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2025/03/10 07:33 |
銀の針と翳の意図 11/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア――宿屋『クラウンクロウ』

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 逃げる。つまり、もう何にも関わらないことにして、この街を後にする。

 セラフィナに言われるまで気づかなかった――なんて、楽な解決方法なんだろう。



 夜になってあのヘルマンとかいう男ともう一度会うのは明らかに危険だった。名前を

偽るか偽らないかなどということはどうでもいい。勿論、手配書の存在に気づかせない

要因にはなるだろうが。



 問題なのは、人と会って、自分が生身ではないと察しさせないことには限界があると

いうことだった。こればかりはどうしようもない。もしも自分が人間だったなら――こ

の状況下に置かれても、もう少し気楽に対策を考えることができたかも知れない。



 それこそ弟のフリなんかいくらでもしてやる。昔から、あいつは僕にそっくりだった

んだ。その気になれば、すりかわることすらできるくらいに。



 何か常識の範疇の外にある事件が起これば、自分たちとは違うものを犯人にしたがる

のが人間だ。自分の正体が誰かにバレてしまったら、極端な話、あの思い出すだけでも

気分の悪くなる惨殺事件の濡れ衣も被せられかねない。



 これ以上、動きにくくなるのはご免だった。

 そうだここで逃げてしまえば僕はただの行方知れずの不審者で済むんだそれなら何の

問題もない素晴らしいじゃないかなんて楽なんだ。



 あまり遠出すると怒られそうだから(外に出ただけで怒られるかも知れないけど)、

宿の外に出て夕焼けの空を見ながら溜息をついた。最善の策なんだとわかっていても逃

げる気はしなかった。



 ここで消えてしまったら、心配して笑いかけてくれたセラフィナを裏切ることになる。

まだ知り合って一日も経っていないのだから気にすることはないんだと自分に言い聞か

せてみても……

 思考が詰まって、二度目の溜息を一緒に声を吐き出す。



「駄目だああああああ」



「るっせーよ駄目駄目言うな」



『ついに幻聴? まだ駄目なんて言ってないヨ★』



「まだってなんだ、まだって」



 ……何か独り言(にしては他の声も聞こえた気がする)を言いながら、武器をがちゃ

がちゃ持った青年が、すぐ横を通って宿へ入っていった。

 さっきの自警団の面々といい、セラフィナといい自分といい、今すれ違った知らない

人といい――



 なんだか知らないが、今日は、誰もが疲れているようだった。











 夜になって、部屋がわからずに廊下で困っていると、扉を開けてセラフィナが手招き

した。中途半端な灯りの中を歩きながら、いつ自分の足元に影がないことに気づかれる

かと不安になった。



「あの人は?」



「下、見てきますね。中で待っててください」



 言って彼女はぱたぱたと廊下を渡って階段を降りていく。その背中を見送ってから、

ライは開きかけの扉を開けて部屋に入った。



 許可をもらったとはいえ、女の人が一人で泊まっている部屋に、主がいないうちに入

るのには少し抵抗があったが、少し考えてみれば、あまり気にしなくてもよさそうだっ

た。

 …………それ以上を考えると落ち込みそうになるからやめよう。



 少し違和感を感じたが、その原因は広さだとすぐに思い当たった。寝台も二つある。

ようするに二人部屋。どうしてわざわざ二人部屋をとったんだろうと不思議に思いなが

ら中を見ると、端のほうに荷物が置いてあるのが目に付いた。



 まじまじと見るのも失礼だから、窓際に近づいてカーテンの隙間から下の路地を見下

ろして、夕方に少し歩いたのと合わせて、この宿と通りの位置を確認していると、扉が

開く気配がした。



「――セシル君?」



 振り返ると、セラフィナとヘルマンが部屋の入り口に立っていた。ちょうどタイミン

グよく下で会えたらしい。

 できるだけ愛想のいい表情を浮かべながら「こんばんわ」と会釈する。

 彼がまだ魔法銃を持っていることをそれとなく確認すると、少し笑顔が強張った。



 セラフィナが扉を閉めた。ライは窓枠に寄りかかって、首をかしげる。



「それで……話って」



「さっきはとんだ災難でしたな……と言っては、被害者には申し訳ないですが。

 お嬢さんが「取り逃がした」と言っていましたが、犯人を見たのでしょう? 捜査の

参考に、是非ともお話を伺いたいと思いまして」



 落ち着いた物腰が嫌な感じだな、と思った。この人はまだこちらを――今のところは、

二人を、疑っている。そしてそれを隠そうとしていない。



「……と、先に、名前を聞いていいですか?」



「セラフィナ・カフューです。旅の途中なんです。

 こちらはセシル君……」



「セシル・カース。ハンター……です」



 少し驚いたような表情をして、セラフィナがこちらを横目にした。マズかったかな。

あいつもカース[悪ガキ]って偽名使ってたのかも。殺し屋だった父親の、仕事用の名

前。



 気づかないフリをしながら視線を逸らす。

 ヘルマンは二人分の名前を反芻してから顔を上げた。重い空気を作ろうとしているの

がわかって、それは大体、成功しているらしかった。



 彼が本格的に疑うとしたらどちらだろう――恩人だというセラフィナか、それとも最

初に会ったとき、明らかに動揺を示してしまったライか。苦笑したくなって我慢した。



 窓の外は夜色に塗りつぶされている。

 もうすぐ街は寝静まる。眠りに着くことが出来ず、一人で朝まで時間を潰さなくては

ならない。

 いつもこのくらいの時間になると、今日の真夜中はどうやって過ごそうかと意識が勝

手に考え始める。



「それで、あのときのこと全部話せばいいんですよね」



 どうせなら無駄話つきで朝までつきあわせてやろうかなどと馬鹿馬鹿しいことを思い

つきながら口を開いたが、もちろん本気でそうしようという気にはなれなかった。

 さっさと片付けて彼には退場してもらわないと……
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2006/09/19 12:38 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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