忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2025/03/10 06:53 |
銀の針と翳の意図 69/ライ(小林悠輝)
人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン
------------------------------------------------------------------------

 大きな揺れのあと、甲板から歓声が溢れてきていた。
 歓声だ。「やった」だの「運がいい」だのと船員達が騒いでいる。

「どうしたの?」

 近くにいた一人に声をかけると、彼は興奮した様子で振り返り、「今夜はご馳走だぞ」
と意味不明なことを言ってきた。

「危険だから、あんたらは戻ってな!」

 行く手でまたベアトリスが船員に捕まっているのが見えた。どうやら甲板に出ようと
するのを止められているらしい。彼女は諦めきれずに叫んでいるが、外からの声のほう
が大きくて何を言っているのか聞こえない。

「危険って、何が……」

「いいんだ兄ちゃん――これは、海の男の聖戦なんだ」

 格好つけて首を横に振られる。まだ何も言っていないんだけど手助けとか必要ないな
らいいや。切羽詰っているわけでもなさそうだし。

 セラフィナが首を傾げた。

「どういうことですか?」

「海の女神が俺たちに与えたもうた、これは好機なんだ」

 駄目だ聞いてもわかんねぇ。
 ライは理解を放棄して、船員の横をすり抜けベアトリスの元まで進んだ。彼女の周り
で魔力が渦を巻いているのが見えたのだ。いくらなんでも、乗っている船の船員を吹き
飛ばすのは問題だろう。

「ティリー、関わったら人間がダメになりそうだから戻ろうよ」

「……ズレてるワリに的確なこと言うわね」

 ベアトリスは少し脱力したあとで、

「でも私は今度こそアレを見たいの!」

「アレって?」

 彼女は外で何が起こっているのか知っているのだろうか。
 問いかけると睨むようにこちらを見上げてきた。大きな青の双眸はどこまでも澄んで
いて底が見えない。まだこの子は子供なんだ。ライはなんとなくそんなことを思う。

 純粋すぎるように見える瞳に意識を引きこまれるような錯覚に陥りながらライは重ね
て訊いた。魔法の力に酔いかける。

「……外に、出たいの?」

 今なら――彼女が頷けば、そのためになんでもするかも知れない。悪い傾向だと自覚
しているが、どうも魔力にあてられると自分の意思が輪郭を失っていくのを感じる。

「当たり前じゃない。伝説の巨大イカがいるのよ!」

「なんだってぇ?」

 惚けかけていた意識が瞬時に冷めた。
 冷水の代わりに冷凍ナマモノを浴びせられたような感じだ。

「だからイカよイカ。この船よりも大きな伝説の珍味!」

 巨大イカか。今夜はご馳走か。海の男の聖戦か。珍味か。つまり、こういうことか。
 でっかいイカを船員総掛かりで狩って、食べるのか。イカづくしか。そりゃすげえや。

「…………僕もうこの船おりるー」

「やめとけって。陸まで遠いぞ」

 ケラケラと笑う船員にベアトリスが噛み付いた。

「外に出してよ!」

「だからダメだってば。ごめんよー、客には見せるなって」

 巨大イカを見るのーぉ、とばたばた暴れる彼女から助けを求めるように船員はこちら
を見たが、ライはその視線を受け流した。セラフィナが合流してきて、「イカがどうし
たんですか?」と訊いてきた。

 なんだか頭が痛い。狭い視界をめぐらせてセラフィナの黒髪をぼんやりと見ながら
「ああ、うん……」と曖昧な返事だけをする。なんと言ったものか。

「甲板で巨大イカ捕獲パーティーやってるの。
 アレは絶滅寸前で保護されてるのよ! 足の一本や二本はいいけど、間違えて殺しち
ゃったりしたら大問題になるわ」

「……え?」

 セラフィナが停止した。
 あーあ、やっちゃったと思いながらライはため息をついた。ため息は不運を招く。本
当に迷信だろうか?
 とりあえず無難なことを訊いてみる。

「なんで絶滅しそうなの?」

「だって乱獲されてるんだもん。あぶって、バター醤油で食べると美味しいのよ」

「ああ、そう……」

 醤油って確か東の方の調味料だったよなとか思い出す。そしてベアトリスは食べたこ
とあるのか巨大イカ。
 さっき諦めた現実逃避の続きをやりたくなってきた。

「そういうワケで、殺しちゃう前にとめなきゃいけないの。
 私一人じゃ難しいかも知れないけど……魔法使うから、怖いなら中にいていいわよ」

「別に、怖かないけどさぁ」

 船がまた揺れた。キャア、と小さな悲鳴を上げたベアトリスを支え、ライはセラフィ
ナを振り向いた。壁に手をついた彼女に声をかける。

「どうする? 見に行く?」

「……え? あ、その、本当にイカですか!?」

「当たり前じゃない」

 ふぅ、とベアトリスが息をついて、それから、立ちっぱなしになっていた船員の横を
すり抜けて甲板に飛び出して行った。

「あっ、コラ!」

 船員もそれを追いかけて消えてしまう。
 甲板からは相変わらず興奮した叫び声だの怒鳴り声だのが聞こえていて、それに混じ
って何かの咆哮のようなものも木霊していた。そうか、イカって鳴く生き物だったのか。

「あの、ライさん……」

「…………本当に行く?」

 ライは恐る恐るセラフィナに訊いた。
 外は雨なのに賑やかだ。
PR

2006/11/30 23:19 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<銀の針と翳の意図 68/セラフィナ(マリムラ) | HOME | 銀の針と翳の意図 70/セラフィナ(マリムラ)>>
忍者ブログ[PR]