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2024/11/01 08:00 |
銀の針と翳の意図 87/ライ(小林悠輝)
人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン -廃城
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 がらがらと砂利を蹴立てる音を森に響かせて、黒塗りの馬車が城門を潜った。
 茜色に染まろうとする空、木々はうっすらと赤みを帯びてきた陽光に陰影を深くし始
めている。その風景に妙に浮いた黒が、なんとなく不気味に見えた。

「……あれは?」

 好きに動いていいと言われたものの状況がわからないと動きようがないので、邪魔だ
どこか行ってろ近づくなと嫌がるバジルについて回ることにしたのだ。イヤガラセにも
なって一石二鳥。
 それに、いまのところ、最も注意するべきはこの男だ。
 誰にも悟られずに行動できるという決定的な要素が通用しない相手に会ったのは初め
てだ。それにしても、怪奇現象が見えるなんてかなり苦労の多い生活をしていそうだ。

「領主サマの遣いの馬車だよ」

 バジルはぶっきらぼうに答えた。ライは「ふぅん」と相槌を打って、馬車をまじまじ
と眺める。装飾もなく、質素。金具まで漆黒という偏執的な色使いを除けば、一見して
普通の馬車だが――

「固めてるねぇ」

 車両部分を完全に金属板で囲い、黒馬には毛と同じ色の鎧が着せられている。
 ミニチュアー・クロスボウの矢を打ち出すための小さな穴もあるだろう。
 黒一色で一つの影のように見えるせいで、違和感が目立たない。

「まるで死神馬車だな。
 酔った勢いとかで領主の悪口を言うと」

「黒塗りの馬車がやってきて、その人を連れて行っちゃうんでしょ?
 で、二度と戻ってこない……と。結構どこにでもあるよね、その噂」

「まぁ、有名だってことは、どっかで実際にやってたんだろ」

「今時こんなハデなのは珍しいね。演出かな」

 バジルは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。彼は、見つからないように、窓際の壁に
張り付くようにして外を窺っている。
 ライは面倒になると姿を消して窓から身を乗り出したりしていたが、バジルに「お前
だけ楽してんじゃねぇ」と理不尽な文句をつけられたので、いちおう彼に倣って影に潜
んでいる。

「今更だけど……隠密行動したことあるのか、お前?」

 不満そうに訊いたバジルに、ライは虚を突かれて瞬きした。
 嫌なスリルが心臓に悪くて好きじゃないけど、とりあえず見つかったことはない。そ
う答えると、バジルは複雑な表情をした。

「壁に寄りかかってポケットに手ェ入れてるのは、どうなんだ」

「見つからなければいいんじゃない?」

「盗賊稼業ナメんじゃねぇぞ!」

「はいはい大声出さないの」

 黒フードの人影が三つ、馬車から吐き出される。
 それぞれに帯剣しているのがシルエットからわかった。
 そのうち一人がふいに顔を上げた。無意識に身を乗り出して注視していたライは慌て
隠れる。バジルが小声で「馬鹿」と罵ったが、黒フードは何にも気づいた風なく、周囲
に警戒の視線を巡らせていた。

「……見つかってないみたいだな」

「だから、見つかったことないってば」

 壁に寄りかかって座り込みながら、剣の柄を探る。
 見つかった。今のは絶対に見つかった。いや、それは好都合ではないか? 相手が侵
入者に気づいたとしても、知らないフリをしていてくれるのなら、バジルたちの動きは
制限されるが、その分、姿を消していれば絶対に見つからないライには有利になる。

 ――の、だが。問題が一つ。
 ぞるりと丈の長い黒ローブのせいで体格はわからないが、それなりに長身のあの人影。
整った面立ちと鋭い眼光、そしてフードからわずかに零れた黄金色の髪には、見覚えが。
明らかに知り合いだった。それも、明らかに好ましくない類の。

(なんであいつがここにいるんだ……)

 相手もこちらの正体に気づいたかどうか。
 ここは暗がりだが、相手が相手だ。どちらとも判断がつかない。
 とりあえず悪い方に考えておけばいいのか、そうか。

「……おい、見とけ」

 ライは姿を消して窓から外を見やった。見つかったのがわかっているのにわざわざ隠
れるのが面倒になったのだ。
 馬車から更に人が出てきた。中年と壮年の狭間、平凡な容姿の男だ。やはり黒い服を
着ているが、顔を隠していないのが他の三人と違っている。彼は黒フードたちに向けて
何かを言った。

「聞こえないな。ちょっとあっち行ってこい」

 ワガママ。胸のうちだけで呟いておいて、その注文は黙殺。
 敵になる可能性が高い相手の手伝いをするものか――というよりも、急に協力的な態
度を取ったら逆に怪しまれるだろうと思ったのだ。バジルは器用に、音を立てずに舌打
ちした。

 やがて黒ずくめの一行は城内へと消えた。
 バジルが壁から体を離して伸びをする。

「仲間に報告に行ってくる。
 お姫様の方が来るかも知れないから見といてくれよ」

「……」

「下にはリズ――さっきの女がいるから、抜け駆けしたら命ねェぞ」

 言い捨てて、バジルは廊下を駆けて行った。
 ライは見送り剣を握りしめる。貴族様とケンカするのは初めてではない。人間だった
頃にはよくあったことだ。権力に屈さないとか、そんな格好のいいことではない。気に
入らなければ誰にでも刃向かい、奪われたものは奪い返す、ただそれだけのことなのだ。

 背後にある財宝と権力、突きつけられた刃の切っ先。どちらが勝つのか知っている。
 セラフィナさんは僕のお気に入りだから殺してでも奪い取る、ただそれだけのことな
のだ。
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2006/11/30 23:48 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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