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2025/03/10 07:53 |
銀の針と翳の意図 15/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア ―夜の市街地

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 石畳を蹴る二人分の足音が、嫌に静かな町に響いている。まったく人気がないのが不

気味だった。大きな通りから外れてしまえばこんなものだろうか。帰宅する住人の後姿

を最後に追い抜いたのはいつだっただろう。



 ぽつり、ぽつり、道の端に立つ街灯だけが、その下の道に薄暗い光の輪を作っている。



 セラフィナが息を切らしているのがわかった。しかし立ち止まれなかった。逃げても

無駄だということはわかっていたが、それでは他にどうすればいい?

 きっとどうにもできない。それがわかっている。



 だから、セラフィナの腕を強く掴んで走りながら、彼女の体力が尽きようとしている

のに気がつきながら、足を止めることはできない。



 ――はずだった。



 かぁ、とカラスがどこかで鳴いた。

 不吉な鐘の音のように響き渡ったそれに呪縛を解かれたかのように――或いは呪縛さ

れたかのように――、堂堂巡りしていた意識が覚める。



 ライは街灯の下でようやく足を止め、セラフィナの腕を放して振り返った。

 ぜいぜいと荒い息をつくセラフィナの足元に落ちた影を見下ろし、そして周囲を見渡

す。誰も居ない道。まだ真夜中には差し掛かっていないはずなのに家々の窓は締め切ら

れて、完全に近い闇が周囲に満ちていた。



「……ここ……は……?」



「……わからない」



 住宅地みたいだね。そんな馬鹿げた回答は飲み込んだ。そんなことは問題ではない。

とはいえセラフィナがどのような答えを求めているのかはわからなかった。



 ソフィニアの中心から西か東か。そんなことはくだらない。ここは何処? どれほど

言葉を弄しても、その短い質問に本当の意味で答えることはできないのだろう。何が、

本当の意味なのかさえわからないのだから。



「ただ、追いかけてきてないみたい」



 傍から見ていても少々強引だとわかるくらい強引に呼吸を整えながら、セラフィナは

街灯の支柱に手をかけた。火照った白い肌に薄く汗が浮いている。足元が少しふらつい

たように見えた。



 その様子にひどい罪悪感をおぼえて――ライは嘆息する。実際に息をしているわけで

はないから不必要な動作ではある。しかし昔からの癖というのはなかなか抜けないもの

だし、やめようとも思わない。



 極度の疲れというのがどういうものかはもう忘れかけていたが……彼女の様子からし

て、すごく辛いに違いなかった。



「ごめん」



「……え?」



 聞こえなかったのか、問い返される。

 そうなると二度目を言うのはためらわれた。ああそうだね僕は臆病者だ。下手に謝っ

て嫌われるのが恐いんだ。



「なんでもない」



 かぁ、とカラスが鳴いた。びくりと体が強張るのがわかった。追いかけてきていない

なんてことがあるわけがなかった。あの少女はどうだか知らないが、術者は確実にこち

らを観察している。



 一度目の鳴き声で気付いて逃げるべきだった。

 いや、逃げたところで無駄だということはわかっている。それでも、戦うよりはまだ

望みがあるはずだったのに。

 どうやっても屍霊術師なんて種類の人間には勝てない。



 哀れな少女の姿が、鮮やかに意識に蘇る。

 あるはずのない傷の痛みに抉られて、悲痛に助けを求めていた。あの痛みを与えて、

救いの方法を囁いたのは、彼女の後ろにいる人間の策略だろう。



 自分が似たような何かをされたとき、どうなるかわからない。

 ただ、耐えられるわけはないだろうなとだけ確信する。情けないけれど。



 かぁ――三度目。暗闇で聞くカラスの声は冗談のように怪談じみていた。

 ライは思わず目を瞑りかけ、辛うじて自制する。



「……ライさん、今のは」



「わかってる」



 革手袋の右手の中にダートを具現させながら、ライは周囲を見渡した。競技用ではな

い投擲武器の、ずしりとした重みを握る。せめてあのカラスだけでもなんとかできたら

逃げ切れるかも知れないと、まだ、あるはずのない望みに縋ろうか。



 ふいに、視界が歪んだ。今日はずっと無理に力を使い続けていたから、急な消耗につ

いていけないらしい。とはいえ、今までからしたら大した症状ではなかった。ひどい時

には死にたくなるような頭痛――といっていいものか――さえ起こることがある。



 平和に生きていこうと思っているのに、どうして上手くいかないんだろう?



 軽く頭を振って、夜空を見上げてライは呟いた。



「どこにいるかな」



 ばさばさばさっ――!!

 応えるように無数の羽音が唱和した。



 セラフィナが身構える。まだ回復しきっているわけではなさそうだったが、もう、ふ

らついてはいなかった。



 視線を巡らすと、灯りの輪の端に、黒い影が一つだけ、立っていた。目深に被った山

高帽は上からの光を切り落として、老人の顔を真黒に隠している。



「すまないな」



 と二重外套の裏から腕を出して帽子のつばを軽く直しながら彼は言った。

 好々爺が孫のことでも話すような口ぶりで、



「放っておこうと思ったが、目撃者はちゃんと消せと怒られたのだよ」



 彼は肩を竦めた。
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2006/09/20 12:17 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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