人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン
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「……彼をおとなしくさせて下さい」
レイアと名乗った少女は、セラフィナの猿轡を再び外しながらそう言った。
表ではギラムと名乗る男と倉庫番の二人との口論が延々と続いている。セラフィナ
の耳に届くだけでもかなりの大音量だ。彼女には耐え難い苦痛なのだろう。
「ただし、余計なことを言ったりすれば、貴女だけでなく彼等にも危害が及ぶことを
お忘れなく」
外し終わった猿轡をその場にぽとりと落とすと、レイアは両手を耳に当てながらそ
う言った。
「お前達は何を隠しておるんじゃ!?」
ギラムは詰め寄り、ノマは半ば諦めた表情で見守っている。
「だから何も知らないって!」
答え続ける方も大変だ。
そろそろ迎えがやって来るというのに、こんな邪魔が入ってしまっては面倒なこと
になりかねない。というか、既に十分面倒なことになっているような気もするのだ
が。
とかなんとか思いながら、既に半刻以上が過ぎてしまった。かなり日が傾いてきて
いる。
「お前達の目線は、確実に何かを隠す意図があったとしか思えん」
通りすがりのノマの問いに、彼らは「知らない」と答えたのだ。視線を逸らしなが
ら。
「元々嘘は得意ではないと見た!」
「そんな無茶苦茶なぁ」
もうどうしようもなくて泣きそうだ。
でも、そんなこと、ギラムさんはお構いなし。
「ワシはお前さん等に本当のことを言ってもらうまで、動くつもりはないからな」
とうとうどっかり座り込む始末である。
「彼等が穏便に去らなければ、もうじき来る迎えが何をするかしれません」
耳を塞いだままのレイアが言う。
「貴女は命を狙われていて、そのことを知ったある方が匿ってくれたのです。いいで
すか、貴女の身柄を狙っているのは別にも居るんですよ。その後の貴女の態度次第で
どう変わるかはまで知りませんが、そこまでは概ね本当のことです」
事情も知らせず拉致することを匿うというのか。そして、そこに自分の意志が介在
する余地はあるのか……セラフィナは目を細め、口の端だけで冷たく笑う。
それはカフールを出てからしばらく忘れていた、籠の鳥としての笑みだった。
「だ~か~ら~」
勘弁してよとノマに目で訴えるが、僕じゃ無理、とやはり視線だけで返される倉庫
番。
避難した相方は、奥まった倉庫の一室から、レイアの合図を聞いた。
「どうしたの、もう迎えが来るの?」
扉を二回ノックして、女は声を掛ける。
「ええ、かなり近いようですよ。彼女を表に出しましょう」
面倒臭そうに髪を弄っていた女が、ギクリと身を竦めた。
「い、今、表にヒトがいるんだけど……」
「ええ、知っています。だから急がないと」
一拍おいて、レイアは続ける。
「今迎えが来ると貴方達も信用を落とすでしょうね。私は今の生活をそれなりに気に
入っているけれど、それも続けられないかもしれない。……だから彼女に追い返して
もらうんですよ」
深読みするとこうだ。
彼らが居座っている状況で迎えが到着すると、これから裏の仕事は来なくなるだろ
う。それどころか、悪くすると今までの仕事を取り上げられるだけでなく、口を封じ
られるかも知れない。だから彼女に追い返させるのだと。
「……ちゃんと言い含めてあるんでしょうね?」
「何をです? 彼女は彼らの安全のために不利益なことはしませんよ」
つまり、彼らの安全を傘に脅したということか。
女は背中に寒いモノを感じ、鍵を慌てて開ける。
やはり彼女は化け物だ、と思いながら……。
「あ」
ノマが倉庫番の後ろを見た。
その声に倉庫番は振り向き、ギラムさんは座った姿勢を傾けるようにして覗き込
む。
「もういいんです、ありがとう」
倉庫番に声を掛けたのは、セラフィナ本人だった。
呆気にとられる倉庫番とノマ、それ見たことかと立ち上がるギラムさん。
その反応がおかしくて、セラフィナは少し表情を和らげた。
「探しとったんじゃ」
慌ててポケットを探り、金細工のブローチを取り出すギラムさんにセラフィナは向
き直る。そして取り出したモノを見ると、驚き、喜び、そして微笑んだ。
「……大切なモノなんじゃろう?」
下から覗き込むように差し出すギラムさんからブローチを受け取り、セラフィナは
襟元に止める。そしてそっと手を重ねると深々と頭を下げた。
「わざわざありがとうございます。本当に……なんとお礼を言ったらいいか」
「そんなものいいんじゃ。それより、困っているんじゃないのかね?」
倉庫番を不審そうに見やり、ギラムさんは小声で付け足した。
「実は、身の危険を避けるためにココに匿っていただいたんです」
「なんと! ソレはただ事ではないじゃないか!」
「……ええ、そうですね」
セラフィナはそっと目を伏せる。
「だから、私のことやココのことは忘れて、早くお帰りになって下さい」
「……力にはなれんのかい?」
ギラムさんは静かに言った。優しい声だった。
「詳しいことは何も話せないんです。ただ……」
ブローチに重ねた手を握りしめるように、セラフィナは言葉を紡ぐ。
「私は一人じゃありませんから。きっと大丈夫です」
セラフィナが微笑む。
ギラムさんは眩しそうに見上げると、ノマのところへ黙って戻った。
「……えーと、アレで良かったの? ギラムさん」
帰りの道すがら、ノマがギラムさんに尋ねる。
ギラムさんは遠くを見ながら、こう呟いた。
「いいんじゃ。ワシはあのお嬢さんのように、ブローチの送り主が助けに来てくれる
ことを信じとるからな」
ギラムさんの傍らでは、使うことの無かった戦斧が寂しげに佇んでいる。
「……ロマンだよね」
「……ロマンじゃ」
夕日に空が紅く染まる。
「お迎えに上がりました」
恭しい態度で馬車から降りてきた男の声は、彼女を気絶させた男のモノだった。
違いがあるとするならば、身なりの良い従者の格好に着替え、質素な黒塗りの馬車
であることくらいだろうか。
「今抵抗するつもりはありません。何処へ向かうのか、何を目的としているのか
は……聞いてもお答えいただけないのでしょうね」
セラフィナはおとなしく指示に従いながら冷笑を浮かべた。
「今から行く先で、お尋ねのことも明らかになるでしょう」
上辺だけの、敬意を感じられない態度に、皇女としての記憶が蘇る。
冷たい距離感のある人間関係。養父母や幼なじみとのギャップがずっと苦痛だっ
た。
「当分お目付役は貴方が?」
「ご不満でしょうがご理解下さい」
目線も合わせず男は答える。
顔に見覚えはないが、立ち振る舞いに馴染みがあるような気がするのは気のせいだ
ろうか? ……だとすると彼もまた、カフールの出なのかもしれない。
馬車は静かに走り始める。
行き先を、セラフィナはまだ知らない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
セラフィナは窓も塞がれた馬車に揺られながら馬車の中に素早く視線を走らせた。
無数の小さな穴は、明かり取りのない室内に不思議な幾筋もの影を作り出してい
る。
備え付けてある小型のクロスボウは全部で八つ。しかも、おそらく取り外しが利く
のだろう。無数の穴すべてがクロスボウ備え付けの穴と同じ形状をしている。予備の
矢らしきモノの量を見ても、籠もって応戦すれば結構な時間を無傷でやり過ごせそう
な作りだ。
男の数はさっきの男を含め三人。セラフィナも渡された黒いマントを身につけてい
たが、無言の男達はさらにフードの付いた丈の長いローブを身につけているようだっ
た。
「……名前を聞いておきたいですね」
唯一顔の覗くお目付役を名乗る男は、ちらりとセラフィナを見ると恭しく頭を下げ
てみせた。
「お好きなように」
ソレは答えるつもりがないということか。
予想はしていたが、それでも聞こえるようにセラフィナは溜め息をついた。
「それでは、クリス、サイ、バーゼラルド。どれにしましょうか」
男の眉が僅かに上がる。
「すべて武器の名称とはイイご趣味だ」
「貴方には似合いでしょう」
皮肉な笑みが自然と浮かぶ。
「ではバーゼラルドと。名を頂けて光栄です」
バーゼラルドは相変わらず敬意を感じさせない恭しさで大袈裟に礼をした。
場所:港町ルクセン
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「……彼をおとなしくさせて下さい」
レイアと名乗った少女は、セラフィナの猿轡を再び外しながらそう言った。
表ではギラムと名乗る男と倉庫番の二人との口論が延々と続いている。セラフィナ
の耳に届くだけでもかなりの大音量だ。彼女には耐え難い苦痛なのだろう。
「ただし、余計なことを言ったりすれば、貴女だけでなく彼等にも危害が及ぶことを
お忘れなく」
外し終わった猿轡をその場にぽとりと落とすと、レイアは両手を耳に当てながらそ
う言った。
「お前達は何を隠しておるんじゃ!?」
ギラムは詰め寄り、ノマは半ば諦めた表情で見守っている。
「だから何も知らないって!」
答え続ける方も大変だ。
そろそろ迎えがやって来るというのに、こんな邪魔が入ってしまっては面倒なこと
になりかねない。というか、既に十分面倒なことになっているような気もするのだ
が。
とかなんとか思いながら、既に半刻以上が過ぎてしまった。かなり日が傾いてきて
いる。
「お前達の目線は、確実に何かを隠す意図があったとしか思えん」
通りすがりのノマの問いに、彼らは「知らない」と答えたのだ。視線を逸らしなが
ら。
「元々嘘は得意ではないと見た!」
「そんな無茶苦茶なぁ」
もうどうしようもなくて泣きそうだ。
でも、そんなこと、ギラムさんはお構いなし。
「ワシはお前さん等に本当のことを言ってもらうまで、動くつもりはないからな」
とうとうどっかり座り込む始末である。
「彼等が穏便に去らなければ、もうじき来る迎えが何をするかしれません」
耳を塞いだままのレイアが言う。
「貴女は命を狙われていて、そのことを知ったある方が匿ってくれたのです。いいで
すか、貴女の身柄を狙っているのは別にも居るんですよ。その後の貴女の態度次第で
どう変わるかはまで知りませんが、そこまでは概ね本当のことです」
事情も知らせず拉致することを匿うというのか。そして、そこに自分の意志が介在
する余地はあるのか……セラフィナは目を細め、口の端だけで冷たく笑う。
それはカフールを出てからしばらく忘れていた、籠の鳥としての笑みだった。
「だ~か~ら~」
勘弁してよとノマに目で訴えるが、僕じゃ無理、とやはり視線だけで返される倉庫
番。
避難した相方は、奥まった倉庫の一室から、レイアの合図を聞いた。
「どうしたの、もう迎えが来るの?」
扉を二回ノックして、女は声を掛ける。
「ええ、かなり近いようですよ。彼女を表に出しましょう」
面倒臭そうに髪を弄っていた女が、ギクリと身を竦めた。
「い、今、表にヒトがいるんだけど……」
「ええ、知っています。だから急がないと」
一拍おいて、レイアは続ける。
「今迎えが来ると貴方達も信用を落とすでしょうね。私は今の生活をそれなりに気に
入っているけれど、それも続けられないかもしれない。……だから彼女に追い返して
もらうんですよ」
深読みするとこうだ。
彼らが居座っている状況で迎えが到着すると、これから裏の仕事は来なくなるだろ
う。それどころか、悪くすると今までの仕事を取り上げられるだけでなく、口を封じ
られるかも知れない。だから彼女に追い返させるのだと。
「……ちゃんと言い含めてあるんでしょうね?」
「何をです? 彼女は彼らの安全のために不利益なことはしませんよ」
つまり、彼らの安全を傘に脅したということか。
女は背中に寒いモノを感じ、鍵を慌てて開ける。
やはり彼女は化け物だ、と思いながら……。
「あ」
ノマが倉庫番の後ろを見た。
その声に倉庫番は振り向き、ギラムさんは座った姿勢を傾けるようにして覗き込
む。
「もういいんです、ありがとう」
倉庫番に声を掛けたのは、セラフィナ本人だった。
呆気にとられる倉庫番とノマ、それ見たことかと立ち上がるギラムさん。
その反応がおかしくて、セラフィナは少し表情を和らげた。
「探しとったんじゃ」
慌ててポケットを探り、金細工のブローチを取り出すギラムさんにセラフィナは向
き直る。そして取り出したモノを見ると、驚き、喜び、そして微笑んだ。
「……大切なモノなんじゃろう?」
下から覗き込むように差し出すギラムさんからブローチを受け取り、セラフィナは
襟元に止める。そしてそっと手を重ねると深々と頭を下げた。
「わざわざありがとうございます。本当に……なんとお礼を言ったらいいか」
「そんなものいいんじゃ。それより、困っているんじゃないのかね?」
倉庫番を不審そうに見やり、ギラムさんは小声で付け足した。
「実は、身の危険を避けるためにココに匿っていただいたんです」
「なんと! ソレはただ事ではないじゃないか!」
「……ええ、そうですね」
セラフィナはそっと目を伏せる。
「だから、私のことやココのことは忘れて、早くお帰りになって下さい」
「……力にはなれんのかい?」
ギラムさんは静かに言った。優しい声だった。
「詳しいことは何も話せないんです。ただ……」
ブローチに重ねた手を握りしめるように、セラフィナは言葉を紡ぐ。
「私は一人じゃありませんから。きっと大丈夫です」
セラフィナが微笑む。
ギラムさんは眩しそうに見上げると、ノマのところへ黙って戻った。
「……えーと、アレで良かったの? ギラムさん」
帰りの道すがら、ノマがギラムさんに尋ねる。
ギラムさんは遠くを見ながら、こう呟いた。
「いいんじゃ。ワシはあのお嬢さんのように、ブローチの送り主が助けに来てくれる
ことを信じとるからな」
ギラムさんの傍らでは、使うことの無かった戦斧が寂しげに佇んでいる。
「……ロマンだよね」
「……ロマンじゃ」
夕日に空が紅く染まる。
「お迎えに上がりました」
恭しい態度で馬車から降りてきた男の声は、彼女を気絶させた男のモノだった。
違いがあるとするならば、身なりの良い従者の格好に着替え、質素な黒塗りの馬車
であることくらいだろうか。
「今抵抗するつもりはありません。何処へ向かうのか、何を目的としているのか
は……聞いてもお答えいただけないのでしょうね」
セラフィナはおとなしく指示に従いながら冷笑を浮かべた。
「今から行く先で、お尋ねのことも明らかになるでしょう」
上辺だけの、敬意を感じられない態度に、皇女としての記憶が蘇る。
冷たい距離感のある人間関係。養父母や幼なじみとのギャップがずっと苦痛だっ
た。
「当分お目付役は貴方が?」
「ご不満でしょうがご理解下さい」
目線も合わせず男は答える。
顔に見覚えはないが、立ち振る舞いに馴染みがあるような気がするのは気のせいだ
ろうか? ……だとすると彼もまた、カフールの出なのかもしれない。
馬車は静かに走り始める。
行き先を、セラフィナはまだ知らない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
セラフィナは窓も塞がれた馬車に揺られながら馬車の中に素早く視線を走らせた。
無数の小さな穴は、明かり取りのない室内に不思議な幾筋もの影を作り出してい
る。
備え付けてある小型のクロスボウは全部で八つ。しかも、おそらく取り外しが利く
のだろう。無数の穴すべてがクロスボウ備え付けの穴と同じ形状をしている。予備の
矢らしきモノの量を見ても、籠もって応戦すれば結構な時間を無傷でやり過ごせそう
な作りだ。
男の数はさっきの男を含め三人。セラフィナも渡された黒いマントを身につけてい
たが、無言の男達はさらにフードの付いた丈の長いローブを身につけているようだっ
た。
「……名前を聞いておきたいですね」
唯一顔の覗くお目付役を名乗る男は、ちらりとセラフィナを見ると恭しく頭を下げ
てみせた。
「お好きなように」
ソレは答えるつもりがないということか。
予想はしていたが、それでも聞こえるようにセラフィナは溜め息をついた。
「それでは、クリス、サイ、バーゼラルド。どれにしましょうか」
男の眉が僅かに上がる。
「すべて武器の名称とはイイご趣味だ」
「貴方には似合いでしょう」
皮肉な笑みが自然と浮かぶ。
「ではバーゼラルドと。名を頂けて光栄です」
バーゼラルドは相変わらず敬意を感じさせない恭しさで大袈裟に礼をした。
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