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2025/03/10 11:34 |
銀の針と翳の意図 18/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア ―夜の市街地

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 低い姿勢のまま無言で踏み出し、足を払う。

 当たるとは思っていなかった。そんなに楽観視は出来なかった。所詮、他の行動を

とらせないための時間稼ぎに過ぎないことも知っていた。

 立て続けに放つ蹴りも、拳も、やはり相手を捉えるまでには至らない。



 シュッ シュッ シュッ



 空を切る音だけがこだまする。老人は面白そうにセラフィナを見下ろし、そしてラ

イは肩を押さえ苦痛に顔が歪ませている。



 いつまで続いただろう。

 受け流し、よけ続けるのにも飽きた目の前の敵は、おもむろに掌を差し出す。

 その掌には光が集まり、そして。



 避けられないタイミングではなかった。だが、完全に避けるには体勢を崩してしま

い、致命的な隙が出来る。セラフィナはギリギリまで体を反らし、踏み止まった。



「セラフィナさん?!」



 ライの声が聞こえる。光が右の脇腹を浅く抉[えぐ]る。

 きっと見ている方が痛いのだろう。ライの声の方が辛そうだ。

 しかしセラフィナは痛みを感じていなかった。後で酷い痛みに襲われることは分か

っていたが、こんな所で死ぬわけにはいかなかった。



「破っ!」



 至近距離で気弾を打ち出す。老人の片眉がぴくりと上がる。

 一か八か、やっと見つけた僅かな隙。



「ライさん!」



 叫びにも似た声と共に針を構え、投射する。ライは声に答えるようにダートを具現

化しようとするが上手くいかない。苦々しげに顔を歪める。

 嬉しくない予想通り、敵は無数のカラスへと変化した。

 一度に投げられる針は両手で八本、全部を当ててもまだ足りない!



 一斉にからすが飛び上がる。撃ち落としたカラスは……半数に満たない。



 セラフィナはキッと空を見上げた。カラスは何度か旋回して、急降下してくる!

 もう一度針を構えるが、こちらが打つよりもカラスの動きは早かった。とっさに後

方へ飛び退き、左へ前回りに受け身を取る。

 体を転がして避けるにも限界があった。鋭い鋼のような嘴[くちばし]が傷を狙っ

て襲いかかる。服を裂き、肌に無数の血が滲[にじ]む。



 傷を庇うように体を丸めたセラフィナの上に、ライが覆い被さった。

 無理をしたのだろう、肩から滴る血が地に落ちて、色を失い、消えていく。



 このまま、朽ちてしまうのだろうか。

 優しい彼を巻き込んで、何もできないまま。



 目前に数羽のカラスが集う。体を復元するのには数が足りないのか、老人の頭だけ

が空中に浮かびあがる。



「時間切れだ」



 ニィィィィッと不気味に笑った。口の中に光が集まる。



 セラフィナは、思わず目を瞑った。ライがセラフィナから体を離し、飛びかかろう

としたが、間に合うはずもなく…………閃光が走った。









 駆け寄ってくる足音が聞こえて、セラフィナは顔を上げた。何故か死の淵に立って

いたはずの自分が無事で、老人のガイコツがひび割れ無惨な姿で転がっている。



 途端に、セラフィナは顔をしかめた。右の脇腹が焼け付くように痛む。頬や腕に幾

筋も残る切り傷も、まだ血が止まっていない。



「無事か?!」



 駆け寄ってくるのはヘルマン。急行した先で無惨な死体を発見した後、慌てて戻っ

てきたのだろう。あれだけ大騒ぎで宿を飛び出したのだ。逃げた方角を覚えていた人

がいてもおかしくない。一人、先に飛び出してきたのだろうか?遠くから部下の靴音

が聞こえるような気もする。



「……彼は?!」



 声を出すのも辛い。しかし、視界の何処にもライがいない。

 セラフィナは必死に辺りを見回した。撃ち落とされたカラスの群と、無数の羽根。

ライの姿はやはり見あたらなかった。



「すまない、魔法銃には当たらなかったハズなんだが、閃光がおさまった後どこにも

見あたらないんだ」



 ヘルマンが眉間に皺[しわ]を寄せ、深刻な顔をする。

 セラフィナは座り込んで動けなくなってしまった。体の無理が、自由を奪う。



「とにかく、回復魔法を使えるモノを手配させる」



 近くなった足音に、ヘルマンは駆け戻っていった。ヘルマンの背中がまだ見える。

が、いまなら彼の注意はセラフィナに向いていない。



「ライさん……意地悪しないで。本当はいるんでしょう?」



 囁くようにセラフィナが語りかける。本当にいるのか、分かるわけはなかったのだ

が、いないことはもっと信じられなかった。



「……ほんと、セラフィナさんには敵わないよね」



 目の前が揺らいだかと思うと、傷を負った姿のままのライが現れる。



「こういうの、あんまり見せたくなかったんだけどなぁ」



 ちょっと疲れた笑顔。心なしか透けているような気さえする。

 セラフィナのほうはというと、彼が来てくれたことに安心して、力が抜けてしまっ

た。



「ちょっ、無理するんだから……」



 前方に倒れ込むセラフィナを支え、ゆっくりと地面に横たわらせたライは、セラフ

ィナの髪を少しだけ撫でつけるように触ると、再び姿を消した。



 途中から目を閉じていたから、もしかしたら気のせいなのかもしれない。すぐ後に

ヘルマンが駆け寄る足音を聞いたような気もしたが、それも良く覚えてはいない。

 ただ、ライが「またあとでね」と言ったのが気のせいじゃないといいのに、と、沈

みゆく意識の中でセラフィナは強く思った。
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2006/09/20 12:26 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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