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2024/11/01 22:34 |
銀の針と翳の意図 36/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:海上(デルクリフ⇔ルクセン)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ライは実体化したままでいなければいけないというこの状況に苛立ちを感じてい

た。



「くそっ……邪魔なんだよっ」



 人の気配を感じても、迂回すると酷く遠回りになってしまうのだ。通り抜けように

も……実体化を維持するつもりなら止めざるを得ない。逃げてくる海賊相手に暴れた

方が早いのか。眉間に皺を寄せながらも物陰に身を潜める。



「なんなんだよぉ、あのおっさん怖ぇよぉ」



 半泣きで駆け抜ける海賊が一人。向こうが周りに注意を向けていないのかコッチが

上手く潜めただけなのか、どちらにしても気付かれることはなかった。しかし。



「何でアッチから逃げて来るんだ……」



 向こうには船長室があるのに。コッチの船に移って真っ先にあの部屋を目指したと

でもいうのか?!

 だんだんと強く感じる魔力の波動にイヤな予感が外れていないことを知りつつも、

ライは船長室に向かって駆け出していた。









 徐々に爆発の音が近づいてくる。悲鳴や足音も聞こえる。



「……ライさん……」



 両手を胸の前で硬く握り、ベッドの上で小さくなっていることしか出来なかったセ

ラフィナ。彼女の命運もここまでかと思われた。が、しかし。



 バタン。



 大きく開け放たれた扉。そこに現れたのは予想していた海賊ではなく……。



「……ライゼルさん、何故ここに?」



 デルクリフの宿で会った壮年の男性がソコにいた。痕が残ったのか、額から眉間を

通り鼻の脇まで一筋の裂け目が目に付く。



「君は……あの宿の者ではなかったのか」



 驚いた顔でセラフィナを見たライゼル。一通り部屋を見渡して、一言。



「これは君の趣味かね」



「違います!」



 両手を突き出しながらセラフィナが否定する。囚われの証である鈍色の手枷。じゃ

らりとイヤな音がした。



「ふむ……昨日の礼になるかな?」



 ライゼルがパチンと指を一つ鳴らす。すると枷の繋ぎ目がパンッと弾けて、玩具の

ようにベッド脇へと転がった。



「あ……りがとうございます」



「なんのこれしき」



 バタン。

 言葉尻に被せるように、ライゼルの後ろの扉が勢いよく開いた。とっさに扉の影に

避けたライゼルの後ろから、雪崩れ込むようにライが飛び込んでくる。



「セラフィナさん!」



 セラフィナが顔を上げて一番に目に入ったのは、昼間見たときより存在が希薄にな

ったライだった。今にも透けてしまいそうな儚いその姿。セラフィナが思わず浮かべ

た悲痛の表情にライは駆け寄った。



「大丈夫?なんかされたの?」



 心配と憤りの混じった表情で訊ねるライに、セラフィナは無理矢理作った笑顔で答

える。



「ライさんが来てくれたから、もう大丈夫です」



 にっこり。しかしライは、一刻も早く外そうとした手枷が砕けているのを見て顔が

凍り付いた。すぐ側で強い魔力を感じていたのに、何故この部屋を警戒しなかった?!

慌てて振り返った先には、腕を組み、扉の影に立つ顔に傷のある男が一人。



「君、人じゃなかったのか。昨日は気付かなかったよ」



「彼女に何かしたのか?!」



 セラフィナを立たせ、庇うように立つライ。眩しそうにその姿を見たライゼルは、

ぽりぽりと顎を掻きながら首を竦めた。



「私は奪われたこの船を奪い返しに来ただけなんだがね」



 その為に密航者となり船に潜んでいたというのか。海賊に遭遇するまで何回も何十

回も同じコトを繰り返すのを想像すると、女に愛想を尽かされても仕方がないなぁと

思ってしまう。しかも、船に損傷を与えかねない爆発はやり方が上手いとは思えない

のだが。



「枷を壊す以外は何もしてないよ」



「本当ですライさん、危害なんか加えられていませんから」



 敵意を剥き出しにするライを抑えるようにセラフィナが腕に縋[すが]った。



「船長室に大将がいると思って来たんだが……」



 辺りを見回してげんなりするライゼル。



「何なんだこの部屋は。船長の尊厳もあったもんじゃない」



 そういうと大げさに一つため息を付いた。









「オマエ、こんなコトして生きて帰れるとは思ってないよネェ……?」



 最初の悲鳴が聞こえたところから爆発と悲鳴を頼りに辿る長身の海賊。舌なめずり

をする海賊の目が猟奇的に笑う。向かう先は船長室のある一角。キャプテンは左手で

髪を掻き上げると、ニヤリと口角をあげ、歩速を早めた。





 空に浮かんでいた月はもう見えない。空は雲に覆われ、重くのしかかってくる。

 どこかで、猫の鳴き声が聞こえた。
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2006/09/27 12:27 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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