずくまっていたのは。

「……なんで戻ってきたのよ!」

 ナイフを構え、服の乱れた血塗れのベアトリスの姿だった。

「怪我は!?」

 セラフィナが駆け寄ろうとすると、ベアトリスが何かを庇うようにナイフを突き出
す。
 丁度影になる位置から覗くのは、パトリシアの服の裾のように見えた。

「治療はしたんですか!? 急がないと命が……」
「分かってるわよ!
 でも、二人で転移する魔法なんて初めてで、治療魔法も上手くいかなくて……」
「退いて下さい、わたしがやります」
「パティーが悪いのよ、私、助けてなんて云ってないのに!」
「……退きなさい!」

 セラフィナの剣幕にベアトリスが怯む。
 セラフィナはベアトリスを軽く押しのけると、背中に大きな刀傷のあるパトリシア
に無言で手を翳した。

「知らないわよ、あんたなんか、あんたなんか、いつだって刺せるんだからっ!」
「…………」
「……何か言ったらどうなのよ!?」

 セラフィナにだって、そのくらいのことは解っていた。しかし、瀕死の重症患者を
前に、背を向ける事なんて出来はしない。

「いつでも刺せるのなら、今じゃなくてもいいでしょう。
 出来ればその前に、どういう経緯で怪我をしたのか、教えてくれませんか」

 静かに問うセラフィナに、ベアトリスは動揺した。

「……気が付いたら目の前に……イヤだって言ったのに…………」

 自らの肩を抱くようにベアトリスが震える。ベアトリスは多くを語らなかったが、
セラフィナは嫌悪感に思わず眉をひそめた。……あの男、か。
 ベアトリスが口を閉ざした以上、勝手な想像でしかないのだが、「ベアトリスに迫
る中年男」が容易に浮かぶのだ。麻痺の残る身体にも関わらず、ベアトリスを庇うた
めにパトリシアが飛び出したとしたら、あの男は容赦なく邪魔者を斬るだろう。
 セラフィナは、胸が痛んだ。
 パトリシアの自由を奪ったのは、他でもない、自分だからだ。しかも他に手段が思
いつかなかったからとはいえ、気絶していたあの男と一緒に部屋に置き去りにしたの
だから。

 手当の効果はあったのだろうか。パトリシアの呼吸は、弱々しいながらも安定して
きたように見える。ゆっくりと一つ深呼吸をすると、セラフィナはベアトリスに向き
直った。

「私に出来ることはこのくらいです。側にいてあげて下さい」

 心配そうに覗き込んでいたベアトリスは、慌ててナイフを構え直すと、セラフィナ
を睨み付けた。

「あなたに指図は受けないわ。
 ……でも、そうね。このまま死なれると後味が悪いから死なせてあげない。
 殺してもいいのは私だけなんだから」

 言い訳をしながらも、パトリシアを死なせないとベアトリスは言い切った。だか
ら、きっともう大丈夫だろうとセラフィナは思う。今は疲労で魔法が上手く使えなく
ても、ベアトリスはパトリシアをちゃんと治療してくれるだろう。憎しみの中にもち
ゃんと愛情が混在していて、複雑な家族環境が伺える……余所から見れば、何処も同
じなのかもしれないが。

「ティリー、私もう行くね」
「……自分だけ何事もなく帰れると思ってるの!?」
「御免なさい。でも、私は無事に帰らなきゃ……」

 言いながらセラフィナは立ち上がる。ベアトリスがナイフを投げつけるが、セラフ
ィナは余裕で避け、悲しげに笑った。ナイフが乾いた音を立て、虚しく転がる。

「あなたの腕では当たらないわ……。
 それにね、助けに来てくれた人のためにも、私は自分を大切にしなきゃならない
の」

 ベアトリスは弱々しく膝から崩れた。身も心も疲れ切ってしまったのだろうか。そ
れとも、安心して気が抜けたのだろうか? 口元に微かに笑みが浮かぶ。

「次は、絶対に外さないんだから。
 次に遭うときには、殺してやるんだから……!!」

 セラフィナはベアトリスの言葉を背中で聞きながら、その場を後にした。
 急ごう、ライさんが待っている。



 階段を駆け下りると、廊下にちらちらと灯りが見えた。こちらに向かって走ってき
ているのか。警戒で一旦灯りを隠し、足を止めて様子を窺う。

「……ィナさーん!」
「ライさん!?」

 あわてて向こうに見えるようにと灯りを揺らし、こちらからも駆け寄る。
 息も切らさず走ってきたのは、やはりライの姿だった。幾分輪郭がハッキリ見える
のは気のせいだろうか。

「無事なの!?」

 心配そうに尋ねられて、セラフィナは曖昧な笑顔を向けた。

「ティリーに怪我はありませんでした。疲れているようでしたが、大丈夫です」

「そう……よかった」

 二人は出口に向かって並んで歩き出す。

「……って、そうじゃなくて。遅かったからセラフィナさんの心配してたんだよ」

「ふふ、心配かけてご免なさい」

「いきなり走って行っちゃうしさー」

 血の匂いと暗い廊下に場違いなほど和やかな空気が流れる。
 終わったのか。セラフィナは深呼吸しようとして、思わず血の匂いにむせた。

「行こう、セラフィナさん」

「はい」

 廊下を走り抜け、出口へと急ぐ。外からの光が凄く懐かしいものに見えた。

 刀傷もないまま生気無く倒れた男達が気にならなかったとは言わない。一目で死ん
でいると解る……しかしどこかで、気絶しているだけだと思いたかったのは本当だ。
 セラフィナは小さく頭を下げて走り抜けた。口を開くとライを責めてしまいそう
で、口の端を強く引き結ぶ。

 帰ろう。何処へ?
 すぐにでも古城を後にするのだ。
 町からも離れよう。なるべく早く。
 当面の目的地は知られているだろう。残念だがコールベルまでは行けそうにない。

 外に止まっていた馬車は三台。最後に駆けつけた援軍の乗って馬車から馬を一頭外
す。
 一番丈夫そうで、おとなしそうな馬を選んだ。町を抜けるまでの足になって貰お
う。

「乗って下さい、この馬車では目立ちすぎますから、馬で町を抜けましょう」

「えーと、大丈夫かな?」

「掴まって下さい、手綱は私が持ちます」

 一頭の馬が町を駆け抜けた。
 気にとめるものはいなかった。
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2006/11/30 23:53 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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