人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
------------------------------------------------------------------------
ライの問いに、男はぼそぼそと答える。
「この部分だけ、古代シルス語で書かれています。
とても狭い地方で使われていた言葉で、殆ど文献には残っていません」
「で、なんて書いてあるの?」
「特定条件下で旋律を間違えずに謳うと、歌を聴くすべての人の位相がずれる。
そして、元に戻すためには正しい旋律でもう一度同じ歌を謳えばいい」
男は溜め息をついた。ガラス窓をちらっと見て、続ける。
「特定条件下とは、キッカスの香油で灯す明かりのようです」
男は香油の壺とランプを指し示した。
「でも、旋律をどう間違っているのか、シラの位相ばかりがずれてゆく……」
テーブルに伏すように頭を抱える男。セラフィナは、話に引っかかりを覚えた。
「正しい旋律で謳う、特定条件下で謳う……同じではないかもしれませんよ」
もし男が信じたように同じであるなら、元に戻すどころか入れ替わりで位相がずれ
てしまうことになるのではないか。今まで失敗していたのは運が良かっただけなのか
もしれない。
「ちょっと待って。そんな危険なことにセラフィナさんを立ち会わせたの?
彼女があの子みたいになったらどうするつもりだったんだ!」
ライが少し苛立ったように声を荒げた。セラフィナも思わず身を竦める。
怒るタイミングを逃して少し冷静になったとき、ふと、思い出したことがあった。
「え、と。さっきから気になっていたんですけど、他の方々はどうしたんですか?
その日は、大勢屋敷にいらした……」
「自分が危険に晒されてたんだよ?ちゃんとわからせないとダメだって!」
語尾に被せるようにライが遮る。ライの言うことは確かにもっともなことなのだ
が、とても重要なことのような気がして、疑問が頭を離れない。
竦んでしまっている男が、更に頭を抱えるのが目に入る。
彼も随分苦しんできたのだろう。本当は見た目よりももっと若いのかもしれない。
自分が危険に晒されていたことよりも、その事で心配してくれる人が居ることがな
んだか嬉しくなって。
「……ライさん」
「なに?」
「私の分まで怒ってくれてありがとう」
セラフィナがにっこり微笑むと、ライは目に見えて脱力した。
「……なんか、お礼言うところじゃないような気がするんだけどー」
そうかもしれない。
でも、セラフィナはすごく救われた気分だったのだ。
「あー……なんだっけ、そう、他の人の事。教えてよ、おじさん」
何となくバツが悪そうにライが訊ねると、男はおそるおそる顔を上げた。
「お二人も噂でお聞きでしょう?」
「え」
「一人残らず殺されましたよ。旅人を装って入り込んだ奴らに」
しばしの沈黙。
さっきの話では、シラが人を驚かせるために呪歌を謳ったのではなかったのか。
「ああ、言葉が足りませんでしたね。どうも人に話をするのが苦手で……。
シラは一人部屋に篭もって自分に透過の魔法をかけたんです」
男がシラをちらりと見やる。
「でも、旋律を間違えたのか、シラは声だけになってしまった。というか、実際には
コチラへ声しか届かなくなってしまった。モノに触れなくなってしまったんです」
視線をシラから外し、嫌悪の表情と共に男は眉をひそめた。
「シラは助けを呼ぼうとした。でもできなかった。
人々の悲鳴と銃声がいくつも聞こえてきたんだそうです。……全滅でした」
ライもセラフィナも、黙って話を聞いている。
男の表情には鬼気迫るモノがあった。
「シラは黙って隠れていることしかできなかった。
外は酷い嵐で、最後には外が見えないほど吹雪いていたと言います。
……私が戻ったとき、屋敷は荒らされていましたから、主人のコレクションを狙っ
た強盗の類でしょう。珍しい宝石を手に入れたばかりだと聞いていましたから」
目には溢れんばかりに涙を溜め、男は言った。
「私に出来ることは、書籍のコレクション用に作られた隠し部屋の文献を使って、シ
ラを元に戻す手がかりを掴むことだけでした。
お願いします、助けて下さい。私には歌のセンスがないのかもしれない。
解読できたと思っても、その通りに謳っているつもりでも……」
男は言葉に詰まる。……下を向いて泣いていた。
ボロボロの雑巾のように見窄らしく、小さくなって泣いていた。
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
------------------------------------------------------------------------
ライの問いに、男はぼそぼそと答える。
「この部分だけ、古代シルス語で書かれています。
とても狭い地方で使われていた言葉で、殆ど文献には残っていません」
「で、なんて書いてあるの?」
「特定条件下で旋律を間違えずに謳うと、歌を聴くすべての人の位相がずれる。
そして、元に戻すためには正しい旋律でもう一度同じ歌を謳えばいい」
男は溜め息をついた。ガラス窓をちらっと見て、続ける。
「特定条件下とは、キッカスの香油で灯す明かりのようです」
男は香油の壺とランプを指し示した。
「でも、旋律をどう間違っているのか、シラの位相ばかりがずれてゆく……」
テーブルに伏すように頭を抱える男。セラフィナは、話に引っかかりを覚えた。
「正しい旋律で謳う、特定条件下で謳う……同じではないかもしれませんよ」
もし男が信じたように同じであるなら、元に戻すどころか入れ替わりで位相がずれ
てしまうことになるのではないか。今まで失敗していたのは運が良かっただけなのか
もしれない。
「ちょっと待って。そんな危険なことにセラフィナさんを立ち会わせたの?
彼女があの子みたいになったらどうするつもりだったんだ!」
ライが少し苛立ったように声を荒げた。セラフィナも思わず身を竦める。
怒るタイミングを逃して少し冷静になったとき、ふと、思い出したことがあった。
「え、と。さっきから気になっていたんですけど、他の方々はどうしたんですか?
その日は、大勢屋敷にいらした……」
「自分が危険に晒されてたんだよ?ちゃんとわからせないとダメだって!」
語尾に被せるようにライが遮る。ライの言うことは確かにもっともなことなのだ
が、とても重要なことのような気がして、疑問が頭を離れない。
竦んでしまっている男が、更に頭を抱えるのが目に入る。
彼も随分苦しんできたのだろう。本当は見た目よりももっと若いのかもしれない。
自分が危険に晒されていたことよりも、その事で心配してくれる人が居ることがな
んだか嬉しくなって。
「……ライさん」
「なに?」
「私の分まで怒ってくれてありがとう」
セラフィナがにっこり微笑むと、ライは目に見えて脱力した。
「……なんか、お礼言うところじゃないような気がするんだけどー」
そうかもしれない。
でも、セラフィナはすごく救われた気分だったのだ。
「あー……なんだっけ、そう、他の人の事。教えてよ、おじさん」
何となくバツが悪そうにライが訊ねると、男はおそるおそる顔を上げた。
「お二人も噂でお聞きでしょう?」
「え」
「一人残らず殺されましたよ。旅人を装って入り込んだ奴らに」
しばしの沈黙。
さっきの話では、シラが人を驚かせるために呪歌を謳ったのではなかったのか。
「ああ、言葉が足りませんでしたね。どうも人に話をするのが苦手で……。
シラは一人部屋に篭もって自分に透過の魔法をかけたんです」
男がシラをちらりと見やる。
「でも、旋律を間違えたのか、シラは声だけになってしまった。というか、実際には
コチラへ声しか届かなくなってしまった。モノに触れなくなってしまったんです」
視線をシラから外し、嫌悪の表情と共に男は眉をひそめた。
「シラは助けを呼ぼうとした。でもできなかった。
人々の悲鳴と銃声がいくつも聞こえてきたんだそうです。……全滅でした」
ライもセラフィナも、黙って話を聞いている。
男の表情には鬼気迫るモノがあった。
「シラは黙って隠れていることしかできなかった。
外は酷い嵐で、最後には外が見えないほど吹雪いていたと言います。
……私が戻ったとき、屋敷は荒らされていましたから、主人のコレクションを狙っ
た強盗の類でしょう。珍しい宝石を手に入れたばかりだと聞いていましたから」
目には溢れんばかりに涙を溜め、男は言った。
「私に出来ることは、書籍のコレクション用に作られた隠し部屋の文献を使って、シ
ラを元に戻す手がかりを掴むことだけでした。
お願いします、助けて下さい。私には歌のセンスがないのかもしれない。
解読できたと思っても、その通りに謳っているつもりでも……」
男は言葉に詰まる。……下を向いて泣いていた。
ボロボロの雑巾のように見窄らしく、小さくなって泣いていた。
PR
トラックバック
トラックバックURL: