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2025/03/09 23:33 |
銀の針と翳の意図 84/セラフィナ(マリムラ)
人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン
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「ああ、やっぱり。貴女がセラフィナですね?」

 レイアと名乗った少女はセラフィナの強張り方を感じ取ったのだろうか、僅かに笑
ってみせた。

「……何故、名前を知って……」

 セラフィナは、言いながら思わず目を逸らす。
 ……怖かったのだ。全てを見透かされているような気がして。

 レイアはセラフィナの様子に小首を傾げつつも、耳の後ろに両手をあてて囁いた。

「千里眼という言葉はありますが、聴覚のそれに当てはまる言葉を知っていますか」

 突然何の話が始まったのか、セラフィナには解らなかった。
 否定の意味で首を振ると、髪がさらさらと僅かな音を洩らす。

「そうですか、実は私も知りません。でも、どうやら私の耳はそういう力があるらし
い。普段は騒音から逃れるためにここに篭もっているんです」

「……え?」

 今まで一度も聞いたことがない話でただただ驚くセラフィナに、レイアは楽しそう
に付け加える。

「勿論、信じるも信じないも貴女の自由ですよ。
 名前を知ったのもここに乗り付けた連中の会話からですが、信じられなくても無理
はない」

 セラフィナには彼女が本当のことを言っているように感じた。
 一体どこまで聞こえるというのか?
 騒音の渦に飲み込まれるのを想像して、思わず気分が悪くなるセラフィナだった。

「無数の音の中から特定の音を拾うのは大変でしょうね」

 溜め息にも聞こえる深呼吸に、レイアは首を傾げる。
 まるで「何を言っているの?」とでも言うかのように。

「慣れればそれが日常になるもの。貴女が気にすることではないですよ」

 そういうとレイアは立ち上がり、部屋の隅から水の入ったコップを取ってきた。

「喉が渇いているようだ。お飲みなさい」

 言われて初めて喉の渇きに気付く。
 緊張のためか、さっきまでの猿轡のためか、どちらにしても僅かに違和感がある位
なのだが。

「何故そう思ったんです?」

「公園での声に比べてノイズが入るようだから」

 当然のように、レイアは答えた。

「見つかったんですか?例の『ライさん』でしたっけ」

 間違いない。彼女はココからどのくらい離れているかわからない公園での様子を
『聞く』コトが出来るのだ。
 ちょっと躊躇して、セラフィナは姿勢を正し、やや硬い表情で呟いた。

「ライさんが今どこにいるか、わかりますか?」

「ああ、会えなかったんでしたっけ。そこまでは聞いていなかったんですが、そうで
すか。それはお気の毒に」

 レイアは残念そうに肩を竦める。

「私も全てを聞いている訳じゃないですから」

 いや、それにしても貴女は面白い……そう呟きが聞こえたのはセラフィナの気のせ
いだろうか?
 レイアは突然耳に手を当て、首を傾げる。
 そして淡々と告げた。

「ああ、貴女の搬送は日が落ちる頃になりそうですね」



 時は少し遡る。
 ココは宿へ向かう通りの一画。
 とてとて歩いてきたのは小さな髭だるま、もとい、ドワーフの男性。

「ワシとしたことが」

 なにやら急いで歩いているらしい。しかし遅い。とにかく遅い。

「お釣りを、間違える、なん、て!」

 息が上がっているところを見ると、彼なりに無理をしているのかも知れない。
 額の汗を拭って、僅かに乱れた髭を直すと、更にスピードを上げた。

「名誉あるキャサリン金貨勲章を持つワシが……」

 手にしているのは小銭。大きな掌にすっぽり隠れて見えないほどの量。
 しかし、彼にとっては一大事なのだ。

 実は彼は彫金師として街でもそこそこ知られたギラムをいう男、さっきセラフィナ
に金のブローチを仕上げた男である。

「……ボッタクリなんぞ出来るか!」

 曰くありげな金の残骸を大切そうに布に包んで持ち込んだ女性。彼女は「貰い物」
だから、新しいのを買うのではなくコレを使って「細工して欲しい」と言ってきた。
 ……ロマンを感じるではないか。やりがいがあるではないか。
 だから他の仕事を全部置いておいて、急いでブローチを仕上げたのだ。
 なのに、お釣りを間違えるとはなんたる失態。職人のプライドを保つためにも、お
釣りはきちんと届けなければ。

 宿まではあと少し。
 彼女は街の人間じゃないから、きっと宿を借りているだろう。
 それだけの理由でこの宿を目指してきたが、ココがハズレだとすると、残りはちと
遠すぎる。

「お嬢さんはおるかいのー」

 少し気弱になるギラムであった。

   ガラガラガラガラ

 激しい騒音の元がすぐ横を通り過ぎ、土埃に咳き込むギラム。
 せっかく気分いい仕事の後なのにとぶつぶつ言ってみるが、怒鳴りつけることはし
なかった。
 それこそこの気分を台無しにしてしまうではないか。
 よし、もう着くぞー。

「なんじゃ、ボウズじゃないか」

 近所の悪ガキが宿の前でしゃがみ込んでいる。

「コレ、またなんか悪さでもしとるんじゃなかろうな?」

 後ろから声をかけると、少年は手にした金細工を慌てて放って駆け出した。

「うわぁぁん、ボクは拾おうとしただけなんだってば~」

 ギラムは降ってきたブローチを手にする前に気付いた。コレはさっきのブローチ
だ!

「追いこらボウズ、持ち主はどこ行った!?」

 逃げる少年に怒号が飛ぶ。少年は逃げながら叫び返した。

「そんなの知らないよう! あの馬車が通った後に落ちてたんだもん!」

 グローブのような掌に落ちてきたブローチは、金具部分のゆがみが目立っていた。
 これは普通に落としたりしたのではない。無理矢理何らかの力がかかったことで落
ちた、もしくは落とされたのだろう。
 曰くありげな金細工は、会心の出来で今も輝いている。

「……よし、ワシは行くぞ、待っとれよ」

 きっと彼女は何か事件に巻き込まれて、それであのブローチをくれた相手が助けに
来るのだ。そうだ、そうじゃなきゃロマンとは言えない。しかし、その肝心な場面で
大事なアイテムがなかったらどうする? ソレはイカンだろう。ワシの職人生命を賭
けても、持ち主の所へ戻してやらんと……。

 そんな妄想大爆発のギラムさん。
 大急ぎで店に戻ると、店を閉め、部屋の奥の壁に掛けてあった戦斧を担いだ。

「なあに、あんなに目立つ騒音の塊じゃ、きっとみんなが行き先を教えてくれる」

 やる気満々だが防具は胸当てとすね当てのみ。何とも貧相な装備の助っ人である。

   がちゃがちゃがちゃがちゃ

 繰り返すが、彼の足は、遅い。とても、遅い。
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2006/11/30 23:47 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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