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人物:ライ セラフィナ
場所:ソフィニア ―宿屋『クラウンクロウ』
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「おはよー、セラフィナさん」
こんこんと扉を叩いて、呼びかける。昇ったばかりの太陽の光が窓から入って、廊下
の壁を、うっすらた橙がかった強い白に輝かせている。少し、寒い……
気温は感じないはずだったのだが。
あの後、まだ事を公にしたくないという自警団の配慮で、彼女は元々部屋をとってい
たこの宿屋で治療を受けることになったのだ。惨殺事件の犯人と交戦したという話が知
れれば、治安維持隊は遠慮なく、まだ回復しきらな彼女を尋ねてくるだろう。
公的機関というものは強引だと決まっている。偏見と経験が根拠だ。
下手をしたら、早すぎると怒られかねない時間ではあるが――なんとなくセラフィナ
には早起きのイメージがあるので、夜が明けたらすぐに着てみることにしたのだ。
会ってどうするというわけでもなかったが、なんとなく。
夜だけは本当に長く感じるから、朝になって人間が起き出すのを見るとほっとする。
たとえ全くの他人だとしても、同じ時間に活動している人がいるかいないかというのは
……つまり独りか独りじゃないかということで。なんていえばいいんだろう? 朝が来
るまで静まり返った町の中に取り残されているのは辛い。かといって、賭場に行って騒
ぐような気力もない。
扉の向こうからは返事は返ってこなかった。
さすがにまだ寝ているのかな。まさか、この時間から何処かへ出かけているというこ
ともないだろう。朝の廊下は、しぃんと静まり返っている。
ぎぃ、と下の階で扉の開く音がした。
さっきから起きていたらしい主人と一言二言を交わして、来客は階段を上がってきた。
二人いるらしい。声を潜めた会話が聞こえる。
「それでは、解決……なんですか? 一連の事件は」
「……だろうな。少なくとも、そういうことになるだろう」
片方は聞き覚えがある。ヘルマンの声だ。ライは姿を消すべきか迷ったが、結局この
まま扉の前にいることにした。
昨日、魔法銃の余波で消えてしまったことを誤魔化せるならば誤魔化しておいた方が
いいだろうし、セラフィナの様子も聞いてみたい。昨夜は、彼女がここに運ばれたのを
見た後、すぐに立ち去ってしまったから。
「しかし、信じられませんね……素人が黒幕だなんて」
そんな話は人に聞かれない場所でしろ。
そう思いながら体を実体化しなおす。やはりさっきと同じく、昨日までほど鮮明な像
は結べなかった。
新しい怪我は消したが、その分、体が“いたんで”いるような気がする。何度幻を作
り直しても感覚が死んでいる部分が増えている。どういうワケか問題なく動くから、今
のところは別に構わないのだけど。
ただ、隠し切れなくなると人前に出られなくなる。そうなったら仮面でも被ってみよ
うか。別の意味で怪しい人になるけど。
階段を上り切ったヘルマンが「おや」と呟いてこちらに視線を向けた。
彼の後ろにいるもう一人は見えないが、少なくともヘルマンは銃を提げていない。ま
ずそれを確認してから、ライは口を開いた。
「……おはようございます」
「君は確か、カース君だったかな」
「ええ」
頷いてからライは首を傾げる。
「セラフィナさんなら、まだ寝てるけど?」
何が可笑しいのかヘルマンは苦笑のような表情を浮かべた。意図はわからないが、少
なくとも敵意の色は混じっていない。
彼は、階段の途中で立ち止まってるもう一人のために廊下の端に寄りながら、
「いやいや――まるで番犬のようだなんて思っていない」
ライは眉をひそめた。ケンカ売ってるなら受けて立ってやる、と半分くらい本気で思
いながら、どういう反応をするべきか考える。
「そういえば、君は人間ではないようだが」
「……犬でもありませんね。」
予測していたと言わんばかりに頷かれる。
舌打ちしそうになって、やめた。あまり行儀のよろしくない癖だ。直そう直そうとは
思っているのだが……
変わりに、気分を害したという表情を作り、言う。
「それに、人間外なんてそこらに溢れてるでしょう、この町」
「そうとも。彼らに紛れて入り込み、害を成す輩から、人々を守るのが我々の役目だ」
ヘルマンは笑った。ライは彼の横に立っている連れの男――格好からして、魔法使い
だろうか?――を見やったが、少し眠そうな顔をして話が終わるのを待っているだけの
ようだった。
「昨日の夜は無事だったかね?」
「体がダルいです。頭が痛いです。寒気がします。目が霞んでます。不調だらけです」
「…………体も頭も目も、ないだろうに」
「こーゆー表現は、なかなか抜けませんよ」
こちらを退治しようというような意思は見られないので、正直に答えることにした。
相手も、だいたいは正体を予測していて問うてきていたみたいだったから。
ライは肩を竦めて、
「……一応、生きてますよ。もう一回はさすがにアウトだと思うので。
あのバケモノに吹っ飛ばされたのが半分、魔法銃の余波が半分……」
「はは、悪いな。しかし、随分と追い詰められていたようだったからな」
あそこで加勢が入らなかったから、ここで意地の悪い大人にからかわれてはいられな
かっただろう。だから、感謝はしている。
「……なんつー威力のモノ使ってるんですか。禁制品レベルじゃない?」
「我々の立場も複雑でな……
実は、自警団とは世を忍ぶ仮の姿。その正体は、とある貴族の――」
「うわ聞きたくない。やめてください」
即行で拒否すると、ヘルマンの隣にいた男の方が、小さく噴き出した。どちらの意味
で面白かったのかは知らないが……それを知るということは、今の話の真偽を知るとい
うことだ。
冗談なのか本当なのかは知らないが、知らない方がよさそうなことは聞かないに限る。
「で、さっきの犯人はトーシロ云々は?」
「それは、こんなところで話すべきではないな」
「…………」
さっき堂々と話していたくせに、抜け抜けと言ってくる。
ライは溜め息をついた。そしてたっぷり数秒は黙ってから、問うた。
「じゃあ、こんな朝早くから、何の用ですか?」
迷惑という点では、人のことは言えないが。
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