人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン -廃城
------------------------------------------------------------------------
ガクン、と少し大きな衝撃を合図に馬車は止まった。顔の見えない黒ローブ達が、
先に降りて辺りを警戒する。先に同型の馬車が到着していたせいだろうか、思ったほ
どソレは長く続かなかった。
「さあ、お降り下さい」
セラフィナは促されるままに馬車を降り、思わず目の前の建物を見上げた。
大きく切り出した石を積み上げて作られた城。その堅牢な造りは、砦と言うよりも
むしろ文字通りの牢獄を思わせる。沈みかけて紅く染まる夕日を背に立つ生活感のか
けらもないその姿は、人々が権力や武力を傘に簡単に殺されていった姿と血の匂いま
でもを想像させて、セラフィナは顔をしかめた。
「こちらです」
セラフィナの三方を囲むように誘導する黒ローブ達。先導するのはバーゼラルド
だ。
物々しい雰囲気とこれから先の不安で、セラフィナは僅かに体を堅くする。
「それで、ここは? 一体、ここはどこです?」
声が思ったほど出ていない。セラフィナは僅かに眉根を寄せた。
自分はこんな事で落ち着きを失うのか。緊張など、今までにうんざりするほど経験
したはずなのに。命の危険だって一度や二度じゃない。大丈夫、落ち着ける。
セラフィナは自分にそう言い聞かせながら金細工のブローチに触れ、口元を引き締
めた。
「町の外れの古城です。今は使われていません」
バーゼラルドの簡潔で素っ気ない説明。見れば分かるような説明を求めているわけ
ではないのに、敢えてそういう形の返事しかしないつもりなのだろう。他の黒ローブ
達に歩調を合わせながら、返事の間も速度を落とすことなく建物を目指す。
自分がここにいることを知らないであろう連れにまた心配を掛けているのだろうな
ぁと思うと、セラフィナの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。力になりたいと思っていても、
結局いつも助けられる側にいるのは、どこかに過信や甘えがあるからなのだろうか。
(ソフィニアの時も、私がいなければライさんは危険を冒さずに済んだかもしれな
い)
出会って何年も経ったわけではないのに、その思い出には危険や面倒が付き纏う。
(私が付き合ってくれと言わなかったら……)
馬車に乗って嫌な思いをすることもなかっただろうし、そもそもあの船には乗らな
かったのではないか? ……海賊に襲われたのは不運といえなくもないが、海賊に狙
われる規模の輸送船に乗ることになったのは、自分の責任が大きいだろう。
(あの時だって)
どういう偶然が重なったのか、上手くいったから良かったモノの、噂の幽霊屋敷で
自分たちもシラと同じような目にあっていたかも知れない。
(そして、今)
自分ときちんと向き合わず、放棄してきたはずの皇位の為に、私はココに囚われて
いる。
足が止まりそうになり、後ろから背を押され、また歩き出す。
二、三言、何か尋ねてみたが、欲しい答えなんて返ってこない。
ココで命を落とすか、それとも国で傀儡となるのか。どちらも望むところではない
のは分かっている。ならば……?
一瞬、封魔布に手が伸びそうになって自制する。
ダメだ。コントロール出来ない力は、破壊しか生まない。
いつしか無言で歩きながら、ブローチをきつく握りしめる事しかできなかっ
た……。
建物の入り口まで来ると、バーゼラルドは相変わらず敬意を感じさせない恭しさで
大袈裟に礼をした。
「お入り下さい、皇女様」
どういう真意があるのか知らないが、嫌味にしか聞こえない。実際、蔑まれている
ような気さえする。
「どなたがお待ちなのかしら」
礼には一瞥もくれずにセラフィナが問うと、バーゼラルドは二人のの黒ローブにな
にやら指示を出し、入り口の警護に張り付かせた。
「ここから先は私が一人でご案内します」
これで二人。少しは動きがとれるかも知れない。
セラフィナの思いを察したかのように、バーゼラルドは冷笑する。
「逃げようなんて思わないことです。貴女が逃亡を図った場合、生死は問わない
と……」
言葉の途中で先導して歩いていたバーゼラルドが振り返る。
「……依頼人も言っています」
バーゼラルドの瞳が楽しげに揺れた。
祖国の危機に笑っていられるこの男が、セラフィナには理解できなかった。
それとも皇女など居ない方が国は平和だと思っているのだろうか?
「貴方はカフールの出ではないのですか?」
セラフィナが、ずっと気になっていたことだった。
「……確かにカフールで育ちましたが、そんなことは貴女に関係ないでしょう」
僅かに動揺したのか、不自然なタイミングで再び背を向けるバーゼラルド。
カフール育ちということを隠しきっているつもりだったのだろうか。
「私を殺したいほど憎いのですか」
バーゼラルドの背に投げかけたその声は黙殺された。
セラフィナは言葉を続ける。
「私が生身であれ遺体であれ、国に帰るとなると騒動になるんでしょうね」
バーゼラルドはぼそりと言った。
「カフールは貧しい……」
それはセラフィナも感じていた。
外に出て初めて分かったことではあるが、カフールは他の国との交易のための材料
に乏しかった。国内で賄うには充分だったとはいえ、余りあるほどの農地があるわけ
でもなく、以前は随分豊かだった銀山も底をつき始めているという話だった。
魔法を「頼るべきではない、人間には過ぎた力」を認識しているにもかかわらず、
カフールが希少な封魔布をソフィニアに輸出していたのには、やはりその辺の事情が
大きい。
武術を身につけた者達が「傭兵」として出稼ぎに出ることもそう珍しいことではな
く、ギルドに登録している人数も相当数の筈だった。
「国など……くそくらえだ」
最後の方など、よほど気をつけていないと聞こえない、溜め息に紛れたような小さ
な声だった。
「さあ、お入り下さい」
バーゼラルドが立ち止まったのは、ランプらしき明かりの漏れ出す扉のない部屋の
入り口だった。今まで薄暗い通路を歩いてきたせいか、逆行で室内がよく見えない。
「ぉぉぉぉぉおお!!」
感嘆の声と共に、部屋の中で唯一座っていた中年の男が立ち上がった。
脇に立つ護衛は一人。そういう取り決めでもあったのだろうか。
「カフール皇家第二皇女にして第一位の皇位継承者、セラフィナ様をお連れしまし
た」
バーゼラルドが片膝を付いて頭を垂れる。
これはカフールでの「主に対する」正式な礼であった。眼前の男が依頼主なのだろ
う。
だが、セラフィナはその事実よりも気になる部分があった。
第一位の皇位継承者とは? 一体何があったというのか。
「貴女の後ろ盾になる者ですよ、ご挨拶を」
わざと相手にも聞こえるように、バーゼラルドが言っているのがわかった。
男は不躾な視線で舐め回すようにセラフィナを見ている。
値踏み……政治的な価値だけでなく異性としての期待を込めたいやらしい目。
セラフィナは反吐が出そうだった。
それでも何とかローブを外し、口元に笑みをたたえ、僅かに膝を曲げて会釈する。
「恐れおののいて青ざめた人形が連れられてくると思ったが……いや、すばらしい」
男はセラフィナに近づき、顎を掴もうと手を伸ばした。
が、寸前でセラフィナが一歩引いたため、右手が虚しく空振りする。
「まあ、一晩ゆっくり語り合えば、貴女にも自分の立場がすぐにわかる」
自信ありげに男はそう言った。
自分の言った言葉が気に入ったのか、ぶつぶつと「一晩ゆっくり……」「いや、ご
希望とあれば幾晩でも……」とにやけてみせる。
その時、下から突き上げられるような衝撃が古城を襲った。
男が慌てて自分の護衛に視線を走らせると、護衛は部屋から走り出ると見せかけて
男に突進、男が現状を理解する前に鮮やかに昏倒させた。
部屋に残っていたバーゼラルドは、セラフィナを背に立ち、腰の剣を引き抜く。
対峙した二人は、邪魔だとばかりにローブを外して臨戦態勢に入った。
「な……ぜ」
セラフィナはそれ以上言葉が出なかった。
明るい金の髪と、見間違えようのない顔……海賊船の船長が目の前にいるのだ。
「こんなところで再会するなんて、運命を感じるかい? 美しいお嬢さん」
視線はバーゼラルドに向けたまま、涼しい顔で笑うキャプテン。
状況が飲み込めずにセラフィナの目が泳ぐ。
一体外では何が始まったのか、時折の爆発音と途切れそうで途切れない金属のぶつ
かり合う音が続いている。悲鳴のような声まで聞こえた。かすかな怒声もあるよう
だ。
「ああ、そうそう、例の死に損ないも来ているみたいだったよ」
何かのついでのように、キャプテンは言った。
バーゼラルドとの睨み合いは、未だ続いている。
もしかすると、責めあぐねるほど双方が強いのかも知れなかった。
「アイツは気に入らないけど、君のことは気に入っててね」
セラフィナにウィンクすると、キャプテンはいきなりバーゼラルド斬りかかった。
場所:港町ルクセン -廃城
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ガクン、と少し大きな衝撃を合図に馬車は止まった。顔の見えない黒ローブ達が、
先に降りて辺りを警戒する。先に同型の馬車が到着していたせいだろうか、思ったほ
どソレは長く続かなかった。
「さあ、お降り下さい」
セラフィナは促されるままに馬車を降り、思わず目の前の建物を見上げた。
大きく切り出した石を積み上げて作られた城。その堅牢な造りは、砦と言うよりも
むしろ文字通りの牢獄を思わせる。沈みかけて紅く染まる夕日を背に立つ生活感のか
けらもないその姿は、人々が権力や武力を傘に簡単に殺されていった姿と血の匂いま
でもを想像させて、セラフィナは顔をしかめた。
「こちらです」
セラフィナの三方を囲むように誘導する黒ローブ達。先導するのはバーゼラルド
だ。
物々しい雰囲気とこれから先の不安で、セラフィナは僅かに体を堅くする。
「それで、ここは? 一体、ここはどこです?」
声が思ったほど出ていない。セラフィナは僅かに眉根を寄せた。
自分はこんな事で落ち着きを失うのか。緊張など、今までにうんざりするほど経験
したはずなのに。命の危険だって一度や二度じゃない。大丈夫、落ち着ける。
セラフィナは自分にそう言い聞かせながら金細工のブローチに触れ、口元を引き締
めた。
「町の外れの古城です。今は使われていません」
バーゼラルドの簡潔で素っ気ない説明。見れば分かるような説明を求めているわけ
ではないのに、敢えてそういう形の返事しかしないつもりなのだろう。他の黒ローブ
達に歩調を合わせながら、返事の間も速度を落とすことなく建物を目指す。
自分がここにいることを知らないであろう連れにまた心配を掛けているのだろうな
ぁと思うと、セラフィナの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。力になりたいと思っていても、
結局いつも助けられる側にいるのは、どこかに過信や甘えがあるからなのだろうか。
(ソフィニアの時も、私がいなければライさんは危険を冒さずに済んだかもしれな
い)
出会って何年も経ったわけではないのに、その思い出には危険や面倒が付き纏う。
(私が付き合ってくれと言わなかったら……)
馬車に乗って嫌な思いをすることもなかっただろうし、そもそもあの船には乗らな
かったのではないか? ……海賊に襲われたのは不運といえなくもないが、海賊に狙
われる規模の輸送船に乗ることになったのは、自分の責任が大きいだろう。
(あの時だって)
どういう偶然が重なったのか、上手くいったから良かったモノの、噂の幽霊屋敷で
自分たちもシラと同じような目にあっていたかも知れない。
(そして、今)
自分ときちんと向き合わず、放棄してきたはずの皇位の為に、私はココに囚われて
いる。
足が止まりそうになり、後ろから背を押され、また歩き出す。
二、三言、何か尋ねてみたが、欲しい答えなんて返ってこない。
ココで命を落とすか、それとも国で傀儡となるのか。どちらも望むところではない
のは分かっている。ならば……?
一瞬、封魔布に手が伸びそうになって自制する。
ダメだ。コントロール出来ない力は、破壊しか生まない。
いつしか無言で歩きながら、ブローチをきつく握りしめる事しかできなかっ
た……。
建物の入り口まで来ると、バーゼラルドは相変わらず敬意を感じさせない恭しさで
大袈裟に礼をした。
「お入り下さい、皇女様」
どういう真意があるのか知らないが、嫌味にしか聞こえない。実際、蔑まれている
ような気さえする。
「どなたがお待ちなのかしら」
礼には一瞥もくれずにセラフィナが問うと、バーゼラルドは二人のの黒ローブにな
にやら指示を出し、入り口の警護に張り付かせた。
「ここから先は私が一人でご案内します」
これで二人。少しは動きがとれるかも知れない。
セラフィナの思いを察したかのように、バーゼラルドは冷笑する。
「逃げようなんて思わないことです。貴女が逃亡を図った場合、生死は問わない
と……」
言葉の途中で先導して歩いていたバーゼラルドが振り返る。
「……依頼人も言っています」
バーゼラルドの瞳が楽しげに揺れた。
祖国の危機に笑っていられるこの男が、セラフィナには理解できなかった。
それとも皇女など居ない方が国は平和だと思っているのだろうか?
「貴方はカフールの出ではないのですか?」
セラフィナが、ずっと気になっていたことだった。
「……確かにカフールで育ちましたが、そんなことは貴女に関係ないでしょう」
僅かに動揺したのか、不自然なタイミングで再び背を向けるバーゼラルド。
カフール育ちということを隠しきっているつもりだったのだろうか。
「私を殺したいほど憎いのですか」
バーゼラルドの背に投げかけたその声は黙殺された。
セラフィナは言葉を続ける。
「私が生身であれ遺体であれ、国に帰るとなると騒動になるんでしょうね」
バーゼラルドはぼそりと言った。
「カフールは貧しい……」
それはセラフィナも感じていた。
外に出て初めて分かったことではあるが、カフールは他の国との交易のための材料
に乏しかった。国内で賄うには充分だったとはいえ、余りあるほどの農地があるわけ
でもなく、以前は随分豊かだった銀山も底をつき始めているという話だった。
魔法を「頼るべきではない、人間には過ぎた力」を認識しているにもかかわらず、
カフールが希少な封魔布をソフィニアに輸出していたのには、やはりその辺の事情が
大きい。
武術を身につけた者達が「傭兵」として出稼ぎに出ることもそう珍しいことではな
く、ギルドに登録している人数も相当数の筈だった。
「国など……くそくらえだ」
最後の方など、よほど気をつけていないと聞こえない、溜め息に紛れたような小さ
な声だった。
「さあ、お入り下さい」
バーゼラルドが立ち止まったのは、ランプらしき明かりの漏れ出す扉のない部屋の
入り口だった。今まで薄暗い通路を歩いてきたせいか、逆行で室内がよく見えない。
「ぉぉぉぉぉおお!!」
感嘆の声と共に、部屋の中で唯一座っていた中年の男が立ち上がった。
脇に立つ護衛は一人。そういう取り決めでもあったのだろうか。
「カフール皇家第二皇女にして第一位の皇位継承者、セラフィナ様をお連れしまし
た」
バーゼラルドが片膝を付いて頭を垂れる。
これはカフールでの「主に対する」正式な礼であった。眼前の男が依頼主なのだろ
う。
だが、セラフィナはその事実よりも気になる部分があった。
第一位の皇位継承者とは? 一体何があったというのか。
「貴女の後ろ盾になる者ですよ、ご挨拶を」
わざと相手にも聞こえるように、バーゼラルドが言っているのがわかった。
男は不躾な視線で舐め回すようにセラフィナを見ている。
値踏み……政治的な価値だけでなく異性としての期待を込めたいやらしい目。
セラフィナは反吐が出そうだった。
それでも何とかローブを外し、口元に笑みをたたえ、僅かに膝を曲げて会釈する。
「恐れおののいて青ざめた人形が連れられてくると思ったが……いや、すばらしい」
男はセラフィナに近づき、顎を掴もうと手を伸ばした。
が、寸前でセラフィナが一歩引いたため、右手が虚しく空振りする。
「まあ、一晩ゆっくり語り合えば、貴女にも自分の立場がすぐにわかる」
自信ありげに男はそう言った。
自分の言った言葉が気に入ったのか、ぶつぶつと「一晩ゆっくり……」「いや、ご
希望とあれば幾晩でも……」とにやけてみせる。
その時、下から突き上げられるような衝撃が古城を襲った。
男が慌てて自分の護衛に視線を走らせると、護衛は部屋から走り出ると見せかけて
男に突進、男が現状を理解する前に鮮やかに昏倒させた。
部屋に残っていたバーゼラルドは、セラフィナを背に立ち、腰の剣を引き抜く。
対峙した二人は、邪魔だとばかりにローブを外して臨戦態勢に入った。
「な……ぜ」
セラフィナはそれ以上言葉が出なかった。
明るい金の髪と、見間違えようのない顔……海賊船の船長が目の前にいるのだ。
「こんなところで再会するなんて、運命を感じるかい? 美しいお嬢さん」
視線はバーゼラルドに向けたまま、涼しい顔で笑うキャプテン。
状況が飲み込めずにセラフィナの目が泳ぐ。
一体外では何が始まったのか、時折の爆発音と途切れそうで途切れない金属のぶつ
かり合う音が続いている。悲鳴のような声まで聞こえた。かすかな怒声もあるよう
だ。
「ああ、そうそう、例の死に損ないも来ているみたいだったよ」
何かのついでのように、キャプテンは言った。
バーゼラルドとの睨み合いは、未だ続いている。
もしかすると、責めあぐねるほど双方が強いのかも知れなかった。
「アイツは気に入らないけど、君のことは気に入っててね」
セラフィナにウィンクすると、キャプテンはいきなりバーゼラルド斬りかかった。
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