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2024/11/03 06:39 |
銀の針と翳の意図 63/ライ(小林悠輝)
人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
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 目の前で見たことのない子供が苦しんでいる。

 つまり、目の前に見たことのない子供がいるのだ。ライはその理由がわからなくてし
ばらく呆然としてから、ようやく我に返ったときには、もうセラフィナが駆け寄って抱
き起こしていた。

「大丈夫ですか、シラくん!」

「…苦し……」

 搾り出すような声で子供が答えた。小柄な少年で、見るからに頼りない感じ。肌は色
白というより青白く、空を掻く腕は細かった。

 セラフィナが、スクウェア柄のセーターごしに彼の体に手をかざして――そうか、こ
の子の時間は真冬のままだったのか――、例の“気功”で治療をしようと目を細める。
 シラは薄く開いた目で、彼女を見上げた。かすれた声がこぼれて、どうやらそれを言
葉にしようとしているようだった。

「…………ず……」

「え? なんですか、シラくん」

「――水! ……ノド乾いて……痛くて、苦しい……」

 セラフィナはきょとんと瞬きする。
 男がバタバタと慌しく部屋の外に飛び出していった。


      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


「ふぅ……」

 グラスに満たされた水を一気に煽ると、シラは、やっと落ち着いた、というように吐
息した。男が水差しから二杯目を注ぐがそれには手をつけず、少年はじいっとセラフィ
ナを見つめる。
 それからシラは、さっと彼女の手を握った。

「ボクが元に戻れたのはセラフィナのお陰だよ。
 ありがとう。あのまま戻れなかったどうしようって……すごくこわかったんだ」

「……!」

 その挙動にライは戦慄した。
 さりげなく、相手に意識させないうちに手をとり、身長差を計算に入れた目線と表情
で相手を見ながら耳ざわりのいい声で哀れみを誘うように囁く。
 わざとらしさは微塵もなく、しかもセラフィナが困惑の表情を浮かべる隙も与えない。

 それはまさしく……

(こいつ、天性のナンパ師か……!)

 ――どうでもいいといえばどうでもいいが。
 どうせ一回きりの付き合いで、二度と会うことはないのだろうから。

 ライはリュートを空中に溶かして手袋をはめなおすと、窓の外に目をやった。外はま
だ明るい。この屋敷に来てから半日も経っていない。これだけの時間で、あの状況がな
んとかなったことが半ば信じられない。

 魔法のことなんかよくわからないけど、きっと、何かいい感じの偶然がはたらいたに
違いない。演奏中に魔力のようなものは感じなかったが……

 まぁ、いいか。考えても分からないことは考えない。なにはともあれ解決したのだ。
無意識に緊張していたのが解けたのか、ふいと疲労感が圧し掛かってきた。
 窓を盗み見てシラも映っていることを確認する。足元には影もある。

 セラフィナの思うとおりになってよかった。



「あ、この人ですよ。鏡に映らないお友達って」

「なんか噂でもしてたの?」

 他に鏡に映らない人がいるとも思わないの振り向くと、シラは相変わらずセラフィナ
の手を握ったままだった。それを見たライの表情がかすかに動く――ほんのかすかに、
だ。

「さっき、ちょっとだけ」

「ふぅん……ところで、シラ君だったかな」

 適当に相槌を打ってから――シラに直接訊いてみる。
 彼には、見られては都合の悪いものを見られてしまったかも知れないから。

「――僕のことが怖いかい?」

「…………今は、人……に見える……けど」

「だったら、さっき見たものは忘れてね。
 誰にも言っちゃ駄目だよ。そのおじさんにも、友達にも……」

「……」

 シラは、不自然な無表情で押し黙った後うなずいた。
 ライは満足げにニコリと笑って、「なんのことですか?」と問うたセラフィナに、な
んでもないと返事した。

 脅えている相手の口を封じるのは簡単だ。少し恫喝してやればいい。その相手が化け
モノとなればますますだ。だって人間じゃない相手が、知らない場所で秘密を破ったの
に絶対に気がつかないという保障はないのだから。

 得体の知れないモノに相対するというのは、そういうことだ。
 お願いだから永遠に黙っていてくれ。僕はまだ狩られたくない。

 ――過去にギルドハンターとして何匹もの怪物を屠ってきた記憶が、今は恐怖に変わ
りつつある。そう、ある程度に力のある人間は、容赦なく人間以外を排除するのだ。
 そこには罪悪感も何かの決意もない。ただの害悪として斃される日は近いかも知れな
い。想像するだけで寒気がする。

 そうだ、ここは寒い。早く離れないと、こごえてしまいそうだ。
 この屋敷で起こったことには関わってはいけない。直感が告げている。

 部屋を見渡してからライは口を開いた。

「僕はもう帰るけど、セラフィナさんはまだここにいる?」

「え? ええと……」

 彼女は、ようやくシラに手を握られていることに気がついたらしい。
 困惑した表情でシラとこちらを見比べる。
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2006/11/30 23:15 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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