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2025/03/10 06:58 |
銀の針と翳の意図 65/ライ(小林悠輝)
人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン
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 青空にも飽きが来た。
 そんなことを思った日の午後から空は雲ってぽつぽつと雨が降り始めた。

 ライは甲板の隅、勝手に定位置にしてしまった場所で灰色に煙る海を眺めながら、た
まにはこんな天気もいいなと少し機嫌がいい。

 中に入ってもよかったが、いつもここにいるのだから雨くらいで諦めることもないと
思ったのだ。体が冷えたところで体調を崩すことはないとなれば雨に濡れるのは、逆に
気分よかった。

 雨粒がいくつもいくつも際限なく海に落ちて、それでもきっと海が雨に埋められて水
溜りになることはない。ささくれ立ったように水面で撥ねる雨粒が、ただ不毛だ。

 川が溢れて町を飲み込むことはあるが、海が溢れて町が沈む話はあまり聞かない。神
話の中だけ。それも地震だとか神の怒りだとかで地面の高さが変わるのであって、海が
増えるわけではない。

 ――いや、神の怒りが地震を起こすのか? だとしたら、どちらでも同じことだ。
 だって神さまなんて見えないのだ。いたとしてもわからない。

 これは私がやったことだと教えてくれて、それがまぁ神さまらしいことならば、少し
は信仰心でももってあげられるというものだ。

「……ってことを思われてますよ神サマー」

 反応があるわけもない。だが他に甲板にいるのは不幸にも外の当番だったらしい船員
が二人か三人だけで、彼らとは離れている。雨音で聞こえない。
 誰も聞いていないということは、何も言っていないのとおなじことだ――が、

「おい、カゼひくぞ兄ちゃん」

「うわぁ!」

 振り向くと四人目がいた。前にくだらない怪談話を聞かせてくれた船員だ。
 何が面白いのかゲラゲラ笑っている彼にライは半眼で文句をつけた。

「カゼなんかひかないし。
 それに、オバケ脅かすなんて最低だよね。何しに来たの?」

「交代の時間なんだよ。いいから中入ってろ。カノジョが心配してたぞ」

「なんでそこだけ一昔前の都会風な発音なのかなぁー」

「さっさと戻れって。
 ついでに呼び戻してくるって言っちまったんだからよ」

 それだけ言って船員は、さっさと交代しろと雨の向こうから怒鳴られて走っていった。
 ライはそれを見送ってから甲板を後にした。

 まだ昼間なのに辺りは暗い。
 まさか嵐になったりしないだろうなと、一瞬だけ不安になった。


      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


「カゼひきますよ」

「あのおじさんにも言われた」

 笑いながら言ったセラフィナにライは憮然とこたえた。

 水をあんまり丁寧に払わないまま歩いていたら廊下で「掃除大変だから勘弁して」と
か悲鳴を上げられたが自分が掃除するのではないのでそのまま食堂に来たのである。
 雨が降ると食堂に人が集まるようだ。他に退屈をしのげるような場所はないから当然
といえば当然。

 暇そうな客と船員と、人が多いせいで空気が暖まっている。
 少し離れた場所では賭けでもやっているのかやたらと賑わっていた。

「タオルもってないし……借りるのもなんかなぁ。そのうち乾くよ」

 髪から垂れて目の横を滑った水をうっとうしく感じて手のひらで拭うと、濡れた革手
袋にこすられて水気が余計に広がった。やっぱりちゃんと拭いた方がいいかも知れない。

 そのまま前髪を引っ張って左目のあたりを隠そうとしていたら指先が皮膚に引っかか
って嫌な感触がしたので見てみると、少しはがれてしまったらしいものがついていた。

「……あ」

「あ、じゃありません!」

 傷がどんな風に崩れたものか、セラフィナが顔色を変えた。

「いや、大丈夫だって……気が向いたら直すし」

 ライは別にセラフィナに何かしたわけでもないのに彼女に対して後ろめたいような気
分になって、言い訳するように小さく手を振る。

「……そうですか?」

 セラフィナは暗い表情をしてしまう。

(きっと自分には何もできないと思って落ち込んでるんだろうなぁ……)

 こんな顔されるとライも困ってしまう。落ち着かない、というか、やっぱりこれも
後ろめたいというか。

「ただ、船って動いてるでしょ?
 乗ってる間はなかなか消えれないから、それまでどうするかな……」

「痛みますか?」

 何も感じない。

「……ちょっと痛いかも。
 適当に包帯でも巻いとくよ」

「手当てしますから……すこし待っててください」

 セラフィナは言うと、パタパタと食堂を出て行った。
 ライは息をついて近くの椅子を引いて腰を下ろし、テーブルにうつぶせる。
 外にいる間はよかったが、意識してしまうと濡れた服が重いし体に張り付いて気持ち
悪い。服だけじゃなく体まで思いような気がしてくる。
 また甲板に行ってこようか。いや、セラフィナさんに怒られるから駄目だ。

 次に船が泊まるのはルクセンという港町だ。そこに到着したら長かった船旅も終わり
で、陸路でコールベルを目指すことになる。思いつきで言い出したその目的地への興味
はもう失いかけていたが、行きたくないということもない。
 のんびり観光するのもいい。

「彼女とケンカしていじけてるの?」

「……だから、あの人は違うってば」

 ゆっくりと顔を上げてライは相手を見た。
 前の港で乗ってきた女の子。名前は知らないが何度か話をした。

 見るからに年下ではきはきした喋り方をする子だ。
 短い茶髪を手でかきあげて、何故か勝ち誇ったように言ってくる。

「相変わらず見た目も態度もハッキリしないのね。
 見てる方の目が痛くなっちゃう」

「ハッキリしすぎもどうかと思うよ」

 彼女は眉をひそめた。

「その目、ケンカでやられたの?
 魔法でなおしてあげようか? すぐ終わるから」

「だからケンカしてないし、魔法もいらないよ」

 こちらが人間じゃないことには気がついているだろうはずなのだが……ついでに、近
くで魔法を使わないでって頼んだはずなんだけど、わかっているのかいないのか。
 正体云々は別に構わないが、魔法のことは忘れられると困る。

「ケンカしてないのにいじけてたの?」

「……疲れたから突っ伏してただけ」

 ライが言い返すと、彼女は「えー」と不満げに言ったあと、背負っていたリュックか
ら大きなタオルを取り出して、乱暴にライにかぶせた。

「そんなズブ濡れなのほったらかしにして疲れたって言うなんて、馬鹿でしょ」

 ああ、濡れたから調子が悪いのか。寒くはないんだけど。
 ライはせっかくなのでタオルで髪を適当に拭いながらこたえた。

「否定はしないよ」
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2006/11/30 23:17 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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