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人物:ライ セラフィナ
場所:ソフィニア ―宿屋『クラウンクロウ』
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「セラフィナさん、お願いだから……」
ライの顔が悲痛に歪んだ。もう一度強くセラフィナの腕を掴みなおして走り出す。
セラフィナはあの子を放っておけなかった。でも、ライはソレを許さない。
「私を、必要としてるのに……っ」
危険だと本能は告げている。逃げるべきだと理性は囁く。
それなのに、ずっと誰かに必要とされたかった過去が、胸の中でモヤモヤと抵抗す
ることをやめない。自分を、必要としてくれているのに、どうして、私には何もでき
ないの?
「僕にも、君が必要だから!……ほら、逃げるよっ?!」
逃げるための方便だったかもしれない。本当の事なんて分からない。
それでもセラフィナを走らせるには十分だった。ライに引きずられるように走って
いた彼女は一度だけ振り返ると、もう振り返ることをやめた。
階段をどうにか転ばずに駆け下り、宿から飛び出す。
何の騒ぎかと部屋から飛び出してきた人たちから発せられる悲鳴と絶叫。異形を見
た人というのは皆似たような反応をするのだな、とどこか冷静な感想が頭をよぎる。
ライは少し前を走っているので、今は背中しか見えない。また気が変わると思って
いるのか、それともただの勢いなのか、腕はしっかりと捕まれたままだ。
走る。
懸命に走る。
息が上がってもまだ走り続ける。
頭が次第に冷静さを取り戻すにつれ、自分のとった行動がどれだけ愚かなことだっ
たかをあらためて思い知らされる。もしあそこで自分が命を投げ出したとしても、き
っと彼女のためにはならなかっただろう。後ろに例の死霊使いがいる限り、彼女に平
穏を訪れないのだ。本当に彼女のためを思うなら、呪縛から解き放ち、自然に帰して
やるべきではないのか。あの死霊使いは他にも獲物を探していた。きっと犠牲者はま
だ増える……っ!
「……どこへっ……向かって…んですか?」
息が続かない。途切れ途切れに何とか言葉を紡ぐ。
外出禁止令が出ている、というわけではないのだろう。疎らだが、まだ人通りがあ
る。警戒令が出たのか、それともみんな昼間の惨事に外出を控えているのか、いつも
の通りではないみたいにガランとしているのがかえって不気味だった。
「僕にも分からないよ!」
そのとき、彼が言っていた「死んだ人」というのが本当なら、もっと楽な逃げ方が
あったはずだと思い当たった。そう、彼が一人で逃げるつもりならば、他の手段もあ
ったのだ。
彼は私を助けるために危険を冒している。今日初めて会った、私のために。
彼のために何かしたい、そう切に思った。それは恩返しなのかなんなのか、まだよ
く分からなかったけれど。自分に大事な秘密を打ち明けてくれた彼のために、迷惑な
勘違いを責めたりしない彼のために、そして私を置いて逃げなかった彼のために。
とにかく、今は逃げよう。何処まで逃げても逃げ切れるとは思えなかったが、それ
でも逃げよう。少なくとも、彼がソレを望んでいるのならば。
辺りの人通りはますます減っていく。そしていつしか、通りの人影が、消えた。
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