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2024/11/03 06:26 |
銀の針と翳の意図 61/ライ(小林悠輝)
人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
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 ――うん確かに音痴だと思うよ、とはさすがに言えなかった。

 男はもっと落ち込むだろうし、セラフィナは怒るだろう。子供の反応は予想できない
が、呆れるとかそんなところだろうか。

「うーん……」

 特に意味もなく、でも突っ立っているだけでは立場が悪いので、悩んだフリをしなが
ら――実際、何について悩めばいいのか悩んでいた――本の譜面を睨んだ。

 歌というのは、突き詰めれば魔法に行き当たる。
 が、それは遥か古代の話だ。かつては歌そのものが祈祷のための行為だったが、宗教
的な体系がしっかりしてくると、旋律のない言葉に置き換えられた。

 それでも美しい歌声には魔力が宿ると云われ、中世に、それを技術として昇華させた
のが呪歌だ。歌そのものに細工をすることによって魔法的な効果を引き起こそうと試み
たわけである。物理法則を操ることはほぼ不可能だったようだが、人間の精神に影響を
及ぼす効果は絶大だった――歌とは本来、神に届くよう唱えられた言葉だったのだから。

 呪歌を操る歌唄い――或いは楽器弾きは、己が魔法を使っていることなど話さない。
 だから聴衆は彼らの演奏を喝采する。それが仕組まれた感動かも知れないなんて、思
いつきもしない。

 もちろん、そんな小ざかしい手を使う者は少なかっただろう。故に魔術として知られ
ている形態ではなく、使い手も存在を否定される。それに――使い勝手も、非常に悪い。
 歌なのだから、それを聴いた者全員に区別なく効果が及ぶ。

 だが、完全に隠蔽することもできない。
 誰かがそのトリックを暴いて記録に残す可能性はゼロではない。だからこそ、この本
が存在するのだが……

 と、そんなことを考えていても現状が解決するわけでもなく、子供は窓ガラスにしか
映らないし、男はめそめそしているし、セラフィナは難しい顔をしている。

「……で、どうしようか……」

「何か……わかりますか?」

 セラフィナは不安と期待の入り混じった表情で見てくる。
 呪歌と聞いたから、わかるかも知れないと思ったのだろうが――

「完全に魔法とか魔術の領域だからなぁ。
 せめてこの部分を自分で読めたら少しはわかるかも知れないけど……」

「……解読している時間はありませんね」

 魔法に詳しい人間がここにいないのだからどうしようもない。素人ばかりが集まって
実際にやってみても、ロクな結果にはならないだろう。運が悪ければ現状悪化。
 とはいえ――だ。とりあえず実行してみる以外に解決する方法は思いつかない。

 ソフィニアにでもいけば詳しい人はたくさんいるだろう。
 この男がさっさとそういうのを連れてくるなり、この子供をそこに連れて行くなりし
ていればよかったんだ。下手に自分でどうにかしようと考えるより。

 だが、今、ここにそんな人間はいない。
 そしてお嬢さまは解決を望んでいらっしゃる。

「そんなぁ……」

 男がうなだれた。さっきの言い方からすると、どうやら彼も完全に解読できたのでは
なく、内容を解釈できる程度でしかなさそうだった。もう解読は諦めた方がよさそうだ。
分の悪い賭けだが、素人集団でなんとかやってみよう。それしかない。

「そんなぁって……おじさん調べてたんだから、いちばん詳しいはずでしょ?」

「…………」

「ライさん!」

 また怒られた。
 ライは咳払いして、今の失言を誤魔化したような気分になると、ため息をついて再度、
提案した。

「やっぱり誰か歌ってみよーよ。ナントカの明かりもつけてさ」

「キッカスの香油です」

 男がぼそりと呟いた。ひょっとしたら馬鹿にした復讐かも知れないなとライは思った
が、ただの補足なのだろう。馬鹿にしたつもりもないし。
 思ったことを言っただけだ。

 窓ガラスに映る子供は、不安そうな心配そうな諦めたような脅えたような――そして、
少しだけ期待するような顔で相談するこちらを見ていたが、くるりと背を向けて窓の外
に視線を向けた。さっきからこうやって所在無さげにしている様子は、少しかわいそう。

 この子は、惨劇の只中にいて、それから何年も……誰にも自分の姿を認識してもらえ
ないまま過ごしてきたのだ。
 少しの間だけ元に戻りかけたというのだから、さぞかし嬉しかっただろう。
 それが、また見えなくなってしまって、今度は声も聞こえなくて。

 ああ、つらいだろうさ。とてもとてもとてもとても――!!
 誰も自分を見てくれない、誰も声を聞いてくれない。世界全体が不確かで、自分の存
在も確信できなくて。
 人型の幻影を作り、声を音に変えることを覚えるまで、自分もそうだったのだから知
っている。今だって人に見せているのは本当の姿ではない。聞かせているのは本当の声
ではない。そんなものたちは存在しないのだから。

「……」

 シラと、ガラス越しに目が合うとすぐ逸らされた。
 その反応に少しだけ感じた同情を吹き散らされて、ああ僕って短気だったんだな知ら
なかったよとか思いながらライも視線を外した。

 ――だから僕はこの子のためではなくて、セラフィナさんのためにここにいるんだ。
 彼女が望む結末に辿り着く、その手伝いをほんの少しでもするために。

 ライはにこやかに笑って手を叩いた。

「僕、セラフィナさんの歌が聞きたいなー」

「……え?」

「いや、どうせ歌うなら、貧相なおっさんより綺麗なお姉さんの方がいいなと」

「え? でも……」

「……貧相ですか……確かに調べ者を始めてからちょっと髪は減りましたが……」

「大丈夫だよ、メロディー単純だし」

 男がいじけているのは無視。そんなむさくるしい図は見たくないので。
 っていうか言っていることが中途半端にリアルで嫌だ。

「音とれるように伴奏やってあげるからさ」

 少しだけ集中して――軽く掲げた両腕に抱えるようにリュートを具現させる。
 ぽってりとしたシルエットの弦楽器は、昔持っていたそれの記憶そのままに再現して
ある。弾くためには手袋を外さないといけない。

 男が、今の減少に驚いて目を丸くしている。
 手品師ということにしておこう。面倒くさいときの常套手段だ。

「僕は旅の吟遊詩人……“元”と“志望”がつくけどね。
 その僕が簡単だって言うんだから大丈夫だよ。いけるいける」

 セラフィナが明確な答えを探し出す前に押し切ることにした。
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2006/11/30 23:14 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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