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人物:ライ セラフィナ
場所:海上(バイコーク⇔ルクセン)
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「……綺麗ですねぇ!」
帆に風を受けて走る大型船の甲板で、セラフィナは一人子供のように目をきらきら
させていた。風に弄ばれて髪が踊る。その様子を見ているライも、心なしか楽しそう
だ。
この船は元々貿易用の貨物船らしく、客室はおまけみたいなモノで寝台しかないよ
うな狭い造りになっていた。だからというか海を見たかったというか、船員の作業の
じゃまにならないように甲板の隅を陣取り、光を乱反射しながら輝く水面を眺めてい
たのだ。
木箱の上に腰掛けるライの隣には小さな三毛猫が丸くなっている。彼が優しく撫で
ると、三毛猫は目を細めて嬉しそうに鳴いた。
――ミャア
その声に、セラフィナが振り返り、笑みを浮かべる。
「まあ、もうお友達になったんですか?」
「うん、なんか気に入られちゃったみたい」
居心地良さそうにしている猫を突っつきながらライは笑った。
ライが笑っていると、セラフィナもなんだか嬉しくなった。
「ほとんどの船は海岸沿いに小さな港を移動するらしいんですけど、この船は大きい
ですからね、それなりの港まで行かないと着岸できないんですって」
「へぇ、じゃあ一直線?」
「そうなりそうですよ」
風に煽られる髪を押さえながら、セラフィナは船の舳先[へさき]を見つめた。
前に広がるのは一面の海。後方のバイコークはもう見えなくなったかもしれない。
「多分同じような風景がしばらく続くと思うけど……眺めてて飽きない?」
「え、楽しいですよ?」
セラフィナは左側に見える小さな島を指して言った。
「ほら、あの船も同じ方角を目指してるんでしょうか」
「え、アレは島でしょ」
「いいえ?今あの陰に入ってますけど、この船より一回り小さい黒い船がいました
よ?」
セラフィナが首を傾げる。ライも真似して首を傾げる。
「見間違いかしら」
確かに見たと思ったのに。しばらく気にして見ていたのだが、とっくに島影から出
てきてもいいはずなのに、結局何も出てこなかった。
「なんか物騒な匂いがするなぁ」
――ミャア
ライの呟きに答えるように、猫が小さく鳴いた。
少しして、セラフィナは猫と遊んでいるライと分かれて一旦船室に戻ることにし
た。荷物の整理をしたかったのと、くしゃくしゃになった髪を梳[くしけず]りたか
ったからだ。結い上げた髪を下ろし、柘植[つげ]の櫛を通す。絡まった髪が解[ほ
ど]け、本来の真っ直ぐな姿を取り戻していく。
髪を再び結い上げ、人心地ついたところで狭い船室を出た。が、その途端、慌ただ
しく走る船員にぶつかった。よろめいて、壁に体を強[したた]か打ちつける。普段
なら大したことはないのだろうが、なんだか傷に響くような気がして、わずかに眉根
を寄せた。
「おっとすまないね。あんた背の低い団子っ鼻の水夫を見かけなかったカネ」
「いいえ?見ていないと思いますけど」
「んじゃあ、見つけたら教えてくれよ。あんにゃろ、何処でサボってやがる……」
言いながら再び走り出す船員。セラフィナは呆気にとられて後ろ姿を見送った。
「あれ、セラフィナさん、もういいの?」
後ろからライに声をかけられてようやく自分が呆気にとられていたことに気づき、
セラフィナはバツが悪そうに笑って振り返った。
「船員さんが一人見当たらないんですって」
「ふぅん。僕は猫と遊んでる間、誰にも会わなかったからなぁ」
掻きあげるライの髪の隙間から見えた傷につい目がいってしまう。
セラフィナのその視線に気づいたライは、ちょっと意地悪そうに笑った。
「やっぱり、気になる?」
「ごめんなさい。やっぱりまだ慣れませんね」
しかし心配そうな表情ではなく、笑顔で返す。
「でも、ちょっと前よりずっといい表情してますよ」
「そうかな」
小首を傾げて、ライはぽむと手を打った。
「あの猫に元気を分けて貰ったかな?」
二人は顔を見合わせて笑った。
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