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2024/11/01 16:34 |
銀の針と翳の意図 33/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:海上(デルクリフ⇔ルクセン)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 炎の橙だけが、海の上の船を支えているようだった。

 舞台に幕を下ろすように炎を消してしまったら、幕を下ろされた劇のように、世界が

終わってしまいそうだと。そんなことは馬鹿げた空想に過ぎない。だがライは甲板の真

中で立ち止まり、一箇所に纏められて柱に縛られた船員や乗客を眺めた後で、無造作に、

壁にかけられた松明の一つに手を伸ばした。



 ほんの一瞬だけ姿を現す。掴み取って投げ捨てるまで。



 夜の海に落下した炎が短い蒸発音を残して消える。

 海賊たちがざわめいた。誰だ馬鹿な全員集めた。



 ライは誰にも見えないまま灯りの中に進み出て、焼け爛れた革手袋を放り捨てる。

 直すのは後にすることにした。本気で人を脅かそうと思うなら、この白骨の手は便利

だから。

 甲板に落ちる前に黒い粒子に変わって散った手袋を気にすることなく、素手の右手に

剣を握り――



『……そーだったね、全員生きたまま……か』



 溜め息をつく。剣を使って、殺さずに勝つ方法なんか知らない。見よう見まねで頑張

るしかないか。下手に警棒を使うと、それこそ殺してしまうかも知れない。



 最近、どうしてこうも武器を使うことが多いのだろう。セラフィナに会ってから急に、

という気がしなくもないけれど、彼女のせいではないのは確かだった。不幸な偶然。今

回に関しては自分がコールベルに行きたいなんて言ったために巻き込んでしまったよう

なものだ。



「ちょっと見てきます!」



 一人が名乗り出ると、他の海賊たちはまた人質の監視に戻った。中へ荷を確認しに行

っているのは数人だから、黒い船にいる者以外はここにいることになる。少人数を動か

して、他はすぐに別の行動に出れるように待機してあるのか、それとも、あまりやる気

がないからたむろしているのか。



 こん、こん、と近づいてくる足音。ライは剣の金具を操作して、刃を解放する。実体

を持てばこの刃は灯りを反射して綺麗に光るだろう。それが少し楽しみだった。



 偵察に来た男とすれ違う。その瞬間に、ライはまた短い間だけ実体を顕現させた。

 剣の柄頭を相手の後頭部に叩き込み、完全な力技で昏倒させる。



 どさり、と人間の体が倒れる音が重く響いた。

 振り向いた海賊たちが静まり返る。船員の一人が、あ、と呻いた。



 彼らに見えるのは、明かりのなくなった一角に倒れ付した海賊一人。

 別にホラーの真似事をするつもりはなかったが、一様に目を見開いて言葉を失う観客

の反応が予想外に面白くて、ライは、くっくっ、と喉の奥で小さく笑った。

 そうだねどうせだったら思いっきり怖がらせてやるのも悪くない。



 さっきのくだらない思い付きが脳裏に蘇って、少し高揚した気分で人質たちを見たが、

その中にセラフィナの姿はなかった―― 一瞬にして興醒めする。

 それから、自分で自分の感情の移り変わりを「忙しいな」と呟いて嘆息。



 ここに来るまでに念のため、甲板近くにあるという客室を確かめてみたが、誰もいな

かった。そして、ここにもセラフィナの姿はない。

 だとしたら……



 ライは視線を、すぐ横に停泊している黒い海賊船に向けた。











 嘗てはどこかの軍船だったらしい海賊船の内部は、意外と丁寧に手入れされているら

しかった。所々に小さな灯りを掲げられた薄暗い廊下の先を眺め、ライは姿を現した。

見下ろした抜き身の剣を白骨の手で握り直し、柄が小さくギシと軋むのを聞く。



「――!」



 ばたばたと甲板を走る音が聞こえて、ライは物陰に滑り込む。

 音を立てぬようにその何者かを見送ってから、素直にその場で消えればよかったと気

がついた。



 溜め息をついて、彼は姿を消して追いかけることにした。

 慌てて走っているのは海賊だった。他の人間がいるはずもないが。確かさっき人質の

見張りをしていた連中ではない。



 急ぎの用だったらしいのに何故か扉の前で立ち止まって何かを待っているようだった

海賊が、コホン、と咳払いをした。扉が開かれる。現れた人物を見て、ライは薄く微笑

んだ。



 丈長の上着を羽織った男。さっきは暗闇のせいでよくわからなかったが、自分と同じ

くらいの背丈の彼は随分と細身だった。まるで女性のようなシルエット。



 彼は近くにいた数人に命令を飛ばし、自分も剣を持って部屋を出て行く。

 その背中を短い距離だけ追いかけて彼が甲板に出たのを確認すると、踵を返して船長

室へ戻る。

 その途中で思いついて振り返り、誰にも聞こえない声で小さく囁いた。



『頑張ってね? 綺麗な月に嘲笑われないように……』











 子供の頃に読んだ本を思い出す。空想に憧れていた昔のことを。

 本の中で海賊は、英雄であり悪魔だった。海に関わるもの全てに恐れられる、無骨で

勇敢な海の戦士――











 扉を開けてライは一瞬、思考が止まるのを感じた。

 すぐに我に返って、何故自分が焦っているのかもよくわからないままに改めて部屋中

を見渡す。上等の品だと一目で分かる毛織の絨毯。部屋の中央に置かれた椅子付きの執

務机も質素だがアンティークだろう。そして天蓋付きの寝台。



 ちょっと待てここ本当に海賊船!? っていうか船の上なのかマジで!!?



 よくよく見れば壁にはいくつもの舵が掛けられ――ただの飾りだとしても一応、船と

関係のあるものだ――ているのを見て、少しは正気が帰ってくる。

 執務机の上に古びた地図らしき紙切れが広げられているのも材料になんとか自分を説

得して、認める。よーし、ここは船の上だ。おっかない海賊の船長さんの部屋だぞー。



 …………。



 何故か涙が滲んだのを感じて、ライは剣を握った手の甲でそれを拭いかけ、自分の手

の硬さにますます落ち込みそうになる。ああ、理想と現実って違うんだなぁ……

 いつの間にか消えかけていた体を現実に引き寄せる。それでもやはりぼやけていたが。



 子供の頃からまだちょっと捨てられずにいた海賊への憧れとかそういうものが綺麗に

粉砕されました。いやちょっと待ってよお願いだから。あのベッドはありえないでしょ、

お姫様じゃないんだから。



「……お姫様?」



 まさかな、と思いながらも、その寝台へと近づいていく。

 白いシーツの上に、黒色のドレス、黒色の髪。露出した肩の白さが妙に艶かしく見え

て、ライは思わず唾を飲み込んだ。



「セラフィナ……さん……?」



 恐る恐る呼びかける。他にいるとも思えなかった。船長の愛人だったらどうしよう。

悲鳴を上げられたら困るなぁ。女の人には乱暴なことできないし。混乱しているのを自

覚して、しかし自制しようとは思いつかずにライは細い肩に手を伸ばす。こちらから、

寝台で眠る女性の顔は見えなかった。



 彼女の体に触れる前に思い直して手を引き、寝台の反対側へ回る。



 横たわって瞳を閉じた女性は確かにセラフィナだった。唇に引かれたルージュのせい

か、顔色がひどく青ざめて見える。錯視だろうか。ただ眠っているだけならいいのだけ

れど。



「セラフィナさん、起きて……っていうかどうしたの、この服」



 彼女を起こそうと、そうっと体を揺さぶる。それに合わせて、じゃら、と、重く綺麗

な音がした。ライはその発生源に視線を向けて初めて、彼女の手足に枷が付けられてい

ることに気がついた。



 金属の鎖。長さに余裕はあるけれど、この寝台から降りることはできないだろう。剣

で絶つことは不可能な太さだ。せめて硬い台の上に固定することができれば別だろうが。



 金属の角で、白い肌が赤い擦り傷を作っていた。身じろぎすれば皮膚が切れるかも知

れない。こういう傷は痛いし、下手をしたら跡が残るんだ。



 そこまで観察してから、ライは目を伏せた。

 表情を変えないまま噛み締めた奥歯が小さく音を立てる。



「……あいつだね?」



 枷を見つめ、意識して口を開き、ゆっくりと声を言葉にする。



「あの気障野郎がやったんだな?」



 彼は強く剣を握り直して立ち上がった。

 乱暴に扉が開いて、あの男が現れるのと同時だった。



「さっきから妙な気配がすると思って戻ってきたら……

 生きてたんだオマエ。聞きたいこともあるけど、とりあえずそこから離れないと消す

よ?」



「ざけんな変態」



 特徴のある高い声をライは鼻で笑う。そんな偉そうな口利けないようにしてやる。

 だってセラフィナさんにこんなひどいことしたんだから。
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2006/09/27 12:17 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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