人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
------------------------------------------------------------------------
――吹雪の中、僕は扉を叩く。
マフラーとコートの下で体は震え、手袋の中で手が凍える。
入れてください、入れてください。
僕は旅の吟遊詩人。どうか暖をとらせてください。
――吹雪の中、僕は扉を叩く。
背中の袋には買ったばかりのリュート。懐に毒薬。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
暗い廊下、扉の前で中の話を聞きながら、ライは混乱していた。
わけがわからない。いくらなんでも話が矛盾しすぎている。自然にここまで滅茶苦茶
になるはずがない。だが、この屋敷の住人が話す話の方が、直接関係のない町人たちの
語る興味本位の噂よりも信憑性の面では高いことも承知している。
だが、それでは腑に落ちない。
謎を解明しようなどという気はまったくもってなかったが、ここまでちぐはぐだと気
味が悪い。
この屋敷で何かが起こったのは、嵐の夜? ――僕が聞いた話では吹雪の夜だ。
それに今の話では、吟遊詩人は何もしなかったことになる。この屋敷の中でどうにか
あったのはあの子供だけ。
なら、ここはどうして廃墟なのだ? さっき見た弾痕は、何だ?
今の話が本当なら無事なはずの父親や使用人や客は、どこへ消えてしまった?
この屋敷では、一体、何が起こったのだ?
「……誰?」
中から訝しむような声が聞こえた。子供がこちらの存在を伝えたのだろうか。
となれば、窓ガラスだけに写っているのか、それともガラスの中にいるのか、どちら
にしても喋れないということはないのだろう。見ている間は一言も発さなかったし、今
も声は聞こえなかったから別の方法かも知れない。
見つかることはないだろうが、今の声がきっかけになって、ライは扉の前を離れた。
ここは寒い。外では雪でも降っているのではないか? そんなことはあり得ない。
窓から見えるのは青空。どこまでも晴れ渡って憎らしいほど。
日の当たらない屋内で、換気もあまりされていないようだから、冷気が溜まっている
らしい。だが、気温が低いという意味での寒さなんか、認識しても実感できない。
階段を上がり大きな扉を開くと、そこはがらんとした空間だった。
今はもう使われていない場所なのか、ふさがれた窓はいくらか割れ、打ち付けられた
板の隙間から細い光の柱がいくつも落ちている。
ここは寒い。外では雪でも降っているのではないか? そんなことは……
風の流れがあるらしく、埃がきらきらと舞っている。
それはまるで粉雪のようで美しく、恐ろしい。
雪が降っている。だからここは寒いのか。
足元に敷かれた絨毯はひどく焼け爛れていた。その火は壁を焦がし天井に煤をつけた
らしい。まるで、使い物にならなくなった絨毯を燃やすために火をつけたようだ。
無理もない。これは血で真っ赤になったのだから。
踏み出した足元が、ぐっしょりと濡れているような気がした。見下ろせば気のせい。
熱で割れたタイルに絨毯だった墨や灰がこびりついた醜い斑が一面に広がっている。
湿気と乾気ですっかり固まったそれらを踏みながらホールの真ん中まで歩いて、それ
から振り返った扉には、絵が描いてあった。ぼろぼろになってすっかりわからないそれ
は、空と天使。楽園の風景だったはず。
それだけでは別に珍しいものではない、のだが。
描かれた天使のうち一人がネコミミなのが不思議だった。
これを描いた画家に一体何があったのだろう。
今となってはそこに絵があったらしいということしかわからないから、余計に知る術
はない。でも覚えている。あの天使は確かにネコミミだった。確信しながらさっきの思
いを撤回する。
間違いなく僕はここを知っている。霧の向こうにあるような、おぼろげな輪郭だけの
記憶。もう思い出せない? そんなことない。
嫌な予感に冷や汗が滲み鼓動が早くなる。気のせいだ。もうわかりきっている。
そう思うと、このホール自体にも見覚えがある気がしてきた。
昔はシャンデリアがあったはずなんだけど、あれはどうしたんだろう?
天井を見上げて思う。飾りがないと、随分と高い天井だ。
唾を飲み込んだ喉が焼きつくように痛んだ。咳き込むと余計に痛みそうなのでこみ上
げてきた何かを強引に飲み下し、息苦しさに呻いた。
『…………マズいな』
「誰か、いるんですか?」
「え?」
思わず声に出して返事をしてしまってからライは後悔した。諦めて振り返る。
セラフィナが、さっき開けた扉の隙間からこちらを見ている。きっと、さっき扉を開
けたときの音を聞いて様子を見に来たのだろう。
「ライさん……?」
「ああ、うん。だってこの町、他に見る場所なくてさ」
言いながら姿を現し苦笑い。
セラフィナはくすくすと笑った。
「やっぱり怪談が好きなんですね?」
「違うよ」
足元に、何か、灰と一緒に固まったものを蹴った。原型を留めないほど溶けてゴミと
混ざりかけたそれを拾い上げ、観察してからセラフィナに放る。
「! なんですかコレ」
「金かも」
「金?」
「ゴールドだよゴールド。こんなんじゃカネにはならないかな」
自分の発言ながら面白くない。
セラフィナはますます困惑を深くして、指先で持ったそれを見ている。
「……これ、ブローチですか? ピンの部分だけ別の金属で、残ってます」
「あげる」
「え? これって、誰のですか?」
「僕が拾ったから僕のだったけど、もうあげたからセラフィナさんの」
よくわからないことを言いながら、彼女の横をすり抜けてホールを出る。
昔、金のブローチなら溶けていないやつを持っていたが……死体と一緒に行方不明だ。
弟が同じのを持っているはず。
そういえばさっきの子供はどうなったのだろうか。元に戻すのを手伝うとか言い出し
そうな状況だったけど、だったら手がかりの一つもないと出航までに終わりそうもない。
なんか、余計なことに首を突っ込むのには慣れてきた。どちらかというと自分もそう
いうことを好んでする傾向にあるから人のことだけ言えないし。
「こういうところで意味ありげに拾ったものって、意外とキーアイテムだったり」
「あの、ライさん……お願いがあるんです」
くだらない冗談は無視された。ちょっと寂しい気分になりながらライは振り返る。
ああうんわかってるよ。あの子供のことだよね。なんとか助けてあげたいって言うん
だよね?
そういった言葉を覚悟して――或いは期待してうなずくと、セラフィナは真剣な表情
で訊いてきた。
「音楽記号とか楽譜とか、読めますか?」
「…………はァ?」
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
どこへ行っていたの、ランダル卿、私の息子?
どこへ行っていたの、わたしの綺麗な若者よ
緑の森に行きました。母さま、ベッドをしつらえて
僕は狩りで疲れました、横になりたいのです
見せられた本のページには、古い楽譜らしきものが書かれていた。
音符を追って旋律を脳裏に描きながら、下の歌詞を流し読みしていく。
そこでだれに会ったの、ランダル卿、私の息子?
そこでだれに会ったの、わたしの綺麗な若者よ
恋びとに会いました。母さま、ベッドをしつらえて
僕は狩りで疲れました、横になりたいのです
「“ロード・ランダル”か……」
古びたページをめくりながら、ライは思わず感嘆の声をあげた。
「すごいな、この本は。オールドバラッドってのは滅多に楽譜に残らないんだけど、十
曲以上の譜面がある。歌詞も古いみたいだ。歌われるうちに少しずつ変わっていくから、
オリジナルに近いものは貴重だよ。
郷土研究家あたりに、かなり高く売れるんじゃない?」
「ライさん……そんな場合じゃありません」
セラフィナが眉をひそめて言う。不安そうな男の方をちらりと見てから、彼女は念を
押すように少しだけ強く睨んできた。
窓ガラスに見える少年は脅えた様子でこちらを見ている。セラフィナが最初に紹介し
てくれたお陰でさっきほどあからさまには怖がられていないみたいだけど、彼には一体
どのように見えているのだろうか。聞いてみたいが、彼はいま話ができない状態らしい。
「でもね、古い民謡や伝承歌ってのは民俗学の観点から見ても重要なもので――」
「……ライさん」
二度目は怖かったので言葉を切る。わざとらしく咳払いしちゃったりして。
わかってるよと口の中だけで言い訳してページをめくっていく。さっき男が書庫で読
み上げていた歌の譜面を見つけ、その下に書かれた文章を読もうとしたが知らない文字
だ。
「呪歌って知ってますか?」
「もちろん。
……子供騙しだよ。歌で催眠術をかけるようなもの。魔法の楽器でも使うか、よっぽ
ど上手い人なら別だけどね?
そもそも、お貴族様が好むけったいな音楽と違って、こういう伝承歌には教科書も原
典も存在しないんだ。自分が聞いた伝説を、まぁ定番の旋律はあるんだけど、それをア
レンジしながら、もっとも相応しいと思う歌い方で歌う。
時代によって曲や歌い方にも傾向があるだろう? だからこの本は貴重なんだ。
現代と比較することによって過去を知るために、大いに役立つだろうね」
「この魔法は、呪歌の一種を組み合わせたオリジナルのものって聞いたんですけど……
何か、わかりますか?」
三度目は黙殺だった。
仕方がないのでため息をついて、下の文字を見ようとする。曲の弾きかたを文字で説
明されているのだろうか――それはないな。だったら楽譜に直接書き込む。
だから魔法そのものの説明なのだろう。これが読めないと話にならない。
うーん、と唸ってライは頭をかいて、無責任なセリフを吐いてみた。
「とりあえず誰か歌ってみれば? 今度はメロディーつけて」
「……ライさんは?」
「いや、このノドを治してくれるならいくらでも。
そうなったらもう毎晩ラブソングでも捧げるよ」
襟元に手をやって傷を見せながら笑うと、セラフィナは顔をゆがめて子供を振り返っ
た。というよりこちらから視線を外した。
しまった我ながら悪趣味か。
問題の文章を指差しながら慌てて誤魔化すことにする。
「――と、冗談は置いといて……これの解読はできてないの、おじさん?」
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
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――吹雪の中、僕は扉を叩く。
マフラーとコートの下で体は震え、手袋の中で手が凍える。
入れてください、入れてください。
僕は旅の吟遊詩人。どうか暖をとらせてください。
――吹雪の中、僕は扉を叩く。
背中の袋には買ったばかりのリュート。懐に毒薬。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
暗い廊下、扉の前で中の話を聞きながら、ライは混乱していた。
わけがわからない。いくらなんでも話が矛盾しすぎている。自然にここまで滅茶苦茶
になるはずがない。だが、この屋敷の住人が話す話の方が、直接関係のない町人たちの
語る興味本位の噂よりも信憑性の面では高いことも承知している。
だが、それでは腑に落ちない。
謎を解明しようなどという気はまったくもってなかったが、ここまでちぐはぐだと気
味が悪い。
この屋敷で何かが起こったのは、嵐の夜? ――僕が聞いた話では吹雪の夜だ。
それに今の話では、吟遊詩人は何もしなかったことになる。この屋敷の中でどうにか
あったのはあの子供だけ。
なら、ここはどうして廃墟なのだ? さっき見た弾痕は、何だ?
今の話が本当なら無事なはずの父親や使用人や客は、どこへ消えてしまった?
この屋敷では、一体、何が起こったのだ?
「……誰?」
中から訝しむような声が聞こえた。子供がこちらの存在を伝えたのだろうか。
となれば、窓ガラスだけに写っているのか、それともガラスの中にいるのか、どちら
にしても喋れないということはないのだろう。見ている間は一言も発さなかったし、今
も声は聞こえなかったから別の方法かも知れない。
見つかることはないだろうが、今の声がきっかけになって、ライは扉の前を離れた。
ここは寒い。外では雪でも降っているのではないか? そんなことはあり得ない。
窓から見えるのは青空。どこまでも晴れ渡って憎らしいほど。
日の当たらない屋内で、換気もあまりされていないようだから、冷気が溜まっている
らしい。だが、気温が低いという意味での寒さなんか、認識しても実感できない。
階段を上がり大きな扉を開くと、そこはがらんとした空間だった。
今はもう使われていない場所なのか、ふさがれた窓はいくらか割れ、打ち付けられた
板の隙間から細い光の柱がいくつも落ちている。
ここは寒い。外では雪でも降っているのではないか? そんなことは……
風の流れがあるらしく、埃がきらきらと舞っている。
それはまるで粉雪のようで美しく、恐ろしい。
雪が降っている。だからここは寒いのか。
足元に敷かれた絨毯はひどく焼け爛れていた。その火は壁を焦がし天井に煤をつけた
らしい。まるで、使い物にならなくなった絨毯を燃やすために火をつけたようだ。
無理もない。これは血で真っ赤になったのだから。
踏み出した足元が、ぐっしょりと濡れているような気がした。見下ろせば気のせい。
熱で割れたタイルに絨毯だった墨や灰がこびりついた醜い斑が一面に広がっている。
湿気と乾気ですっかり固まったそれらを踏みながらホールの真ん中まで歩いて、それ
から振り返った扉には、絵が描いてあった。ぼろぼろになってすっかりわからないそれ
は、空と天使。楽園の風景だったはず。
それだけでは別に珍しいものではない、のだが。
描かれた天使のうち一人がネコミミなのが不思議だった。
これを描いた画家に一体何があったのだろう。
今となってはそこに絵があったらしいということしかわからないから、余計に知る術
はない。でも覚えている。あの天使は確かにネコミミだった。確信しながらさっきの思
いを撤回する。
間違いなく僕はここを知っている。霧の向こうにあるような、おぼろげな輪郭だけの
記憶。もう思い出せない? そんなことない。
嫌な予感に冷や汗が滲み鼓動が早くなる。気のせいだ。もうわかりきっている。
そう思うと、このホール自体にも見覚えがある気がしてきた。
昔はシャンデリアがあったはずなんだけど、あれはどうしたんだろう?
天井を見上げて思う。飾りがないと、随分と高い天井だ。
唾を飲み込んだ喉が焼きつくように痛んだ。咳き込むと余計に痛みそうなのでこみ上
げてきた何かを強引に飲み下し、息苦しさに呻いた。
『…………マズいな』
「誰か、いるんですか?」
「え?」
思わず声に出して返事をしてしまってからライは後悔した。諦めて振り返る。
セラフィナが、さっき開けた扉の隙間からこちらを見ている。きっと、さっき扉を開
けたときの音を聞いて様子を見に来たのだろう。
「ライさん……?」
「ああ、うん。だってこの町、他に見る場所なくてさ」
言いながら姿を現し苦笑い。
セラフィナはくすくすと笑った。
「やっぱり怪談が好きなんですね?」
「違うよ」
足元に、何か、灰と一緒に固まったものを蹴った。原型を留めないほど溶けてゴミと
混ざりかけたそれを拾い上げ、観察してからセラフィナに放る。
「! なんですかコレ」
「金かも」
「金?」
「ゴールドだよゴールド。こんなんじゃカネにはならないかな」
自分の発言ながら面白くない。
セラフィナはますます困惑を深くして、指先で持ったそれを見ている。
「……これ、ブローチですか? ピンの部分だけ別の金属で、残ってます」
「あげる」
「え? これって、誰のですか?」
「僕が拾ったから僕のだったけど、もうあげたからセラフィナさんの」
よくわからないことを言いながら、彼女の横をすり抜けてホールを出る。
昔、金のブローチなら溶けていないやつを持っていたが……死体と一緒に行方不明だ。
弟が同じのを持っているはず。
そういえばさっきの子供はどうなったのだろうか。元に戻すのを手伝うとか言い出し
そうな状況だったけど、だったら手がかりの一つもないと出航までに終わりそうもない。
なんか、余計なことに首を突っ込むのには慣れてきた。どちらかというと自分もそう
いうことを好んでする傾向にあるから人のことだけ言えないし。
「こういうところで意味ありげに拾ったものって、意外とキーアイテムだったり」
「あの、ライさん……お願いがあるんです」
くだらない冗談は無視された。ちょっと寂しい気分になりながらライは振り返る。
ああうんわかってるよ。あの子供のことだよね。なんとか助けてあげたいって言うん
だよね?
そういった言葉を覚悟して――或いは期待してうなずくと、セラフィナは真剣な表情
で訊いてきた。
「音楽記号とか楽譜とか、読めますか?」
「…………はァ?」
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
どこへ行っていたの、ランダル卿、私の息子?
どこへ行っていたの、わたしの綺麗な若者よ
緑の森に行きました。母さま、ベッドをしつらえて
僕は狩りで疲れました、横になりたいのです
見せられた本のページには、古い楽譜らしきものが書かれていた。
音符を追って旋律を脳裏に描きながら、下の歌詞を流し読みしていく。
そこでだれに会ったの、ランダル卿、私の息子?
そこでだれに会ったの、わたしの綺麗な若者よ
恋びとに会いました。母さま、ベッドをしつらえて
僕は狩りで疲れました、横になりたいのです
「“ロード・ランダル”か……」
古びたページをめくりながら、ライは思わず感嘆の声をあげた。
「すごいな、この本は。オールドバラッドってのは滅多に楽譜に残らないんだけど、十
曲以上の譜面がある。歌詞も古いみたいだ。歌われるうちに少しずつ変わっていくから、
オリジナルに近いものは貴重だよ。
郷土研究家あたりに、かなり高く売れるんじゃない?」
「ライさん……そんな場合じゃありません」
セラフィナが眉をひそめて言う。不安そうな男の方をちらりと見てから、彼女は念を
押すように少しだけ強く睨んできた。
窓ガラスに見える少年は脅えた様子でこちらを見ている。セラフィナが最初に紹介し
てくれたお陰でさっきほどあからさまには怖がられていないみたいだけど、彼には一体
どのように見えているのだろうか。聞いてみたいが、彼はいま話ができない状態らしい。
「でもね、古い民謡や伝承歌ってのは民俗学の観点から見ても重要なもので――」
「……ライさん」
二度目は怖かったので言葉を切る。わざとらしく咳払いしちゃったりして。
わかってるよと口の中だけで言い訳してページをめくっていく。さっき男が書庫で読
み上げていた歌の譜面を見つけ、その下に書かれた文章を読もうとしたが知らない文字
だ。
「呪歌って知ってますか?」
「もちろん。
……子供騙しだよ。歌で催眠術をかけるようなもの。魔法の楽器でも使うか、よっぽ
ど上手い人なら別だけどね?
そもそも、お貴族様が好むけったいな音楽と違って、こういう伝承歌には教科書も原
典も存在しないんだ。自分が聞いた伝説を、まぁ定番の旋律はあるんだけど、それをア
レンジしながら、もっとも相応しいと思う歌い方で歌う。
時代によって曲や歌い方にも傾向があるだろう? だからこの本は貴重なんだ。
現代と比較することによって過去を知るために、大いに役立つだろうね」
「この魔法は、呪歌の一種を組み合わせたオリジナルのものって聞いたんですけど……
何か、わかりますか?」
三度目は黙殺だった。
仕方がないのでため息をついて、下の文字を見ようとする。曲の弾きかたを文字で説
明されているのだろうか――それはないな。だったら楽譜に直接書き込む。
だから魔法そのものの説明なのだろう。これが読めないと話にならない。
うーん、と唸ってライは頭をかいて、無責任なセリフを吐いてみた。
「とりあえず誰か歌ってみれば? 今度はメロディーつけて」
「……ライさんは?」
「いや、このノドを治してくれるならいくらでも。
そうなったらもう毎晩ラブソングでも捧げるよ」
襟元に手をやって傷を見せながら笑うと、セラフィナは顔をゆがめて子供を振り返っ
た。というよりこちらから視線を外した。
しまった我ながら悪趣味か。
問題の文章を指差しながら慌てて誤魔化すことにする。
「――と、冗談は置いといて……これの解読はできてないの、おじさん?」
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