人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン
------------------------------------------------------------------------
ライさんっていったかしら。あの人、意地悪だわ……。
船医が来たのと入れ替わりで部屋を出た男のコトを、ぼんやりと考える。
船医によれば、私達は仲が良さそうだったらしい。恋人かと冷やかされても友達だ
と答える間柄。
そうね、あの人が恋人のワケないじゃない。
親しげにしてたってコトは誘拐ではないのだろうけど、でも、あの人は意地悪だっ
たもの。
記憶を手繰り、少しでも情報をと思うのだが、うまくいかない。
覚えているのはカフールの隣国であるシカラグァの湖で遊覧船に乗せられた所ま
で。
約五年間の記憶がすっぽり抜け落ちていることになる。
傷はなお深く、体を横たえたままのセラフィナは顔をしかめた。
カフールの人間が同乗していない以上、気功治療は自分が頼りとなるのだが、あま
り上手くいってはいなかった。
どうも、傷が新しいものだけではないらしい。治りきらない傷が開いて、悲鳴を上
げているのだ。
それにしても遠いなぁ。
何故にこんなにも遠方へ来ているのか。
そして、何故私はソフィニアで独りぼっちだったのか。
あんな人の言うことを鵜呑みにしたくはなかったけど、状況を考えるとあながち嘘
でもないみたいだし……でも、やっぱり意地悪よ、あの人。
混乱して心細い私にわざわざそんな言い方するなんて、ヒドイ。
何であの人と旅をしていたのかしら……わからないわ。
船医の話では、入港も近いようだったし、船を下りればもう会わないコトも可能だ
ろう。
でも、記憶の手がかりを今手放すわけにはいかない。
彼はココの人たちの中で一番私を知っているらしいから……。
毛布にくるまって天井を見上げたまま、うつらうつらと考える。
熱があることは自覚できるが、熱が下がればすべてを思い出すというほど、楽観的
にはなれなかった。
熱と不安とで目が潤む。視界が涙で歪んで、慌てて目を閉じた。
涙をこぼすなんてあっちゃいけない。他人に弱みを見せてはいけない。
……そう念じながら。
「服、乾いたけど着替える?」
扉を開けてからノックをして入ってきたのはさっきの少女。船医の情報ではベアト
リスとかいうらしい。
こちら以上に困惑した表情で入ってきて、丁寧に畳んだ服を広げて見せてくれた。
「着替えるなら手伝うけど」
ぶっきらぼうだが、気遣いを感じる。
どう対応していいか困っているようでこちらも困ってしまうのだが、それも仕方が
ないことなんだろうか。
「あ……とで」
笑顔を浮かべたつもり。だが、声もろくに出ないので、笑えている自信はない。
「……ずを、すこ……し」
声が掠れる。ちゃんと聞こえただろうか?
「え?ああ、水ね?」
小さなテーブルにいつの間にか置いてあった水差しからコップに注いでくれる。
彼女は高圧的な態度やキツイ物腰で自己武装している優しい人なのかもしれない。
背中の下に枕やクッションを押し込み、僅かに上体を起こす。
何をやるにも手伝ってもらううというのは、こんなにももどかしいものなのか。
ようやく手にした水をちびちび飲みながら思う。
「ありがとう」
痛みを堪え、見上げながら微笑む。
喉の掠れも収まり、ちゃんと声が出るようにはなったようだ。助かった。
「コレから、どうするの?」
着替えを手伝いながら、ベアトリスが訊ねる。
セラフィナはちょっとだけ首を傾げると、笑った。
「どうしましょうね」
判断しようにも判断材料がないのではなんともいえない。
でも、船を下りるのはそう遠い話ではないのだ。
「……ライさんは、どんな人ですか?」
「えっ!?」
あまりの反応の早さにこっちがビックリ。
「え、と。優しいよね……」
「……そうですか?」
ベアトリスの顔がこころなしか紅い。
「なんだか、私には意地悪でしたけど」
思わず眉根を寄せる。
「さっきも、泳げないのに滑る甲板で助けてくれたし、それに、セラフィナさんのこ
ともすっごく心配してたんだから!」
「はぁ……」
つまりなんだ。
彼女は彼に好意を持っているということなのだろう。
……まぁ、私には関係ないけど。
若干頭を抱えて、何とか着替えをすまして。
ベアトリスが部屋を後にしてからも考え続ける。
自分が同行する事にしたからには、何か理由があったのかも知れない。
彼でなければならない理由?それとも、誰かを伴っていなければならない理由?
どちらにしても、一人になるのは得策だとは思えない。
熱が少し引いてきたのか、なんだか輪郭がハッキリしてきたような気がする。
思い出したら後のことはまた考えればいい。
思い出すまでは彼から離れてはいけない。
コンコン
「どうぞ」
「調子はどう?」
ライが言いながらひょっこり覗き込む。
体を起こしていたのを見て、すこし驚いたように表情を変えた。
「まだ、寝てた方がいいんじゃない?」
「いつまでも寝ているわけにはいきませんしね」
笑顔を浮かべる。社交辞令的になっていなければいいけど。
「何か必要なものはない? 持ってくるよ」
首を傾げる表情がちょっと可愛かったのに、最後に口の端を上げたのが何かを企ん
でいるように見えてビクッとする。
「い、え……今は何も」
うわ、緊張が表に出た。
失敗した、これでは警戒させてしまう。
「あれ? もしかして、僕のこと怖い?」
「いや、そうじゃな……くて」
言い切らないうちに訂正しようとするが、ちょっと彼が面白がっているように見え
て気が削がれた。
ほんのちょっとだけ口を尖らし、視線を外す。
「知らない男の人ですもの、慣れません」
何に対する反発だろう。
このまま取り繕おうとするのが酷くばかばかしく思えて、視線も合わせず言い捨て
る。
こちらから見えない彼が今、どんな表情をしているのか。
気になったが見ることはしなかった。
「うわぁ、嫌われたかな」
苦笑が聞こえて恥ずかしくなり、なんだか耳が熱くなったような気がする。
こんな大人げないこと、他人の前でするなんて。
僅かに俯く顔が朱色に染まり、顔が上げられない。
「……熱、上がってきたんじゃない?」
心配そうな声がかけられ自分の頬を触ると、落ち着いてきていた熱がぶり返したよ
うだった。
熱い。
ちらっとライを見上げるが、熱で目が潤むのか、さっきよりもぼんやり見える。
病人、じゃないか、怪我人相手に意地悪言う人だもの、少しくらい心配すればいい
んだわ。
一瞬そう考えた自分を反省する。膝の上の拳をきつく握った。
「一人で横になれる?手伝おうか?」
そういえば、部屋の入り口から入らずに声をかけてきていた。
彼なりの気遣いなのかもしれないと、何とか好意的に解釈する。
しばらく、がどのくらいかはまだわからないけど、共に行動する人だ、いつまでも
遠ざけてはおけない……。
頷くと、ライは静かに入ってきて、背中に手を添えてくれた。
その手は思った以上に骨っぽい感触で、体重を預けることを躊躇してしまう。
縋るように見上げると、ちょっと驚いた顔をした後、彼は曖昧に笑った。
「大丈夫だよ、軽い軽い」
ゆっくりベッドに横たえられて、改めて見上げる。
「じゃあ、またね」
ひらひらと手を振って立ち去ろうとした彼を、つい、服を引っ張ることで引き留め
た。
「え? 何か持ってくる?」
振り向きざまに問いかけるライに、少し早口で言葉を並べる。
「まだ状況がよくわからないですけど覚えていない間の自分も信用することにしたの
でコレから引き続きお世話になります」
「……えーっと」
困惑の表情。言葉の理解に苦しんでいるのかもしれない。
「……私のこと、見捨てたりしませんよね?」
置いていかれるワケにはいかないとはいえ、この言葉は卑怯だなぁと思いつつライ
を見上げる。
媚びるように、計るように覗き込み、笑顔を浮かべた。
イヤな技能だな、と心の中で舌打ちしながら。
場所:デルクリフ⇔ルクセン
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ライさんっていったかしら。あの人、意地悪だわ……。
船医が来たのと入れ替わりで部屋を出た男のコトを、ぼんやりと考える。
船医によれば、私達は仲が良さそうだったらしい。恋人かと冷やかされても友達だ
と答える間柄。
そうね、あの人が恋人のワケないじゃない。
親しげにしてたってコトは誘拐ではないのだろうけど、でも、あの人は意地悪だっ
たもの。
記憶を手繰り、少しでも情報をと思うのだが、うまくいかない。
覚えているのはカフールの隣国であるシカラグァの湖で遊覧船に乗せられた所ま
で。
約五年間の記憶がすっぽり抜け落ちていることになる。
傷はなお深く、体を横たえたままのセラフィナは顔をしかめた。
カフールの人間が同乗していない以上、気功治療は自分が頼りとなるのだが、あま
り上手くいってはいなかった。
どうも、傷が新しいものだけではないらしい。治りきらない傷が開いて、悲鳴を上
げているのだ。
それにしても遠いなぁ。
何故にこんなにも遠方へ来ているのか。
そして、何故私はソフィニアで独りぼっちだったのか。
あんな人の言うことを鵜呑みにしたくはなかったけど、状況を考えるとあながち嘘
でもないみたいだし……でも、やっぱり意地悪よ、あの人。
混乱して心細い私にわざわざそんな言い方するなんて、ヒドイ。
何であの人と旅をしていたのかしら……わからないわ。
船医の話では、入港も近いようだったし、船を下りればもう会わないコトも可能だ
ろう。
でも、記憶の手がかりを今手放すわけにはいかない。
彼はココの人たちの中で一番私を知っているらしいから……。
毛布にくるまって天井を見上げたまま、うつらうつらと考える。
熱があることは自覚できるが、熱が下がればすべてを思い出すというほど、楽観的
にはなれなかった。
熱と不安とで目が潤む。視界が涙で歪んで、慌てて目を閉じた。
涙をこぼすなんてあっちゃいけない。他人に弱みを見せてはいけない。
……そう念じながら。
「服、乾いたけど着替える?」
扉を開けてからノックをして入ってきたのはさっきの少女。船医の情報ではベアト
リスとかいうらしい。
こちら以上に困惑した表情で入ってきて、丁寧に畳んだ服を広げて見せてくれた。
「着替えるなら手伝うけど」
ぶっきらぼうだが、気遣いを感じる。
どう対応していいか困っているようでこちらも困ってしまうのだが、それも仕方が
ないことなんだろうか。
「あ……とで」
笑顔を浮かべたつもり。だが、声もろくに出ないので、笑えている自信はない。
「……ずを、すこ……し」
声が掠れる。ちゃんと聞こえただろうか?
「え?ああ、水ね?」
小さなテーブルにいつの間にか置いてあった水差しからコップに注いでくれる。
彼女は高圧的な態度やキツイ物腰で自己武装している優しい人なのかもしれない。
背中の下に枕やクッションを押し込み、僅かに上体を起こす。
何をやるにも手伝ってもらううというのは、こんなにももどかしいものなのか。
ようやく手にした水をちびちび飲みながら思う。
「ありがとう」
痛みを堪え、見上げながら微笑む。
喉の掠れも収まり、ちゃんと声が出るようにはなったようだ。助かった。
「コレから、どうするの?」
着替えを手伝いながら、ベアトリスが訊ねる。
セラフィナはちょっとだけ首を傾げると、笑った。
「どうしましょうね」
判断しようにも判断材料がないのではなんともいえない。
でも、船を下りるのはそう遠い話ではないのだ。
「……ライさんは、どんな人ですか?」
「えっ!?」
あまりの反応の早さにこっちがビックリ。
「え、と。優しいよね……」
「……そうですか?」
ベアトリスの顔がこころなしか紅い。
「なんだか、私には意地悪でしたけど」
思わず眉根を寄せる。
「さっきも、泳げないのに滑る甲板で助けてくれたし、それに、セラフィナさんのこ
ともすっごく心配してたんだから!」
「はぁ……」
つまりなんだ。
彼女は彼に好意を持っているということなのだろう。
……まぁ、私には関係ないけど。
若干頭を抱えて、何とか着替えをすまして。
ベアトリスが部屋を後にしてからも考え続ける。
自分が同行する事にしたからには、何か理由があったのかも知れない。
彼でなければならない理由?それとも、誰かを伴っていなければならない理由?
どちらにしても、一人になるのは得策だとは思えない。
熱が少し引いてきたのか、なんだか輪郭がハッキリしてきたような気がする。
思い出したら後のことはまた考えればいい。
思い出すまでは彼から離れてはいけない。
コンコン
「どうぞ」
「調子はどう?」
ライが言いながらひょっこり覗き込む。
体を起こしていたのを見て、すこし驚いたように表情を変えた。
「まだ、寝てた方がいいんじゃない?」
「いつまでも寝ているわけにはいきませんしね」
笑顔を浮かべる。社交辞令的になっていなければいいけど。
「何か必要なものはない? 持ってくるよ」
首を傾げる表情がちょっと可愛かったのに、最後に口の端を上げたのが何かを企ん
でいるように見えてビクッとする。
「い、え……今は何も」
うわ、緊張が表に出た。
失敗した、これでは警戒させてしまう。
「あれ? もしかして、僕のこと怖い?」
「いや、そうじゃな……くて」
言い切らないうちに訂正しようとするが、ちょっと彼が面白がっているように見え
て気が削がれた。
ほんのちょっとだけ口を尖らし、視線を外す。
「知らない男の人ですもの、慣れません」
何に対する反発だろう。
このまま取り繕おうとするのが酷くばかばかしく思えて、視線も合わせず言い捨て
る。
こちらから見えない彼が今、どんな表情をしているのか。
気になったが見ることはしなかった。
「うわぁ、嫌われたかな」
苦笑が聞こえて恥ずかしくなり、なんだか耳が熱くなったような気がする。
こんな大人げないこと、他人の前でするなんて。
僅かに俯く顔が朱色に染まり、顔が上げられない。
「……熱、上がってきたんじゃない?」
心配そうな声がかけられ自分の頬を触ると、落ち着いてきていた熱がぶり返したよ
うだった。
熱い。
ちらっとライを見上げるが、熱で目が潤むのか、さっきよりもぼんやり見える。
病人、じゃないか、怪我人相手に意地悪言う人だもの、少しくらい心配すればいい
んだわ。
一瞬そう考えた自分を反省する。膝の上の拳をきつく握った。
「一人で横になれる?手伝おうか?」
そういえば、部屋の入り口から入らずに声をかけてきていた。
彼なりの気遣いなのかもしれないと、何とか好意的に解釈する。
しばらく、がどのくらいかはまだわからないけど、共に行動する人だ、いつまでも
遠ざけてはおけない……。
頷くと、ライは静かに入ってきて、背中に手を添えてくれた。
その手は思った以上に骨っぽい感触で、体重を預けることを躊躇してしまう。
縋るように見上げると、ちょっと驚いた顔をした後、彼は曖昧に笑った。
「大丈夫だよ、軽い軽い」
ゆっくりベッドに横たえられて、改めて見上げる。
「じゃあ、またね」
ひらひらと手を振って立ち去ろうとした彼を、つい、服を引っ張ることで引き留め
た。
「え? 何か持ってくる?」
振り向きざまに問いかけるライに、少し早口で言葉を並べる。
「まだ状況がよくわからないですけど覚えていない間の自分も信用することにしたの
でコレから引き続きお世話になります」
「……えーっと」
困惑の表情。言葉の理解に苦しんでいるのかもしれない。
「……私のこと、見捨てたりしませんよね?」
置いていかれるワケにはいかないとはいえ、この言葉は卑怯だなぁと思いつつライ
を見上げる。
媚びるように、計るように覗き込み、笑顔を浮かべた。
イヤな技能だな、と心の中で舌打ちしながら。
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