人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン -廃城
-----------------------------------------------------------------------
「――巫山戯るな!」
ライの叫び声に、ベアトリスはびくりと体を強張らせたが、魔法を中断させることは
なかった。容赦なく白光は放たれて、セラフィナが小さな声を――否、悲鳴を上げた。
恐らく反射的に顔を庇った彼女の腕に光が届くより早く。
魔法の光は空中で爆発、光と衝撃を撒き散らす。
「なによっ!?」
爆風に髪をなぶられながら、ベアトリスが声を上げる。それに重なるように、キィン
と乾いた音を立てて床に落ちたのは、ひしゃげた銀の短剣だった。
「だから、ボクは、そのお嬢さんを守るんだって。
キミといえども邪魔はさせないよ?」
「……」
どこか引きつった笑みを浮かべるパトリシア。それに答えるようにベアトリスが浮か
べた表情は、純粋な憎悪というには複雑すぎるものだった。悲壮、信頼、欺瞞、親愛、
悪意、羨望、拒絶――ああ、あれは、と、悟る。ライはその表情を知っていた。
薄れつつある遠い日の記憶。幼い目で見た風景。
遊び疲れた夕暮れ、石畳の帰路。
弟の手を引いて歩いた家への道。
振り向くことができなかったのは、
――彼がどんな表情をしているか、僕は知っていたからだ。
ぞくり。怖気が背筋を這い上がる。
あの表情は――あの感情は。どうしようもなく絶望的で、どうしようにも手遅れで。
近い場所で育ったもの同士の間にしか芽生えようのない感情だ。二人の関係が実際にど
ういうものなのかは知らないが、少なくとも、見に覚えのある過去と重なる要素があっ
ただろうことは予想ついた。
ライは無意識のうちに何かを言いかけたが、そのことを意識してしまったせいで、言
葉はどこかへ消えてしまった。何を言おうとした?
ベアトリスの視線を真正面から受けるパトリシアが信じられなくて、ライは目を逸ら
す。代わりに何をするべきか。一瞬だけ悩む。
「……セラフィナさん」
剣を持ったまま、手を差し伸べる。腕も手袋もべったりと血に濡れていた。漂う血臭
が理性を繋ぎとめる。だからまだ狂わない。セラフィナに届くには距離がありすぎた。
それでも、意図を伝えるだけならば十分すぎるほど近かった。
妙に気分が醒めてしまっていたので、ライは冷たい声で言った。
「こんなくだらないことに付き合ってないで、帰ろう」
「駄目ッ!」
声を上げたのはベアトリスだった。セラフィナは驚いた顔で、ライは苛ついた顔で、
彼女を見やる。少女は後ろめたそうに後退ったが、壁に背がついた。
「……くだらなくなんか、ないわよ」
「そうかな」
「くだらないワケないじゃない!」
激昂。ベアトリスは唇を噛み締めた。
それを眺めるパトリシアは、ただ、おもしろいものを見る顔つきで、唇の端を吊り上
げていた。彼女はベアトリスの真意を――いや、行動そのものを――知らないようだっ
た。それを、今、見極めようとしているのだろう。
ライはため息をついた。足元に転がる死骸に視線を落とし、天井を見上げる目があま
りにも恨めしげだったので、靴の裏で蹴って、うつ伏せに転がす。
「私はっ! セラフィナさんにいてほしくないのよ」
「だから、どうして?」
ライではなくてセラフィナが問うべきことだとは思ったが、彼女は、座り込んだまま
呆然としている。言葉を忘れてしまったように、状況を瞳に映している。胸元に手をや
って、何かを握っているようだ。指の関節が白くなっている。強く握り続けているのだ
ろう。
ベアトリスは喉に言葉を詰まらせた。頬に朱が差し、わずかに目を伏せる。
その様子を見たパトリシアは、何かに感づいたのかクスクスと笑った。
「ベティ……キミは相変わらず男の趣味が悪いネ。
そんな死にぞこないのどこがいいんだい?」
「うるさいわね」
ベアトリスは吐き捨てた。
ライは、どうやら話題に上っているのは自分のようだとぼんやり思いながらも、いつ
の間にか状況に置き去りにされてしまっているらしいことに不満を感じた。
しかし、動こうにも動けないのが現状だ。セラフィナは壁際に座り込んでいる。ベア
トリスは部屋の隅。問題は最後の一人で――出口をふさぐように立ちふさがっている女。
その位置を取っているからこそパトリシアは余裕のある態度で会話をしているのだろう。
ライは思考の中だけで彼女を突破できるか考えたが、途中でベアトリスに邪魔される
だろうということに気づいて諦めた。彼女の魔法はまだこちらを縛っている。今はなん
とか動けるが、これ以上重ねられたら抵抗しようがなくなってしまう。
「イイ歳してガキみたいなあなたに言われたくない。
男みたいな格好して、男みたいに剣を振って、お姫様を助けたら、そのお姫様と幸せ
になれるとでも思ってるの? それで自分のこと格好いいと思ってるなら馬鹿みたい」
男装の麗人は黙って聞いている。
ベアトリスは口の端を引きつらせた。
「だけどね! いくら飾り付けたって、あなたはただの中途半端な貴族の娘よ。
王子さまなんかじゃないし、お姫さまにもなれない。
政略結婚でつまらない男と結婚してつまらない人生を送るのがお似合いなのに、子供
みたいに現実逃避してさ、馬鹿じゃないの?
男の趣味なんて語れない立場のクセに……!」
「そうだとしても、キミの悪趣味さとは関係ないだろう?」
パトリシアはちらりとライを横目にした。ということは、悪趣味呼ばわりされている
のは自分のことらしいが、そうすると、今の会話の流れでは――まるで。
「ティリー…?」
むしろ呆然と呟く。ベアトリスは肩を震わせたが振り返らなかった。
他人から好意を向けられる、ということをライは信じられない。それも、恋愛感情に
分類されるものとなれば尚更だ。気まぐれで、理由がなくて、衝動的な感情。
初めて向けられたそれは、やがて醜い執着と独占欲に取って変わった。
「一緒に朽ちていきましょう」。暗い部屋、ベッドの上で振るわれた魔法のナイフ。反
射的に掴み止めようとした右掌を裂きながら滑り左頬を掠め、治らない傷を刻まれた。
無理だよ、ごめんと、夜が明けるまで泣いて詫びた。後ろ手に閉めた扉の向こうで毒
をあおった女のことを思い出してしまうから、愛とかそういうものは知らないふりをし
てきたのに。上辺だけ取り繕ってわずかな距離を悟らせず、親しいように、ただし触れ
られないように。
考えるたびに恐くなるのだ。あの女は――魔性のように美しかった恋人は、僕に、共
に冥府へ旅立つだけの価値を本当に見出してくれていたのか、と。だとしたらひどく裏
切ってしまった。僕は誰かの愛情に応えることはできない。
だからライは途方に暮れてしまった。
ベアトリスとパトリシアは、まだ何かを言い合っている。少女の一方的な糾弾を、女
が嘲弄しながら躱している。どちらが追い詰められているのかは明確だった。
ライはゆっくりとセラフィナに近づいた。言い争っている二人は――少なくともその
うち片方は――、もうこちらのことを気にしていないようだった。
今度こそ、届く位置で右腕を差し伸べる。
右手はべっとりと血にまみれていたし剣も持ったままだったから一瞬だけ躊躇したが、
左肩は上がらない。
「立てる?」
「……大丈夫です……」
セラフィナは躊躇いながら手を取ってくれた。革の表面で乾いた血が彼女の掌に擦れ
て粉になる。弱々しい笑顔。どういう表情を返していいか悩み、結局、曖昧に微笑む。
彼女が胸元から手を離したせいで、そこに止められたブローチが目に付いた。
つややかな黄金。繊細な曲線は、草の蔓にも鳥の翼にも見えた。
「セラフィナさん、そのブローチ」
「あのお屋敷でもらったものです。ちゃんと直りました」
何を言えばいい? 言葉が出てこない。頭が痛い。
それは僕のものだ。いや、そっくりだけど違うはずだ。
僕がなくしたアレだったら、あの屋敷に落ちていたはずがない。
「…………似合ってるよ」
喉の奥から言葉を搾り出す。セラフィナはブローチを見下ろして微笑んだ。
その笑顔に、もう危険はぜんぶ終わってしまったような錯覚をしかけて、ライは目を
擦った。
「駄目です! 擦るともっとひどくなりますよ」
「ああ…ごめん」
この体が多少傷ついたところで大したことはないのだが、セラフィナに指摘されると
気をつけようという気になる。彼女は心配そうな表情でこちらを見つめる。「大丈夫」
とだけ応えて、部屋の入り口に意識を戻す。
――廊下の向こうから走る足音が聞こえてきたのはその時だ。
真っ先に敵を見ただろうパトリシアが、毒々しい笑みを浮かべた。
「ベティ、キミがボクをどう思っているかはよぉくわかったヨ。
敵が来た。さっさと片付けてしまうからボクの邪魔をするなよ?」
「ふざけないで」
ベアトリスが壁際から部屋の中心へ歩を進めた。
彼女が横目でこちらを見たような気がしたことこそ錯覚か。
「……私の邪魔するヤツは許さないんだから……
パティもセラフィナさんも他の誰にも、絶対に邪魔はさせない」
足音は二つ。男と女だろう、と、なんとなく、ライはそう思った。
ぐらりと視界が大きく揺れた。取り落とした剣が実体を失い消える。
魔法のにおい。
助けてと声が聞こえた。あのときみたいに私を守ってよ。私だけを。
これも錯覚か、いや――
意識の何処かを書き換えるように、悲痛な声の魔法が感情を上塗りしていく。
抗おうと思ったが、どうすればいいのかわからなかった。
頭が痛い。眩暈が酷い。くらくらして何が何だかわからなくなる。
何故だろう、どうしたらいい? とりあえず乱入者たちを殺してから考えよう。
「セラフィナさん……さがってて」
「え?」
「危ないから」
ライはうわ言のように呟いた。実際にどこか上の空だった。
握った掌の中に新しい剣が現れる。それだけでひどく疲れる。
だが白けていた気分が高揚していくから、その熱に理性を溶かすことにした。
場所:港町ルクセン -廃城
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「――巫山戯るな!」
ライの叫び声に、ベアトリスはびくりと体を強張らせたが、魔法を中断させることは
なかった。容赦なく白光は放たれて、セラフィナが小さな声を――否、悲鳴を上げた。
恐らく反射的に顔を庇った彼女の腕に光が届くより早く。
魔法の光は空中で爆発、光と衝撃を撒き散らす。
「なによっ!?」
爆風に髪をなぶられながら、ベアトリスが声を上げる。それに重なるように、キィン
と乾いた音を立てて床に落ちたのは、ひしゃげた銀の短剣だった。
「だから、ボクは、そのお嬢さんを守るんだって。
キミといえども邪魔はさせないよ?」
「……」
どこか引きつった笑みを浮かべるパトリシア。それに答えるようにベアトリスが浮か
べた表情は、純粋な憎悪というには複雑すぎるものだった。悲壮、信頼、欺瞞、親愛、
悪意、羨望、拒絶――ああ、あれは、と、悟る。ライはその表情を知っていた。
薄れつつある遠い日の記憶。幼い目で見た風景。
遊び疲れた夕暮れ、石畳の帰路。
弟の手を引いて歩いた家への道。
振り向くことができなかったのは、
――彼がどんな表情をしているか、僕は知っていたからだ。
ぞくり。怖気が背筋を這い上がる。
あの表情は――あの感情は。どうしようもなく絶望的で、どうしようにも手遅れで。
近い場所で育ったもの同士の間にしか芽生えようのない感情だ。二人の関係が実際にど
ういうものなのかは知らないが、少なくとも、見に覚えのある過去と重なる要素があっ
ただろうことは予想ついた。
ライは無意識のうちに何かを言いかけたが、そのことを意識してしまったせいで、言
葉はどこかへ消えてしまった。何を言おうとした?
ベアトリスの視線を真正面から受けるパトリシアが信じられなくて、ライは目を逸ら
す。代わりに何をするべきか。一瞬だけ悩む。
「……セラフィナさん」
剣を持ったまま、手を差し伸べる。腕も手袋もべったりと血に濡れていた。漂う血臭
が理性を繋ぎとめる。だからまだ狂わない。セラフィナに届くには距離がありすぎた。
それでも、意図を伝えるだけならば十分すぎるほど近かった。
妙に気分が醒めてしまっていたので、ライは冷たい声で言った。
「こんなくだらないことに付き合ってないで、帰ろう」
「駄目ッ!」
声を上げたのはベアトリスだった。セラフィナは驚いた顔で、ライは苛ついた顔で、
彼女を見やる。少女は後ろめたそうに後退ったが、壁に背がついた。
「……くだらなくなんか、ないわよ」
「そうかな」
「くだらないワケないじゃない!」
激昂。ベアトリスは唇を噛み締めた。
それを眺めるパトリシアは、ただ、おもしろいものを見る顔つきで、唇の端を吊り上
げていた。彼女はベアトリスの真意を――いや、行動そのものを――知らないようだっ
た。それを、今、見極めようとしているのだろう。
ライはため息をついた。足元に転がる死骸に視線を落とし、天井を見上げる目があま
りにも恨めしげだったので、靴の裏で蹴って、うつ伏せに転がす。
「私はっ! セラフィナさんにいてほしくないのよ」
「だから、どうして?」
ライではなくてセラフィナが問うべきことだとは思ったが、彼女は、座り込んだまま
呆然としている。言葉を忘れてしまったように、状況を瞳に映している。胸元に手をや
って、何かを握っているようだ。指の関節が白くなっている。強く握り続けているのだ
ろう。
ベアトリスは喉に言葉を詰まらせた。頬に朱が差し、わずかに目を伏せる。
その様子を見たパトリシアは、何かに感づいたのかクスクスと笑った。
「ベティ……キミは相変わらず男の趣味が悪いネ。
そんな死にぞこないのどこがいいんだい?」
「うるさいわね」
ベアトリスは吐き捨てた。
ライは、どうやら話題に上っているのは自分のようだとぼんやり思いながらも、いつ
の間にか状況に置き去りにされてしまっているらしいことに不満を感じた。
しかし、動こうにも動けないのが現状だ。セラフィナは壁際に座り込んでいる。ベア
トリスは部屋の隅。問題は最後の一人で――出口をふさぐように立ちふさがっている女。
その位置を取っているからこそパトリシアは余裕のある態度で会話をしているのだろう。
ライは思考の中だけで彼女を突破できるか考えたが、途中でベアトリスに邪魔される
だろうということに気づいて諦めた。彼女の魔法はまだこちらを縛っている。今はなん
とか動けるが、これ以上重ねられたら抵抗しようがなくなってしまう。
「イイ歳してガキみたいなあなたに言われたくない。
男みたいな格好して、男みたいに剣を振って、お姫様を助けたら、そのお姫様と幸せ
になれるとでも思ってるの? それで自分のこと格好いいと思ってるなら馬鹿みたい」
男装の麗人は黙って聞いている。
ベアトリスは口の端を引きつらせた。
「だけどね! いくら飾り付けたって、あなたはただの中途半端な貴族の娘よ。
王子さまなんかじゃないし、お姫さまにもなれない。
政略結婚でつまらない男と結婚してつまらない人生を送るのがお似合いなのに、子供
みたいに現実逃避してさ、馬鹿じゃないの?
男の趣味なんて語れない立場のクセに……!」
「そうだとしても、キミの悪趣味さとは関係ないだろう?」
パトリシアはちらりとライを横目にした。ということは、悪趣味呼ばわりされている
のは自分のことらしいが、そうすると、今の会話の流れでは――まるで。
「ティリー…?」
むしろ呆然と呟く。ベアトリスは肩を震わせたが振り返らなかった。
他人から好意を向けられる、ということをライは信じられない。それも、恋愛感情に
分類されるものとなれば尚更だ。気まぐれで、理由がなくて、衝動的な感情。
初めて向けられたそれは、やがて醜い執着と独占欲に取って変わった。
「一緒に朽ちていきましょう」。暗い部屋、ベッドの上で振るわれた魔法のナイフ。反
射的に掴み止めようとした右掌を裂きながら滑り左頬を掠め、治らない傷を刻まれた。
無理だよ、ごめんと、夜が明けるまで泣いて詫びた。後ろ手に閉めた扉の向こうで毒
をあおった女のことを思い出してしまうから、愛とかそういうものは知らないふりをし
てきたのに。上辺だけ取り繕ってわずかな距離を悟らせず、親しいように、ただし触れ
られないように。
考えるたびに恐くなるのだ。あの女は――魔性のように美しかった恋人は、僕に、共
に冥府へ旅立つだけの価値を本当に見出してくれていたのか、と。だとしたらひどく裏
切ってしまった。僕は誰かの愛情に応えることはできない。
だからライは途方に暮れてしまった。
ベアトリスとパトリシアは、まだ何かを言い合っている。少女の一方的な糾弾を、女
が嘲弄しながら躱している。どちらが追い詰められているのかは明確だった。
ライはゆっくりとセラフィナに近づいた。言い争っている二人は――少なくともその
うち片方は――、もうこちらのことを気にしていないようだった。
今度こそ、届く位置で右腕を差し伸べる。
右手はべっとりと血にまみれていたし剣も持ったままだったから一瞬だけ躊躇したが、
左肩は上がらない。
「立てる?」
「……大丈夫です……」
セラフィナは躊躇いながら手を取ってくれた。革の表面で乾いた血が彼女の掌に擦れ
て粉になる。弱々しい笑顔。どういう表情を返していいか悩み、結局、曖昧に微笑む。
彼女が胸元から手を離したせいで、そこに止められたブローチが目に付いた。
つややかな黄金。繊細な曲線は、草の蔓にも鳥の翼にも見えた。
「セラフィナさん、そのブローチ」
「あのお屋敷でもらったものです。ちゃんと直りました」
何を言えばいい? 言葉が出てこない。頭が痛い。
それは僕のものだ。いや、そっくりだけど違うはずだ。
僕がなくしたアレだったら、あの屋敷に落ちていたはずがない。
「…………似合ってるよ」
喉の奥から言葉を搾り出す。セラフィナはブローチを見下ろして微笑んだ。
その笑顔に、もう危険はぜんぶ終わってしまったような錯覚をしかけて、ライは目を
擦った。
「駄目です! 擦るともっとひどくなりますよ」
「ああ…ごめん」
この体が多少傷ついたところで大したことはないのだが、セラフィナに指摘されると
気をつけようという気になる。彼女は心配そうな表情でこちらを見つめる。「大丈夫」
とだけ応えて、部屋の入り口に意識を戻す。
――廊下の向こうから走る足音が聞こえてきたのはその時だ。
真っ先に敵を見ただろうパトリシアが、毒々しい笑みを浮かべた。
「ベティ、キミがボクをどう思っているかはよぉくわかったヨ。
敵が来た。さっさと片付けてしまうからボクの邪魔をするなよ?」
「ふざけないで」
ベアトリスが壁際から部屋の中心へ歩を進めた。
彼女が横目でこちらを見たような気がしたことこそ錯覚か。
「……私の邪魔するヤツは許さないんだから……
パティもセラフィナさんも他の誰にも、絶対に邪魔はさせない」
足音は二つ。男と女だろう、と、なんとなく、ライはそう思った。
ぐらりと視界が大きく揺れた。取り落とした剣が実体を失い消える。
魔法のにおい。
助けてと声が聞こえた。あのときみたいに私を守ってよ。私だけを。
これも錯覚か、いや――
意識の何処かを書き換えるように、悲痛な声の魔法が感情を上塗りしていく。
抗おうと思ったが、どうすればいいのかわからなかった。
頭が痛い。眩暈が酷い。くらくらして何が何だかわからなくなる。
何故だろう、どうしたらいい? とりあえず乱入者たちを殺してから考えよう。
「セラフィナさん……さがってて」
「え?」
「危ないから」
ライはうわ言のように呟いた。実際にどこか上の空だった。
握った掌の中に新しい剣が現れる。それだけでひどく疲れる。
だが白けていた気分が高揚していくから、その熱に理性を溶かすことにした。
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