人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン -廃城
------------------------------------------------------------------------
いきなり斬りかかったキャプテンの攻撃を踏み込むことで逸らし、バーゼラルドは
体を捻った。キャプテンの剣が宙を舞い、部屋の隅に突き刺さる。
「へぇ、やるじゃない」
キャプテンが口角を上げた。
武器を失ったのに楽しそうなのははったりだろうか。それとも……?
「今度はソッチから? 早く来なヨ」
挑発するように手招きをする姿を前に、バーゼラルドは明らかに戸惑っていた。
壁を背に立つセラフィナは、バーゼラルドの背中が不自然に揺れるのを見た気がし
た。
「えっ」
とっさに左に踏み込み、体を反らす。
頬を生暖かいものが伝わり、セラフィナは目を見開く。
最初、セラフィナには何が起こったのか分からなかった。
振り返ったバーゼラルドの剣には鮮やかな朱がしたたり、右手でゆっくり頬に触れ
ると、鉄臭い匂いにむせ返る。頬が焼けるように熱い。バーゼラルドは舌打ちし、も
う一度剣で薙ごうと振りかぶるが、キャプテンからの回し蹴りを避けるために寸前で
体を伏せ、剣をもう一度構え直す。
彼ハ、私ヲ、殺ソウトシタ?
弾けたようにさっと緊張が走る。
さっきの脅しにも関わらず、セラフィナは今まで命の危険を感じていなかった。
少なくとも交渉の場でこういう形で、とは思っていなかったのだ。
「綺麗なお嬢さんを傷つけるたぁ、覚悟は出来て居るんだろうネェ?」
綺麗な顔に青筋を立てて、表情が無くなっていくキャプテンの怒り様は凄まじい。
続けざまに手刀を繰り出し、バーゼラルドが防戦一方になっている。重い剣を構え直
すことも、しまうこともままならない。ただ、どれも致命傷にならないのは流石と言
えた。
その二人を、セラフィナはただ見ていることしかできなかった。
没収され、手元に針もなく、自分の力量では介入できないであろう応酬の中で、自
分に今何が出来るのかを必死になって考える。
集中力を乱す頬の傷に手を当て、僅かに目を細めて、手の平からの暖かい流れをイ
メージする。血を止め、傷を塞がねばなるまい。
ヒュッ
セラフィナは手を頬に翳したまま、ぺたんとしりもちを付いた。頭上の壁には剣が
刺さり、取り残された髪が切れ、はらはらと降ってくる。
今、剣が刺さっているのは、恐らくセラフィナの首があった高さであろう。傷を完
全に塞ぐまでは至っていなかったが、なんとか血を止めた頬から手を離し、次の攻撃
を避けるべく左へ転がる。
手刀が途切れるごくごく小さな隙を、バーゼラルドは待っていたのだ。
ガッ
壁に刺さった剣に飛びつくように、バーゼラルドが振り下ろす。セラフィナが振り
返ると、石の壁を抉る傷跡が床まで続いていた。
「ナメた真似を……」
キャプテンが飛ばされた剣を拾い、構え直して立っていた。
バーゼラルドも、一度に二人を相手にするのは無理だと判断したのだろう、キャプ
テンに向き直り、懐から小剣を取り出した。
……石の床に刺さった剣は、もう使いものになりそうもない。
「オマエが足掻いたところで、始末されることは決まっていたんだヨ」
キャプテンはすぅっと目を細める。
「実質的な護衛はココにいるボクだけ、残りはオマエタチを始末するためダケに来て
いたんだからネ」
なるほど、さっきの音は黒ローブ達が抵抗していた音なのかもしれない。
「向こうが終わったら駆けつけてくるだろうネ、それまでにらめっこでもするカ
イ?」
二人は剣を構え、距離をとって相対している。どちらも動かない。どちらも、相手
の目を見据え、ピリピリとした殺気が部屋を覆い尽くす。
「どうして……」
セラフィナは跡が付くほど強く、ブローチを握りしめていた。
沈黙したままの緊迫した対峙。
ドアのない入り口はセラフィナから遠く、二人をすり抜けて逃げるのは無理そう
だ。
「セラフィナさん!」
部屋に駆け込んできたのは、返り血で全身を朱に染めたライだった。
間髪入れずにバーゼラルドが小剣を薙ぐも、ライは辛うじて飛び退り、無言で斬り
かかる。ライの眼球を狙う突きも、首筋を狙う返しも、バーゼラルドはいなし続け
る。
「……ライさんっ!」
セラフィナの悲鳴にも近い声とほぼ同時に繰り出されたバーゼラルドの攻撃は、ラ
イの腹部を抉ることなく空を斬った。ライが引いてかわしたことで距離が空き、それ
ぞれが再び体勢を立て直す。
「セラフィナさん、待ってて。今助けるから」
そう言うライが僅かにぐらついた。無理を重ねているのが傍目にも分かる。右目付
近は爛れた皮膚が剥がれ、もう少しで骨まで見えそうな惨状だったし、虚ろな両目に
は危険な光を孕んでいる。
来て、くれた……。
セラフィナはそれだけで、泣きそうになった。
未だ終わっていない。緊張を解くには早すぎる。と、理性は警告するけれど。こみ
上げる感情を押さえることが出来ない。自覚もないままに目が潤む。胸が、潰されそ
うになる。
そんな中、傍観していたキャプテンがライに声を掛けた。
「ソイツは彼女を殺したいらしいヨ。コッチは彼女を守りたい。
どう、今だけ手を組んでみるっていうのもアリなんじゃない?」
バーゼラルドが舌打ちする。
ライはキャプテンを嫌そうに一瞥すると、バーゼラルドに向き直った。
「手を組むのは嫌いなんだ。いつ裏切られるか、分からないからね」
キャプテンは予想していたとおりだという風に楽しげに笑う。
「そりゃないんじゃない? 死に損ない」
「何とでも言えよパティ」
間髪入れずに返されたライの言葉は、キャプテンを苛立たせるには充分だった。
「二度とその名前で呼ぶんじゃない。次はオマエをミンチにするヨ」
「その話はコイツを始末してからにしてよ。ついでにベティも彼女を狙ってるんだ」
「って、なんでベティが!」
「知るか! コッチが聞きたいよ!」
喋るのも億劫だと言いたげに、ライはバーゼラルドに斬りかかる。同調するように
キャプテンが繰り出す剣は、舞を舞っているかのように優美な動きだった。
「チッ、ここまでか……」
見る間に追いつめられていくバーゼラルドの様子からして、意外にコンビネーショ
ンはいいのかもしれない。キャプテンが振り下ろした剣を避けるためにバランスを崩
したバーゼラルドは、すかさずライの剣によって眼球を貫かれた。
今までの死闘が嘘のようなあっけない幕切れ。物言わぬ肉塊と化したバーゼラルド
の本当の名前はもう分からない。セラフィナは、駆け寄って治療をしても間に合わな
い、完全な死が彼に訪れたことを感じていた。
「大人しくしていてって言ったのに」
突然、部屋の隅が揺らいだ。拗ねたようにそう言ったのはベアトリス。
ライは剣を構えたものの体を強張らせ、セラフィナには何が何だか分からない。
「……ティリー?」
「ねえ、セラフィナさん。私とライのためなら死んでくれるよね?」
笑顔と共にティリーの手に光が収束する。
場所:港町ルクセン -廃城
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いきなり斬りかかったキャプテンの攻撃を踏み込むことで逸らし、バーゼラルドは
体を捻った。キャプテンの剣が宙を舞い、部屋の隅に突き刺さる。
「へぇ、やるじゃない」
キャプテンが口角を上げた。
武器を失ったのに楽しそうなのははったりだろうか。それとも……?
「今度はソッチから? 早く来なヨ」
挑発するように手招きをする姿を前に、バーゼラルドは明らかに戸惑っていた。
壁を背に立つセラフィナは、バーゼラルドの背中が不自然に揺れるのを見た気がし
た。
「えっ」
とっさに左に踏み込み、体を反らす。
頬を生暖かいものが伝わり、セラフィナは目を見開く。
最初、セラフィナには何が起こったのか分からなかった。
振り返ったバーゼラルドの剣には鮮やかな朱がしたたり、右手でゆっくり頬に触れ
ると、鉄臭い匂いにむせ返る。頬が焼けるように熱い。バーゼラルドは舌打ちし、も
う一度剣で薙ごうと振りかぶるが、キャプテンからの回し蹴りを避けるために寸前で
体を伏せ、剣をもう一度構え直す。
彼ハ、私ヲ、殺ソウトシタ?
弾けたようにさっと緊張が走る。
さっきの脅しにも関わらず、セラフィナは今まで命の危険を感じていなかった。
少なくとも交渉の場でこういう形で、とは思っていなかったのだ。
「綺麗なお嬢さんを傷つけるたぁ、覚悟は出来て居るんだろうネェ?」
綺麗な顔に青筋を立てて、表情が無くなっていくキャプテンの怒り様は凄まじい。
続けざまに手刀を繰り出し、バーゼラルドが防戦一方になっている。重い剣を構え直
すことも、しまうこともままならない。ただ、どれも致命傷にならないのは流石と言
えた。
その二人を、セラフィナはただ見ていることしかできなかった。
没収され、手元に針もなく、自分の力量では介入できないであろう応酬の中で、自
分に今何が出来るのかを必死になって考える。
集中力を乱す頬の傷に手を当て、僅かに目を細めて、手の平からの暖かい流れをイ
メージする。血を止め、傷を塞がねばなるまい。
ヒュッ
セラフィナは手を頬に翳したまま、ぺたんとしりもちを付いた。頭上の壁には剣が
刺さり、取り残された髪が切れ、はらはらと降ってくる。
今、剣が刺さっているのは、恐らくセラフィナの首があった高さであろう。傷を完
全に塞ぐまでは至っていなかったが、なんとか血を止めた頬から手を離し、次の攻撃
を避けるべく左へ転がる。
手刀が途切れるごくごく小さな隙を、バーゼラルドは待っていたのだ。
ガッ
壁に刺さった剣に飛びつくように、バーゼラルドが振り下ろす。セラフィナが振り
返ると、石の壁を抉る傷跡が床まで続いていた。
「ナメた真似を……」
キャプテンが飛ばされた剣を拾い、構え直して立っていた。
バーゼラルドも、一度に二人を相手にするのは無理だと判断したのだろう、キャプ
テンに向き直り、懐から小剣を取り出した。
……石の床に刺さった剣は、もう使いものになりそうもない。
「オマエが足掻いたところで、始末されることは決まっていたんだヨ」
キャプテンはすぅっと目を細める。
「実質的な護衛はココにいるボクだけ、残りはオマエタチを始末するためダケに来て
いたんだからネ」
なるほど、さっきの音は黒ローブ達が抵抗していた音なのかもしれない。
「向こうが終わったら駆けつけてくるだろうネ、それまでにらめっこでもするカ
イ?」
二人は剣を構え、距離をとって相対している。どちらも動かない。どちらも、相手
の目を見据え、ピリピリとした殺気が部屋を覆い尽くす。
「どうして……」
セラフィナは跡が付くほど強く、ブローチを握りしめていた。
沈黙したままの緊迫した対峙。
ドアのない入り口はセラフィナから遠く、二人をすり抜けて逃げるのは無理そう
だ。
「セラフィナさん!」
部屋に駆け込んできたのは、返り血で全身を朱に染めたライだった。
間髪入れずにバーゼラルドが小剣を薙ぐも、ライは辛うじて飛び退り、無言で斬り
かかる。ライの眼球を狙う突きも、首筋を狙う返しも、バーゼラルドはいなし続け
る。
「……ライさんっ!」
セラフィナの悲鳴にも近い声とほぼ同時に繰り出されたバーゼラルドの攻撃は、ラ
イの腹部を抉ることなく空を斬った。ライが引いてかわしたことで距離が空き、それ
ぞれが再び体勢を立て直す。
「セラフィナさん、待ってて。今助けるから」
そう言うライが僅かにぐらついた。無理を重ねているのが傍目にも分かる。右目付
近は爛れた皮膚が剥がれ、もう少しで骨まで見えそうな惨状だったし、虚ろな両目に
は危険な光を孕んでいる。
来て、くれた……。
セラフィナはそれだけで、泣きそうになった。
未だ終わっていない。緊張を解くには早すぎる。と、理性は警告するけれど。こみ
上げる感情を押さえることが出来ない。自覚もないままに目が潤む。胸が、潰されそ
うになる。
そんな中、傍観していたキャプテンがライに声を掛けた。
「ソイツは彼女を殺したいらしいヨ。コッチは彼女を守りたい。
どう、今だけ手を組んでみるっていうのもアリなんじゃない?」
バーゼラルドが舌打ちする。
ライはキャプテンを嫌そうに一瞥すると、バーゼラルドに向き直った。
「手を組むのは嫌いなんだ。いつ裏切られるか、分からないからね」
キャプテンは予想していたとおりだという風に楽しげに笑う。
「そりゃないんじゃない? 死に損ない」
「何とでも言えよパティ」
間髪入れずに返されたライの言葉は、キャプテンを苛立たせるには充分だった。
「二度とその名前で呼ぶんじゃない。次はオマエをミンチにするヨ」
「その話はコイツを始末してからにしてよ。ついでにベティも彼女を狙ってるんだ」
「って、なんでベティが!」
「知るか! コッチが聞きたいよ!」
喋るのも億劫だと言いたげに、ライはバーゼラルドに斬りかかる。同調するように
キャプテンが繰り出す剣は、舞を舞っているかのように優美な動きだった。
「チッ、ここまでか……」
見る間に追いつめられていくバーゼラルドの様子からして、意外にコンビネーショ
ンはいいのかもしれない。キャプテンが振り下ろした剣を避けるためにバランスを崩
したバーゼラルドは、すかさずライの剣によって眼球を貫かれた。
今までの死闘が嘘のようなあっけない幕切れ。物言わぬ肉塊と化したバーゼラルド
の本当の名前はもう分からない。セラフィナは、駆け寄って治療をしても間に合わな
い、完全な死が彼に訪れたことを感じていた。
「大人しくしていてって言ったのに」
突然、部屋の隅が揺らいだ。拗ねたようにそう言ったのはベアトリス。
ライは剣を構えたものの体を強張らせ、セラフィナには何が何だか分からない。
「……ティリー?」
「ねえ、セラフィナさん。私とライのためなら死んでくれるよね?」
笑顔と共にティリーの手に光が収束する。
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