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人物:ライ セラフィナ
場所:街道(ソフィニア⇔デルクリフ)
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馬車に乗ることになってしまって、セラフィナは正直「面倒なことになったな」と
思っていた。以前世話になったトリステンの名前を出されれば無下には出来ないし、
だからといってずっと付き合ってやるほどの義理もない。
ライとトリステン家の使いはやたら緊迫した空気を作ってくれるし、せめて皇族の
威光を敬っているだけの男がいなければ休息もとれるのに、と思わずにはいられなか
った。重い沈黙も傷によくないような気がする。
「もうすぐバイコークを抜けます」
ふて寝を決め込んだライをちらりと横目で見ながら、男は告げた。
目的地まではソフィニアからココまでの2~3倍の距離があると聞くと、途中で休
憩を挟めないのが深刻に感じてくる。
「御者台の方は涼しいのでしょうね」
何となく口にした一言は、思ったよりも男を慌てさせた。
「冷たい水や扇子でもお持ちいたしましょうか」
そういう男の顔は汗が滲んでいる。セラフィナは元々あまり汗をかかない体質らし
く、涼しい顔で笑顔を向けた。
「結構です。私も少し休もうかと思うのですが、他の方の前で休むのはあまり慣れな
いモノですから」
席を外してくれと暗に言っているのだ。分かってくれると良いのだが。
「ああ、そんなことにも気づきませんで申し訳ありません」
そういうと男はなにやら紐を引き、御者台へ合図を送った。小さな揺れとともに一
端馬車が止まる。
「御者台の方へおりますので、ご用の際にはこの紐をお引き下さい」
深く一礼すると、男は馬車を降りていった。すぐに馬車はまた動き出す。
「助かったよ」
寝たフリを決め込んでいたライが苦笑した。セラフィナも疲れたように笑う。
「無理してない?」
ちょっと心配そうに覗き込むライ。大丈夫、と答えようとして、セラフィナはやめ
た。
「さすがにちょっと疲れました」
深く深呼吸を一つ。
「しばらく、肩をお借りしてもイイですか?」
空いた向かい側の席に移ろうとしたライが一瞬躊躇してまた元の位置に座り直す。
「えーと、どうしたらいいかな」
「そのまま、隣にいてくれると助かります」
小さく笑うとセラフィナは遠慮がちに寄りかかる。他の人の前で休むのに慣れない
と言ったのは嘘ではないが、さっきよりもずっと落ち着いて休めそうな気がした。
「こんなんで本当に休める?」
ライも疲れているようだったが、セラフィナはそのことに触れないことに決めた。
自分に何もできないのなら、せめて彼が居心地悪くならないように、と思ったから。
「ありがとうございます」
最後は消え入りそうな声で礼を言った、のまでは覚えている。思いの外安心したセ
ラフィナはそのまま眠りに落ちてしまったから。
馬車は北へ向かって走り続けている。気が付けば北の岬の港町・デルクリフまで、
残りわずかになっていた。
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