人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン
------------------------------------------------------------------------
「ままごと」
「ん?」
飲み物を持ってきますねといってセラフィナが厨房の方へ行った隙に、ライは呟いて
肩をすくめた。ベアトリスが横目で見てくる。
「さっきの話」
「ああ」
「うん、ままごとだよ。
こんなの視界の邪魔なだけだし、セラフィナさんは本当に、恋人なんかじゃない」
「あら、自覚してるの。
でもあんなひどいキズを直接見せられてるよりは私の気分がいいし、本当に恋人同士
に見えたらあんなこと言わないわ」
「ご尤も」
「……不自然だもの。すごく」
ふいとベアトリスは目を逸らした。
セラフィナが二つのカップを持って戻ってきた。
「コーヒーでよかったですか?」
「うん。ありがと」
一つをベアトリスの前に。もう一つを自分に。
少女はテーブルの上の砂糖壷を引き寄せて、砂糖をスプーンに大盛り五杯ほど放り込
んだ。セラフィナが少し唖然とした表情を見せたが、子供だから甘いものが好きなんだ
ろうとでも思い直したようで、すぐに元の穏やかな笑顔に戻った。
「ライの分は持ってこないのねセラフィナさん」
「僕はコーヒー嫌いなんだ。他にも紅茶とココアとお酒とジュース類と水と――」
「……牛乳でも飲んでなさいよ」
「背丈は足りてるから、もういい」
ふん、とベアトリスは鼻を鳴らした。
「そのうち伸びるよ」
「その時は見下ろしてあげる。女にはハイヒールっていう味方もいるしね」
ねぇと同意を求められて、セラフィナは答えずにただクスクスと笑った。
彼女の靴がそうだったのをライは見たことがないし、彼女はもともと長身な方だ。
それに、ハイヒールの用途って男を見下ろすことだっただろうか。ちょっと違ったと
思う。
それにベアトリスの場合は「見下ろす」というより「見くだす」の方がしっくり来る
ような気がする――というのは勝気そうな彼女に対する印象。
カードでもやろうとは言ったものの、女同士の話は始まると終わらない。
あんまり気が合いそうには見えないセラフィナとベアトリスでも例外ではないみたい
で、ころころと話題を変えながら話し続けている。
ベアトリスが何か辛辣なことを言って、セラフィナがそれを笑いながら諌める、とい
うパターンが定着しつつあるらしい。ライはたまに話を振られると返事をするがそれ以
外は聞いているだけだった。
別に遊びたいのではない。時間が潰れれば、なんでもいいのだ。
人の話を聞くのは嫌いではないからこれはこれで構わなかった。
「ティリーもソフィニアから来たんですか?」
「うん。知り合いに馬車でベリンザまで送ってもらったの」
陸路でも、馬車なら同じような速さで北上できるだろう。
それからベアトリスはセラフィナを見て笑い、ちらりとライに視線を向けた。
テーブルの上の砂糖壷を引き寄せ、スプーンに大盛り五杯ほど放り込みながら、
「だからちょうど……ひどい人殺しがあったじゃない。
アレが終わるちょっと前に出発したのかな」
「ああ、あれか」
「私達もあのとき、ソフィニアにいたんですよ」
「え? でも……」
ベアトリスは不思議そうな顔をした。
コーヒーに砂糖を溶かすスプーンの動きが止まる。
「――会わなかったわ」
「広い町ですからね」
そうね、と少女は言って、何かを悩むように眉間にシワを寄せた。
ライはその目が自分を見たように感じたが――
ベアトリスは左側にいるから彼女の方を見にくい。
ガーゼをあてられた左目はただ白だけを写している。いつもの三分の二くらいしかな
い視界の隅と隅に二人の様子を眺めながら、ライは例の事件を思い返そうとして、すぐ
にやめた。殺された少女の虚ろな目玉の方を先に思い出してしまったから。
ばたばたと船員が廊下を走っていった。慌てたようなその様子に「今度はなんだ」と
怒鳴りたくなるのを我慢する。船旅を始めてからのアクシデントは、船の上では一度し
かないのだ。他の事は立ち寄った町で自分達が勝手に巻きこまれたりしているのだ。
でも、なんかこの船は縁起が悪い気がする。
ただの思い込みか、責任転嫁なんだろうけれど。
「……あの人、なんで急いでるんだろ?」
ベアトリスがきょろきょろと食堂内を見渡すが、いたって変わった様子はなく、ただ、
さっきから賭けをしていたテーブルのメンツが何人か入れ替わっているくらいだった。
――船員が減って客が増えている。
いや、待て、気にするな。気にすると本当になる。
何も起こっていない起こっていない起こっていない!
「皆さん、しばらくここにいてください!」
船員が室内に叫んで駆け去っていったので、ライは目を閉じて現実を否定する方法を
思索した。
場所:デルクリフ⇔ルクセン
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「ままごと」
「ん?」
飲み物を持ってきますねといってセラフィナが厨房の方へ行った隙に、ライは呟いて
肩をすくめた。ベアトリスが横目で見てくる。
「さっきの話」
「ああ」
「うん、ままごとだよ。
こんなの視界の邪魔なだけだし、セラフィナさんは本当に、恋人なんかじゃない」
「あら、自覚してるの。
でもあんなひどいキズを直接見せられてるよりは私の気分がいいし、本当に恋人同士
に見えたらあんなこと言わないわ」
「ご尤も」
「……不自然だもの。すごく」
ふいとベアトリスは目を逸らした。
セラフィナが二つのカップを持って戻ってきた。
「コーヒーでよかったですか?」
「うん。ありがと」
一つをベアトリスの前に。もう一つを自分に。
少女はテーブルの上の砂糖壷を引き寄せて、砂糖をスプーンに大盛り五杯ほど放り込
んだ。セラフィナが少し唖然とした表情を見せたが、子供だから甘いものが好きなんだ
ろうとでも思い直したようで、すぐに元の穏やかな笑顔に戻った。
「ライの分は持ってこないのねセラフィナさん」
「僕はコーヒー嫌いなんだ。他にも紅茶とココアとお酒とジュース類と水と――」
「……牛乳でも飲んでなさいよ」
「背丈は足りてるから、もういい」
ふん、とベアトリスは鼻を鳴らした。
「そのうち伸びるよ」
「その時は見下ろしてあげる。女にはハイヒールっていう味方もいるしね」
ねぇと同意を求められて、セラフィナは答えずにただクスクスと笑った。
彼女の靴がそうだったのをライは見たことがないし、彼女はもともと長身な方だ。
それに、ハイヒールの用途って男を見下ろすことだっただろうか。ちょっと違ったと
思う。
それにベアトリスの場合は「見下ろす」というより「見くだす」の方がしっくり来る
ような気がする――というのは勝気そうな彼女に対する印象。
カードでもやろうとは言ったものの、女同士の話は始まると終わらない。
あんまり気が合いそうには見えないセラフィナとベアトリスでも例外ではないみたい
で、ころころと話題を変えながら話し続けている。
ベアトリスが何か辛辣なことを言って、セラフィナがそれを笑いながら諌める、とい
うパターンが定着しつつあるらしい。ライはたまに話を振られると返事をするがそれ以
外は聞いているだけだった。
別に遊びたいのではない。時間が潰れれば、なんでもいいのだ。
人の話を聞くのは嫌いではないからこれはこれで構わなかった。
「ティリーもソフィニアから来たんですか?」
「うん。知り合いに馬車でベリンザまで送ってもらったの」
陸路でも、馬車なら同じような速さで北上できるだろう。
それからベアトリスはセラフィナを見て笑い、ちらりとライに視線を向けた。
テーブルの上の砂糖壷を引き寄せ、スプーンに大盛り五杯ほど放り込みながら、
「だからちょうど……ひどい人殺しがあったじゃない。
アレが終わるちょっと前に出発したのかな」
「ああ、あれか」
「私達もあのとき、ソフィニアにいたんですよ」
「え? でも……」
ベアトリスは不思議そうな顔をした。
コーヒーに砂糖を溶かすスプーンの動きが止まる。
「――会わなかったわ」
「広い町ですからね」
そうね、と少女は言って、何かを悩むように眉間にシワを寄せた。
ライはその目が自分を見たように感じたが――
ベアトリスは左側にいるから彼女の方を見にくい。
ガーゼをあてられた左目はただ白だけを写している。いつもの三分の二くらいしかな
い視界の隅と隅に二人の様子を眺めながら、ライは例の事件を思い返そうとして、すぐ
にやめた。殺された少女の虚ろな目玉の方を先に思い出してしまったから。
ばたばたと船員が廊下を走っていった。慌てたようなその様子に「今度はなんだ」と
怒鳴りたくなるのを我慢する。船旅を始めてからのアクシデントは、船の上では一度し
かないのだ。他の事は立ち寄った町で自分達が勝手に巻きこまれたりしているのだ。
でも、なんかこの船は縁起が悪い気がする。
ただの思い込みか、責任転嫁なんだろうけれど。
「……あの人、なんで急いでるんだろ?」
ベアトリスがきょろきょろと食堂内を見渡すが、いたって変わった様子はなく、ただ、
さっきから賭けをしていたテーブルのメンツが何人か入れ替わっているくらいだった。
――船員が減って客が増えている。
いや、待て、気にするな。気にすると本当になる。
何も起こっていない起こっていない起こっていない!
「皆さん、しばらくここにいてください!」
船員が室内に叫んで駆け去っていったので、ライは目を閉じて現実を否定する方法を
思索した。
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