人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン -廃城
------------------------------------------------------------------------
尋常ではない雰囲気を感じ取り、冒険者達は走り出していた。
襲撃には未だ早い。予定では、罠を仕掛けた上で帰り際の安心しているところを襲
う、そうなっていた筈だった。それなのに。
この血生臭さと悲鳴はあまりに異様だ。
「どうなってるんだよ、幽霊が暴走でもしたか?」
血の匂いに顔をしかめながら、男が呟く。
それでも足を止めないのは、やはり場慣れしているせいなのだろうか。
「そうかもね、敵も味方も関係ないみたいだし」
敵になるはずだった黒マントの死体を飛び越えながら、黒い僧衣の女は答える。
さっき、味方だった冒険者の遺体も見かけたばかりだ。太刀筋はおそらく同じ刃
物。
「お姫様は無事かな」
器用に血溜まりを避けると、バジルが問う。
リズは困ったように笑った。
「無事なうちに助け出すんだろ?」
二人は血の臭いの充満する石の廊下を、足音の響くことなどお構いなしに走り抜け
る。
◇ ◆ ◇
「セラフィナさん……さがってて」
「え?」
「危ないから」
ライがうわ言のように呟いた。セラフィナは部屋の入り口に向けた視線をライに戻
したが、彼はこちらを向くことはなく、何かに惹かれるように歩き出した。
よろりと一度ぐらつくが、まるで気にする様子もなく足音の方へ歩を進める。
「ライさん!?」
セラフィナが悲痛な声をあげるが、ライには届かない。
一瞬覗いた顔には、むしろ狂気を孕む楽しげな表情が浮かんでいる。
「ライ……さ……」
呼びかける声が途切れる。
彼であって彼でない、その違和感がセラフィナの思考を止める。
「ほら、見てよ。ライは私の為だけに戦ってくれるんだから」
ベアトリスは、真新しい剣を握るライの姿をウットリと見つめた。返り血で真紅を
通り越したどす黒い赤のシルエットに、唯一返り血を浴びていない抜き身の剣の光
沢。彼女の幼い顔が、勝ち誇ったように口角を上げる。
一方、パトリシアという名の男装の麗人は、セラフィナを守る気はあってもライを
守る気などないのだろう。脇に退いて、ライに道を譲った。
面白そうに傍観しながら。
ライはパトリシアのそんな行動に気付いた様子もなく、ゆっくり、だが確実に入り
口へ近づいていく。セラフィナからは未だ見ることが出来ないが、駆けてくる足音は
近い。
「何でこんな酷いこと……」
セラフィナはきつくブローチを握りしめると、ベアトリスをキッと睨み付けた。
「セラフィナさんも黙って見ててよ……殺すのはその後にしてあげる」
やっとセラフィナに視線を向け、嘲るような目でベアトリスが笑う。
それは酷く冷淡に見え、セラフィナは背筋に冷たいものを感じた。
ベアトリスの目を見据えて、生唾を飲み込む。
「ライさんを本当に好きなら、こんなことは出来ないはずでしょう?」
おそらくライは「支配」されたのだ。他でもないベアトリスに。
そしてソフィニアで出会った死霊使いよりも、もっと強い呪縛をかけた。
絶対服従の呪縛。
それは物質化に対しての制限のみならず、自由な意志をも奪うモノである。
セラフィナは怒りよりも悲しみが胸を占めていることに動揺した。
もっと彼女に怒りを感じ、憎んでもおかしくない状況にも関わらず、である。
半日前まで談笑していた彼女に、何故こんなコトが出来るのか。
この間にも、ライは入り口へと到達する。
「好きだからよ。セラフィナさんにも誰にも渡したくないもの」
何を言っているんだろう、この人。
ベアトリスの表情には純粋な疑問が浮かんでいた。
「……ねぇティリー、貴女が好きになったのは人形なの?
海で貴女を守ってくれた、優しい心を持った人じゃないの?」
セラフィナの静かに語りかける言葉に、ベアトリスは片方だけ、眉を動かす。
「甘いわ。あなた恋って知ってる?
全部手に入れなきゃイヤなの。自分を見てくれなきゃイヤなの。
側に自分以外の女が居るのが許せないの。その為には手段なんて選んでられない」
ベアトリスはライの後ろ姿を一瞥し、セラフィナに向き直った。
自分を正しいと信じている揺らぎのない目が、挑むようにセラフィナを射抜く。
「ただの通りすがりなら見逃してあげた。
成り行きで一緒に旅をしてても、別れてそれでおしまいなら我慢もできた。
でもなんなの? どうしてよ!
危険を承知で助けに来るなんて、そんなの許せない!」
嫉妬。
肌がピリピリと痛いくらいに露わになった強い激しい感情。
ベアトリスの目には涙が溜まっていた。
そして。
セラフィナの目に哀れみの光を見た気がしたのか、ベアトリスはそっと目を逸らし
た。
「やさしいやさしいセラフィナさん。
あなたとライみたいな関係って、もどかしくて叩き壊したくなるのよ。
恋愛感情抜きで一緒にいるなんておかしいとおもわない? 不自然でしょう?
いっそどっちかが激しい恋をして、自滅してくれれば良かったのにっ!」
最後の方は、吐き出すような叫び。
セラフィナは「でも……」と言おうとして、言葉を飲み込んだ。
彼女に共感するコトは出来ない。そんなに激しい恋を、セラフィナは知らないのだ
から。
ライが部屋を一歩出た辺りで歩みを止めた。
走って近づいてきた足音が止まり、誰かが何かを叫んだが、ライには届かない。
ライは答えのかわりに真新しい剣を翻し、無言で廊下へ切り込んでいく。
「邪魔が居なくなったら、今度こそセラフィナさんを殺してあげる」
ベアトリスが笑った。
◇ ◆ ◇
バジルとリズの目に、扉のない入り口が見えた。
事前情報からしても現状の血の痕からしても、ココが目的地に違いない。
「大人しくできないんだったら、捕まえておくんだったか?」
リズが面白いことを言った幽霊を思い出す。
彼の返答次第では、本当に拘束してしまおうかと思っていたが、元冒険者とはい
え、ああいう状況でああいう切り返しが出来る彼を、面白いと思ってしまったのだ。
部屋から漏れ出す明かりを目指して、足音が響く。
これだけ隠さずに走ってきたのだ。気付かれているのは承知の上だ。
「例の死霊使いが、あいつを取り込んだかな」
「だとしたら、この新鮮な死体どもがこっちのの邪魔をしてもおかしくないけどね。
……部屋の中で何が起こっているんだか」
部屋まであと少し。
走る速度を落としたときに、血塗れのライは姿を現した。
「って、オイ、何があった!?」
バジルがつい声を掛けるが、ライの耳には届かない。薄く笑って斬りかかる。
ライの後方で、場違いな少女と美形の男がこちらを傍観していたが、今はソレを気
にしている場合ではなさそうだ。反射的に剣を抜き、バジルが応戦した。剣がぶつか
った拍子に小さな火花が飛ぶ。
しかし、それなりに広いとはいえ通路での戦闘となると、全力で剣を振るうのは困
難となる。ライが突き出す剣を跳ね上げ、バジルは当て身を食らわせようと一歩踏み
込んだ。
「うわっ!」
バジルの体が硬直する。
体を近づけると同時に、ライがバジルの首へと右手を伸ばしたのだ。
ライは目を細め、バジルの眼前で笑った。それは獲物を手にした捕食者の笑み。
急激にバジルの体から「何か」が奪われてゆく……。
一瞬の出来事なのに、バジルには何分も何時間もに感じられた。迫り来る死の恐
怖。思い出が走馬燈のように駆けめぐる。幼い頃の友人や両親、仕事仲間などが次々
に入れ替わり、リズの番になったときにそのイメージは止まった。「考えなしで悪い
な」……浮かぶ言葉も伝えられそうにない。最後にリズを振り返ろうにも体が硬直し
て抵抗できない。本格的に死を覚悟したとき、視界が白に染まった。
リズが放った光が、ライの二の腕を薄く抉ったのだ。
ライから体を剥がされ、ようやく自由を取り戻したバジルは、なんとか後退しなが
ら剣を構え直した。力がうまく入らないが、どうやら自分は助かったらしい。
「考えなしに突っ込むな」
リズが後ろからバジルに声を掛ける。ライは腕の上がらなくなった左手を気にする
素振りすら見せず、右手で再び剣を振るった。
「次はもうちょっと早めに頼む」
後ろで新たな呪文を構築しているリズに一声掛けて、バジルは再びライに向かって
剣を突き出す。もうさっきの言葉を言うつもりは微塵もなかった。
◇ ◆ ◇
廊下で何かが始まった。ベアトリスはそちらへ注意を向ける。
セラフィナの位置からでは見ることが出来ないが、ベアトリスとパトリシアは、状
況を見渡せる位置にいるらしい。
「……ベティー、邪魔な死に損ないを下げてヨ」
パトリシアが廊下から視線を外さずに言った。声に緊迫感が感じられる。
「五月蠅いわね、パティーは黙ってて」
パトリシアを睨み付けてライに視線を戻す。
途端にベアトリスの表情が青ざめ、一瞬の躊躇の後、大きな声をあげた。
「ライ、戻って!」
よろけたライの頭上を光の帯が走る。
間一髪でそれを避けたライは、パトリシアと入れ替わるように室内に戻ってきた。
……満身創痍。
他にどんな言葉を使えばいいのだろう?
ライの服には無数の傷が入り、腕の数カ所からはくすんだ骨が露わになっている。
特に左の二の腕などは抉られ、繋がっているのが不思議なほどだ。
剣に血糊はついているが、致命傷を負わせたと言うほどの出血量ではなかったのだ
ろう。ということは苦戦していたのだろうか。
そして……彼の目にセラフィナは映っていない。
「魔剣持ちと司祭、ね。まるで私の情報が流れていたみたいじゃないの」
ベアトリスが悔しそうに舌打ちし、目の前で立ち止まったライの頬にそっと触れ
た。
「ライ、私が仇をとってあげる」
小さいが力強い詠唱がライの瞼を落とす。
いや、眠らせようというのではないのだろう。彼は酷くだるそうに倒れ込むと、ゆ
っくりとベアトリスを見上げた。
「今度こそ、大人しく待っててね」
コクリ、ライの頭が上下する。それを満足そうに見ると、ベアトリスは入り口に向
き直り、巨大な火球を宙に形作る。
「パティー、避けないと死ぬわよ」
そう言うとベアトリスは。
伏せて辛うじて避けれるか否かの火球を、入り口に向かって躊躇無く放った。
場所:港町ルクセン -廃城
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尋常ではない雰囲気を感じ取り、冒険者達は走り出していた。
襲撃には未だ早い。予定では、罠を仕掛けた上で帰り際の安心しているところを襲
う、そうなっていた筈だった。それなのに。
この血生臭さと悲鳴はあまりに異様だ。
「どうなってるんだよ、幽霊が暴走でもしたか?」
血の匂いに顔をしかめながら、男が呟く。
それでも足を止めないのは、やはり場慣れしているせいなのだろうか。
「そうかもね、敵も味方も関係ないみたいだし」
敵になるはずだった黒マントの死体を飛び越えながら、黒い僧衣の女は答える。
さっき、味方だった冒険者の遺体も見かけたばかりだ。太刀筋はおそらく同じ刃
物。
「お姫様は無事かな」
器用に血溜まりを避けると、バジルが問う。
リズは困ったように笑った。
「無事なうちに助け出すんだろ?」
二人は血の臭いの充満する石の廊下を、足音の響くことなどお構いなしに走り抜け
る。
◇ ◆ ◇
「セラフィナさん……さがってて」
「え?」
「危ないから」
ライがうわ言のように呟いた。セラフィナは部屋の入り口に向けた視線をライに戻
したが、彼はこちらを向くことはなく、何かに惹かれるように歩き出した。
よろりと一度ぐらつくが、まるで気にする様子もなく足音の方へ歩を進める。
「ライさん!?」
セラフィナが悲痛な声をあげるが、ライには届かない。
一瞬覗いた顔には、むしろ狂気を孕む楽しげな表情が浮かんでいる。
「ライ……さ……」
呼びかける声が途切れる。
彼であって彼でない、その違和感がセラフィナの思考を止める。
「ほら、見てよ。ライは私の為だけに戦ってくれるんだから」
ベアトリスは、真新しい剣を握るライの姿をウットリと見つめた。返り血で真紅を
通り越したどす黒い赤のシルエットに、唯一返り血を浴びていない抜き身の剣の光
沢。彼女の幼い顔が、勝ち誇ったように口角を上げる。
一方、パトリシアという名の男装の麗人は、セラフィナを守る気はあってもライを
守る気などないのだろう。脇に退いて、ライに道を譲った。
面白そうに傍観しながら。
ライはパトリシアのそんな行動に気付いた様子もなく、ゆっくり、だが確実に入り
口へ近づいていく。セラフィナからは未だ見ることが出来ないが、駆けてくる足音は
近い。
「何でこんな酷いこと……」
セラフィナはきつくブローチを握りしめると、ベアトリスをキッと睨み付けた。
「セラフィナさんも黙って見ててよ……殺すのはその後にしてあげる」
やっとセラフィナに視線を向け、嘲るような目でベアトリスが笑う。
それは酷く冷淡に見え、セラフィナは背筋に冷たいものを感じた。
ベアトリスの目を見据えて、生唾を飲み込む。
「ライさんを本当に好きなら、こんなことは出来ないはずでしょう?」
おそらくライは「支配」されたのだ。他でもないベアトリスに。
そしてソフィニアで出会った死霊使いよりも、もっと強い呪縛をかけた。
絶対服従の呪縛。
それは物質化に対しての制限のみならず、自由な意志をも奪うモノである。
セラフィナは怒りよりも悲しみが胸を占めていることに動揺した。
もっと彼女に怒りを感じ、憎んでもおかしくない状況にも関わらず、である。
半日前まで談笑していた彼女に、何故こんなコトが出来るのか。
この間にも、ライは入り口へと到達する。
「好きだからよ。セラフィナさんにも誰にも渡したくないもの」
何を言っているんだろう、この人。
ベアトリスの表情には純粋な疑問が浮かんでいた。
「……ねぇティリー、貴女が好きになったのは人形なの?
海で貴女を守ってくれた、優しい心を持った人じゃないの?」
セラフィナの静かに語りかける言葉に、ベアトリスは片方だけ、眉を動かす。
「甘いわ。あなた恋って知ってる?
全部手に入れなきゃイヤなの。自分を見てくれなきゃイヤなの。
側に自分以外の女が居るのが許せないの。その為には手段なんて選んでられない」
ベアトリスはライの後ろ姿を一瞥し、セラフィナに向き直った。
自分を正しいと信じている揺らぎのない目が、挑むようにセラフィナを射抜く。
「ただの通りすがりなら見逃してあげた。
成り行きで一緒に旅をしてても、別れてそれでおしまいなら我慢もできた。
でもなんなの? どうしてよ!
危険を承知で助けに来るなんて、そんなの許せない!」
嫉妬。
肌がピリピリと痛いくらいに露わになった強い激しい感情。
ベアトリスの目には涙が溜まっていた。
そして。
セラフィナの目に哀れみの光を見た気がしたのか、ベアトリスはそっと目を逸らし
た。
「やさしいやさしいセラフィナさん。
あなたとライみたいな関係って、もどかしくて叩き壊したくなるのよ。
恋愛感情抜きで一緒にいるなんておかしいとおもわない? 不自然でしょう?
いっそどっちかが激しい恋をして、自滅してくれれば良かったのにっ!」
最後の方は、吐き出すような叫び。
セラフィナは「でも……」と言おうとして、言葉を飲み込んだ。
彼女に共感するコトは出来ない。そんなに激しい恋を、セラフィナは知らないのだ
から。
ライが部屋を一歩出た辺りで歩みを止めた。
走って近づいてきた足音が止まり、誰かが何かを叫んだが、ライには届かない。
ライは答えのかわりに真新しい剣を翻し、無言で廊下へ切り込んでいく。
「邪魔が居なくなったら、今度こそセラフィナさんを殺してあげる」
ベアトリスが笑った。
◇ ◆ ◇
バジルとリズの目に、扉のない入り口が見えた。
事前情報からしても現状の血の痕からしても、ココが目的地に違いない。
「大人しくできないんだったら、捕まえておくんだったか?」
リズが面白いことを言った幽霊を思い出す。
彼の返答次第では、本当に拘束してしまおうかと思っていたが、元冒険者とはい
え、ああいう状況でああいう切り返しが出来る彼を、面白いと思ってしまったのだ。
部屋から漏れ出す明かりを目指して、足音が響く。
これだけ隠さずに走ってきたのだ。気付かれているのは承知の上だ。
「例の死霊使いが、あいつを取り込んだかな」
「だとしたら、この新鮮な死体どもがこっちのの邪魔をしてもおかしくないけどね。
……部屋の中で何が起こっているんだか」
部屋まであと少し。
走る速度を落としたときに、血塗れのライは姿を現した。
「って、オイ、何があった!?」
バジルがつい声を掛けるが、ライの耳には届かない。薄く笑って斬りかかる。
ライの後方で、場違いな少女と美形の男がこちらを傍観していたが、今はソレを気
にしている場合ではなさそうだ。反射的に剣を抜き、バジルが応戦した。剣がぶつか
った拍子に小さな火花が飛ぶ。
しかし、それなりに広いとはいえ通路での戦闘となると、全力で剣を振るうのは困
難となる。ライが突き出す剣を跳ね上げ、バジルは当て身を食らわせようと一歩踏み
込んだ。
「うわっ!」
バジルの体が硬直する。
体を近づけると同時に、ライがバジルの首へと右手を伸ばしたのだ。
ライは目を細め、バジルの眼前で笑った。それは獲物を手にした捕食者の笑み。
急激にバジルの体から「何か」が奪われてゆく……。
一瞬の出来事なのに、バジルには何分も何時間もに感じられた。迫り来る死の恐
怖。思い出が走馬燈のように駆けめぐる。幼い頃の友人や両親、仕事仲間などが次々
に入れ替わり、リズの番になったときにそのイメージは止まった。「考えなしで悪い
な」……浮かぶ言葉も伝えられそうにない。最後にリズを振り返ろうにも体が硬直し
て抵抗できない。本格的に死を覚悟したとき、視界が白に染まった。
リズが放った光が、ライの二の腕を薄く抉ったのだ。
ライから体を剥がされ、ようやく自由を取り戻したバジルは、なんとか後退しなが
ら剣を構え直した。力がうまく入らないが、どうやら自分は助かったらしい。
「考えなしに突っ込むな」
リズが後ろからバジルに声を掛ける。ライは腕の上がらなくなった左手を気にする
素振りすら見せず、右手で再び剣を振るった。
「次はもうちょっと早めに頼む」
後ろで新たな呪文を構築しているリズに一声掛けて、バジルは再びライに向かって
剣を突き出す。もうさっきの言葉を言うつもりは微塵もなかった。
◇ ◆ ◇
廊下で何かが始まった。ベアトリスはそちらへ注意を向ける。
セラフィナの位置からでは見ることが出来ないが、ベアトリスとパトリシアは、状
況を見渡せる位置にいるらしい。
「……ベティー、邪魔な死に損ないを下げてヨ」
パトリシアが廊下から視線を外さずに言った。声に緊迫感が感じられる。
「五月蠅いわね、パティーは黙ってて」
パトリシアを睨み付けてライに視線を戻す。
途端にベアトリスの表情が青ざめ、一瞬の躊躇の後、大きな声をあげた。
「ライ、戻って!」
よろけたライの頭上を光の帯が走る。
間一髪でそれを避けたライは、パトリシアと入れ替わるように室内に戻ってきた。
……満身創痍。
他にどんな言葉を使えばいいのだろう?
ライの服には無数の傷が入り、腕の数カ所からはくすんだ骨が露わになっている。
特に左の二の腕などは抉られ、繋がっているのが不思議なほどだ。
剣に血糊はついているが、致命傷を負わせたと言うほどの出血量ではなかったのだ
ろう。ということは苦戦していたのだろうか。
そして……彼の目にセラフィナは映っていない。
「魔剣持ちと司祭、ね。まるで私の情報が流れていたみたいじゃないの」
ベアトリスが悔しそうに舌打ちし、目の前で立ち止まったライの頬にそっと触れ
た。
「ライ、私が仇をとってあげる」
小さいが力強い詠唱がライの瞼を落とす。
いや、眠らせようというのではないのだろう。彼は酷くだるそうに倒れ込むと、ゆ
っくりとベアトリスを見上げた。
「今度こそ、大人しく待っててね」
コクリ、ライの頭が上下する。それを満足そうに見ると、ベアトリスは入り口に向
き直り、巨大な火球を宙に形作る。
「パティー、避けないと死ぬわよ」
そう言うとベアトリスは。
伏せて辛うじて避けれるか否かの火球を、入り口に向かって躊躇無く放った。
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