忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2025/03/10 00:15 |
銀の針と翳の意図 39/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:海上(デルクリフ⇔ルクセン)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ありがとうございます」



 セラフィナが頬をうっすらと赤らめて控えめに笑った。

 少しだけ気恥ずかしさを覚え、目を逸らし、意味も無く頷いて走り出す。



 一際大きな轟音が船を揺るがせた。あちこちから悲鳴が上がる。

 ライは悪寒を堪えながら天井を振り仰ぐ。お願いだから少しは遠慮してくれ。



 爆発が起こったのは上の階層のようだった。決闘するなら甲板で、という暗黙の了解

でもあるのだろうか。確かに、船内には自由に暴れられるような広い空間なんて他には

あまりないんだろうけど。



「あのおっさん、沈める気なんじゃないか……?」



「まさかそんなことは」



 冗談と取って笑うセラフィナの声も少し自信がなさそうだった。「まさかね」と呟い

てライは行く先に目をやった。ばたばたと何人もが走り回る音があちこちから聞こえる。

少し前方の角から一人の海賊が現れて、「あ」と呟いた。先ほどからの大騒ぎで、こち

らのことなど失念していたのだろう。



「……敵っ!?」



「大正解! ……っと」



 すれ違い様、鳩尾に右拳を叩き込む。よし成功。心の中でガッツポーズ。

 妙な声だか音だかを口から溢して海賊は体を折る。手加減したから内蔵がどうかなる

ことはないだろう。殺しはマズい。前は自分だけのためだったが、今は理由が少し増え

た。誰かが死んだらきっとセラフィナが悲しむだろうから。



 この人は、友人とか敵とかそんなこと関係なく人の死に心を痛めてしまいそうだ。

 それはきっと僕が無意味な執着に傷むのなんかよりもずっと大切で尊くて――



「――あ、ごめんセラフィナさん。手ェ離すよ」



 するりと左手を引き抜いて、早足までペースを落とし、革の手袋を虚空から取り出し

て両手に嵌める。掌から伝わった彼女の体温が妙に気になったのは、さっき変にからか

われたからに違いない。



「そういえばライさん、その右手……」



「肘の辺りからは普通……でもないか。ちと腐ってる。

 二の腕の真ん中くらいから普通だから大丈夫だよ。動くし」



 素直に答えたつもりなのに、セラフィナからの返事はなかった。

 足は止めずに振り返る。彼女はすぐ後ろにいた。その表情が暗くなっていることに気

がついて、ライは「馬鹿か」と口の中で呟いた。何が彼女の気分を重くさせるか。まだ

思慮が足りない。そうとも昔からこうなんだ。馬鹿は死んでも直らない。



「気にしなくていいよ。痛いわけじゃないからね」



 傷口が壊死するのに痛みは伴わない。うっとりと腐敗を語った夢想家が想像した、甘

く痺れるような感覚さえもなかった。

 人間だった頃に出会った変人の一人だった彼女は、歌うように口ずさんだその数日後

に自殺した。自分は前の夜を思い出して酷く嘔吐した。退廃に憧れる女は美しかったの

だ――ほのかに上気した肌の艶[あで]やかさ。



「……わかりました」



「ありがと」



 小さな声にライは笑顔で応えた。

 忘却の淵から何の脈絡もなく蘇った映像に、さっきの海賊の言葉を連想する。



 セラフィナの体に、大きな傷跡? 気にならないわけがなかったが、問うことはでき

なかった。彼女の何を知っているのかと嘲笑われたのが、今更になって癇に障った。

 何も知らない。デルクリフでも、彼女は詮索されたくないという色の曖昧な表情で誤

魔化した。だから何も聞かない。



 あの変態とは違って、無理やり人の秘密を暴いたりはしない。

 そのことだけは決意して行く手を睨む。やがて甲板に出ると室内よりもずっと強い塩

のにおいが吹き付けた。



 さっき殴り倒した一人以外には遭遇しなかったからもう騒ぎは収まったのかと思った

が、海賊たちのほぼ全員がこの場に集まっているというだけのことだった。

 冷たい潮風に野ざらしで、大勢の海賊たちが――伸びている。



「え…ええと……これは?」



 事態がまったく理解できずに思わず足を止めたライの横をセラフィナが通り過ぎた。

近くの一人に駆け寄って様子を確かめる。



「……気絶しているだけのようですね」



 周囲の板が薄い煤に覆われてるのにライは気がついて、何が起こったのかなんとなく

予想がついた。マストに一際大きな焦げ目が出来て穴が開きかけている。空中で爆発を

起こして、その衝撃波で全員を昏倒させた? 予測を立てながら、そんな馬鹿なと否定

する。



「下手に起こして騒がれても面倒だな……放っとく?」



「早く船員さんたちを助けなければ、ですね」



 ここからでは見えない場所から連続する金属音が微かに聞こえた。

 剣戟だとすぐに分かる。頑張ってるなぁと、それらしい方向を横目にしてから、ライ

は二隻の船の間に張られたままのロープを手繰り寄せた。
PR

2006/10/05 12:19 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<銀の針と翳の意図 38/セラフィナ(マリムラ) | HOME | 銀の針と翳の意図 40/セラフィナ(マリムラ)>>
忍者ブログ[PR]