忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2025/03/09 23:23 |
銀の針と翳の意図 83/ライ(小林悠輝)
人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン
------------------------------------------------------------------------

 宿に戻ると、セラフィナの姿はなかった。
 ベアトリスもまだ戻ってきていないらしく、話を聞くこともできない。

 ここの領主が魔法使いと手ェ組んで、お姫さまを狙ってんだよ。

 特別に優れているわけではない記憶力でも覚えていた。
 町中を――意識して急がないように進みながら、ライは、さっきの男の言葉を反芻す
る。領主というのは町の偉い人のこと。その地位の人が実際に何をやっているのかは知
らないが、とりあえず、貴族の位にあることは確かだ。
 領主がいるということは、国王の直轄地ではない。そもそもこの辺りは、どこの国に
属しているのだろう。旅をするなら普通は調べることだが、面倒くさいといえば面倒く
さい。

 さて、その領主様とやらはどこにいるのだろう? 小さな村だったら、領民居住区か
ら少し離れた丘の上、教会と方角を異なって小さな屋敷か城でも建っているものだ。大
都市ならば、お偉いさんに会うためには町の中央へ向かって歩けばいい。
 だから、この町のように中途半端な規模だと逆に困ってしまう。
 扇形の町の頂点――港とは逆方向に歩き続けたのは、ただ単純に、そちらの方が土地
が高くなっていて、しかも高級住宅街らしき場所が見えるのと、市街地から離れた場所
へ向かうのも同じ方向だという理由からだった。町と野の境目はいびつな曲線のように
見える。城壁が続いているのが見えるが、あまり高くはないらしい。
 この辺りには脅威が少ない証拠だ。

『壁が高くたって、入り込めるモンスターは入り込めるんだけどね……』

 空を飛べる、だとか。
 分厚い石壁を抜けられる、だとか。
 或いは、人に化ける――

 道に沿って歩き続けるうちに、周囲の様子は何度か変わった。薄暗さを感じない路地、
ざわめきに溢れる商店街、大きな屋敷が並ぶ住宅街。

 停まっていた馬車の手入れをしていた若い御者に嘘をついて道を聞いた。
 彼は少しだけ観察するようにこちらを見てから、「この町を治めるお方は、南にある
物見の塔から東の山中にお屋敷を構えていらっしゃいます」と教えてくれた。立ち振る
舞いも言葉遣いもどこか不自然だったから、あまり長く勤めているようには見えなかっ
た。しっかりと教育された使用人ならばもう少し怪しんで、別の反応をしただろう。
 集中力を注ぎ込んだとはいえ、幻は、自分から見ても不自然だった。めまい。

 急ぐなと自制しながら歩き続けて、ようやく町の端にたどり着いたときには、太陽の
位置が随分と変わっていた。セラフィナが誘拐されたという話を聞いたときみたいに、
走ればいいのに。そうしないのは何故かと自問してみても答えが見つからない。
 焦るな、焦ると取り返しのつかないことになるぞと、警鐘じみた予感ばかりが胸の内
で澱重なって、どうしようもなく気分が悪い。忘れて久しい二日酔いのような。

 目の前の塔を見上げる町と野を遮る壁から突き出した、石の塔。夕方、町の門が閉ざ
されるよりも少し早い時間になると、この塔の上に火が灯され、旅人たちの目印になる
のだ。そして外敵を発見し、門を閉ざして町を守るための場所でもある。
 一階に兵士が数人たむろしていた。念のためにと塔の中を見て回ったが、セラフィナ
の姿はなかった。物見塔はもう一箇所あるが、見に行くには遠い。それならやはり、領
主に直接会いに行ったほうがいいだろう。
 塔から壁を抜け、森の中を通る馬車道を、東と思われる方向へ延々と登り続ける。
 単純作業を苦痛と感じない程度には、まだ落ち着いていられているようだった。

 やがて古い石造りの城が見えてきた。黒ずんだ城壁に蔦が絡まっている。規模はそれ
ほど大きくないのに周囲の木々を圧倒するように、どっしりと横たわっている。
 伯爵様だか男爵様だか知らないが――騎士ではあるだろうけど――、ずいぶんと酔狂
な人物らしい。これではまるで、おとぎ話によくある吸血鬼の城。

 ライは深呼吸して(気分の話だ)門をくぐった。奇妙なほどにひと気がない。
 古びた石は重厚な雰囲気。焼け跡のような斑は自然についたものだろうか。取り巻く
草や蔦は、日陰であるせいか黒ずんで見える。見張りとかはいないのだろうかときょろ
きょろと見渡すが、一箇所だけ開いた二階の窓に誰かの影が見える以外は誰の気配も感
じられなかった。

 普通ならそんなことはないはずなのだが。ここは違う建物なのだろうか? しかし、
他にそれらしい場所は見当たらなかった。なにより、ここには誰かがいる。
 例の窓を見上げて眺める。ちょうど正面だから中を窺えた。
 窓の向こうの人物は窓辺で何かの作業をしているらしい。よくは見えないが、布のよ
うなものを持って。いや、違う。あれは網か――

 ――網? なんで?

 足元にナイフが突き立った。ただのナイフだ。
 反射的に動きかけ、自制する。その場に立ったまま、門を振り返る。

「さっきの兄ちゃんか」

 知っているような知らないような声。つい最近聞いた気がするが、覚える必要を感じ
なくて覚えなかった声。
 現れたのは、さっき追い掛け回してくれた冒険者風の男だった。
 ライは窓を気にしながら姿を現した。手に剣を握る。距離はある。戦うなら、わずか
に有利、かも知れない。

「……おじさん、誰だっけ?
 ここに住んでるとかなら不法侵入は謝るけど」

「調子乗るなゲテモノ、おにいさんと呼べ。
 もうちょっとしてからここに来る連中に用があって待ってんだよ」

「じゃあ、あれもおじさんの仲間?」

 窓を指差す。窓の人物の方も、さすがに気がついたのかこちらを見下ろしていた。
 男がそれに手を振った。それに気づくと、窓から身を乗り出してニコニコ笑いながら
手を振り返しているのは若い女のようだ。黒い服。胸元には聖印の首飾りが揺れている。

「バジルー、それ友達?」

「馬鹿言え! お姫さま誘拐の、例のヤツだよ。
 これ退治してお姫様の身柄を確保すればめでたく依頼料ゲット」

「捕縛、もしくは倒した証拠を提出だろ? ユーレー倒しても証拠とか残らないぞ」

 間の抜けた会話が、いかにも冒険者らしいといえば、らしい。
 倒すとか捕まえるとかいう相談を目の前でされているが、どうも危機感を感じない。
相手も気にしていないようだから、別にいいが。今は他の目的のために動いているよう
だし。ライはしばらく待つことにした。油断はしていないつもりだが、あまり自信ない。
 しばらくして、会話が一段落したらしいのを見てからライは言った。

「……忙しいんじゃなかったの?」

「ああっ、そーだ。お前、仕掛けは完成したのかよ!?」

 窓の女は「あっ」と口元に手を当てて、網を持ってばたばたとどこかへ消えてしまっ
た。それを見て男――バジル? が、ため息。人を待つとか言いつつ、仕掛けとか、よ
くわからない。冒険者のやることはいつの時代も意味不明だ。

「あ、お前は保留になったから、どっか行っていいぞ」

 そしていつの時代も自分勝手だったりする。
 ライは不満の意を表明することにした。こっちも、お前らに用事があるワケじゃない
んだぞ、と。

「なにそれ……僕、領主様に会いに来たんだけど」

「あー、そうか。さっきアイツが言ったこと聞いて、こっちに来たんだな?」

 バジルは眉間にしわを寄せた。アイツ、というのは仲間の女のことか。
 彼は少し考えてから、困ったように頭を掻いた。

「ここは別荘というかなんというか、普段は使われてない建物でな。
 本館は、町の中に屋敷があっただろ」

 あっただろ、と言われても知らない。道を聞いた御者に嘘をつかれていたらしい。せ
っかく山道を登ってきたというのに。
 しかし、この男がいるということは、本当の意味では、ここが正しい目的地だ。誘拐
事件の関連で動いている冒険者と遭遇したことは幸運と言えるかも知れない。しかも、
今すぐにという敵意も持たれていない。

「おじさんはなんでここにいるの?」

「おにいさんだって言ってるだろが、学習能力ねェのかよ。
 ……お前には関係ねーよ。さっさとどっか行っけって、邪魔されちゃ困る」

「邪魔?」と聞こうとしたとき、正面の扉が、ガコンという音を立てた。重そうな鉄の
扉は、開くためのカラクリがあるらしい。鎖が回るような重い響きと共に開いていく。
現れたのはさっき二階にいた女だった。
 厚い生地でできた、男物の黒い僧衣が妙に似合っている。それにも関わらず粗暴な印
象など微塵もない清楚な顔立ち。

「言っちゃいなよー、大したことじゃないだろ。
 さっきお姫様をかっさらった連中がね、今日の夕方に、ここでお偉いさんと落ち合う
予定だって、仲間が調べてきたの。だから先に潜んで罠とか仕掛けといて、スキを見て
奇襲かけようって準備してたワケなの。わかった?」

 バジルが慌てているが、女は笑っている。
 ライはとりあえず「ありがとう」と言ってから、どう動くべきか考え始めた。
 協力しようなんて言い出そうとは微塵も思わないし、相手もそれを望んでいない。
 途中まではそれぞれの邪魔をせず、そして最後には全員を出し抜いて、目的を達成す
るために行動する。今は不敵対という暗黙の了解は、どちらかに都合が悪くなるまでの
話だ。事態が好ましく進めば、最後の敵は目の前にいる二人――他にも仲間がいると言
っていたか――、ということになる。

 ライは城の中を見て回ることにした。
 下手にいじるるとケガするぞと釘をさされたが、もちろん、返事はしなかった。
PR

2006/11/30 23:26 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<銀の針と翳の意図 82/セラフィナ(マリムラ) | HOME | 銀の針と翳の意図 84/セラフィナ(マリムラ)>>
忍者ブログ[PR]