人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン 海上
------------------------------------------------------------------------
「あんたも顔色が悪いよ」
廊下で待っていた船医に言われて、ライは苦笑した。
「……元々、色白なんです。北の出だから」
言い慣れた言い訳を口にしてみると実際に疲労感が押し寄せてきた。気疲れ、だろう。
疲れるようなことは何もしていない。
ゲソの襲来とかちょっとあり得ない解決とか記憶喪失とか聞かなきゃよかったことと
かで混乱しているからに違いない。そう思うとめまいさえ感じてくるから不思議だ。
「ユーレーの診察をしたことはないがね……相当まいってるように見えるよ。
彼女は大丈夫だからあんたも休んだ方がいい」
「……大丈夫なんですか?」
あえて問うと船医は顔をしかめたがうなずいた。
ライは少し安心して、彼に礼を言って背を向けた。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
十四の頃。何年前だったか……まぁ、いつだったとしても関係ないが。
十四歳の子供って意外と利発なんだなぁ侮れないや、なんて考えながら部屋に戻ると
ベアトリスの姿はなく、ランプが狭い室内を照らしているだけだった。
なんだか急にすべてがどうでもよくなって、ライは寝台に倒れこんで枕を抱えた。
体が重い。どうしようもない疲労感を少しでも軽減させようと視覚から気を散らすと
周囲はぼやけて、薄汚い木の壁とガーゼが重なって見えた。
このまま眠りに落ちることができればさぞかし気持ちいいだろう。
実体を保ち続けることだけは常に忘れないように気をつけながら、このまま何もせず
に過ごすのもいいかと思った。
――が。とりあえず考えなければならないことがある。
(セラフィナさんか……)
さて、何を信じたらいいものか。
寝返りを打つことで強引に意識を覚醒させようとしながら、ライは簡易の眼帯を押さ
えて、もう片方の目でランプの炎に焦点を合わせた。
セラフィナによると、彼女は皇女さまで、しかも結婚していたかも知れないという。
取り繕っていたが、彼女が本気で言っていたことには間違いない。こちらの反応を見て
誤魔化そうとしたのだ。
例の黒髪の剣士のことといい、言い出すことに脈絡がない。
しっかりと話を聞いていないから理解できないのか、それとも彼女が熱で浮かされて
いる間の妄想を、現実と取り違えてしまったのか。
セラフィナには申し訳ないが――彼女からは、人を支配する一族にある、言葉に表し
辛い気高さや威厳といったものが感じられない。直感を信じるならば彼女は錯乱してい
る。
――いや、カフールの皇女が結婚したという話は聞いたばかりだ。だから、二つは繋
がる。船に乗る前に出くわした馬車に乗っていた男の態度から、確かに彼女は、権力か
財力か、或いは両方のある家柄の出身らしいということは予想がついている。
貴族か大商人の娘であることは間違いないだろう。皇女本人かは別としても。
問題は……その、社会的な地位である。これは重要だ。何しろ、ライ自身にも関係が
あるのだから。普通、そういう人間は一人で旅などしないものである。普通しないこと
をするには必ず何らかの事情がある。
「知らないうちに巻き込まれてたんじゃたまらないからな……」
彼女に悪感情を持っているわけではないが、面倒に関わるのはごめんだ。
もしものときに知らぬ存ぜぬで通すためにも、彼女の記憶は戻ってもらわないと困る。
セラフィナと一緒に行動しているのは何人もに見られているのだ。
たとえば彼女が、彼女を探している誰かに見つかって、「気がついたら知らない幽霊
と船に乗ってた」とか言いでもしたら、二重に手配をかけられることにもなりかねない。
本気になれば捕まらない自信はあるが、その前に、今より状況を悪くしないことを考
えるべき。そう、今だって覚えのない理由で手配犯扱いされているのだから。
ポポルで破壊活動? してないぞ、そんな馬鹿なこと。
脱線しかけた思考を元に戻すのも面倒だったから、ライはそのまま考えるのをやめる
ことにした。
セラフィナさんは本当なら僕なんかと関わることなかったはずの高貴な身分の人で、
何か問題を抱えている可能性が高い。一緒にいるのなら、その間は……その問題に巻き
込まれないように注意すること。
今はこれだけしかわからない。
いや、これだけわかれば十分なのか――今は、それよりも。
――眠りたい。ひどく疲れていて眠いのに、意識がまどろみより深いところへ沈んで
いかない。これではまるで拷問だ。
目の前で火が揺れている。
がしゃん、と、乱暴にランプを掴んでガラスの覆いを払いのけ、火を握り潰した。
革が焼ける匂いがわずかに漂った。
場所:デルクリフ⇔ルクセン 海上
------------------------------------------------------------------------
「あんたも顔色が悪いよ」
廊下で待っていた船医に言われて、ライは苦笑した。
「……元々、色白なんです。北の出だから」
言い慣れた言い訳を口にしてみると実際に疲労感が押し寄せてきた。気疲れ、だろう。
疲れるようなことは何もしていない。
ゲソの襲来とかちょっとあり得ない解決とか記憶喪失とか聞かなきゃよかったことと
かで混乱しているからに違いない。そう思うとめまいさえ感じてくるから不思議だ。
「ユーレーの診察をしたことはないがね……相当まいってるように見えるよ。
彼女は大丈夫だからあんたも休んだ方がいい」
「……大丈夫なんですか?」
あえて問うと船医は顔をしかめたがうなずいた。
ライは少し安心して、彼に礼を言って背を向けた。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
十四の頃。何年前だったか……まぁ、いつだったとしても関係ないが。
十四歳の子供って意外と利発なんだなぁ侮れないや、なんて考えながら部屋に戻ると
ベアトリスの姿はなく、ランプが狭い室内を照らしているだけだった。
なんだか急にすべてがどうでもよくなって、ライは寝台に倒れこんで枕を抱えた。
体が重い。どうしようもない疲労感を少しでも軽減させようと視覚から気を散らすと
周囲はぼやけて、薄汚い木の壁とガーゼが重なって見えた。
このまま眠りに落ちることができればさぞかし気持ちいいだろう。
実体を保ち続けることだけは常に忘れないように気をつけながら、このまま何もせず
に過ごすのもいいかと思った。
――が。とりあえず考えなければならないことがある。
(セラフィナさんか……)
さて、何を信じたらいいものか。
寝返りを打つことで強引に意識を覚醒させようとしながら、ライは簡易の眼帯を押さ
えて、もう片方の目でランプの炎に焦点を合わせた。
セラフィナによると、彼女は皇女さまで、しかも結婚していたかも知れないという。
取り繕っていたが、彼女が本気で言っていたことには間違いない。こちらの反応を見て
誤魔化そうとしたのだ。
例の黒髪の剣士のことといい、言い出すことに脈絡がない。
しっかりと話を聞いていないから理解できないのか、それとも彼女が熱で浮かされて
いる間の妄想を、現実と取り違えてしまったのか。
セラフィナには申し訳ないが――彼女からは、人を支配する一族にある、言葉に表し
辛い気高さや威厳といったものが感じられない。直感を信じるならば彼女は錯乱してい
る。
――いや、カフールの皇女が結婚したという話は聞いたばかりだ。だから、二つは繋
がる。船に乗る前に出くわした馬車に乗っていた男の態度から、確かに彼女は、権力か
財力か、或いは両方のある家柄の出身らしいということは予想がついている。
貴族か大商人の娘であることは間違いないだろう。皇女本人かは別としても。
問題は……その、社会的な地位である。これは重要だ。何しろ、ライ自身にも関係が
あるのだから。普通、そういう人間は一人で旅などしないものである。普通しないこと
をするには必ず何らかの事情がある。
「知らないうちに巻き込まれてたんじゃたまらないからな……」
彼女に悪感情を持っているわけではないが、面倒に関わるのはごめんだ。
もしものときに知らぬ存ぜぬで通すためにも、彼女の記憶は戻ってもらわないと困る。
セラフィナと一緒に行動しているのは何人もに見られているのだ。
たとえば彼女が、彼女を探している誰かに見つかって、「気がついたら知らない幽霊
と船に乗ってた」とか言いでもしたら、二重に手配をかけられることにもなりかねない。
本気になれば捕まらない自信はあるが、その前に、今より状況を悪くしないことを考
えるべき。そう、今だって覚えのない理由で手配犯扱いされているのだから。
ポポルで破壊活動? してないぞ、そんな馬鹿なこと。
脱線しかけた思考を元に戻すのも面倒だったから、ライはそのまま考えるのをやめる
ことにした。
セラフィナさんは本当なら僕なんかと関わることなかったはずの高貴な身分の人で、
何か問題を抱えている可能性が高い。一緒にいるのなら、その間は……その問題に巻き
込まれないように注意すること。
今はこれだけしかわからない。
いや、これだけわかれば十分なのか――今は、それよりも。
――眠りたい。ひどく疲れていて眠いのに、意識がまどろみより深いところへ沈んで
いかない。これではまるで拷問だ。
目の前で火が揺れている。
がしゃん、と、乱暴にランプを掴んでガラスの覆いを払いのけ、火を握り潰した。
革が焼ける匂いがわずかに漂った。
PR
トラックバック
トラックバックURL: