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人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―港町
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見上げた空は青く青く、コントラストを添えるように浮かぶ白い雲が綺麗だと思った。
並ぶ建物の壁が白いのは元々ではなくて、海からの強い風に少しずつ風化していく石の
色。乾いた剥きだしの地面から時折砂が舞った。
「ねぇねぇ、さっきの船で来たのっ?」
甲高い声で呼び止められてライは歩を止めた。
横手にいるのは小さな少女。まだ十にも満たないだろうが、見上げてくる目は大人の
それのように強かった。
「そうだけど……」
ライは困惑と迷惑を混ぜ合わせた表情で苦笑い。子供が嫌いだということはないが、
苦手だった。心構えもなく話しかけられるとどうに対処すればいいのか、わからなくな
ってしまう。
「それが、どうかしたの?」
「あたしたちも連れてって欲しいの」
「……は?」
自分はただの客だからそんな権限はないし親に内緒っぽいし連れて行ったら人攫いに
されるかも知れないし。一瞬でそこまで保身寄りの考えが並んだのは、最近なにかと酷
い目に遭うことが多いからだろう。
「いや……それは…………なんで?」
「リーザ!」
近くの路地から顔を出した少年が、ぐいと少女の腕を引っ張った。
彼はリーザよりも年上で、十五か十六か。地域によっては成人している年齢だが、こ
こでは違うらしいと一目でわかる。
「知らない人にいきなり何言ってるんだよ!」
まったくだ。
「でもこの人、あの船に乗って来たんだから」
「だから、船に乗ってる奴に知られたら忍び込めなくなるだろ……」
なんだかいきなり不穏な話が進行し始めた。
口を挟むべきか黙っているべきか。悩みながら結局は黙っている内に、二人の間で結
論が出たようだった。同時にぐるりと振り返ってくる。
「ちょっとそこまで来て欲しいんだけど」
口封じ!?
……駄目だ被害妄想がどんどん出てくる。
屋根の上で小さな声が聞こえて、見上げるとあの三毛猫がいた。助けを求める目は無
視して、猫はすぐに見えなくなった――と同時に、別の場所から声がして、視線を向け
るとまったく同じ三毛猫がいた。
「…………あれ?」
「お兄ちゃんあの猫!」
「あっ!」
呆然とするライを尻目に、リーザと少年はばたばたと猫に駆け寄った。
が、猫は身を翻して逃げ去ってしまう。追いつけるはずもなく、それは二人にもわか
っているのか、深追いせずすぐに戻ってきた。
「手伝って欲しいんだけど」
「なんか話に脈絡ないよね」
「いいから」
よくないって。
心の中でツッコミながらも、出港の時間まで退屈しているよりはいいかも知れないと
思った。
「これは魔法の箱なのよ」
どう見てもゴミ箱にしか見えない薄汚れた箱をぺちぺち叩きながらリーザが言った。
周囲に集まっているのは、彼女の兄――クルトというらしい彼と同年代の少年たちだ。
年下を見ているような気分でいるけど実際は自分と歳は変わらない。
「魔法の箱……ねぇ」
呟きながらそうっと確認すると、皆は真剣な顔をしていた。何かの冗談ではない、と
いうことが冗談のようだ。
ライは子供の腰くらいまで高さのある箱に手をかけて、蓋を外して覗き込んでみた。
錆びと埃の混じった臭気と共にふわりと空中に霧散した魔力が一定の規則に従った構
成を形作っているのを第六感で見て、ライは顔をしかめる。ぱたりと蓋を戻す。
「ホンモノみたいだけど……すごいなぁ。こんなの捨てる人いるんだ」
今いる場所も、ゴミ捨て場と大して変わらなかった。町外れに錆びの浮いた粗大ゴミ
が積まれている広場があり、ゴミの山に隠れた一角にある古い小屋の中だ。
どうやら普段から子供の遊び場になっているのだろうということは、床に散乱した遊
び道具などで知れた。いや、彼らは“遊び場”なんて言ったら怒るかも知れない――
ここは“秘密基地”だ。
「何に使う道具なの?」
呆れと感心と、若干の興味と高揚を感じながら呟く。
すると近くにいた少年の一人が、自慢げに教えてくれた。
「ここに生き物を入れると増えるんだ」
「…………」
黙りこみ、言葉の意味を反芻する。何度も噛み締め直してから注意深く飲み下し、そ
れからライは、ぽそりと言った。
「さっき猫が二匹いたような気がするなぁ」
「そーなんだよ! 可愛い猫だったからとっ捕まえて、リーザに猫風呂やってあげよう
と思ってさ」
「猫風呂って何さ」
「増やしたら逃げられちゃったんだ」
「だから猫風呂って」
「全部で三十匹いるはずなんだけど、ぜんっぜん捕まらなくて困ってんだ」
「猫風呂は……って待て三十!?」
根負けする前にとんでもないことを聞かされて思わず声を上げる。
少年はほんの少しだけバツの悪そうな顔で頷いた。
「また一緒に箱に入れてこっちおボタンを押すと一匹に戻るんだけど、一日以上経つと
戻らなくなるみたいなんだ。
クルトが増えたときは大変だったよ。箱小さくて二人入れねェからすげー押し込んで
ギリギリセーフ」
「増やすなよ……」
スクラップ一歩手前の謎装置を、よく人間で実験しようと考えたものだ。子供ならで
はの思い切りだ。もちろん褒めてない。
「だから、船にいた奴が一緒に探せば猫が出てくるんじゃないかと俺は思った!
リーザに探しに行かせたんだ。船の連中は大体、町長の家で話してる途中だけどな」
「はいはい頭いいね」
適当に返事をしているとき、リーザがライの服の裾を引っ張った。見下ろすと彼女は
じぃっと強い目で真っ向から見上げ、そして言った。
「早くぜんぶ見つけないとおかーさんたちにバレちゃうかも知れなくて、そしたら怒ら
れるから、逃げなきゃいけないの。
あの船にミッコーされたくなかったら捕まえるの手伝って」
「怒られるから逃げるって、おかしいよ。
船に入り込んだのバレたらもっと怒られるし」
冷静に言い返すが――無駄だということはわかっていた。
でも、猫が増えたままというのもそれはそれでいい感じではある。そんな考えで放っ
ておいたのがセラフィナに知られたら怒られるような気はしたが。
「――さっき、きれーなお姉ちゃんが猫を追いかけてたから、先に捕まえなきゃね」
セラフィナのことだとすぐにわかった。さっき、追いかけっこなんて言っていたから
子供とでも遊んでいるのかと思ったが、そうかあれは猫と遊んでたのか。
「彼女だったら、言えば手伝ってくれる――」
気が変わってライは口を閉ざした。
言わないでおこう。そんな気になる。
ここは子供だけの聖域なのだ。
どんな形であれ招かれたからには、彼らの秘密は守らなければならない。
「……そーだね。先に全部捕まちゃおう。道具は?」
「あるよ」
壁に立てかけられていた玩具やネットを、それぞれ手にしていく少年少女。彼らが妙
に頼もしく見えてライは口の端を苦笑で歪めた。
自分にも、仲間と共にこうやって遊びまわっていた時期があったのだ。当然、そのほ
とんどは、大人に知られてはいけないことだった。
親の目を盗んで走り回り、自分たちだけで事件を解決する大変さも面白さも懐かしい。
「よーし、行くぞ! 集めて猫風呂にするんだ!」
クルトがなんだか違う気合の声を上げ、子供たちが元気よく拳を振り上げた。
そしてゲームが始まった。
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