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2024/11/03 06:35 |
銀の針と翳の意図 62/セラフィナ(マリムラ)
人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
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「あ、の……」

 おずおずと、セラフィナが言いづらそうに声をかける。

「呪歌の効果は、個人の魔力に比例するんですか?」

 ちょっと首を傾げて、ライは事も無げに笑い飛ばした。

「特殊な旋律を持つモノもあるらしいけどねー、魔力の豊富な人は魔法覚えた方が効
率イイから、多分関係ないんじゃないかな?」

「そう、ですか……」

 そっと額の封魔布に触れ、セラフィナは胸を撫で下ろす。

 セラフィナは、物心付いた頃から封魔布を額に巻いたままの生活を送っていた。
 幼い頃に一度外してしまったことがあるらしいのだが覚えていないし、その時に離
宮を全壊させるほどの爆発を起こしたと言われてもピンとこない。でも、別邸で育て
てくれた乳母夫妻が熱心に何度も何度も言い聞かせるので、外してしまうのは今でも
怖かったりするのだ。何をしてしまうのか、自分でもわからないから。
 封魔布は、その名の通り魔を封じる布である。回復魔法が効きづらかったのもその
せいだが、それ以上に自らの魔力を封じ込めてしまうという効果がある。つまり、封
魔布をつけている間は魔力は皆無に等しい。
 魔力が呪歌に大きな力を与えるというのなら、セラフィナが唄っても何の効果も現
さないだろう。だが、セラフィナはライの言葉を信じたかった。シラのために、自分
にも出来ることがある。そう思いたかった。

「練習、させて下さい。香油はまだ早いと思いますから」

 いじけていた男はライの言葉に光明を見いだしたのだろうか。
 嬉々として準備をしようとしたところをセラフィナに止められ、だが高まる気持ち
を抑えられず、窓辺に向かうとシラと筆談を始めたようだった。

「おじさーん、あんまり期待させすぎないでよねー?」

 肩越しに男へ声をかけると、ライは調律をするように優しく弦を爪弾く。

「うん、大丈夫そう」

 そういうと、右手の手袋の指先を口にくわえ、するりと手袋を外した。

「あ……」

 ちらりと目に映ったのはくすんだ白。白骨化した手は妙にリアルで、無いはずの肉
や筋があるかのように、器用になめらかに弦を爪弾く。
 つい声に出してしまったことを後悔しても、もう遅いだろう。見てはいけないモノ
を見てしまったようなバツの悪さに、セラフィナは目を逸らした。

「いくつか音を出してみるね。あーでもらーでもいいから唄ってみて」

 気付いただろうか。多分気付いているだろう。でも、ライは何も言わなかったし、
態度を変えることもなかった。下を向いて、弦を確かめ、懐かしそうに愛おしそうに
リュートを奏でる。

「……ぁ-----」

「音は合ってるけど、声が小さいなぁセラフィナさん」

 ライは楽しそうに笑う。
 きっと本当に歌が好きだったんだろうと思うと、歌えないのは凄く辛いんじゃない
かとか考えてしまって、そんなことを考える自分がちょっとイヤになった。
 少し落ち着かないと。
 セラフィナは呼吸を整え、静かに目を閉じる。
 余計なことは考えちゃダメ。今は歌に専念しなくちゃ。

 ライのリュートに合わせて、セラフィナが再び声を出す。

「あ--------------------」

 今度はちゃんと声を出せた。

「……綺麗な声だね、驚いたな。うん、いけるいける」

 気分をノせるための方便かもしれないけれど、言い方がちょっとしみじみしていた
せいか、思わず照れてしまうセラフィナ。心なしか顔が熱い。

「じゃあ、一通り弾いてみるからさ、歌詞を目で追ってみてくれる?」

 そういうと、ライは曲を演奏し始めた。
 セラフィナも慌てて歌詞を目で追う。
 流れるような淀みない旋律、複雑ではないが心地よくて、それでいて胸を打つ。
 ……抑揚のみで歌に聞こえなかったさっきの呪文もどきが救いがたい音痴によるモ
ノかと思うと脱力しそうになるが、何とか堪えて自分に言い聞かせる。
 シラくんのためにも、ライさんの分まで私が唄わなきゃ。

「どう?歌詞、合わせられそう?」

 演奏を終えたライと目が合う。ちょっと硬いながらも何とか笑みを浮かべ、セラフ
ィナは頷いた。
 大丈夫、自分一人じゃない。きっと、平気。

「うん、じゃあ」

 リュートの音が染み込むように、体を柔らかく包んでゆく。
 セラフィナは一度目を閉じて深呼吸すると、ゆっくり目を開けて声を紡いだ。

「-----杯は既に傾き 輝ける滴はこぼれ
     満ち満ちていた力は風前の灯火-----

 -----ならば我々は
     こぼれた水を手のひらにすくいあげる-----

 -----立ち込めた霧を払い 蜂蜜をそそぐ
     我々は望むがゆえ楽園を見る-----

 -----右手に靴 左手にはかんざしをかざして
     混沌から魂を拾い上げる----------……  」

 ……上手く唄えたのだろうか。
 最後は天井を仰ぐようにして唄っていたため、顔を下ろすのが少々気恥ずかしい。
 火照る顔を隠すように片手で口元を覆い、目が合ったライに照れ笑い。
 セラフィナは、正直、どうしたらいいのかわからずにいた。

「……上出来上出来!」

 ライの笑顔を見て、力が抜けて、随分緊張していたんだということをようやく実感
する。思わず顔がほころび、へたりと座り込んだ。本番はコレからだというのに。

「……シラ!!」

 男の驚愕の叫びにはっとする。何か、また、やってしまったのか。

「シラ!!シラ!!!」

 しかし、その響きは次第に歓喜へと変わってゆく。

「……おじ…さん、く、るし……」

 その声は紛れもなく、シラのモノだった。
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2006/11/30 23:15 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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