人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン
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荒く削りだされた重い石がいくつもいくつも積み重ねられた城。ここは人間が住むた
めに建物なのかと、それさえ疑わしくなってくる。動乱期――この地域の歴史など知ら
ないが――の城ならば、住居ではなく砦の役割を重要視されていたから、この堅牢な造
りにも納得がいく。だがこの建物は、そういった防衛の要として建築されたにしては、
場所がおかしい。
(別の用途があったってことだろ。
それも、自分の城で堂々とやれないことをするために造ったんだ。大昔に、誰かが)
半ば決めてかかる。ライは足を止めて天井を見上げた。
低くない。身長の二倍はあるはずなのに、重圧のようなものを感じる。今にも押しつ
ぶされてしまいそうだと感じるのは、ここがあまりにも無骨だからか。
細窓から落ちる光は午後の陽光。夕方までどれだけあるだろう。
窓から見えるのは外壁に絡みつく蔦と周囲の木々の向こうにわずかに見える空だけで、
太陽の位置は知れない。ただ、青空が少し色を淡くしてきた気もする。
ルクセンに到着したときには既に昼を回っていた。となれば時間はあまりない。
「おもしろいもの、あった?」
光。声をかけられてライは振り向いた。
さっきの女だ。黒い僧衣をだらしなく着崩して、それが自然に見えている。
手に何か光るものをもっていると思ったが、よく見ると魔法の光が点っている。浴び
た肌がチリチリ痛むような気がしてライは嫌な顔をした。
バジルがこういう現れ方をしたら完全にシカトするだろうが、女性ならば返事くらい
はする気になった。さっき情報をもらったこともあるし、あまり素っ気なくするのも。
「……何のために建てられたんだろうって、思ってさ」
女はクスリと笑った。
「ずっと前の領主サマが、浮気した奥さんを幽閉するために建てたんだってさ」
「へぇ」
嘘か本当かは知らないが、妙な説得力がある。廃墟で怪談を聞かされるような――よ
うな、ではなくてその通りか。ライはぐるりと壁や天井を見渡した。ああ、なるほどね
と、なんとなく納得する。それで、その奥さんの幽霊はどこに出るの? と聞いたら、
女はキョトンとしてから笑った。
「基本をわかってるね」
「怪談作る側を馬鹿にしちゃいけない」
ライは女が灯している光を見て目を細め、「消してくれ」と無言で訴えたが、女は気
づかなかった。無視したのかも知れない。
「お姫さま、さらったの?」
「コールベルまで一緒に行こうって誘われたんだ。
どこぞの王族だなんて知ってたら、たぶん……関わらなかった」
「なんで?」
「面倒はごめんだ。
ただでさえ、なんだかわからないうちに指名手配犯ってことになってるし……」
ぶつぶつと愚痴るように答えると女は首をかしげた。
ライは恨みがましい目で彼女を見た。
「僕は、ただ、平和に毎日を送りたいのに」
「……モンスターのセリフとは思えない」
「いいじゃん日和見主義。慣れるとすっごく楽。
それに差別はよくないよ。聖職者の格好してるなら尚更だ」
「シューキョーって基本的に信者以外には狭量だけど?」
女は肩を竦める。反論が見つからなくてライは表情を曇らせた。
言葉のやり取り自体がとてつもなく不毛に思えた。空を見ようと思ったが、近くに強
い光があるせいで、余計に時刻がわからない。
「お姉さん、準備は終わったの?」
「さっきので最後だったから、あとは待つだけ。
神聖魔法の結界とか仕掛けたから、引っかからないように気をつけろ」
それは明らかに個人攻撃だなと被害妄想的に確信して、ライはそっぽを向いた。
親しげに話しかけてもお前は敵だと牽制されている。何か言い返したいが、何の策も
思いつかない。いっそ短絡的に脅しでもかけてみようか。却下。死に損ない[アンデッ
ド]と司祭では分が悪すぎて有効とは思えない。
ライが仏頂面で黙り込んだのを見て、女は呆れたようにため息を吐いた。
「……融通が利くのが、冒険者の美点だろ?
本当だったら自由にさせてやってもいいんだけどさ、今回は――領主についた魔法使
いってのが、お前みたいなゴーストとか使うらしいから、できれば大人しくしてた方が
いいよ。そいつ、ソフィニアのアレの実行犯だって噂もあるから」
ソフィニアの。思い出してライは表情を強張らせた。あ、言っちゃった、と女が口元
に手をやったがどうもワザトくさい。自分達の都合なんだとはいえその一環として心配
してくれたみたいだし礼くらいは言おうかと思ったが、その気分も霧散してしまった。
「ほら、精神支配とかって、やられるの想像するだけでイヤじゃん?
だからおとなしくしてようよ。お姫様はわたしたちが助け出すから」
「で、そのままどっか連れてっちゃうんでしょ。だったら却下。……っていうか」
ライは疑わしそうな表情を作って女を見た。自分より背丈が低い相手を自然な上目遣
いで見れる、というのは地味に特技に入るのかも知れない。役に立つのかどうかは甚だ
疑問だが。
「さっきは「勝手にしてていいよ」みたいな感じだったのに、なんで今になって、そう
いうこと言うの? 冒険者って気まぐれだから信用できないよ」
言いながら昔を思い出す。護送対象をこっそり逃がしたり、依頼人を殴り倒して役所
に引き渡したりすることはよくあった。詐欺師を騙すのは楽しみの一つだったし、調査
を頼まれた遺跡をわざと倒壊させたりもした。山賊を雇って小村に夜襲をかけたことも
あったか。一応、それなりの理由があっての行動だった。でも並べてみるとロクなこと
していないように聞こえる。
自分が冒険者を名乗っていた頃にそういうことをやっていたから、冒険者は信用しな
い。情で落とせばノってくれるかも知れないけど、昔それを企んだ相手に痛い目を見せ
た記憶がいくつも蘇って、おなじような報復はされたくないなと思った。
彼らは単純なようでいて、狡猾で、したたかだ。
「なんで?」
「人生ごとドロップアウトしたけど、元同業者だから?」
女は困ったように苦笑した。
ああそれじゃあ信用してもらえないなぁなんて頭を掻く。あまりおしとやかと言えな
い動作もサマになっていて、ライは顔をしかめる以外の反応をできなかった。
「まあ、仕方ないか。脅しが効く程度ならこの場で捕縛しようと思ったんだけど」
「からかいに来たの?」
「愛の逃避行だったら邪魔しちゃ悪いから、確認しに。よくわかんないから結局保留だ
けど。ほら、そろそろ馬車が来るよ。準備とかするなら今のうち」
女は背を向けて小走りに去って行った。
残されたライは、もういちど窓から空を見上げてから踵を返した。
場所:港町ルクセン
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荒く削りだされた重い石がいくつもいくつも積み重ねられた城。ここは人間が住むた
めに建物なのかと、それさえ疑わしくなってくる。動乱期――この地域の歴史など知ら
ないが――の城ならば、住居ではなく砦の役割を重要視されていたから、この堅牢な造
りにも納得がいく。だがこの建物は、そういった防衛の要として建築されたにしては、
場所がおかしい。
(別の用途があったってことだろ。
それも、自分の城で堂々とやれないことをするために造ったんだ。大昔に、誰かが)
半ば決めてかかる。ライは足を止めて天井を見上げた。
低くない。身長の二倍はあるはずなのに、重圧のようなものを感じる。今にも押しつ
ぶされてしまいそうだと感じるのは、ここがあまりにも無骨だからか。
細窓から落ちる光は午後の陽光。夕方までどれだけあるだろう。
窓から見えるのは外壁に絡みつく蔦と周囲の木々の向こうにわずかに見える空だけで、
太陽の位置は知れない。ただ、青空が少し色を淡くしてきた気もする。
ルクセンに到着したときには既に昼を回っていた。となれば時間はあまりない。
「おもしろいもの、あった?」
光。声をかけられてライは振り向いた。
さっきの女だ。黒い僧衣をだらしなく着崩して、それが自然に見えている。
手に何か光るものをもっていると思ったが、よく見ると魔法の光が点っている。浴び
た肌がチリチリ痛むような気がしてライは嫌な顔をした。
バジルがこういう現れ方をしたら完全にシカトするだろうが、女性ならば返事くらい
はする気になった。さっき情報をもらったこともあるし、あまり素っ気なくするのも。
「……何のために建てられたんだろうって、思ってさ」
女はクスリと笑った。
「ずっと前の領主サマが、浮気した奥さんを幽閉するために建てたんだってさ」
「へぇ」
嘘か本当かは知らないが、妙な説得力がある。廃墟で怪談を聞かされるような――よ
うな、ではなくてその通りか。ライはぐるりと壁や天井を見渡した。ああ、なるほどね
と、なんとなく納得する。それで、その奥さんの幽霊はどこに出るの? と聞いたら、
女はキョトンとしてから笑った。
「基本をわかってるね」
「怪談作る側を馬鹿にしちゃいけない」
ライは女が灯している光を見て目を細め、「消してくれ」と無言で訴えたが、女は気
づかなかった。無視したのかも知れない。
「お姫さま、さらったの?」
「コールベルまで一緒に行こうって誘われたんだ。
どこぞの王族だなんて知ってたら、たぶん……関わらなかった」
「なんで?」
「面倒はごめんだ。
ただでさえ、なんだかわからないうちに指名手配犯ってことになってるし……」
ぶつぶつと愚痴るように答えると女は首をかしげた。
ライは恨みがましい目で彼女を見た。
「僕は、ただ、平和に毎日を送りたいのに」
「……モンスターのセリフとは思えない」
「いいじゃん日和見主義。慣れるとすっごく楽。
それに差別はよくないよ。聖職者の格好してるなら尚更だ」
「シューキョーって基本的に信者以外には狭量だけど?」
女は肩を竦める。反論が見つからなくてライは表情を曇らせた。
言葉のやり取り自体がとてつもなく不毛に思えた。空を見ようと思ったが、近くに強
い光があるせいで、余計に時刻がわからない。
「お姉さん、準備は終わったの?」
「さっきので最後だったから、あとは待つだけ。
神聖魔法の結界とか仕掛けたから、引っかからないように気をつけろ」
それは明らかに個人攻撃だなと被害妄想的に確信して、ライはそっぽを向いた。
親しげに話しかけてもお前は敵だと牽制されている。何か言い返したいが、何の策も
思いつかない。いっそ短絡的に脅しでもかけてみようか。却下。死に損ない[アンデッ
ド]と司祭では分が悪すぎて有効とは思えない。
ライが仏頂面で黙り込んだのを見て、女は呆れたようにため息を吐いた。
「……融通が利くのが、冒険者の美点だろ?
本当だったら自由にさせてやってもいいんだけどさ、今回は――領主についた魔法使
いってのが、お前みたいなゴーストとか使うらしいから、できれば大人しくしてた方が
いいよ。そいつ、ソフィニアのアレの実行犯だって噂もあるから」
ソフィニアの。思い出してライは表情を強張らせた。あ、言っちゃった、と女が口元
に手をやったがどうもワザトくさい。自分達の都合なんだとはいえその一環として心配
してくれたみたいだし礼くらいは言おうかと思ったが、その気分も霧散してしまった。
「ほら、精神支配とかって、やられるの想像するだけでイヤじゃん?
だからおとなしくしてようよ。お姫様はわたしたちが助け出すから」
「で、そのままどっか連れてっちゃうんでしょ。だったら却下。……っていうか」
ライは疑わしそうな表情を作って女を見た。自分より背丈が低い相手を自然な上目遣
いで見れる、というのは地味に特技に入るのかも知れない。役に立つのかどうかは甚だ
疑問だが。
「さっきは「勝手にしてていいよ」みたいな感じだったのに、なんで今になって、そう
いうこと言うの? 冒険者って気まぐれだから信用できないよ」
言いながら昔を思い出す。護送対象をこっそり逃がしたり、依頼人を殴り倒して役所
に引き渡したりすることはよくあった。詐欺師を騙すのは楽しみの一つだったし、調査
を頼まれた遺跡をわざと倒壊させたりもした。山賊を雇って小村に夜襲をかけたことも
あったか。一応、それなりの理由があっての行動だった。でも並べてみるとロクなこと
していないように聞こえる。
自分が冒険者を名乗っていた頃にそういうことをやっていたから、冒険者は信用しな
い。情で落とせばノってくれるかも知れないけど、昔それを企んだ相手に痛い目を見せ
た記憶がいくつも蘇って、おなじような報復はされたくないなと思った。
彼らは単純なようでいて、狡猾で、したたかだ。
「なんで?」
「人生ごとドロップアウトしたけど、元同業者だから?」
女は困ったように苦笑した。
ああそれじゃあ信用してもらえないなぁなんて頭を掻く。あまりおしとやかと言えな
い動作もサマになっていて、ライは顔をしかめる以外の反応をできなかった。
「まあ、仕方ないか。脅しが効く程度ならこの場で捕縛しようと思ったんだけど」
「からかいに来たの?」
「愛の逃避行だったら邪魔しちゃ悪いから、確認しに。よくわかんないから結局保留だ
けど。ほら、そろそろ馬車が来るよ。準備とかするなら今のうち」
女は背を向けて小走りに去って行った。
残されたライは、もういちど窓から空を見上げてから踵を返した。
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