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2025/03/09 11:52 |
銀の針と翳の意図 41/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:デルクリフ⇔ルクセン ―港町

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――その後は、平穏な船旅が続いた。奪われた荷を取り返すことは出来なかったが、

船そのものはほとんど壊されていなかったのだ。



 食物や水も大半を失ってしまったため、船は小さな港町に停泊して物資を補給するこ

とになった。残った荷だけでも届けなければならないと、補給が終われば、当初の予定

通りルクセンへ向かうそうだ。



「なんだか、地面の方が揺れている気がしますね」



 寂れた港から町の中心へ歩きながら、セラフィナが苦笑した。

 蒼天から降り注ぐ太陽に建物の壁が眩しい。人気のない周囲には白い倉庫がいくつか

並んでいる。錆びかけた金属の扉が開け放たれたその中には、木製のボートが放り込ま

れて、古いロープや網と共に朽ちかけていた。



「すぐ慣れるよ」



 後ろでライが言うとセラフィナは振り返る。輝く海に眩しそうに目を細めた彼女の動

きを追うように、一つに結わえられた黒髪が揺れた。



 猫の尻尾みたいだななんて思いついて、猫もすごい可愛いよねと発想が飛躍する。な

んとなくそれを表情に出さないようにと少し表情を作って目を逸らす。目聡く気付いた

セラフィナが「どうしました?」と首を傾げたのにまた髪が動く。



「いや……船旅もいいんだけど、海の上はちょっと落ち着かなかったからね」



 浮かびかけた笑いを噛み潰して苦味を加える。

 適当なことを言って誤魔化し、ライは足を止めた。わざとらしく溜め息をついてみる。

姿を消すことができないから船は(船に関わらず乗り物は)疲れるということは、セラ

フィナには言っていない。



「今日はちょっと休んでる……出港は午後だったっけ?」



 海賊の件が起こったときに調子が悪くなったのは、近くで大きな魔力が働いていたせ

いだ。それがなくなったから、気分は大分いい。

 荒くなっていた幻像も少しはマシになっている。



「遅れちゃ駄目ですよ?」



「あははは、僕は遅れたら置いていかれるね」



 肩を竦めてみせる。見せてもらった地図では、この町は、徒歩でソフィニアからコー

ルベルへ向かう道筋を半分以上過ぎた場所にあった。

 陸路でも辿りつくことは可能だろうが……



「……やめてくださいよ」



「絶対に遅れないから大丈夫だって」



 自分が間に合わなければセラフィナは船を降りてくれるだろう。

 こんな辺鄙な場所から彼女を歩かせるのは気が咎めた。多少無理をしてでも船でルク

センまで行った方がいい。



「そういえば、あの海賊はどうなったのかな」



 問いかけるとセラフィナは複雑な表情を浮かべた。

 渋面で彼女は貨物船を横目にする。



「あの時、他の船の灯りがいくつも見えました。

 ライゼルさんが本気で船を取り戻すつもりで連れてきたのだとしたら……」



「もう襲われないなら、いいや」



 捕縛されたにしろ逃げ延びたにしろどちらでも構わない。

 ルクセンに到着してしまえば、もうこの地域で船に乗ることは当分ないだろう。自分

で聞いておいて、興味を失い言葉を遮る。











 寂れた感のある町並みは、元々から規模は大きくないようだった。

 道を行く住人の姿は見られるものの、決して“多い”とは言えず、彼らが逆に暗い雰

囲気を増長させているようだ。



 町中の金属製品が潮風に錆びを浮かしている。

 頭上で、看板の揺れるギィという音がした。



「寂しい町ですね……」



「最近は港が増えたらしいからね。

 ここじゃなくてもよくなったんじゃないかな」



 静かな通りに声が響くことを気にしたのだろう。小声で囁くセラフィナ。

 ライはどこかで聞いたような憶測を返して呟いた。



「食べ物、分けてもらえるといいんだけど……」



 あまり期待できそうにないね、とは口の中だけで呟く。

 ちょうどそのとき、背後で何か――



「――?」



 何か小さな音がしたような気がして振り向くと、足元を小さな影が通り過ぎて行った。

セラフィナが「あ」と声を上げた。



 それは素早く走り去っていく。三毛の仔猫。

 しなやかに昼前の道を駆け抜けて、すぐに視界から消えてしまった。



 船にいたやつだ。尻尾の模様に見覚えがあるから。



「どうしたんでしょう……」



「さぁ……」



 気の抜けた返事をしてから、ライはある可能性に気がついた。

 当然ながら目を凝らしても猫はもうどこにも見えない。



「ひょっとして――逃げた…の、かな」



 手遅れ極まりない発言は、潮風に吹かれてむなしく散った。
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2006/10/05 12:23 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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