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2024/11/01 10:28 |
銀の針と翳の意図 82/セラフィナ(マリムラ)
人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン
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「入れ」

 セラフィナは後ろ手と足首を縛られ、猿轡を噛まされた状態で突き飛ばされた。
 どこかの倉庫のような、飾り気のない埃っぽい部屋。思わず膝をつくが右脇腹の傷
に響いて眉根を寄せる。
 かなり高い位置にある小さな窓の明かりが僅かに部屋を照らすものの、随分と薄暗
い室内だった。

「……抵抗は無駄ですよ」

 部屋の隅から声がする。
 目を凝らすと浮かび上がる人影。その影は静かに移動すると、セラフィナを部屋の
中央の椅子に座らせた。

「災難でしたね、何をしたんですか貴女」

 声は女。年の頃は十代前半といったところか。
 セラフィナは声をかけようとしたが猿轡では上手く言葉に出来ず、くぐもった、文
字に出来ないような音が漏れるだけだった。

「ああ、コレは失礼」

 そういうと男はセラフィナの足下に何かを置いた。

「意志表示が出来ないのは何かと不便ですからね、イエスの時に一回蹴るといいです
よ。ノーは二回」

 コン。響きがいい。何を置いたのかはわからないが、とりあえず聞き逃すことはな
いようだ。

「よろしい、鼓膜も無事のようで何より」

 ようやく目が慣れてきたセラフィナが見たのは、目を閉じたままの少女。暗い色の
髪が腰の辺りまで真っ直ぐ伸びているが、暗いためか色の判別までは出来ない。
 迷うことも戸惑うことも、何かにぶつかることもなくもう一脚の椅子をひくと、そ
の少女はセラフィナの前にちょこんと座った。

「詳しい事情は知りませんが、この部屋に押し込められたということは何か物騒なこ
とに関わったんですね?」

 コンコン。

「おや、無自覚なようだ。まあ、原因が当人にない場合もありますけどね」

 大人びた話し方をしているが目の前にいるのは体格からも声からも少女だと思わ
れ、セラフィナは困惑する。

「貴女が逃げたりしたら私の安全にも関わりますから、まあ、多少の不自由は我慢し
て下さい」

 コンコン。
 一方的に話を聞かされているということはどういうことか考えるまでもなかった。
 こちらの言い分を聞く気がないということ。それでは逃げるチャンスなど得られな
い。

「ここにいるということがどういうことかお解りではないようだ」

 ふぅと大袈裟な溜め息を付くと、少女は人差し指を立てて言った。

「貴女は『生かされて』いるんですよ。それ以上でもそれ以下でもない」

 悔しかった。解りすぎていただけに。
 
 今自分を殺そうと思えば、実行するのはとても簡単だろう。心臓一突きでも首の骨
を折るでも選り取りみどり。
 だが、ソレをしないからには理由があって。その理由は、他ならない自分の社会的
立場で。

 気を失う前に最後に見たあの男は、カフールの皇女と口にした。
 身分を知っている。その上で何かに利用するつもりなのだ。

「手足を解いて暴れられても困るが、猿轡を解いて舌を噛まれても困るということで
す」

 変装して、偽名を使って旅をするべきだったのだろうか。自分の迂闊さが恨めし
い。
 遠い昔の名残で、カフールでは国内にいる間しか皇位継承権は認められないのだ
が、それは戦地での安否が不明な場合に継承が滞るということを理由にされている決
まり事だった。しかし、ソレを根拠に継承権を放棄したつもりでいた自分の愚かさに
気付く。
 そう、今のままなら『国に戻り次第継承権が復活』してしまうをいう事実から目を
背けていたのだ。

「大人しいですね、反応もナシですか」

 見覚えのない異国の服で、少女が首を傾げる。

「怖くなりましたか?」

 コンコン。

「ふむ、ここにいる間は私が安全を保障できますからね。外に出たらどうなるかまで
は知りたくもないですが」

 少女は天を仰いで、これ見よがしに溜め息を付いた。

 ああ、彼にすべてを話しておけば良かった。それとも関わらなければ良かったの
か?
 一人旅の間、随分と気を張っていたつもりだった。それなのに、優しい彼に甘えて
気を許しすぎたのかもしれない。
 一人の寂しさを、心細さを、私は自覚してしまった。気を張っていた間には気付か
ないようにしていた感情に気付いてしまった。だから。

「……泣いているんですか?」

 涙は零れない。泣き方なんて随分昔に忘れてしまったのだから。でも。
 小刻みに肩が震え、目をきつく閉じ俯く。目頭が熱くなる。

「まあ、私も退屈していたところです。貴女次第で猿轡くらいは……」

 コン。

「ははっ、面白い人ですね。いいでしょう、自ら命を絶つなんて許しませんからね、
絶対に」

 最後の静かな一言に、逆毛が立つような威圧感を感じた。
 恐らく自殺を図ったところで死ねはしないのだ。『生かされて』いる。それは他で
もない『目の前の彼女に』なのだと感じずにはいられなかった。

 コン。

 少し間が空いたものの、肯定の返事に少女は満足そうに頷いた。

「私のことは、まあレイアとでもお呼びなさい、セラフィナ」

 予想外に名前を呼ばれ、セラフィナの表情が凍り付いた……。



 さて。ここは港の倉庫街の一画。
 目立ちすぎる豪華な馬車から『荷物』だけ受け取った男は、倉庫の入り口にもたれ
かかるようにして水タバコを吹かしていた。

「大事な取引材料、化け物のトコに放り込んでていいのかネェ?」

「いいんじゃない?」

 返事をするのはお姉さんと呼ぶには苦しくなってきた年齢の女性。仕事中は一人に
ならないように組まされているのだろう、男の横で座り込んだまま爪を磨いている。

「そんなことより、首突っ込むのやめなよ。命いくつあっても足りないからさぁ」

 腕を伸ばして満足そうに磨いた爪を眺めると、派手にカールさせた赤毛を邪魔そう
に掻き上げて立ち上がる。

「私らは客の『荷物』を預かる、それだけよ」

 彼等は港の貸倉庫の管理人。稀に非合法なモノも扱い、僅かな小遣いを手に入れ
る。
 それ以上を望んではイケナイ。それ以上を望まれてもイケナイ。
 彼等だけの、それは暗黙のルールだった。
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2006/11/30 23:26 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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