人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
------------------------------------------------------------------------
男は静かに語った。
少年の快気記念パーティーが行われるはずだったその日、運悪く大きな嵐が来たこ
と。嵐の中の来客も、疑うことなく受け入れた主人。旅人が吟遊詩人であったことを
幸運にすら思い、広間に人を集め、唄を所望したこと。
そして。
「シラは主役が取られたようで面白くないから、と」
男は手元の本をさすりながら、力無く笑った。
「父親の古書コレクションの中にあった『透過の魔法』を試したらしいんです」
男は指が白くなるほど強く拳を握り締める。顔は笑おうとしているのだが、悲痛な
表情を消すことは出来なかった。
「私がシラにその本の存在を教えました。
こうなってしまったのは、私のせいかもしれない……」
男は主人のために古書を集めるのを生業としていて、シラとは時々他愛もない話を
していたのだという。たまたまシラとその本の話をして、その日のうちに別の都市へ
立って。後日、帰ってきて初めて事件のことを知ったらしい。
「シラは、きっと他の人を驚かせたかっただけなのでしょうけどね」
男は窓に目をやる。シラは窓に背を向けていて、表情はわからない。
「でも、私が戻ってきたときには、彼は声だけだったんですよ……」
関連する書籍を探して各地を転々とし、辛うじて見つけたモノと、ココの秘密書庫
のモノを照らし合わせながら、もう二年以上解読作業をしていたらしかった。
やっと声だけでなく体も取り戻したと思ったら、シラにはまだ影がなく、治ってい
るはずの足も動かないまま。ようやく元に戻せると思ったが何がおかしかったのか、
余計に酷いことになってしまった……というのだ。
「シラくんは、その間ずっとひとりだったんですか?」
セラフィナが窓ガラスを見ると、シラが必死で何かを言っている。
慌てて席を立つと、ガラスに指を走らせるシラにセラフィナは駆け寄った。
『だれか へやに いた』
「……誰?」
セラフィナが振り返るが、当然誰か見えるわけでもなく。
もう一度ガラスを凝視する。
『ぜったいに だれか いたよ』
シラは震えていた。誰とも話せないというだけでなく、得体の知れない何かがいる
という不安。そして。
『あれ ひとじゃ ない』
『はやく たすけて』
男は弱々しく目を逸らした。
セラフィナはどうすることも出来ずに、本を見た。
「あの……この記号、どこかで見たような気がするんですが……」
そう、どこで見たものだったか。そうたしか。
「ああ、音楽記号ですね。
この魔法はどうも呪歌の一種を掛け合わせたオリジナルのモノらしくて」
急に、ライの言葉がよみがえる。彼はなんと言っていた?
コールベルに向かう前、彼は言った。
「僕は吟遊詩人になりたかったんだ。
だから、一度は行ってみようと思ってんだよね」
と……。彼はもしかしたら、この本を正確に読み解けるかもしれない。
「……吟遊詩人を志していたという友人がこの町にいます。
僅かな望みでも、賭けてみる価値はあるかもしれません」
言ってからセラフィナは思う。
巻き込んでしまったら、ライは怒るだろうか。それとも呆れるだろうか。
彼の助けになりたくて、でも何もできなくて。
彼に余計な負担をかけてしまっているのかもしれないけれど、でもこのままシラを
見捨てることもできなくて。
男は無言で、縋るような目でセラフィナに本を手渡した。
セラフィナは両手で大事そうに抱きかかえると、小さく頭を下げる。
「ライさん……助けて」
小さく呟くと、もう一度抱く手に力を込め、扉へ向かって走り出した。
振り向くと、シラを置いて行けなくなる。そんな気がしたから。
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
------------------------------------------------------------------------
男は静かに語った。
少年の快気記念パーティーが行われるはずだったその日、運悪く大きな嵐が来たこ
と。嵐の中の来客も、疑うことなく受け入れた主人。旅人が吟遊詩人であったことを
幸運にすら思い、広間に人を集め、唄を所望したこと。
そして。
「シラは主役が取られたようで面白くないから、と」
男は手元の本をさすりながら、力無く笑った。
「父親の古書コレクションの中にあった『透過の魔法』を試したらしいんです」
男は指が白くなるほど強く拳を握り締める。顔は笑おうとしているのだが、悲痛な
表情を消すことは出来なかった。
「私がシラにその本の存在を教えました。
こうなってしまったのは、私のせいかもしれない……」
男は主人のために古書を集めるのを生業としていて、シラとは時々他愛もない話を
していたのだという。たまたまシラとその本の話をして、その日のうちに別の都市へ
立って。後日、帰ってきて初めて事件のことを知ったらしい。
「シラは、きっと他の人を驚かせたかっただけなのでしょうけどね」
男は窓に目をやる。シラは窓に背を向けていて、表情はわからない。
「でも、私が戻ってきたときには、彼は声だけだったんですよ……」
関連する書籍を探して各地を転々とし、辛うじて見つけたモノと、ココの秘密書庫
のモノを照らし合わせながら、もう二年以上解読作業をしていたらしかった。
やっと声だけでなく体も取り戻したと思ったら、シラにはまだ影がなく、治ってい
るはずの足も動かないまま。ようやく元に戻せると思ったが何がおかしかったのか、
余計に酷いことになってしまった……というのだ。
「シラくんは、その間ずっとひとりだったんですか?」
セラフィナが窓ガラスを見ると、シラが必死で何かを言っている。
慌てて席を立つと、ガラスに指を走らせるシラにセラフィナは駆け寄った。
『だれか へやに いた』
「……誰?」
セラフィナが振り返るが、当然誰か見えるわけでもなく。
もう一度ガラスを凝視する。
『ぜったいに だれか いたよ』
シラは震えていた。誰とも話せないというだけでなく、得体の知れない何かがいる
という不安。そして。
『あれ ひとじゃ ない』
『はやく たすけて』
男は弱々しく目を逸らした。
セラフィナはどうすることも出来ずに、本を見た。
「あの……この記号、どこかで見たような気がするんですが……」
そう、どこで見たものだったか。そうたしか。
「ああ、音楽記号ですね。
この魔法はどうも呪歌の一種を掛け合わせたオリジナルのモノらしくて」
急に、ライの言葉がよみがえる。彼はなんと言っていた?
コールベルに向かう前、彼は言った。
「僕は吟遊詩人になりたかったんだ。
だから、一度は行ってみようと思ってんだよね」
と……。彼はもしかしたら、この本を正確に読み解けるかもしれない。
「……吟遊詩人を志していたという友人がこの町にいます。
僅かな望みでも、賭けてみる価値はあるかもしれません」
言ってからセラフィナは思う。
巻き込んでしまったら、ライは怒るだろうか。それとも呆れるだろうか。
彼の助けになりたくて、でも何もできなくて。
彼に余計な負担をかけてしまっているのかもしれないけれど、でもこのままシラを
見捨てることもできなくて。
男は無言で、縋るような目でセラフィナに本を手渡した。
セラフィナは両手で大事そうに抱きかかえると、小さく頭を下げる。
「ライさん……助けて」
小さく呟くと、もう一度抱く手に力を込め、扉へ向かって走り出した。
振り向くと、シラを置いて行けなくなる。そんな気がしたから。
PR
トラックバック
トラックバックURL: