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人物:ライ セラフィナ
場所:海上(デルクリフ⇔ルクセン)
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「ざけんな変態」
軽蔑したように鼻で笑うと、ライは間髪置かずに突っ込んだ。
「ああ、なに?オマエ、人じゃないね?」
扉から身を引き、ライの攻撃を避けながら海賊は呟いた。距離がもう少し短ければ
避けることは出来なかったかもしれないが、その微妙な差に味方されたたようだ。剣
を構える白骨の手を見、きびすを返すと挑発するように甲板への道を誘った。
「この部屋でソレ振り回すと、彼女を傷つけるかもしれないし、もし暴れる気がある
んならもっと広いところでやろうや」
ニヤリと笑い、ふと思い出したように恍惚の表情を浮かべながら付け加える。
「ああ、彼女の肌は本当にキレイだよね。大きな傷跡さえも美しい……オマエは何処
まで知ってる?」
その一言は、ライを挑発するに足るモノだった。
「!!」
「そうだよネェ、吸い付くような肌の柔らかさや胸の弾力なんて、知るはずがないよ
ネェ……カワイソウニ」
ライの表情が険しくなるのを確認して、少し高いトーンのハスキーな声が嘲笑す
る。
言っているのが本当のことかどうかなんてこの際関係なかった。
この馬鹿を黙らせる。
ライは後ろ手に扉を閉め、その一言を胸に後を追って走り出した。
バタン。
大きな扉の音にセラフィナは眉をひそめた。微睡[まどろ]む意識を揺さぶられて
不快感を覚える。その不快感を振り払うように寝返りを打とうとして、カチャリとい
う金属音と手首の痛みにセラフィナは違和感を感じた。
「……ぇ?」
ゆっくりと瞬きし、頭の中で時間が止まる。知らない部屋、知らない服、そして、
夢ではないと嘲笑うかのような重い手枷。思わす上半身を跳ね起こすが、辺りを見回
すことしかできない。
「なっ……どうして」
誰もいない部屋で、囚われている自分に呆然とする。手を見ると長い手袋。裾が柔
らかく広がる黒いドレスを見下ろし、ベッド脇に剥ぎ取られた服が雑然と放置されて
いるのが目に入った。当然服の上にはサラシも置かれている。ドレスとサラシを交互
に見比べ、セラフィナは羞恥に顔を覆った。
「……ライさん……っ」
不安に潰れそうになるのを必死に堪え、セラフィナはライの名前を口にする。
大丈夫、まだ大丈夫。ライさんはきっと上手く逃れているから。
何度も何度も自分に言い聞かせて、セラフィナはようやく顔を上げた。まだ顔は火
照っているモノの、どうにか冷静になれそうだ。
しかし、死の恐怖を味わったときよりも、今のこの状況の方が逃げ出したくて堪ら
ないというのはどういうことだろう。
考え事をしながら何とか抜け出そうと試行錯誤するモノの、手枷と鎖は頑丈で、セ
ラフィナの力で壊すのは無理そうだった。すり切れた肌に血が滲み、やるせなさがこ
み上げる。鍵穴も小さく、素人が針金でどうにかできそうな南京錠並の代物ではなさ
そうだし、自分に鍵開けの技術がないことを悔やまずにはいられない。諦めて飲み物
に手を伸ばそうにも、サイドテーブルまで届くはずもなかった。
「とりあえず……何か出来ること……何が出来る……?」
小さく呟きながら考える。手枷を外す方法は思いつかない上に見つからないので、
ひとまず放置しておくことにした。では、手枷をつけられたままで出来ることを考え
なければ。
下を向いてブツブツ呟きながら考えているとドレスの生地がイヤでも目に入ってく
る。服を着替えさせられた事実も受け入れるコトが難しかったが、着替えさせられて
いる間も自分が気付かなかったことに腹立たしさを覚え、セラフィナは唇を噛んだ。
月明かりだけでも結構鮮明に見えるモノで、甲板には影のないライと影のある海賊
が対峙する。たいまつは見当たらない。ココからはちょうど見えない位置になってし
まったが、貨物船の方では海賊達が俄[にわか]に騒ぎ始めていた。
「なんかした?」
親指でもう片方の船を指し、長身の海賊は無言で剣を構えるライを見て笑う。
「ま、イイケドね」
そういうとすうっと笑みが消えた。冷たい視線がライを捕らえ、海賊も剣を構え
る。
「こないの?さっきは威勢良かったのに、案外臆病だね、オマエ」
挑発するだけして剣を突き出す。ライの姿が消えた、と思ったら後ろからの一撃。
とっさに前転しなかったら斬られたのは髪の毛だけじゃ済まなかっただろう。キャプ
テンは小さく口笛を吹いた。
「さすが反則技」
「消すって言うから消えてみただけだよ」
少し冷静になったかもしれないライが今度は別の方角から言う。
「正攻法じゃ勝てそうにないしね」
さっきまでいた位置に湾曲した片刃の剣が光っていた。キャプテンは口の端を少し
あげると唇を舐め、剣を戻す。顔だけライに向けて、一言。
「思ったよりカンがイイ」
さも楽しそうに。髪を掻き上げてキャプテンは笑った。
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