人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
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「ボクのこと、怖い?」
シラはセラフィナを覗き込むようにそう聞いた。
「怖くないわ」
優しく微笑むセラフィナに、シラはちょっとだけ口を尖らせる。
「みんなそう言うくせに逃げ出すよ?」
「----そんなこと、しない」
言葉尻に被せるように返ってきた言葉は、ゆっくり噛みしめるような口調で、セラ
フィナの表情のように穏やかだった。
シラはニッと笑顔を作ると、箱をなにやら弄りはじめた。
部屋の大半を覆っていたカーテンが開き、眩しい外光が部屋に差し込む。
おもわず目を細めたセラフィナ。シラはちょいちょいと窓を指し示し、少しふざけ
るような口調でこう言った。
「ほら、見て!いい景色でしょう?」
「ええ、そうね……?」
何を言いたいのかがよくわからないのだ。
高台にあるだけあって見晴らしも良く、景色も素晴らしいモノなのだが、どうもそ
ういうことを言いたいわけではないらしい。
セラフィナは首を傾げ、シラに問う。
「素敵な眺めだけど、見せたいモノは他にあるのよね?」
「んー、気付くと思ったのに~」
もう一度、外を見る。おかしな所は見当たらない。
「外じゃないよう。ガラス見て、ガラス」
そこには自分しか映っておらず。--------え?
「あ、わかった?おどろいたでしょー」
確かに驚いた。ライの時も最初は気付かなかったのだが、「幽霊が居るかもしれな
い」前提でココに来たというのに、何も気づけなかったのだ。呆れる他はない。
「……やっぱり逃げちゃう?他の人みたいに」
「ちょっと驚いちゃったけど、逃げないよ」
セラフィナは笑った。うん、大丈夫。怖くない。
「ガラスに映らないお友達、他にも知ってるよ」
「え……本当に?」
シラが身を乗り出す。
「他にも透過の魔法で失敗しちゃった人、居るの?!」
シラの目は真剣そのものだった。
バタン ……バタ……バタバタ……バタバタバタバタ
下から扉が閉まる大きな音がした。人の声と足音が近づいてくる。
何を言っているのかまでは聞き取れないが、どうやら声の主は一人らしい。しかも
急いでいるようだった。
「シラ!」
大きな声で名前を呼びながら部屋のドアを開けたのは、なんだか貧相という表現の
似合うみすぼらしい男だった。
「ああ、珍しいでしょ?ボクのお客さん」
「あの、お邪魔してます」
客の存在に面食らっている男にセラフィナが会釈する。相手は形ばかりの会釈を返
すと、シラに詰め寄った。
「やっと見つけたんだ!喜んでくれ!」
「……えー、その台詞、何度目~?」
興奮気味の男とは対照的に、冷ややかな目を向けるシラ。
しかし男はそんなことには構わず、シラの肩を両手で揺さぶった。
「今度こそ間違いない!手応えがあるんだ!」
「わ、わかったよ、わかったから……」
前後に揺さぶられた頭を庇うように抑え、シラが男を見上げる。
「で、今すぐ試すの?おじさん」
「勿論だ!」
おじさんと呼ばれた男の目が怪しげに光った。
「あの、私はそろそろ……」
セラフィナがおずおずと声をかける。
しかし、二人同時に振り返られて、つい動けなくなってしまった。
「セラフィナ、ボクを置いていくの?」
シラが心配そうに問いかける。
男は既に、香油や灯りの準備を終わらせていた。クックックッとくぐもった笑いを
洩らし、小脇に大事そうに抱えていた魔導書を丁寧にめくりはじめる。
「……杯は既に傾き、輝ける滴はこぼれ、満ち満ちていた力は風前の灯火。
ならば我々は、こぼれた水を手のひらにすくいあげる」
男が、下手な詩の朗読を連想させる呪文の詠唱を始めると、シラは身を竦め、一瞬
体を震わせた。
「なんだか背筋がチリチリする……」
ギロリと睨み付けてシラを黙らせると、男は止まることなく呪文を紡いでゆく。
「立ち込めた霧を払い、蜂蜜をそそぐ。我々は望むがゆえ楽園を見る。
右手に靴、左手にはかんざしをかざして、混沌から魂を拾い上げる……」
急にシラの姿が滲み始めた。霞んで、ぼやけて。
「どうなってるのさ……」
そう言い残して、シラは消えた。頭を抱えて男が叫ぶ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」
悲痛な叫び。手順をどこかで間違えたのか、それとも呪文に誤りがあったのか。
とりあえず男の思惑通りにはいかなかったのは確かだった。
「何が、どうなってるの……?」
混乱し、視線が泳ぐセラフィナの目に映ったのは、ガラスに映るシラの姿。
「えっ……?!」
ボク ハ ココ ニ イル ヨ
吹き付けた息で僅かに曇るガラス。そしてソコに指で書かれる文字。
彼はソコにいる、らしかった。
「……位相がズレてしまったのかもしれません……」
男がぼそりと呟いた。
「シラが鏡に映らなかったのも、ガラス越しにしか彼を見ることが出来ないのも」
頭をわしゃわしゃと掻きむしる。
「ココとはホンの少しズレた空間にいるからだと思います……」
最後の方など、消え入りそうな小さな声だった。
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
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「ボクのこと、怖い?」
シラはセラフィナを覗き込むようにそう聞いた。
「怖くないわ」
優しく微笑むセラフィナに、シラはちょっとだけ口を尖らせる。
「みんなそう言うくせに逃げ出すよ?」
「----そんなこと、しない」
言葉尻に被せるように返ってきた言葉は、ゆっくり噛みしめるような口調で、セラ
フィナの表情のように穏やかだった。
シラはニッと笑顔を作ると、箱をなにやら弄りはじめた。
部屋の大半を覆っていたカーテンが開き、眩しい外光が部屋に差し込む。
おもわず目を細めたセラフィナ。シラはちょいちょいと窓を指し示し、少しふざけ
るような口調でこう言った。
「ほら、見て!いい景色でしょう?」
「ええ、そうね……?」
何を言いたいのかがよくわからないのだ。
高台にあるだけあって見晴らしも良く、景色も素晴らしいモノなのだが、どうもそ
ういうことを言いたいわけではないらしい。
セラフィナは首を傾げ、シラに問う。
「素敵な眺めだけど、見せたいモノは他にあるのよね?」
「んー、気付くと思ったのに~」
もう一度、外を見る。おかしな所は見当たらない。
「外じゃないよう。ガラス見て、ガラス」
そこには自分しか映っておらず。--------え?
「あ、わかった?おどろいたでしょー」
確かに驚いた。ライの時も最初は気付かなかったのだが、「幽霊が居るかもしれな
い」前提でココに来たというのに、何も気づけなかったのだ。呆れる他はない。
「……やっぱり逃げちゃう?他の人みたいに」
「ちょっと驚いちゃったけど、逃げないよ」
セラフィナは笑った。うん、大丈夫。怖くない。
「ガラスに映らないお友達、他にも知ってるよ」
「え……本当に?」
シラが身を乗り出す。
「他にも透過の魔法で失敗しちゃった人、居るの?!」
シラの目は真剣そのものだった。
バタン ……バタ……バタバタ……バタバタバタバタ
下から扉が閉まる大きな音がした。人の声と足音が近づいてくる。
何を言っているのかまでは聞き取れないが、どうやら声の主は一人らしい。しかも
急いでいるようだった。
「シラ!」
大きな声で名前を呼びながら部屋のドアを開けたのは、なんだか貧相という表現の
似合うみすぼらしい男だった。
「ああ、珍しいでしょ?ボクのお客さん」
「あの、お邪魔してます」
客の存在に面食らっている男にセラフィナが会釈する。相手は形ばかりの会釈を返
すと、シラに詰め寄った。
「やっと見つけたんだ!喜んでくれ!」
「……えー、その台詞、何度目~?」
興奮気味の男とは対照的に、冷ややかな目を向けるシラ。
しかし男はそんなことには構わず、シラの肩を両手で揺さぶった。
「今度こそ間違いない!手応えがあるんだ!」
「わ、わかったよ、わかったから……」
前後に揺さぶられた頭を庇うように抑え、シラが男を見上げる。
「で、今すぐ試すの?おじさん」
「勿論だ!」
おじさんと呼ばれた男の目が怪しげに光った。
「あの、私はそろそろ……」
セラフィナがおずおずと声をかける。
しかし、二人同時に振り返られて、つい動けなくなってしまった。
「セラフィナ、ボクを置いていくの?」
シラが心配そうに問いかける。
男は既に、香油や灯りの準備を終わらせていた。クックックッとくぐもった笑いを
洩らし、小脇に大事そうに抱えていた魔導書を丁寧にめくりはじめる。
「……杯は既に傾き、輝ける滴はこぼれ、満ち満ちていた力は風前の灯火。
ならば我々は、こぼれた水を手のひらにすくいあげる」
男が、下手な詩の朗読を連想させる呪文の詠唱を始めると、シラは身を竦め、一瞬
体を震わせた。
「なんだか背筋がチリチリする……」
ギロリと睨み付けてシラを黙らせると、男は止まることなく呪文を紡いでゆく。
「立ち込めた霧を払い、蜂蜜をそそぐ。我々は望むがゆえ楽園を見る。
右手に靴、左手にはかんざしをかざして、混沌から魂を拾い上げる……」
急にシラの姿が滲み始めた。霞んで、ぼやけて。
「どうなってるのさ……」
そう言い残して、シラは消えた。頭を抱えて男が叫ぶ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」
悲痛な叫び。手順をどこかで間違えたのか、それとも呪文に誤りがあったのか。
とりあえず男の思惑通りにはいかなかったのは確かだった。
「何が、どうなってるの……?」
混乱し、視線が泳ぐセラフィナの目に映ったのは、ガラスに映るシラの姿。
「えっ……?!」
ボク ハ ココ ニ イル ヨ
吹き付けた息で僅かに曇るガラス。そしてソコに指で書かれる文字。
彼はソコにいる、らしかった。
「……位相がズレてしまったのかもしれません……」
男がぼそりと呟いた。
「シラが鏡に映らなかったのも、ガラス越しにしか彼を見ることが出来ないのも」
頭をわしゃわしゃと掻きむしる。
「ココとはホンの少しズレた空間にいるからだと思います……」
最後の方など、消え入りそうな小さな声だった。
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