人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン
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やがて船が停泊すると、港の方から大勢の人が寄ってきて騒ぎになった。
予定の日を過ぎても着かない船は、ひどく心配されていたらしい。
貨物の大半は失っていたものの、船そのものが無事だということで、雇い主と交渉す
る船長の胃の具合以外は特に問題も起こらず、人々は素直に到着を喜びあった。
にゃあ――
ライが見上げた先で、三毛の子猫は気持ちよさそうに伸びをしていた。
思わず苦笑。同じ船に乗っていた人間達はこれから忙しくなるというのに。
日は中天を過ぎ青空から下界を見下ろしている。赤い煉瓦の倉庫群の向こうにある町
は大きかった。なだらかな丘に沿うように、港を頂点とした扇形に広がっている。
コールベルと諸都市との交易の経由地点になっているこの町は、一目見ただけで、豊
かで、賑わってるのが感じられた。
放射線状に並ぶ通りの一つが遠目にもきらきらと輝いて見えるのを指差して、ベアト
リスが「あっ」と声を上げた。
「あれは金物職人の通りよ」
「この町を知ってるんですか?」
セラフィナが訊くと少女は笑って首を振った。
「でも、他にあんなに光る場所はないから、わかるわ」
その会話を横に聞きながらライは、いまいる甲板から見下ろせる港を眺め、そして少
しはなれて停泊している白い船に目を留めた。コールベルの名門、王立神学校の紋章を
帆に掲げた魔道機関船。優美なその姿に思わず目を奪われる。
大陸中の芸術家から憧れと嫉みを持ってその名を語られる高嶺の花。
上辺の豪華を好むお貴族様のための、気障ったらしい芸術の最高峰。
財力と、家柄、そして才能。どれが欠けていても敷地に足を踏み入れる資格を得るこ
とができない、美術、音楽、神学、文学――あらゆる芸術と学問の最高学術機関。その
力の顕現でもある大型船を見ながら、ライはコールベルが近くなったことを実感した。
もうすぐ目的地についてしまう。
それがただ不安で仕方がない。
ころあいを見て、船員たちに挨拶をして船を降りた。
荷を運ぶ男たち以外にあまり人がいなくなった港を抜けて、町へ――行く前にライは
セラフィナとベアトリスに声をかけた。
「じゃあ、また後で」
「……え? ライさん、何か用事でも?」
少し意外そうに聞いてくるセラフィナ。その様子に、思わず記憶喪失中の彼女を重ね
て、ライは目を逸らす。
あまりにもギャップがありすぎる。
今の彼女は屈託なくて、裏表があるようには見えないのに。あのときに見た、警戒の
表情と取り繕う笑顔は……まさか彼女の過去を知ろうなどという気を起こしはしないが。
「あ、いや。人が多いからね。
面倒にならないように僕は消えとこうと思ってさ」
「どこで合流?」
もう昼を過ぎている。フォルグまで街道が整備されているとはいえ、徒歩で町を出る
時間ではないだろう。大して距離を詰めないうちに徒歩になってしまう。
急ぎの旅でないなら今夜はこの町に留まるのが賢明な判断だ。
「……そっちの予定は? まさか出発しないでしょ?」
「特に決まってませんけど……」
セラフィナが言いかけるのをベアトリスが遮った。
「あっ、私はあとで知り合いに会ってくるね。
この町で会おうって約束してたの」
「わかりました。
早めに宿を決めてしまいましょう」
セラフィナは言いながら、道の先に視線を向けた。
ライもそれに倣い、豪華な馬車が向かってくるのを見た。砂利を踏む音が近づいてく
る前に倉庫と倉庫の間へ移動する。
「? どうしたの?」
「金持ちって苦手でさ……」
すぐ横を馬車が通り過ぎて行った。急いでいるようでかなりの速度だ。町中も同じ速
さで走ってきたのではないだろうが……いや、貴族やら金持ちやらのすることはわから
ない。もともとそこにある町並みや人々も蹴散らすべき障害物としか見ていない輩もい
る。
そういう連中に関わって痛い目を見たのは一度や二度ではない。冒険者やってたとき
のことを思い出してみれば……
…………やめとこう。
思い出すだけでムカつく。それにセラフィナの前で貴族の悪口を言うのも悪い。
ライは苦笑して首を横に振った。
「とりあえず、念のために宿の場所だけは確認しについていくから。
その後はどっか行ってる……用事があったら探し回って。僕、噴水とか公園とか好き
だから大体その辺にいるよ」
自分勝手なことを一方的に言うと、二人から顔を背けて丁寧に眼帯をはがして地面に
落とし、ライは姿を消した。
場所:港町ルクセン
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やがて船が停泊すると、港の方から大勢の人が寄ってきて騒ぎになった。
予定の日を過ぎても着かない船は、ひどく心配されていたらしい。
貨物の大半は失っていたものの、船そのものが無事だということで、雇い主と交渉す
る船長の胃の具合以外は特に問題も起こらず、人々は素直に到着を喜びあった。
にゃあ――
ライが見上げた先で、三毛の子猫は気持ちよさそうに伸びをしていた。
思わず苦笑。同じ船に乗っていた人間達はこれから忙しくなるというのに。
日は中天を過ぎ青空から下界を見下ろしている。赤い煉瓦の倉庫群の向こうにある町
は大きかった。なだらかな丘に沿うように、港を頂点とした扇形に広がっている。
コールベルと諸都市との交易の経由地点になっているこの町は、一目見ただけで、豊
かで、賑わってるのが感じられた。
放射線状に並ぶ通りの一つが遠目にもきらきらと輝いて見えるのを指差して、ベアト
リスが「あっ」と声を上げた。
「あれは金物職人の通りよ」
「この町を知ってるんですか?」
セラフィナが訊くと少女は笑って首を振った。
「でも、他にあんなに光る場所はないから、わかるわ」
その会話を横に聞きながらライは、いまいる甲板から見下ろせる港を眺め、そして少
しはなれて停泊している白い船に目を留めた。コールベルの名門、王立神学校の紋章を
帆に掲げた魔道機関船。優美なその姿に思わず目を奪われる。
大陸中の芸術家から憧れと嫉みを持ってその名を語られる高嶺の花。
上辺の豪華を好むお貴族様のための、気障ったらしい芸術の最高峰。
財力と、家柄、そして才能。どれが欠けていても敷地に足を踏み入れる資格を得るこ
とができない、美術、音楽、神学、文学――あらゆる芸術と学問の最高学術機関。その
力の顕現でもある大型船を見ながら、ライはコールベルが近くなったことを実感した。
もうすぐ目的地についてしまう。
それがただ不安で仕方がない。
ころあいを見て、船員たちに挨拶をして船を降りた。
荷を運ぶ男たち以外にあまり人がいなくなった港を抜けて、町へ――行く前にライは
セラフィナとベアトリスに声をかけた。
「じゃあ、また後で」
「……え? ライさん、何か用事でも?」
少し意外そうに聞いてくるセラフィナ。その様子に、思わず記憶喪失中の彼女を重ね
て、ライは目を逸らす。
あまりにもギャップがありすぎる。
今の彼女は屈託なくて、裏表があるようには見えないのに。あのときに見た、警戒の
表情と取り繕う笑顔は……まさか彼女の過去を知ろうなどという気を起こしはしないが。
「あ、いや。人が多いからね。
面倒にならないように僕は消えとこうと思ってさ」
「どこで合流?」
もう昼を過ぎている。フォルグまで街道が整備されているとはいえ、徒歩で町を出る
時間ではないだろう。大して距離を詰めないうちに徒歩になってしまう。
急ぎの旅でないなら今夜はこの町に留まるのが賢明な判断だ。
「……そっちの予定は? まさか出発しないでしょ?」
「特に決まってませんけど……」
セラフィナが言いかけるのをベアトリスが遮った。
「あっ、私はあとで知り合いに会ってくるね。
この町で会おうって約束してたの」
「わかりました。
早めに宿を決めてしまいましょう」
セラフィナは言いながら、道の先に視線を向けた。
ライもそれに倣い、豪華な馬車が向かってくるのを見た。砂利を踏む音が近づいてく
る前に倉庫と倉庫の間へ移動する。
「? どうしたの?」
「金持ちって苦手でさ……」
すぐ横を馬車が通り過ぎて行った。急いでいるようでかなりの速度だ。町中も同じ速
さで走ってきたのではないだろうが……いや、貴族やら金持ちやらのすることはわから
ない。もともとそこにある町並みや人々も蹴散らすべき障害物としか見ていない輩もい
る。
そういう連中に関わって痛い目を見たのは一度や二度ではない。冒険者やってたとき
のことを思い出してみれば……
…………やめとこう。
思い出すだけでムカつく。それにセラフィナの前で貴族の悪口を言うのも悪い。
ライは苦笑して首を横に振った。
「とりあえず、念のために宿の場所だけは確認しについていくから。
その後はどっか行ってる……用事があったら探し回って。僕、噴水とか公園とか好き
だから大体その辺にいるよ」
自分勝手なことを一方的に言うと、二人から顔を背けて丁寧に眼帯をはがして地面に
落とし、ライは姿を消した。
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