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2025/03/10 06:15 |
銀の針と翳の意図 96/セラフィナ(マリムラ)
人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン -廃城
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 セラフィナは、崩れ落ちるベアトリスを支えようと思わず飛び出す。ライも、パト
リシアもそれを止めようとはしない。一度膝を突いた後、スローモーションのような
緩慢さで前に倒れ込んでくるベアトリスを辛うじて抱き留めるセラフィナ。顔に安堵
の色が浮かぶ。

「殺されかけたばかりだというのに、お嬢さんは優しいネ」

 パトリシアが皮肉混じりに笑う。セラフィナは出来るだけ衝撃を受けないようにベ
アトリスを床に寝かせ、パトリシアを見上げながら自嘲気味に顔を歪めた。

「今治療することは出来ない……分かっているつもりでも、体は動くんですよ」

 セラフィナは、一度ベアトリスに視線を落として、彼女の乱れた髪をそっと撫で、
そしてゆっくりと立ち上がる。ライを手の僅かな動きで制し、パトリシアに向き合お
うと背筋をピンと伸ばしてみせる。

「貴方がここにいるのは偶然ではないのでしょう?
 ……ご用件をお伺いします」

 辺りに立ちこめるのは生々しい血の匂い。見える範囲にも転がり、見えないところ
まで併せればきっと山が出来るだろうというおびただしい骸の数。立っている三人以
外に動く者はなく、ねっとりとした静寂がその場を埋め尽くす。

「キミが気に入ったからネ、殺したくなかっただけだヨ」

 パトリシアは肩を竦めておどけてみせた。

「キミを守ってあげる……ネェ、ボクの人形になろうヨ」

 セラフィナが身を固くする。パトリシアが一歩近づいてセラフィナに触れようとし
たとき、動いたのはセラフィナではなくライの方だった。

「……彼女に触るな」

「ボロボロの死に損ないに何が出来るっていうんだい?」

 ライはセラフィナの右前方に立ち、右手に持つ剣をパトリシアとセラフィナの間に
割り込ませたのだ。身体の半分はセラフィナ側を向いているのに、顔は真っ直ぐパト
リシアへと向けているライ。パトリシアとの間に火花が散る。

「そんな身体で何が出来る?
 オマエはお姫様を守る騎士でもなければ、ヒトですらないんだヨ?」

 パトリシアが剣を抜く。

「相手になってもオマエの勝てる見込みなんて万が一にもないけどネ!」
「……やめて!」

 パトリシアの言葉を遮るように、セラフィナが悲痛な声をあげた。

「やめてください……どうして」

「最初から気に入らない、理由なんてそれで充分ダロ?」

「気が合うなぁ、僕も最初から気に入らなかったんだ……セラフィナさん、下がって
て」

 ライがパトリシアに向き直る。が。

「駄目、です……」

 ライの左腕にセラフィナがしがみつく。
 ライが振り返り、見上げるセラフィナと目があったとき、彼女の頬を何かが伝っ
た。

(……え!?)

 今の動揺はライのものであったかセラフィナのものであったか。
 何故止まらないのか分からない涙に、セラフィナは思わず顔を伏せた。

「セラフィナ……さん?」

 困ったようなライの声。ライがこちらを向こうとしたのか、それとも離れようとし
たのか分からない。ただ、一歩引こうとしたのでつい、離れないように抱きついてし
まった。
 とにかく涙は止まらない。働かない頭を何とか動かそうと試みる。

「……ないで」

「……ぇ?」

「死なないで、お願い……私が悲しむから、だから、あなたは生きていて……」

 一度死んだ人間に生きろとは。頭が働かないにも程がある。でも。
 それは紛れもない素直な感情で、他に言いようもなくて。
 きゅっと腕に力を込めると、微かに「めきゃ」という不自然な音がした。

「ごめ……なさ……」

 慌てて離れようとするセラフィナ。でも、ライは具現化させていた剣を消し、唯一
自由の利くその右手で、セラフィナの頭を自分の左肩に押しつけた。
 もしかしたら、涙を見たくなかったのかもしれない。

「うん……まだ消えないから、大丈夫だよ……」

 根拠なんて無い。でも、それでも心配させまいとライが言ってくれた事が嬉しかっ
た。
 セラフィナの涙は止まらない。

 随分と泣いたことなんて無かった。
 泣き方なんて、泣きやみ方なんて知らない。
 少し落ち着いてきたような気がしても、笑おうとするだけでまた、涙が出る。
 どうしていいか分からなくて、少しだけ加減をしながら、もう一度そっと抱きしめ
た。

「……もうイイかナァ?
 ボクをムシしてイチャイチャするのも、いいかげんにしてヨ」

 パトリシアがからかうように声を掛ける。
 そして急に表情を冷たくすると、こう言い放った。

「お嬢さん、ソイツを死なせたくなかったら、自分の足で、コッチに来れるよネ?」

 セラフィナはそれしかないんだろうと思っていた。だから、ライに回していた手を
離し、両手でライの身体を押す。ライは右手を離して、セラフィナを解放する。
 セラフィナはゆっくり身体を離して、ライを見上げた。

「ありがとう……ごめんなさい」

 セラフィナは泣きながら笑っていた。ライは動く右手だけでセラフィナの肩を掴む
と、吐き出すように悲痛な声をあげた。

「……謝るな!!
 何でセラフィナさんは笑うんだ! 無理して笑わなくてもいいんだよ!?」

 セラフィナは少し困ったような顔をしたが、それでも笑顔を浮かべ、肩を掴む手を
そっと外した。その革手袋の右手を両手で包み、小さくもう一度「ありがとう」と呟
く。
 頬が乾かないまま、セラフィナはパトリシアに向き直った。

「私を連れてきた人の懐から、取り上げられたものを返してもらっても良いですか」

「……コッチに来るカイ?」

「ええ」
「セラフィナさん!?」

「……いいんです」

 ライに一度顔を向けて、首をゆっくりと横に振る。ライが何も言えないまま、セラ
フィナはバーゼラルドを呼んだ男の遺体の脇に膝をついた。

「で、ソレは何かな?」

「治療用の針です。痛み止めとか、色々使えるんですよ」

「ふぅん、まあイイけどネ、……ああ、変な真似はしないことだヨ」

 セラフィナからライの方に視線を戻し、パトリシアが釘を打つ。
 セラフィナがゆっくりと自分の方へ歩いてくるのを確認して、満足げに笑った。

「毎日違う服を着せてあげよう、毎日綺麗に飾ってあげよう」

 パトリシアの芝居がかった言葉に、セラフィナは曖昧に笑う。

「そういうの、苦手なんです」

「すぐに気に入るヨ」

 パトリシアの目は優しい。何故だかよく分からないが、本当にセラフィナを気に入
ってくれているのだろう。

「あの……」
「さあ、おいで」
「……ごめんなさい」

 セラフィナが視線を逸らした。パトリシアが覗き込もうと身を屈める。そして。

「……っ!」

 パトリシアが崩れ落ちた。

「この針は……運動能力を奪うことも、出来るんですよ」

「セラフィナさん!」

 不意打ちだったためか、それとももう抵抗はないだろうと油断したのか。パトリシ
アは反応できなかった。ライがセラフィナの元に駆け寄る。

「行こう」

「……はい」

 返事をしたものの、なかなか足が動かないセラフィナの手を取って、ライは外に向
かって走り出した。
 まだ、外は見えない。
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2006/11/30 23:52 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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