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人物:ライ セラフィナ
場所:ソフィニア ―宿屋『クラウンクロウ』
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ライの曖昧な笑顔にセラフィナは少し目を逸らした。自分にはどうしようもないこ
とだと痛感させられる気がして。
何気なく見た窓の外では、目が覚めるような青空に小さな鳥が二羽飛んでいた。仲
良くじゃれるように飛ぶ小鳥に目を細める。黄色い嘴[くちばし]を持つその鳥の名
前は思い出せなかったが、鮮やかな青い尾が印象的だった。
「コールベル……私も行ってみようかしら……」
何気なく口をついて出た言葉。ライに対して言ったつもりのない独り言だったのだ
が、ライにはしっかりと聞こえていたようで。
「え、いや、別についてきて欲しいとかそういうつもりじゃ」
片手をひらひらと振りながら、もう片手で顔を覆うようにしてライが苦笑した。
その姿がなんだかとても可愛らしく見えて、セラフィナも笑った。
「私が一緒の旅はイヤですか?」
一緒に行こうとか、そこまで考えてはいなかったが、口に出してみるとそれもいい
なと思う。まあ、相手のあることだから無理強いするつもりはなかったけれど。
「いや、そうじゃなくて、イヤな訳じゃないんだけど、ほら、体の方、無理しちゃダ
メだよ?まだ安静にしておかなくちゃさ」
しどろもどろなライの言葉に、苦笑しながらも小さく胸が痛む。胸には傷を受けて
いなかったと思ったけれど……セラフィナは首を傾げ、肩を竦[すく]めた。
「そうですね、今日これから立つのは無理そうですし」
ベッドに後ろ手をついて枕に寄りかかろうとすると、慌ててライが手を貸してくれ
た。柔らかい枕に体を預け、目を閉じて一つ深呼吸。すると体も心もほんの少しだけ
軽くなったような気がした。
「ありがとうございます」
ライに笑顔を向けて、セラフィナは話しかける。
「私も、出来るだけ早くソフィニアを出ようと思っていたんですよ」
行き先は決めていなかったけれど、とは言わない。
「この傷を詮索されるのも避けたいですし、ここにいたらあの子に捕まってしまう気
がして」
嘘ではなかった。助けることの出来なかった例の少女。彼女のことを忘れるつもり
は毛頭なかったが、いつまでも彼女の思いに縛られるわけには行かなかったから。
ライがなにも言わず聞いていてくれることに感謝しながら、視線をドアに向け、小
さく呟いた。
「ここに長居をするのは辛すぎるから……」
涙で視界が歪んだ気がして目を閉じる。また一つ深呼吸をして、出来るだけ明るく
声をかけた。
「ねえ、ライさん。コールベルで見かけたら、声をかけてくださいね?」
なんとなくあの笑顔を見るのが怖くて、目を閉じたまま笑顔を浮かべる。返事の代
わりにライは声を上げて笑った。
「……ライさん?」
「くっくっ、ごめ、はははっ」
なにがそんなにおかしかったのか、首を傾げるセラフィナを見て、ライがどうにか
笑い声を飲み込む。
「ほんと、セラフィナさんには敵わないよね。また無茶をする気でしょう?」
「ふふっ、そんなつもりはないですよ。でも……そうですねぇ、無茶をしないように
見張ってくれる人がいればいいんですけど」
セラフィナも笑う。もう一度、ちゃんと誘ってみようか。今なら笑って快諾してく
れそうな気がする。
「……一緒に来ていただけませんか?」
軽く言おうと思ったのに真剣な声になってしまって、誤魔化すように笑った。ライ
も笑い返した。掌[てのひら]が汗ばんで、思わず毛布を握りしめる。
「それもいいね」
ライは窓の外を見ながら返事した。仲良く遊ぶ小鳥達も、小さく小さく鳴いた。
「セラフィナさん、無理してない?」
一週間後。セラフィナとライは、ソフィニアから北へと続く街道を歩いていた。
「大丈夫ですよ」
まだ歩けるようになったばかりだというのに、足取りも軽くセラフィナは答える。
途中に何度も休憩を挟んで、しかし馬車や馬は揺れが体に響くからと徒歩を選んだの
は彼女だった。
「やっぱり、馬車か何かの方がよかったんじゃないかな」
「でも、あれくらい上質の馬車じゃなかったら、結構揺れが酷いんですよ?」
ちょうど後方から来た馬車をセラフィナが指し示す。確かに高級そうな、そしてお
金がかかりそうな馬車だ。道の端に寄り、二人が足を止めると、今まさに目の前を通
り過ぎたはずの馬車が急停車し、中から一人の若い男が顔を出した。
「セラフィナ様?!」
思わずセラフィナは目を逸らし、ライは呆気にとられる。
空は高く、青く、珍しいほどに澄み渡っていた。
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