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2024/11/03 04:36 |
銀の針と翳の意図 56/セラフィナ(マリムラ)
人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―それなりに大きな港町ベリンザ
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「ボクのこと、怖い?」

 シラはセラフィナを覗き込むようにそう聞いた。

「怖くないわ」

 優しく微笑むセラフィナに、シラはちょっとだけ口を尖らせる。

「みんなそう言うくせに逃げ出すよ?」
「----そんなこと、しない」

 言葉尻に被せるように返ってきた言葉は、ゆっくり噛みしめるような口調で、セラ
フィナの表情のように穏やかだった。
 シラはニッと笑顔を作ると、箱をなにやら弄りはじめた。
 部屋の大半を覆っていたカーテンが開き、眩しい外光が部屋に差し込む。
 おもわず目を細めたセラフィナ。シラはちょいちょいと窓を指し示し、少しふざけ
るような口調でこう言った。

「ほら、見て!いい景色でしょう?」

「ええ、そうね……?」

 何を言いたいのかがよくわからないのだ。
 高台にあるだけあって見晴らしも良く、景色も素晴らしいモノなのだが、どうもそ
ういうことを言いたいわけではないらしい。
 セラフィナは首を傾げ、シラに問う。

「素敵な眺めだけど、見せたいモノは他にあるのよね?」

「んー、気付くと思ったのに~」

 もう一度、外を見る。おかしな所は見当たらない。

「外じゃないよう。ガラス見て、ガラス」

 そこには自分しか映っておらず。--------え?

「あ、わかった?おどろいたでしょー」

 確かに驚いた。ライの時も最初は気付かなかったのだが、「幽霊が居るかもしれな
い」前提でココに来たというのに、何も気づけなかったのだ。呆れる他はない。

「……やっぱり逃げちゃう?他の人みたいに」

「ちょっと驚いちゃったけど、逃げないよ」

 セラフィナは笑った。うん、大丈夫。怖くない。

「ガラスに映らないお友達、他にも知ってるよ」

「え……本当に?」

 シラが身を乗り出す。

「他にも透過の魔法で失敗しちゃった人、居るの?!」

 シラの目は真剣そのものだった。



  バタン  ……バタ……バタバタ……バタバタバタバタ

 下から扉が閉まる大きな音がした。人の声と足音が近づいてくる。
 何を言っているのかまでは聞き取れないが、どうやら声の主は一人らしい。しかも
急いでいるようだった。

「シラ!」

 大きな声で名前を呼びながら部屋のドアを開けたのは、なんだか貧相という表現の
似合うみすぼらしい男だった。

「ああ、珍しいでしょ?ボクのお客さん」

「あの、お邪魔してます」

 客の存在に面食らっている男にセラフィナが会釈する。相手は形ばかりの会釈を返
すと、シラに詰め寄った。

「やっと見つけたんだ!喜んでくれ!」

「……えー、その台詞、何度目~?」

 興奮気味の男とは対照的に、冷ややかな目を向けるシラ。
 しかし男はそんなことには構わず、シラの肩を両手で揺さぶった。

「今度こそ間違いない!手応えがあるんだ!」
「わ、わかったよ、わかったから……」

 前後に揺さぶられた頭を庇うように抑え、シラが男を見上げる。

「で、今すぐ試すの?おじさん」
「勿論だ!」

 おじさんと呼ばれた男の目が怪しげに光った。

「あの、私はそろそろ……」

 セラフィナがおずおずと声をかける。
 しかし、二人同時に振り返られて、つい動けなくなってしまった。

「セラフィナ、ボクを置いていくの?」

 シラが心配そうに問いかける。

 男は既に、香油や灯りの準備を終わらせていた。クックックッとくぐもった笑いを
洩らし、小脇に大事そうに抱えていた魔導書を丁寧にめくりはじめる。

「……杯は既に傾き、輝ける滴はこぼれ、満ち満ちていた力は風前の灯火。
 ならば我々は、こぼれた水を手のひらにすくいあげる」

 男が、下手な詩の朗読を連想させる呪文の詠唱を始めると、シラは身を竦め、一瞬
体を震わせた。

「なんだか背筋がチリチリする……」

 ギロリと睨み付けてシラを黙らせると、男は止まることなく呪文を紡いでゆく。

「立ち込めた霧を払い、蜂蜜をそそぐ。我々は望むがゆえ楽園を見る。
 右手に靴、左手にはかんざしをかざして、混沌から魂を拾い上げる……」

 急にシラの姿が滲み始めた。霞んで、ぼやけて。

「どうなってるのさ……」

 そう言い残して、シラは消えた。頭を抱えて男が叫ぶ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」

 悲痛な叫び。手順をどこかで間違えたのか、それとも呪文に誤りがあったのか。
 とりあえず男の思惑通りにはいかなかったのは確かだった。

「何が、どうなってるの……?」

 混乱し、視線が泳ぐセラフィナの目に映ったのは、ガラスに映るシラの姿。

「えっ……?!」

   ボク ハ ココ ニ イル ヨ

 吹き付けた息で僅かに曇るガラス。そしてソコに指で書かれる文字。
 彼はソコにいる、らしかった。



「……位相がズレてしまったのかもしれません……」

 男がぼそりと呟いた。

「シラが鏡に映らなかったのも、ガラス越しにしか彼を見ることが出来ないのも」

 頭をわしゃわしゃと掻きむしる。

「ココとはホンの少しズレた空間にいるからだと思います……」

 最後の方など、消え入りそうな小さな声だった。
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2006/11/30 23:11 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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