人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン
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――まるで、スローモーションのように。
まるでゴミでも捨てるように船から叩き落されたセラフィナの姿が見えた。
「ちょっと……待てよッ!」
ライはセラフィナが落ちた端まで駆け寄る。濡れた板でブーツの底が滑って転びそう
になったが、床に手をついて、勢いもそのままに縁に縋った。
見下ろした先には無数の雨粒が突き刺さる海。
冷たい水で煙っていて水面さえぼんやりとしか見えない。
「セラフィナさん!?」
長大な刃物――たぶん刺身包丁――を手にした船員がこちらの様子に気づいた。
隅に居たせいで、針の恐怖からは逃れたらしい。いきなり倒れた仲間達の様子に困惑
している彼が聞いてくる。
「どうした?」
イカばかり見ていたせいで、何が起こっているのかわからないらしい。
っていうかこの様子で気がつけよ。
「落とされた! ゼッテー殺すクソ魚介類」
「ちょっと待て俺を睨むな俺は何も落としてないっつーか何が落ちた!?」
「セラフィナさんが!」
……。
…………。
「何ィイイイイイィィィイッ!!?」
「っせ…ぇ……いや」
うるせぇ黙れ突き落とすぞハゲ! と叫びたくなるのをかろうじて我慢。
料理担当な彼の頭髪が脱着可能だということをライは知っている。
「………………おじさん飛び込んで助けてきてよ!」
「人頼みかよオイ」
今度はしっかり「泳げねぇから頼んでんだよこのハゲ!」と叫びながら、料理担当の
胸倉を掴んでガックンガックン揺さぶりつつ縁から叩き落そうとする。揺さぶられつつ
叩き落されそうになっている方は、髪の秘密をどこで知ったんだ頼む誰にも言わないで
と喚いていた。
「ちょっと落ち着いて」
その腕を掴まれて振り返ると、ベアトリスが立っていた。
「あのね……大丈夫っぽいの」
「大丈夫じゃないよ!
イカいるしセラフィナさん落ちたしこいつの髪には秘密があるし!
返事してセラフィナさーんっ!!」
船の下にもう一度呼びかけたが返事はない。雨音だけが周囲を支配している。
甲板に落ちるのとマストに落ちるのとではやはり音が違うんだと、余計なことに気が
回る。
困り顔のベアトリスの後ろから、さっき銛でイカに飛び掛っていた海の戦士が現れた。
彼はなんだかなれなれしくライの肩に手を置いて、
「心配することはない……彼女は助かる」
「誰も助けに行かないで助かるワケないって!」
「イカが助けてくれている」
海の戦士は力強くうなずいてそう宣言した。
なんていうか、冷水の代わりに冷凍ナマモノを以下略。
一瞬、頭の中が綺麗に真っ白になって復帰しから、ライは彼に怒鳴りつけた。
「ワンモアリピートプリーズ!」
「嬢ちゃんが自分を助けようとしていたことに気がついたイカが感激して、間違って振
り落としてしまったことを謝罪して後悔してお詫びにゲソを我々に進呈することを約束
した後、海に落ちた彼女をタダイマ必死に探している。アンダースタン?」
そういえば揺れていた船はもう揺れていない。雨音ばかりが響いている。
彼が言い終えた瞬間を狙っていたように、傍らに巨大な吸盤のついたイカのあしが現
れて、ずぶぬれになったセラフィナを甲板に横たえて引っ込んで行った。
「…………うわぁ」
――ッッ!
なんとも擬音にしづらいイカの鳴き声が轟いた。
心配するのも忘れて非常識に気を失いかけていると、海の戦士――もとい、いつもは
ちょっと気が弱い船員だったウォルトは、鋭く尖った銛を片手に豪快に笑った。
「HAHAHA! たとえ種族が違っても、心が通い合えば相互理解は可能なのさ!」
「……アレと心が通い合っちゃったの? お気の毒に」
適当に返事しながら、ようやくセラフィナに近づいていく。
片目を隠しているせいか平衡感覚が少し斜めにズレているが、歩くのに支障はなかっ
た。先に様子を見ていたベアトリスがこちらを振り返る。
「大丈夫……だと思う。水もあんまり飲んでないみたい」
「よかったぁ」
セラフィナは完全に意識を手放しているみたいだ。
ただ、体は冷え切っているみたいだから、早く暖かい場所に移したほうがいいだろう。
ぐっしょりと濡れた黒髪が体に張り付いているのを払ってからライはセラフィナを抱
き上げようと膝をついた。
「……無理よ」
「何が?」
「さっき歩いてるときナナメってたじゃない。
人を抱えたりしたら絶対に転ぶわよ。
ユーレーって精神的に不安定になるとすぐダウンするんだから……まったくもう」
まったくもうとか言われても困ってしまう。
ナナメってた、なんて言葉の使い方が正しいのかライが悩んでいるうちに、ベアトリ
スは高笑いを続けていたウォルトを呼びつけて、セラフィナを船室に運び込むように言
った。というか命令した。
銛を投げ捨てて海の男から船員に戻ったウォルトが、船の横でじっとこちらの様子を
見ている巨大イカに「すぐ戻ってくるから待っててねマリリンちゃーん」とか言ってか
ら、セラフィナを抱えて消えて行った。
――後には、ライとベアトリス、死屍累々たる船員たちと、巨大イカだけが残された。
「……さっき落としたゲソは?」
「船員さんたちが解体して運んで行ったわ」
「なんだこの船。なんだこの船」
二度繰り返してから、ライは大きなため息をついた。
それから眉根を寄せる。
「ところでさ、濡れた服って……やっぱり脱がせるよねぇ」
「変な想像してんの? ヘンターイ」
冷たい声で言ってくるベアトリスに、ライも極めて冷静な声で返事をした。
少しでも動揺したら負けだ。落ち着け自分。
「いや……女の船員さんって、いたかなぁと思って」
「あ!」
ベアトリスは声を上げるとセラフィナを追って走っていった。
ようやく静かになったので――とりあえず、倒れたまま呻いている船員ズに刺さりっ
ぱなしの針を抜いてまわることにした。
その途中で横を見ると、巨大なイカの目玉に凝視されているのに気がついた。
なんだこの微妙すぎる気分。
場所:デルクリフ⇔ルクセン
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――まるで、スローモーションのように。
まるでゴミでも捨てるように船から叩き落されたセラフィナの姿が見えた。
「ちょっと……待てよッ!」
ライはセラフィナが落ちた端まで駆け寄る。濡れた板でブーツの底が滑って転びそう
になったが、床に手をついて、勢いもそのままに縁に縋った。
見下ろした先には無数の雨粒が突き刺さる海。
冷たい水で煙っていて水面さえぼんやりとしか見えない。
「セラフィナさん!?」
長大な刃物――たぶん刺身包丁――を手にした船員がこちらの様子に気づいた。
隅に居たせいで、針の恐怖からは逃れたらしい。いきなり倒れた仲間達の様子に困惑
している彼が聞いてくる。
「どうした?」
イカばかり見ていたせいで、何が起こっているのかわからないらしい。
っていうかこの様子で気がつけよ。
「落とされた! ゼッテー殺すクソ魚介類」
「ちょっと待て俺を睨むな俺は何も落としてないっつーか何が落ちた!?」
「セラフィナさんが!」
……。
…………。
「何ィイイイイイィィィイッ!!?」
「っせ…ぇ……いや」
うるせぇ黙れ突き落とすぞハゲ! と叫びたくなるのをかろうじて我慢。
料理担当な彼の頭髪が脱着可能だということをライは知っている。
「………………おじさん飛び込んで助けてきてよ!」
「人頼みかよオイ」
今度はしっかり「泳げねぇから頼んでんだよこのハゲ!」と叫びながら、料理担当の
胸倉を掴んでガックンガックン揺さぶりつつ縁から叩き落そうとする。揺さぶられつつ
叩き落されそうになっている方は、髪の秘密をどこで知ったんだ頼む誰にも言わないで
と喚いていた。
「ちょっと落ち着いて」
その腕を掴まれて振り返ると、ベアトリスが立っていた。
「あのね……大丈夫っぽいの」
「大丈夫じゃないよ!
イカいるしセラフィナさん落ちたしこいつの髪には秘密があるし!
返事してセラフィナさーんっ!!」
船の下にもう一度呼びかけたが返事はない。雨音だけが周囲を支配している。
甲板に落ちるのとマストに落ちるのとではやはり音が違うんだと、余計なことに気が
回る。
困り顔のベアトリスの後ろから、さっき銛でイカに飛び掛っていた海の戦士が現れた。
彼はなんだかなれなれしくライの肩に手を置いて、
「心配することはない……彼女は助かる」
「誰も助けに行かないで助かるワケないって!」
「イカが助けてくれている」
海の戦士は力強くうなずいてそう宣言した。
なんていうか、冷水の代わりに冷凍ナマモノを以下略。
一瞬、頭の中が綺麗に真っ白になって復帰しから、ライは彼に怒鳴りつけた。
「ワンモアリピートプリーズ!」
「嬢ちゃんが自分を助けようとしていたことに気がついたイカが感激して、間違って振
り落としてしまったことを謝罪して後悔してお詫びにゲソを我々に進呈することを約束
した後、海に落ちた彼女をタダイマ必死に探している。アンダースタン?」
そういえば揺れていた船はもう揺れていない。雨音ばかりが響いている。
彼が言い終えた瞬間を狙っていたように、傍らに巨大な吸盤のついたイカのあしが現
れて、ずぶぬれになったセラフィナを甲板に横たえて引っ込んで行った。
「…………うわぁ」
――ッッ!
なんとも擬音にしづらいイカの鳴き声が轟いた。
心配するのも忘れて非常識に気を失いかけていると、海の戦士――もとい、いつもは
ちょっと気が弱い船員だったウォルトは、鋭く尖った銛を片手に豪快に笑った。
「HAHAHA! たとえ種族が違っても、心が通い合えば相互理解は可能なのさ!」
「……アレと心が通い合っちゃったの? お気の毒に」
適当に返事しながら、ようやくセラフィナに近づいていく。
片目を隠しているせいか平衡感覚が少し斜めにズレているが、歩くのに支障はなかっ
た。先に様子を見ていたベアトリスがこちらを振り返る。
「大丈夫……だと思う。水もあんまり飲んでないみたい」
「よかったぁ」
セラフィナは完全に意識を手放しているみたいだ。
ただ、体は冷え切っているみたいだから、早く暖かい場所に移したほうがいいだろう。
ぐっしょりと濡れた黒髪が体に張り付いているのを払ってからライはセラフィナを抱
き上げようと膝をついた。
「……無理よ」
「何が?」
「さっき歩いてるときナナメってたじゃない。
人を抱えたりしたら絶対に転ぶわよ。
ユーレーって精神的に不安定になるとすぐダウンするんだから……まったくもう」
まったくもうとか言われても困ってしまう。
ナナメってた、なんて言葉の使い方が正しいのかライが悩んでいるうちに、ベアトリ
スは高笑いを続けていたウォルトを呼びつけて、セラフィナを船室に運び込むように言
った。というか命令した。
銛を投げ捨てて海の男から船員に戻ったウォルトが、船の横でじっとこちらの様子を
見ている巨大イカに「すぐ戻ってくるから待っててねマリリンちゃーん」とか言ってか
ら、セラフィナを抱えて消えて行った。
――後には、ライとベアトリス、死屍累々たる船員たちと、巨大イカだけが残された。
「……さっき落としたゲソは?」
「船員さんたちが解体して運んで行ったわ」
「なんだこの船。なんだこの船」
二度繰り返してから、ライは大きなため息をついた。
それから眉根を寄せる。
「ところでさ、濡れた服って……やっぱり脱がせるよねぇ」
「変な想像してんの? ヘンターイ」
冷たい声で言ってくるベアトリスに、ライも極めて冷静な声で返事をした。
少しでも動揺したら負けだ。落ち着け自分。
「いや……女の船員さんって、いたかなぁと思って」
「あ!」
ベアトリスは声を上げるとセラフィナを追って走っていった。
ようやく静かになったので――とりあえず、倒れたまま呻いている船員ズに刺さりっ
ぱなしの針を抜いてまわることにした。
その途中で横を見ると、巨大なイカの目玉に凝視されているのに気がついた。
なんだこの微妙すぎる気分。
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