件 名 :
差出人 :
送信日時 : 2007/05/20 15:49
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:ヘクセ
NPC:少女(アティア)
場所:カフール国、スーリン僧院 反省房
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(うーん、どじった)
ヘクセは反省房の言う名の独房の床に寝転がりながら、ぼんやりと天井を見上
げていた。
(しかし、ちょっぴり侵入しただけなのに、なにもここまでしなくともよいと
思うんだけどなー)
反省など皆無で心の中で愚痴をたれながら、ごろごろと床を転がる。
扉の向こうから近づく足音が聞こえるが気にしない。
(あっ、あの天井のシミ、人の顔に見えるw)
「それ、何の遊び?」
不意に檻の向こう側から、透きとおった声が聞こえる。
どうやら先ほどの足音の主らしい。
「君にはこれが遊びに見えるのかね?」
ヘクセは寝転がったまま、顔だけ声の方に向けた。
反省房の扉には、大人の目の高さに小さな鉄格子の嵌まった覗き窓と、
食事を入れるための小さな差し入れ口が、下のほうに付いているのだが、
その差し入れ口の蓋を開けて、少女が覗き込んでいた。
美しい黒髪に透きとおるような白い肌、純粋さが溢れてきそうな瞳の少女だ。
「…実はこれは金魚体操といってな。
脇腹の贅肉を取るためのエクササイズなのだよ。」
ヘクセは仰向けに寝転がったまま、真面目な顔を作って答えてみる。
「ふーん。ねぇねぇ、どうやって、祖霊神様のご霊廟に入ったの?」
少女は自分が振った話題を軽くスルーして、全く別の質問に切り替えた。
どうも、目の前の疑問を解決せずにはいられない性格らしい。
「たまたま迷い込んじゃったんだよ。」
「でもクォンロン山って、特別な儀式をした男の人しか入れないって聞いた
よ?
それ以外の人は頭痛くなったり、吐き気したりして大変なんだってー。
祖霊神様のご霊廟って山のてっぺんにあるんでしょー?」
「なんだ、どうりで吐き気がすると思ったんだ。
てっきりつわりか何かかと思ってたんだけど…。」
「つわりって?」
「うん。女性はね。ある時期になると体内に赤ん坊という
別の生命体を宿すもんなんだよ。
この赤ん坊はキャベツ畑で女性の体内に侵入するんだけどね。
で、赤ん坊が体内にいるときに感じる吐き気をつわりと言うの。
わかった?」
「そーなんだ!」
「最近キャベツ畑に入ったことは?」
「無いよー。」
「そう…。
でも野良キャベツが草むらの中にいるかもしれないから油断は禁物ね。
最近草むらに入ったことがあるなら、次に吐き気がしたときは、
『つわりかもしれない』と大人の人にちゃんと相談するんだよ。」
「うん!わかったー!」
(わかっちゃったのかw)
内心でつっこんだ時、ヘクセはあることに気付いて、起き上がった。
「…ここって女人禁制じゃなかったっけ?」
「にょにんきんせーって?」
「女はいちゃダメって意味だよ。」
「でもおねーさん、女の人でしょ?」
「うん。だからこうして閉じ込められてる。
君はどうしてそこにいれるの?」
「知らないよ。小さい時からここにいたもん。」
「…そうか。」
ヘクセは顎に指を当てて呟いた。
少女は見たところ8、9歳程度だろう。
つわりをよく知らなかった点も、ここの僧達に育てられたとすれば納得がい
く。
「…君のほかに女の人はいるの?」
「うぅん、いない。」
「友達はいる?」
「いないよ。お兄ちゃんとかおじちゃんばっかだもん。」
「そっか。じゃあ、今日から友達になろう。
私はヘクセ。」
ヘクセは差し入れ口ごしに、包帯だらけの右手を差し出そうとして、
一瞬躊躇し、結局左手を差し出した。
「わたしはアティア。よろしくねー。」
少女はしっかり左手を握り返してきた。
「右手怪我してるの?」
「火傷みたいなものなの。
人に見せれる代物じゃないから隠しているんだけどね。
痛みはないよ。」
「ふーん。ねぇねぇ!ヘクセってさ、外のこといろいろ知ってるんでしょ?
教えて!」
「そーだねー。
じゃあ、シカラグァって国にある、元ナジェイラ神聖国の
ダリ・ラーマに会った時の話をしよっか…。」
数刻後、アティアはすっかりヘクセに懐いてしまっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
差出人 :
送信日時 : 2007/05/20 15:49
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PC:ヘクセ
NPC:少女(アティア)
場所:カフール国、スーリン僧院 反省房
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(うーん、どじった)
ヘクセは反省房の言う名の独房の床に寝転がりながら、ぼんやりと天井を見上
げていた。
(しかし、ちょっぴり侵入しただけなのに、なにもここまでしなくともよいと
思うんだけどなー)
反省など皆無で心の中で愚痴をたれながら、ごろごろと床を転がる。
扉の向こうから近づく足音が聞こえるが気にしない。
(あっ、あの天井のシミ、人の顔に見えるw)
「それ、何の遊び?」
不意に檻の向こう側から、透きとおった声が聞こえる。
どうやら先ほどの足音の主らしい。
「君にはこれが遊びに見えるのかね?」
ヘクセは寝転がったまま、顔だけ声の方に向けた。
反省房の扉には、大人の目の高さに小さな鉄格子の嵌まった覗き窓と、
食事を入れるための小さな差し入れ口が、下のほうに付いているのだが、
その差し入れ口の蓋を開けて、少女が覗き込んでいた。
美しい黒髪に透きとおるような白い肌、純粋さが溢れてきそうな瞳の少女だ。
「…実はこれは金魚体操といってな。
脇腹の贅肉を取るためのエクササイズなのだよ。」
ヘクセは仰向けに寝転がったまま、真面目な顔を作って答えてみる。
「ふーん。ねぇねぇ、どうやって、祖霊神様のご霊廟に入ったの?」
少女は自分が振った話題を軽くスルーして、全く別の質問に切り替えた。
どうも、目の前の疑問を解決せずにはいられない性格らしい。
「たまたま迷い込んじゃったんだよ。」
「でもクォンロン山って、特別な儀式をした男の人しか入れないって聞いた
よ?
それ以外の人は頭痛くなったり、吐き気したりして大変なんだってー。
祖霊神様のご霊廟って山のてっぺんにあるんでしょー?」
「なんだ、どうりで吐き気がすると思ったんだ。
てっきりつわりか何かかと思ってたんだけど…。」
「つわりって?」
「うん。女性はね。ある時期になると体内に赤ん坊という
別の生命体を宿すもんなんだよ。
この赤ん坊はキャベツ畑で女性の体内に侵入するんだけどね。
で、赤ん坊が体内にいるときに感じる吐き気をつわりと言うの。
わかった?」
「そーなんだ!」
「最近キャベツ畑に入ったことは?」
「無いよー。」
「そう…。
でも野良キャベツが草むらの中にいるかもしれないから油断は禁物ね。
最近草むらに入ったことがあるなら、次に吐き気がしたときは、
『つわりかもしれない』と大人の人にちゃんと相談するんだよ。」
「うん!わかったー!」
(わかっちゃったのかw)
内心でつっこんだ時、ヘクセはあることに気付いて、起き上がった。
「…ここって女人禁制じゃなかったっけ?」
「にょにんきんせーって?」
「女はいちゃダメって意味だよ。」
「でもおねーさん、女の人でしょ?」
「うん。だからこうして閉じ込められてる。
君はどうしてそこにいれるの?」
「知らないよ。小さい時からここにいたもん。」
「…そうか。」
ヘクセは顎に指を当てて呟いた。
少女は見たところ8、9歳程度だろう。
つわりをよく知らなかった点も、ここの僧達に育てられたとすれば納得がい
く。
「…君のほかに女の人はいるの?」
「うぅん、いない。」
「友達はいる?」
「いないよ。お兄ちゃんとかおじちゃんばっかだもん。」
「そっか。じゃあ、今日から友達になろう。
私はヘクセ。」
ヘクセは差し入れ口ごしに、包帯だらけの右手を差し出そうとして、
一瞬躊躇し、結局左手を差し出した。
「わたしはアティア。よろしくねー。」
少女はしっかり左手を握り返してきた。
「右手怪我してるの?」
「火傷みたいなものなの。
人に見せれる代物じゃないから隠しているんだけどね。
痛みはないよ。」
「ふーん。ねぇねぇ!ヘクセってさ、外のこといろいろ知ってるんでしょ?
教えて!」
「そーだねー。
じゃあ、シカラグァって国にある、元ナジェイラ神聖国の
ダリ・ラーマに会った時の話をしよっか…。」
数刻後、アティアはすっかりヘクセに懐いてしまっていた。
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PR
件 名 :
差出人 : マリムラ
送信日時 : 2007/06/08 16:55
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PC:カイ ヘクセ
NPC:大僧正 アティア
場所:カフール国、スーリン僧院 反省房
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「久しぶりだな、息災か」
「はい、おそれいります」
カイが深々と頭を垂れた相手は、かつての師の一人で現在はスーリン僧院の
大僧正を勤める男だった。カイがこの地で修行をしたのがもう7年ほど前、い
や、さらに遡って12年前には、まだ武術指南役の一人であった男である。
「はは、私にこのような姿は似合わんだろう」
「不思議と違和感はありませんよ」
「世辞も言えるようになったとは成長したな、カイ」
嬉しそうに目尻の皺を深くする。その目はまだ幼かった頃のカイを見ている
ようだった。
「理由は聞くまい、ここでの滞在を許可しよう」
「おそれいります」
「どうせ聞いたところで答えられんのだ、聞くだけ無駄というものだ」
そう、カイは祖国であるカフールに戻っていた。しかし主であったはずのセ
ラフィナには解雇通告をされ、もとの職場へ戻るわけにもいかず、また、誰に
も事情を説明しづらい状況であった為、幼い頃に世話になったスーリン僧院へ
と足を運んだのである。
僧院の様子は昔とあまり変わっていない。クォンロン山の麓に位置するこの
僧院は、山頂に祭られた祖霊神の霊廟を守るだけでなく、カフールにおける武
道の総本山的役割も担っていた。この山を守る誓いを立てたものは特別な儀式
を行い山へ踏み入ることを許されるが、他の大勢の門徒は武術の基礎を学び、
各地へ散っていくのだ。そして、カイももちろん後者であった。
「そうだ、面白いものを見せてやろう。ついてこい」
「はっ」
誓いを立て、特別な儀式を行った者は、基本的に山から離れることはない。
その為、外部からの来訪者は「面白いもの」であった。……つまりカイもそう
なのだが。
「他にも来訪者が?」
「いや、珍客だよ」
大僧正は背中で返事をし、振り返ることなく歩く。カイもそれに無言で付き
従った。
大僧正は、僧院の中でも特に奥まった一角へと進んでいく。カイの記憶が確
かならば、その先にあるのは反省房だ。カイは僅かに眉根を寄せた。
「他の者から遮断する必要があるほどの珍客のようですね」
「まあ、見れば意味は分かるだろうよ」
大僧正が足を止め、カイが先に進むよう促す。角を曲がり、反省房の並ぶ廊
下へ出たカイは、振り返った少女と目が合い足を止めた。
「……なるほど、隔離の必要がありそうだ」
「アティア、奥の院から出ないようにと申し付けておいたろう!」
大僧正が驚いたように飛び出し、少女をとがめた。
「だって、ヘクセとおともだちになったんだもん」
「だが、約束してあったはずだ」
「ちゃんとおべんきょ、終わらせたもーん」
少女は何故怒られているのかわからないといった表情で大僧正を見上げてい
る。
「あー、彼女はアティアだ。理由あって奥の院で預かっている」
頭を抱えながらカイにアティアを紹介する大僧正。その途中で横槍を入れた
のは独房の中の人物であった。
「私の紹介はないのか?」
「わたしが紹介する! ヘクセよ、わたしのおともだち!」
声は少女。反省房の中を見ていないので外見は分からないが、アティアより
年上なのだろうと思われた。
……女人禁制のスーリン僧院に、何故二人も女性がいる?
「こちらが珍客だよ。何十年も破られていなかった結界の中に突然迷い込んだ
子だ」
「ヘクセは珍客じゃないもん。おともだちよ」
「混乱するからアティアは黙りなさい」
「それよりお兄さんはだーれ?」
アティアという少女は好奇心が旺盛なようだ。カイは困っている大僧正への
苦笑を咳払いで押し隠し、アティアに向き直った。
「カイだ。しばらく僧院で世話になる」
「アティアよ。あなたもおともだちになる?」
アティアに差し出された右手に戸惑いながらも、カイは右手を差し出した。
アティアは両手で包み込むように手を握るとぶんぶんと上下に振って笑った。
「はい、これでおともだち。カイも外のことをいろいろ知ってるんでしょ?」
「少しはな」
「ヘクセとどっちが物知りかなぁ。ヘクセの話って面白いんだよ!」
カイが困って苦笑を返すと、大僧正がそっと耳打ちした。
「ヘクセと名乗る少女だが、霊廟で捕獲された不届き者だ。目的を探って欲し
い」
「……」
「幸か不幸か、アティアに気に入られたようだな。少女を表に出す代わりにお
前が監視を続けなさい」
アティアが頬を膨らませて大僧正を睨んでいる。
「おじさん、へクセは悪い子じゃないよ。出してあげて!」
「しかし、お前も知っているように決まりというものがあるのだよ」
「修行でズルしたり、他の子いじめたわけじゃないもん。おともだちだもん」
ねー?と反省房に向かって同意を求めるアティア。ヘクセは笑ってアティア
に答えた。
「大人の事情って便利なものがあるのだよ。子供に対しての言い訳はコレで大
抵片付けられる」
「そうなのー?大人ってずるいよ。子供の事情もあればいいのに」
その返しに大僧正が噴き出した。
「まあいい、しばらく院内での滞在を許そう。ただし、カイの見える範囲で
だ」
「……大僧正、それは貧乏くじというやつでしょうか」
「びんぼうくじってなあにー?」
「それはだな、心の貧しいものだけが引けるおみくじのことだよ。当たりを引
けば心が豊かになって、友達が増えるんだ」
「ヘクセってかしこーい!カイは当たりを引いたからわたしたちのおともだち
になれたのね!!」
カイが呆気にとられている中、大僧正は静かに反省房の鍵を開けた。
「カイ、任せたぞ」
「大僧正も、お人が悪い……」
ゆっくりと扉を開け、中から出てきたのは、長い黒髪。顔を上げると黒い瞳
に……浅黒い肌。カフールの人間ではない。異国の少女だった。歳は13~1
5くらいだろうか。
「よろしくな、カイ」
「とりあえず嘘を教えるのは良くないな、へクセ」
左手で交わした握手は、ほんの少しだけ、きつく握られた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
差出人 : マリムラ
送信日時 : 2007/06/08 16:55
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PC:カイ ヘクセ
NPC:大僧正 アティア
場所:カフール国、スーリン僧院 反省房
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「久しぶりだな、息災か」
「はい、おそれいります」
カイが深々と頭を垂れた相手は、かつての師の一人で現在はスーリン僧院の
大僧正を勤める男だった。カイがこの地で修行をしたのがもう7年ほど前、い
や、さらに遡って12年前には、まだ武術指南役の一人であった男である。
「はは、私にこのような姿は似合わんだろう」
「不思議と違和感はありませんよ」
「世辞も言えるようになったとは成長したな、カイ」
嬉しそうに目尻の皺を深くする。その目はまだ幼かった頃のカイを見ている
ようだった。
「理由は聞くまい、ここでの滞在を許可しよう」
「おそれいります」
「どうせ聞いたところで答えられんのだ、聞くだけ無駄というものだ」
そう、カイは祖国であるカフールに戻っていた。しかし主であったはずのセ
ラフィナには解雇通告をされ、もとの職場へ戻るわけにもいかず、また、誰に
も事情を説明しづらい状況であった為、幼い頃に世話になったスーリン僧院へ
と足を運んだのである。
僧院の様子は昔とあまり変わっていない。クォンロン山の麓に位置するこの
僧院は、山頂に祭られた祖霊神の霊廟を守るだけでなく、カフールにおける武
道の総本山的役割も担っていた。この山を守る誓いを立てたものは特別な儀式
を行い山へ踏み入ることを許されるが、他の大勢の門徒は武術の基礎を学び、
各地へ散っていくのだ。そして、カイももちろん後者であった。
「そうだ、面白いものを見せてやろう。ついてこい」
「はっ」
誓いを立て、特別な儀式を行った者は、基本的に山から離れることはない。
その為、外部からの来訪者は「面白いもの」であった。……つまりカイもそう
なのだが。
「他にも来訪者が?」
「いや、珍客だよ」
大僧正は背中で返事をし、振り返ることなく歩く。カイもそれに無言で付き
従った。
大僧正は、僧院の中でも特に奥まった一角へと進んでいく。カイの記憶が確
かならば、その先にあるのは反省房だ。カイは僅かに眉根を寄せた。
「他の者から遮断する必要があるほどの珍客のようですね」
「まあ、見れば意味は分かるだろうよ」
大僧正が足を止め、カイが先に進むよう促す。角を曲がり、反省房の並ぶ廊
下へ出たカイは、振り返った少女と目が合い足を止めた。
「……なるほど、隔離の必要がありそうだ」
「アティア、奥の院から出ないようにと申し付けておいたろう!」
大僧正が驚いたように飛び出し、少女をとがめた。
「だって、ヘクセとおともだちになったんだもん」
「だが、約束してあったはずだ」
「ちゃんとおべんきょ、終わらせたもーん」
少女は何故怒られているのかわからないといった表情で大僧正を見上げてい
る。
「あー、彼女はアティアだ。理由あって奥の院で預かっている」
頭を抱えながらカイにアティアを紹介する大僧正。その途中で横槍を入れた
のは独房の中の人物であった。
「私の紹介はないのか?」
「わたしが紹介する! ヘクセよ、わたしのおともだち!」
声は少女。反省房の中を見ていないので外見は分からないが、アティアより
年上なのだろうと思われた。
……女人禁制のスーリン僧院に、何故二人も女性がいる?
「こちらが珍客だよ。何十年も破られていなかった結界の中に突然迷い込んだ
子だ」
「ヘクセは珍客じゃないもん。おともだちよ」
「混乱するからアティアは黙りなさい」
「それよりお兄さんはだーれ?」
アティアという少女は好奇心が旺盛なようだ。カイは困っている大僧正への
苦笑を咳払いで押し隠し、アティアに向き直った。
「カイだ。しばらく僧院で世話になる」
「アティアよ。あなたもおともだちになる?」
アティアに差し出された右手に戸惑いながらも、カイは右手を差し出した。
アティアは両手で包み込むように手を握るとぶんぶんと上下に振って笑った。
「はい、これでおともだち。カイも外のことをいろいろ知ってるんでしょ?」
「少しはな」
「ヘクセとどっちが物知りかなぁ。ヘクセの話って面白いんだよ!」
カイが困って苦笑を返すと、大僧正がそっと耳打ちした。
「ヘクセと名乗る少女だが、霊廟で捕獲された不届き者だ。目的を探って欲し
い」
「……」
「幸か不幸か、アティアに気に入られたようだな。少女を表に出す代わりにお
前が監視を続けなさい」
アティアが頬を膨らませて大僧正を睨んでいる。
「おじさん、へクセは悪い子じゃないよ。出してあげて!」
「しかし、お前も知っているように決まりというものがあるのだよ」
「修行でズルしたり、他の子いじめたわけじゃないもん。おともだちだもん」
ねー?と反省房に向かって同意を求めるアティア。ヘクセは笑ってアティア
に答えた。
「大人の事情って便利なものがあるのだよ。子供に対しての言い訳はコレで大
抵片付けられる」
「そうなのー?大人ってずるいよ。子供の事情もあればいいのに」
その返しに大僧正が噴き出した。
「まあいい、しばらく院内での滞在を許そう。ただし、カイの見える範囲で
だ」
「……大僧正、それは貧乏くじというやつでしょうか」
「びんぼうくじってなあにー?」
「それはだな、心の貧しいものだけが引けるおみくじのことだよ。当たりを引
けば心が豊かになって、友達が増えるんだ」
「ヘクセってかしこーい!カイは当たりを引いたからわたしたちのおともだち
になれたのね!!」
カイが呆気にとられている中、大僧正は静かに反省房の鍵を開けた。
「カイ、任せたぞ」
「大僧正も、お人が悪い……」
ゆっくりと扉を開け、中から出てきたのは、長い黒髪。顔を上げると黒い瞳
に……浅黒い肌。カフールの人間ではない。異国の少女だった。歳は13~1
5くらいだろうか。
「よろしくな、カイ」
「とりあえず嘘を教えるのは良くないな、へクセ」
左手で交わした握手は、ほんの少しだけ、きつく握られた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:ヘクセ、カイ
NPC:アティア
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「発ッ!!」
「あきゃっ!!」
ヘクセのガードする腕に添えられるようにかざされた僧兵の掌が、
一気に吐き出された呼気と共にヘクセの腕に触れ、
次の瞬間、ヘクセは数mほど空を舞った。
「~~!!」
大地に叩きつけられたヘクセは呼吸すら思うままにできず、
鼻水やら涙やら胃液やらを垂れ流し
手足をあべこべのほうにばたつかせてのた打ち回った。
* * *
「…うぅ、ぽんぽん痛ぁい」
しばらく後、縁側で横になりながら、ヘクセは呻いていた。
「あんな無茶するからだ。」
ヘクセの手当てをし、カイはあきれたように呟いた。
「でもねー。一度、発剄ってやつは受けてみたかったんだよね。
まさかここまで効くとは。手加減してもらってもきっついねー。
もうね、ガードなんか関係ないのね。
衝撃が直接内臓に響くっていうの?
…うぅっ、とーぶんご飯食べらんないかも。」
話してる途中で、つらさがぶり返したのか、青い顔で呻くヘクセ。
「ここの錬気術は特殊だからねぇ。
どの地方の魔術とも戦闘術とも違う。
人でありながら、人を超えようとする技術だ。
正直、体験しても信じられないものがあるよ。」
目の前の庭では、十数人の僧兵が一斉に同じ型を繰り返している。
「しかしカフール武術というものは面白いね。
普通なら筋肉を鍛え上げる、力を込める、速さを求める、
それを追求したほうが強くなりそうなものなのに…。
あの型を見てよ。大きく振りかぶりもしない。
なのに、しっかり大地をふむ力から、呼吸から、余すとこなく力をくみ上げ
拳に集約している。
人体の構造を知り尽くした上での無駄のない動作。
徹底して合理的なのに、哲学的ですらある。
…面白いもんだ。」
ヘクセは興味津々といった様子だ。
「…問題は修得の難しさだよねー。
目に見えにくい部分を鍛えるし、
修得には理解が必要だけど、判り難いときている。
他人に教えてもらえる類のもんでもないしねー。
ある程度の水準までなら、
単純に筋肉を鍛えたりする現代の戦い方のほうが分かりやすいし、
目に見えて強さが実感できるだろうし。
…はやんないわけだよねぇ。」
ヘクセは調子悪いくせに、一人で延々と喋り続ける。
「お前はカフール錬気術を学びに来たのか?」
カイは思わず尋ねた。
「微妙に惜しい。」
ヘクセは寝転がったまま横目でカイを見て微笑んだ。
「ヘクセー!
持ってきたよー!」
とてとてと向こうからアティアが何冊もの本を抱えて走ってくる。
「アティアお帰り~」
ヘクセは起き上がると、アティアの頭をなで、本をぱらぱらと開いた。
「…これは違う。…これは知ってる。…これは…!ビンゴだ!
すごいよ、アティア!えらいえらい♪」
ヘクセはお目当ての本を見つけて、嬉しさのあまりアティアの頭を撫でくりま
わす。
「…何を取ってこさせたんだ?」
「うん、カイ、私ね、気づいちゃったんだ。
アティアなら、私の入れない場所でも入れちゃって、
ノーチェックで何でも取ってこれちゃうんびぎゃっ!」
言い終える前に拳骨が降ってきた。
「こんな小さい子を、お前の犯罪行為に加担させるな。」
「犯罪じゃないよー。
犯罪って言うのは、その国の法律で定められたルールを破ることだもん。
アティアが本を持ってくることも、それを私に見せることも、
法律は禁じてないんぎゃ!」
またも拳骨。
「カイー!ヘクセをいじめちゃダメー!」
「アティア~。お姉ちゃんを守って~。」
「誰がお姉ちゃんだ。」
カイはアティアに泣きつくヘクセを呆れた様子で見下ろすと、
いじらしくもヘクセを守ろうとするアティアの頭を撫でた。
「いじめてないよ。ちょっと叱っただけだ。」
安心させるようにカイは微笑んで見せた。
「へぇ。そんな顔も出来るんだ。
…妹か妹分でもいた?」
カイはへクセには仏頂面に戻る。
「お前に話すようなことはない。」
「うーん、そこまで露骨に顔に出されちゃうと、
傷ついちゃうな~。」
かけらも傷ついた様子もなく、ヘクセは軽口を叩くと、本をぱらぱらとめく
る。
「アティア、これ面白いよー。
これは山神の巫女に関する文献だねぇ。
ほら、これは歴代の巫女の名前だ。
横に在位まで書いてある。
ほら、ここを見てごらん。
祖霊神の妻、つまり聖皇母の名前がある。
伝承の巫女とはこの山の巫女だったわけだ。
その次の代は聖皇母の妹だな。
なるほど、聖皇母が祖霊神の奥さんになっちゃったから、
役目を引き継いだわけか…。
…ん?聖皇母以降も巫女が存在したってことか?
…聖皇母以前の巫女は…これはこれで興味深いなぁ…」
「ヘクセ、どこが面白いかわかんないよー?」
しばらく一緒に覗いてたアティアが不満げにヘクセを見上げる。
「この面白さはアティアにはわかんないだろうなぁ。
歴史の真実が少しずつ垣間見れる瞬間っていうのは、
例えるなら、そう…長年惚れ抜いて口説き落とした女を
ベッドに横たえ衣服を一枚ずつ剥ぐふぅっ!!」
カイの拳が容赦なくとんでくる。
「なんで、例えがおやじくさいんだ?」
ヘクセはしばらくその場でうずくまっていたが、脅威の回復力で立ち直った。
「じゃあ、アティアに面白い話をしてあげよう。
アティアはラスカフュールのお話は知ってるかな?」
「んーとね、たしか祖霊神さまが山神さまに神の力を渡しちゃったんだよね?
それで聖皇母さまと結婚して、いつまでも幸せに暮らしちゃって、
はっぴーえんどなんでしょ?」
「そうそう、それ。
ラスカフュールが巫女に恋をして、山神に3つの取引を持ちかけ、
ラスカフュールの持つ神の力を山神に譲ることで、巫女を手に入れたという
カフール皇家の出自の伝説だ。
ところでこのお話に出てくる山神さまって、どんな姿をしてると思う?」
「ヘクセ、知らないのー?
山神さまは『人の形をお持ちにならない』んだよー。」
アティアは『そんなことも知らないなんて、しょうがないなぁ、もぅ』
とでも言いたげな顔でヘクセを見た。
「そうそう。アティアは賢いねー。
山神は人の形を持たない。
これは神話や伝承でも明言されている。
じゃぁ、どんな姿をしていたのか?
この国の神話を体系化した『カフール書記』にはこう書いてある。
『山神は姿は見えず、人の形を持たず…』。
だけど一方で、同時期の『山陰記』ではこう書かれてる。
『山神はその長い胴体で山を包むようにとぐろを巻いた』。
では問題です。
カフール皇国の紋様に描かれている動物はなんでしょう?」
「…龍か。」
カイは思わず口を挟んだ。
「はい、カイ君正解!どんどんぱふぱふ~♪
実のところ、神話における山神は龍神なのだよ。
姿を見ることも出来ない。もちろん人の形を持つ訳もない。
だけど、昔の人たちは誰もが山神は龍だと信じていた。」
ヘクセはアティアの頭を撫でながら言った。
「じゃあ、祖霊神さまは龍神さまに人の形をあげようとしたの?」
「そうなるかな。」
「そんなのダメって言われるに決まってるじゃん!
祖霊神さまって変なの。
龍のほうがかっこいいのに。」
「あはははw
アティアの言うとおりだ。
ラスカフュールはおかしいね。
どれほど憧れても龍は龍、人は人にしかなれないのにねー。」
ヘクセはアティアの頭を撫でながら言った。
「龍の伝承はいろいろあってね。
龍退治の話とか、あるいは龍が地形を変えたとかいう話まであるんだよ。
なんならいくつか聞かせようか?」
「聞きたい!」
「よし、それじゃぁヤマタノオロチの話は知ってる?…」
* * *
いつしかアティアはヘクセの膝に頭を横たえて眠りについてしまった。
ヘクセはアティアの頭をそっと撫でる。
「…カフールの歴史を調べに来たのか?」
その様子を眺めながらカイは尋ねた。
「ふふふ。それも惜しい。」
そう言ってからヘクセはチェシャ猫のような笑みを浮かべてカイを見た。
「…大僧正に頼まれたのかい?
私の目的を探れとでも?」
カイは思わず黙り込んだ。
「別に教えても構わないんだが、私だけというのはつまんないなぁ。
カイがここにいる目的でも聞かせてくれたら、教えてあげてもいーけど?」
「………」
カイは黙り込む。
ヘクセはその様子を見て喉の奥で笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NPC:アティア
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「発ッ!!」
「あきゃっ!!」
ヘクセのガードする腕に添えられるようにかざされた僧兵の掌が、
一気に吐き出された呼気と共にヘクセの腕に触れ、
次の瞬間、ヘクセは数mほど空を舞った。
「~~!!」
大地に叩きつけられたヘクセは呼吸すら思うままにできず、
鼻水やら涙やら胃液やらを垂れ流し
手足をあべこべのほうにばたつかせてのた打ち回った。
* * *
「…うぅ、ぽんぽん痛ぁい」
しばらく後、縁側で横になりながら、ヘクセは呻いていた。
「あんな無茶するからだ。」
ヘクセの手当てをし、カイはあきれたように呟いた。
「でもねー。一度、発剄ってやつは受けてみたかったんだよね。
まさかここまで効くとは。手加減してもらってもきっついねー。
もうね、ガードなんか関係ないのね。
衝撃が直接内臓に響くっていうの?
…うぅっ、とーぶんご飯食べらんないかも。」
話してる途中で、つらさがぶり返したのか、青い顔で呻くヘクセ。
「ここの錬気術は特殊だからねぇ。
どの地方の魔術とも戦闘術とも違う。
人でありながら、人を超えようとする技術だ。
正直、体験しても信じられないものがあるよ。」
目の前の庭では、十数人の僧兵が一斉に同じ型を繰り返している。
「しかしカフール武術というものは面白いね。
普通なら筋肉を鍛え上げる、力を込める、速さを求める、
それを追求したほうが強くなりそうなものなのに…。
あの型を見てよ。大きく振りかぶりもしない。
なのに、しっかり大地をふむ力から、呼吸から、余すとこなく力をくみ上げ
拳に集約している。
人体の構造を知り尽くした上での無駄のない動作。
徹底して合理的なのに、哲学的ですらある。
…面白いもんだ。」
ヘクセは興味津々といった様子だ。
「…問題は修得の難しさだよねー。
目に見えにくい部分を鍛えるし、
修得には理解が必要だけど、判り難いときている。
他人に教えてもらえる類のもんでもないしねー。
ある程度の水準までなら、
単純に筋肉を鍛えたりする現代の戦い方のほうが分かりやすいし、
目に見えて強さが実感できるだろうし。
…はやんないわけだよねぇ。」
ヘクセは調子悪いくせに、一人で延々と喋り続ける。
「お前はカフール錬気術を学びに来たのか?」
カイは思わず尋ねた。
「微妙に惜しい。」
ヘクセは寝転がったまま横目でカイを見て微笑んだ。
「ヘクセー!
持ってきたよー!」
とてとてと向こうからアティアが何冊もの本を抱えて走ってくる。
「アティアお帰り~」
ヘクセは起き上がると、アティアの頭をなで、本をぱらぱらと開いた。
「…これは違う。…これは知ってる。…これは…!ビンゴだ!
すごいよ、アティア!えらいえらい♪」
ヘクセはお目当ての本を見つけて、嬉しさのあまりアティアの頭を撫でくりま
わす。
「…何を取ってこさせたんだ?」
「うん、カイ、私ね、気づいちゃったんだ。
アティアなら、私の入れない場所でも入れちゃって、
ノーチェックで何でも取ってこれちゃうんびぎゃっ!」
言い終える前に拳骨が降ってきた。
「こんな小さい子を、お前の犯罪行為に加担させるな。」
「犯罪じゃないよー。
犯罪って言うのは、その国の法律で定められたルールを破ることだもん。
アティアが本を持ってくることも、それを私に見せることも、
法律は禁じてないんぎゃ!」
またも拳骨。
「カイー!ヘクセをいじめちゃダメー!」
「アティア~。お姉ちゃんを守って~。」
「誰がお姉ちゃんだ。」
カイはアティアに泣きつくヘクセを呆れた様子で見下ろすと、
いじらしくもヘクセを守ろうとするアティアの頭を撫でた。
「いじめてないよ。ちょっと叱っただけだ。」
安心させるようにカイは微笑んで見せた。
「へぇ。そんな顔も出来るんだ。
…妹か妹分でもいた?」
カイはへクセには仏頂面に戻る。
「お前に話すようなことはない。」
「うーん、そこまで露骨に顔に出されちゃうと、
傷ついちゃうな~。」
かけらも傷ついた様子もなく、ヘクセは軽口を叩くと、本をぱらぱらとめく
る。
「アティア、これ面白いよー。
これは山神の巫女に関する文献だねぇ。
ほら、これは歴代の巫女の名前だ。
横に在位まで書いてある。
ほら、ここを見てごらん。
祖霊神の妻、つまり聖皇母の名前がある。
伝承の巫女とはこの山の巫女だったわけだ。
その次の代は聖皇母の妹だな。
なるほど、聖皇母が祖霊神の奥さんになっちゃったから、
役目を引き継いだわけか…。
…ん?聖皇母以降も巫女が存在したってことか?
…聖皇母以前の巫女は…これはこれで興味深いなぁ…」
「ヘクセ、どこが面白いかわかんないよー?」
しばらく一緒に覗いてたアティアが不満げにヘクセを見上げる。
「この面白さはアティアにはわかんないだろうなぁ。
歴史の真実が少しずつ垣間見れる瞬間っていうのは、
例えるなら、そう…長年惚れ抜いて口説き落とした女を
ベッドに横たえ衣服を一枚ずつ剥ぐふぅっ!!」
カイの拳が容赦なくとんでくる。
「なんで、例えがおやじくさいんだ?」
ヘクセはしばらくその場でうずくまっていたが、脅威の回復力で立ち直った。
「じゃあ、アティアに面白い話をしてあげよう。
アティアはラスカフュールのお話は知ってるかな?」
「んーとね、たしか祖霊神さまが山神さまに神の力を渡しちゃったんだよね?
それで聖皇母さまと結婚して、いつまでも幸せに暮らしちゃって、
はっぴーえんどなんでしょ?」
「そうそう、それ。
ラスカフュールが巫女に恋をして、山神に3つの取引を持ちかけ、
ラスカフュールの持つ神の力を山神に譲ることで、巫女を手に入れたという
カフール皇家の出自の伝説だ。
ところでこのお話に出てくる山神さまって、どんな姿をしてると思う?」
「ヘクセ、知らないのー?
山神さまは『人の形をお持ちにならない』んだよー。」
アティアは『そんなことも知らないなんて、しょうがないなぁ、もぅ』
とでも言いたげな顔でヘクセを見た。
「そうそう。アティアは賢いねー。
山神は人の形を持たない。
これは神話や伝承でも明言されている。
じゃぁ、どんな姿をしていたのか?
この国の神話を体系化した『カフール書記』にはこう書いてある。
『山神は姿は見えず、人の形を持たず…』。
だけど一方で、同時期の『山陰記』ではこう書かれてる。
『山神はその長い胴体で山を包むようにとぐろを巻いた』。
では問題です。
カフール皇国の紋様に描かれている動物はなんでしょう?」
「…龍か。」
カイは思わず口を挟んだ。
「はい、カイ君正解!どんどんぱふぱふ~♪
実のところ、神話における山神は龍神なのだよ。
姿を見ることも出来ない。もちろん人の形を持つ訳もない。
だけど、昔の人たちは誰もが山神は龍だと信じていた。」
ヘクセはアティアの頭を撫でながら言った。
「じゃあ、祖霊神さまは龍神さまに人の形をあげようとしたの?」
「そうなるかな。」
「そんなのダメって言われるに決まってるじゃん!
祖霊神さまって変なの。
龍のほうがかっこいいのに。」
「あはははw
アティアの言うとおりだ。
ラスカフュールはおかしいね。
どれほど憧れても龍は龍、人は人にしかなれないのにねー。」
ヘクセはアティアの頭を撫でながら言った。
「龍の伝承はいろいろあってね。
龍退治の話とか、あるいは龍が地形を変えたとかいう話まであるんだよ。
なんならいくつか聞かせようか?」
「聞きたい!」
「よし、それじゃぁヤマタノオロチの話は知ってる?…」
* * *
いつしかアティアはヘクセの膝に頭を横たえて眠りについてしまった。
ヘクセはアティアの頭をそっと撫でる。
「…カフールの歴史を調べに来たのか?」
その様子を眺めながらカイは尋ねた。
「ふふふ。それも惜しい。」
そう言ってからヘクセはチェシャ猫のような笑みを浮かべてカイを見た。
「…大僧正に頼まれたのかい?
私の目的を探れとでも?」
カイは思わず黙り込んだ。
「別に教えても構わないんだが、私だけというのはつまんないなぁ。
カイがここにいる目的でも聞かせてくれたら、教えてあげてもいーけど?」
「………」
カイは黙り込む。
ヘクセはその様子を見て喉の奥で笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:カイ ヘクセ
NPC:アティア
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
眠ってしまったアティアを起こさないようにそっと抱え上げると、カイはヘ
クセに顎で先に歩くよう指示した。
「そういう態度はどうかと思うなぁ」
「アティアを部屋に寝かせた方がいいだろう。ほら、立て」
ブツブツ言いながらも楽しそうに元気に立ち上がったヘクセは、軽やかに歩
き出す。
「お前、さっきまでの辛そうな態度も嘘か」
「え、アレは本当に痛かったんだよ。そう嘘ばかり言っているわけではないも
の」
そう言いながらも見違えるように元気そうなヘクセにカイはげんなりする。
女の子はもっとしとやかなものだと思っていた。一番身近にいたセラフィナ
は、もっと優しくてしとやかだったはずだ。あれは幼い頃からの躾ももちろん
あるが、出自や境遇とは別の根本的な何かが違っていたように思う。
「あ、今誰かを思い出したね?教えて」
くるりとヘクセが振り返った。大僧正も自分が子守り向きではないと知って
任せるのだから酷い話だ。眉根に僅かに力がこもる。
「幼馴染だ。お前の年の頃にはもっとしっかりしていたと思ってな」
「へぇ、今はその人どこにいるの」
「さあな、遠くへ旅立ってしまった」
ふむ、とヘクセはなにやら考え込んでいる。コレでしばらくおとなしくなれ
ばいいのだが。奥の院は通常大僧正しか出入りしないのだが、許可を取ってい
る上主は不在なので一礼して静かに入る。大僧正はこの二人をカイに任せた
後、皇家と元老院の呼び出しを受けて首都に向かっていった。何事もなければ
4~5日で帰るといっていたが、子守りが今日で終わらないことを考えると頭
が痛かった。
アティアを部屋に寝かせ、奥の院を出たところでヘクセが言った。
「幼馴染を遠くへ旅立たせたくなかったなら、押し倒して既成事じぐはっ」
もちろんカイの拳骨が頭上から降ってきたのだが。
「何か考え事をしていると思ったら、そんなことか」
「だってそうだろう?」
「兄弟のように育った相手をそんな目で見れるか!」
ヘクセは大いに不満だというように口をへの字に曲げる。
「傍にいたいなら一番手っ取り早いじゃないか~」
「そういう問題じゃない」
「ね、その人って美人?可愛い系?それとも……」
「お前なんかに話すんじゃなかった」
カイは天井を仰ぎ見た。途端にヘクセが走り出す。
「止まれ、へクセ!」
「あはは、追いかけっこだよーん」
言いながら通路の角を曲がる。カイはヘクセの態度に呆れながらも、許可の
下りていない場所へ入り込まないよう、追うしかなかった。
* * *
「はぁ、はぁ、足、速いねー」
「黙れヘクセ。お前には二時間の正座の刑だ」
「えぇー、いたいけな子供に酷いよ、カイ」
「誰がいたいけだ、誰が」
猫のように首の後ろを掴まれたヘクセは、息も乱れていないカイにぶら下げ
られてばたばたと暴れていた。
「ちょっと運動しようと思ったんだよー」
「嘘つけ」
ヘクセは気にした様子もなくしばらくばたばたを続け、ふと、手を叩いて言
った。
「手篭めにするより拉致監禁の方が良かったかな」
返事もなくカイの鉄拳が飛ぶ。ヘクセは頭を抱えて座り込みながらカイを見
上げた。
「い、たたたた。結局カイがここにいる理由、聞いてないんだからねー」
「だからどうした」
「手の内を明かさずに自分だけ知ろうとしちゃダメだよ」
「こっちのセリフだ」
「おお、それもそっか♪」
ヘクセは頭をさすりながら笑う。カイの冷たい目線も気にしない。
「そうだ、コレを機に言っておく。僧院の者たちとの接近は控えてもらいた
い」
「何故?」
「もともと女人禁制の地だ。色欲に目が眩む者もいる」
「わーい、へクセ魅力的?」
「子供だから平気かと思っていたが、嗜好が偏った者が若干名いるようなので
な」
「おお、目端が利くねぇ♪」
気付いていてわざと言わせるように仕向けるところがタチが悪い。
カイは深く深ーく溜息を吐いた。
* * *
ヘクセは見た目の年齢よりも本当に手のかかる子だった。隙あらばアティア
に嘘の情報を教えようとするし、カイがうたた寝でもしようものなら大脱走劇
を繰り広げてくれるしで、落ち着いている暇がない。知識量は相当のものだと
思われたが、時折織り交ぜる嘘がどの程度の嘘なのか、もしくは本当のことな
のか、判断に困ることすらあった。
「ヘクセは楽しそうだねー」
ヘクセと一緒にごろごろ転がりながらアティアが笑う。アティアは幼い頃の
セラフィナに少しだけ容姿が似ていた。あの頃のセラフィナにも友達がいたら
こうだったのだろうか。
「私はいつだって楽しいことを追いかけているのだよ」
ごろごろごろーっと床の上で勢いを増すヘクセ。ぶつかって噴出すアティ
ア。
「ねえアティア、君はここから出たいと思ったことはないの?」
「え?うーん、よくわかんなぁい」
「そっか」
ヘクセはどんな楽しいことを追い求めてここへ流れ着いたのだろう?
わからないまま、カイの試練の日々は続く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:カイ ヘクセ
NPC:アティア
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
眠ってしまったアティアを起こさないようにそっと抱え上げると、カイはヘ
クセに顎で先に歩くよう指示した。
「そういう態度はどうかと思うなぁ」
「アティアを部屋に寝かせた方がいいだろう。ほら、立て」
ブツブツ言いながらも楽しそうに元気に立ち上がったヘクセは、軽やかに歩
き出す。
「お前、さっきまでの辛そうな態度も嘘か」
「え、アレは本当に痛かったんだよ。そう嘘ばかり言っているわけではないも
の」
そう言いながらも見違えるように元気そうなヘクセにカイはげんなりする。
女の子はもっとしとやかなものだと思っていた。一番身近にいたセラフィナ
は、もっと優しくてしとやかだったはずだ。あれは幼い頃からの躾ももちろん
あるが、出自や境遇とは別の根本的な何かが違っていたように思う。
「あ、今誰かを思い出したね?教えて」
くるりとヘクセが振り返った。大僧正も自分が子守り向きではないと知って
任せるのだから酷い話だ。眉根に僅かに力がこもる。
「幼馴染だ。お前の年の頃にはもっとしっかりしていたと思ってな」
「へぇ、今はその人どこにいるの」
「さあな、遠くへ旅立ってしまった」
ふむ、とヘクセはなにやら考え込んでいる。コレでしばらくおとなしくなれ
ばいいのだが。奥の院は通常大僧正しか出入りしないのだが、許可を取ってい
る上主は不在なので一礼して静かに入る。大僧正はこの二人をカイに任せた
後、皇家と元老院の呼び出しを受けて首都に向かっていった。何事もなければ
4~5日で帰るといっていたが、子守りが今日で終わらないことを考えると頭
が痛かった。
アティアを部屋に寝かせ、奥の院を出たところでヘクセが言った。
「幼馴染を遠くへ旅立たせたくなかったなら、押し倒して既成事じぐはっ」
もちろんカイの拳骨が頭上から降ってきたのだが。
「何か考え事をしていると思ったら、そんなことか」
「だってそうだろう?」
「兄弟のように育った相手をそんな目で見れるか!」
ヘクセは大いに不満だというように口をへの字に曲げる。
「傍にいたいなら一番手っ取り早いじゃないか~」
「そういう問題じゃない」
「ね、その人って美人?可愛い系?それとも……」
「お前なんかに話すんじゃなかった」
カイは天井を仰ぎ見た。途端にヘクセが走り出す。
「止まれ、へクセ!」
「あはは、追いかけっこだよーん」
言いながら通路の角を曲がる。カイはヘクセの態度に呆れながらも、許可の
下りていない場所へ入り込まないよう、追うしかなかった。
* * *
「はぁ、はぁ、足、速いねー」
「黙れヘクセ。お前には二時間の正座の刑だ」
「えぇー、いたいけな子供に酷いよ、カイ」
「誰がいたいけだ、誰が」
猫のように首の後ろを掴まれたヘクセは、息も乱れていないカイにぶら下げ
られてばたばたと暴れていた。
「ちょっと運動しようと思ったんだよー」
「嘘つけ」
ヘクセは気にした様子もなくしばらくばたばたを続け、ふと、手を叩いて言
った。
「手篭めにするより拉致監禁の方が良かったかな」
返事もなくカイの鉄拳が飛ぶ。ヘクセは頭を抱えて座り込みながらカイを見
上げた。
「い、たたたた。結局カイがここにいる理由、聞いてないんだからねー」
「だからどうした」
「手の内を明かさずに自分だけ知ろうとしちゃダメだよ」
「こっちのセリフだ」
「おお、それもそっか♪」
ヘクセは頭をさすりながら笑う。カイの冷たい目線も気にしない。
「そうだ、コレを機に言っておく。僧院の者たちとの接近は控えてもらいた
い」
「何故?」
「もともと女人禁制の地だ。色欲に目が眩む者もいる」
「わーい、へクセ魅力的?」
「子供だから平気かと思っていたが、嗜好が偏った者が若干名いるようなので
な」
「おお、目端が利くねぇ♪」
気付いていてわざと言わせるように仕向けるところがタチが悪い。
カイは深く深ーく溜息を吐いた。
* * *
ヘクセは見た目の年齢よりも本当に手のかかる子だった。隙あらばアティア
に嘘の情報を教えようとするし、カイがうたた寝でもしようものなら大脱走劇
を繰り広げてくれるしで、落ち着いている暇がない。知識量は相当のものだと
思われたが、時折織り交ぜる嘘がどの程度の嘘なのか、もしくは本当のことな
のか、判断に困ることすらあった。
「ヘクセは楽しそうだねー」
ヘクセと一緒にごろごろ転がりながらアティアが笑う。アティアは幼い頃の
セラフィナに少しだけ容姿が似ていた。あの頃のセラフィナにも友達がいたら
こうだったのだろうか。
「私はいつだって楽しいことを追いかけているのだよ」
ごろごろごろーっと床の上で勢いを増すヘクセ。ぶつかって噴出すアティ
ア。
「ねえアティア、君はここから出たいと思ったことはないの?」
「え?うーん、よくわかんなぁい」
「そっか」
ヘクセはどんな楽しいことを追い求めてここへ流れ着いたのだろう?
わからないまま、カイの試練の日々は続く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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PC:ヘクセ カイ
NPC:アティア
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中天に月が浮かんでいた。
あと2日もすれば満月だろうか。
ヘクセは月を見上げながら思索にふけっていた。
「そんな顔もするんだな。」
不意に背後から声をかけられた。
振り向くとカイが立っていた。
「何か変な顔をしてたかい?」
にへらと笑ってみせる。
カイは隣に腰を下ろした。
「切なそうな顔をしていた。」
「そりゃ、私だって切なそうな顔の一つや二つ持ってるさ。
女の子なんだぞ。」
「お前はいつも楽しそうにしてたから、
悩みなど持ってないと思ってたよ。」
カイは本気っぽかった。
「人間だもの。悩みもするし、苦しみもするさ。」
ヘクセはそのまま仰向けに転がった。
そして月に向かって手を伸ばす。
「…私は月の光に誘われる羽虫だ。
届かぬと知ってても、そこに向かって飛ばずにはいられない。」
ヘクセはふふっと笑った。
「月の光の下はよくないな。
思わず素直になる。」
「…お前がそれほど求めるものってなんだ?」
カイが尋ねてきた。
会話の機微を楽しまないなんて、つまらない男だ。
「それはカイがここにいる理由と引き換えの約束だよ?」
ヘクセは意地悪く切り返した。
「こんな月の下で探り合いは風情がないと思わない?
それよりも、もっとおしゃべりをしよう。
…カイ、私が羽虫なら、君はさしずめ蟻といったところか。
それも巣穴への道を失った蟻だね。
…帰り道は見つかりそうかい?」
カイは息を呑んでヘクセを見た。
「カイって嘘のつけないタイプでしょ?
目の奥に、寂しさと迷いが見えるよ。
…寂しいなら寂しいと伝えればよかったのだよ。
幼馴染君にさ。
そうすれば、次に進めただろうに。
大方、物分かりいいフリして、送り出しちゃったんだろう?
バッカだねー。
なんでカフールの人ってそうなのかね?
禁欲的というか、弱音を吐きたがらないっていうか。
人生ハレもあればケもあるって。
その両方とも素直に受け入れて、
ハレの時には心からはじけて、
ケの時にはいっぱい泣いて…
そうやって生きれば楽しいのに…」
「…言ったところで、彼女を困らせるだけだ。
彼女とて十分に悩んで出した答えだろうし、
私に何が言える?」
「それがやせ我慢っていうの。
あげく、ここでうじうじしてたってしょうがないじゃん。
それともここで修行を積んで鉄の意志を身につければ、
そんな人の弱さを捨てられるとでも?」
ヘクセは唇を尖らせてダメ出ししたが、ふっと表情を緩めた。
「しょうがないなぁ。
カイ君のために、その幼馴染君の代わりをしてあげよう。
さぁ、私をその幼馴染君だと思って、
あの日言えなかった言葉を言いたまえ。」
カイはヘクセをまじまじと見て、言った。
「無理。」
「なんで!」
「お前とフィーとじゃ、全然違う。」
カイはそう言ってから、吹き出した。
ひとしきり笑ってから、ヘクセの頭をぽんぽんと叩いた。
「気持だけ受け取っておくよ。
ありがとう。」
ヘクセは不満げに唇を尖らせたが、カイの笑い顔を見て頬を緩めた。
「ま、いっか。
時に迷うのも人生だ。
一ついいことを教えてあげよう。
人は幸せになるために生きてるのだよ。
そりゃ、置かれた環境は選べないけど、
どんな状況でだって、どう反応することを選ぶかは自身なのだしね。」
カイは月を見上げ黙り込んだ。
ヘクセも月を見上げた。
言葉は交わさなかったが、不思議と分かり合えた気がした。
* * *
「昔々、グーティエという偉い僧正がここにいたんだよ。
この人、誰が何を問うても、ただ指を1本立てるだけなんだ。
彼には若い侍者が仕えていたんだけどね。
ある時訪問者が、『あなたの師匠はどんな教えを説かれますか』
って聞いたんだ。
侍者は何も言わず指を1本立てた。
これを聞いたグーティエは、刃で侍者の指をちょん切っちゃった。
侍者が泣きながら走り去ろうとした時、グーティエは彼を呼んだ。
彼が頭をめぐらすと、グーティエは指を1本立てた。
そして侍者は忽然として悟った。
…『一指の悟り』か。
この話はカフール哲学の特徴を示す有名な話だねー。
カフール哲学は『不律文字』。
ありていに言うなら『言葉には出来ない』だ。
自らがその境地に達する他無い。
だからこそ、カフール哲学のことを『道』と呼ぶんだし、
修行のことを『求道』と呼ぶわけだね。
『道』とは魂を練磨し、領悟の頂きへと至る手段だ。
武術、気孔術、仙術、針術、漢方…カフール特有の技術の真髄でね、
これによってカフールの武人達や仙人たちは人を超えた業を使える。
でもね、実のところ、そんな業は求道の過程で得る副産物なんだ。
『道』とは、自然の周期と調和して動くことにより
人体の最大潜在力を引き出すための生き方なんだね。
わかる?」
「うん、グーティエって人が指をちょん切っちゃう人ってことはわかった。」
アティアは力強く頷いた。
「珍しく、おとなしく本を読んでやってると思ったら何の話をしてるんだ?
子供には難しすぎるだろ?」
脇で見ていたカイが思わず突っ込みを入れる。
「ごめんごめんw
ついつい夢中になっちゃって。
ちなみにこのグーティエさんの姓がゲンマって言って、
『指きりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーます』
って歌の元になったんだよ♪」
「ホント!?」
「ううん、嘘w」
目を輝かせて乗り出すアティアに、ヘクセはにこやかに告げた。
奇妙な沈黙があたりを支配する。
「ヘクセのうそつきー!
はりせんぼん飲ませてやるー!」
「きゃーっ!
やめて助けてー!」
本を放り出し取っ組み合いを始める二人。
カイは溜息をついて、本を拾い集めた。
その部屋の横をばたばたと僧達が走っていく。
「何か騒がしいね。
何があったんだろう?」
「確認しよう。」
カイは襖を開き部屋を出ると、近くの僧に声をかけた。
「何かありましたか。」
「ええ、今、大僧正がお戻りになられたのですが、
お怪我をなされて…。
お付きの者達はいなくなったと…。
どうやら帰路にて、何者かの襲撃を受けたようで…」
カイはその言葉を聞いた瞬間駆け出した。
後ろをヘクセがついて来る。
二人が駆けつけたときには、大僧正は多くの僧に囲まれ
正殿へと運び込まれるところだった。
「大僧正!」
カイが声をかけるが、大僧正はちらりと見ただけで、苦痛のうめきを上げ顔を
伏せた。
そのまま慌しく寝室へと運ばれていく。
ヘクセはその様子を黙って見ていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:ヘクセ カイ
NPC:アティア
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中天に月が浮かんでいた。
あと2日もすれば満月だろうか。
ヘクセは月を見上げながら思索にふけっていた。
「そんな顔もするんだな。」
不意に背後から声をかけられた。
振り向くとカイが立っていた。
「何か変な顔をしてたかい?」
にへらと笑ってみせる。
カイは隣に腰を下ろした。
「切なそうな顔をしていた。」
「そりゃ、私だって切なそうな顔の一つや二つ持ってるさ。
女の子なんだぞ。」
「お前はいつも楽しそうにしてたから、
悩みなど持ってないと思ってたよ。」
カイは本気っぽかった。
「人間だもの。悩みもするし、苦しみもするさ。」
ヘクセはそのまま仰向けに転がった。
そして月に向かって手を伸ばす。
「…私は月の光に誘われる羽虫だ。
届かぬと知ってても、そこに向かって飛ばずにはいられない。」
ヘクセはふふっと笑った。
「月の光の下はよくないな。
思わず素直になる。」
「…お前がそれほど求めるものってなんだ?」
カイが尋ねてきた。
会話の機微を楽しまないなんて、つまらない男だ。
「それはカイがここにいる理由と引き換えの約束だよ?」
ヘクセは意地悪く切り返した。
「こんな月の下で探り合いは風情がないと思わない?
それよりも、もっとおしゃべりをしよう。
…カイ、私が羽虫なら、君はさしずめ蟻といったところか。
それも巣穴への道を失った蟻だね。
…帰り道は見つかりそうかい?」
カイは息を呑んでヘクセを見た。
「カイって嘘のつけないタイプでしょ?
目の奥に、寂しさと迷いが見えるよ。
…寂しいなら寂しいと伝えればよかったのだよ。
幼馴染君にさ。
そうすれば、次に進めただろうに。
大方、物分かりいいフリして、送り出しちゃったんだろう?
バッカだねー。
なんでカフールの人ってそうなのかね?
禁欲的というか、弱音を吐きたがらないっていうか。
人生ハレもあればケもあるって。
その両方とも素直に受け入れて、
ハレの時には心からはじけて、
ケの時にはいっぱい泣いて…
そうやって生きれば楽しいのに…」
「…言ったところで、彼女を困らせるだけだ。
彼女とて十分に悩んで出した答えだろうし、
私に何が言える?」
「それがやせ我慢っていうの。
あげく、ここでうじうじしてたってしょうがないじゃん。
それともここで修行を積んで鉄の意志を身につければ、
そんな人の弱さを捨てられるとでも?」
ヘクセは唇を尖らせてダメ出ししたが、ふっと表情を緩めた。
「しょうがないなぁ。
カイ君のために、その幼馴染君の代わりをしてあげよう。
さぁ、私をその幼馴染君だと思って、
あの日言えなかった言葉を言いたまえ。」
カイはヘクセをまじまじと見て、言った。
「無理。」
「なんで!」
「お前とフィーとじゃ、全然違う。」
カイはそう言ってから、吹き出した。
ひとしきり笑ってから、ヘクセの頭をぽんぽんと叩いた。
「気持だけ受け取っておくよ。
ありがとう。」
ヘクセは不満げに唇を尖らせたが、カイの笑い顔を見て頬を緩めた。
「ま、いっか。
時に迷うのも人生だ。
一ついいことを教えてあげよう。
人は幸せになるために生きてるのだよ。
そりゃ、置かれた環境は選べないけど、
どんな状況でだって、どう反応することを選ぶかは自身なのだしね。」
カイは月を見上げ黙り込んだ。
ヘクセも月を見上げた。
言葉は交わさなかったが、不思議と分かり合えた気がした。
* * *
「昔々、グーティエという偉い僧正がここにいたんだよ。
この人、誰が何を問うても、ただ指を1本立てるだけなんだ。
彼には若い侍者が仕えていたんだけどね。
ある時訪問者が、『あなたの師匠はどんな教えを説かれますか』
って聞いたんだ。
侍者は何も言わず指を1本立てた。
これを聞いたグーティエは、刃で侍者の指をちょん切っちゃった。
侍者が泣きながら走り去ろうとした時、グーティエは彼を呼んだ。
彼が頭をめぐらすと、グーティエは指を1本立てた。
そして侍者は忽然として悟った。
…『一指の悟り』か。
この話はカフール哲学の特徴を示す有名な話だねー。
カフール哲学は『不律文字』。
ありていに言うなら『言葉には出来ない』だ。
自らがその境地に達する他無い。
だからこそ、カフール哲学のことを『道』と呼ぶんだし、
修行のことを『求道』と呼ぶわけだね。
『道』とは魂を練磨し、領悟の頂きへと至る手段だ。
武術、気孔術、仙術、針術、漢方…カフール特有の技術の真髄でね、
これによってカフールの武人達や仙人たちは人を超えた業を使える。
でもね、実のところ、そんな業は求道の過程で得る副産物なんだ。
『道』とは、自然の周期と調和して動くことにより
人体の最大潜在力を引き出すための生き方なんだね。
わかる?」
「うん、グーティエって人が指をちょん切っちゃう人ってことはわかった。」
アティアは力強く頷いた。
「珍しく、おとなしく本を読んでやってると思ったら何の話をしてるんだ?
子供には難しすぎるだろ?」
脇で見ていたカイが思わず突っ込みを入れる。
「ごめんごめんw
ついつい夢中になっちゃって。
ちなみにこのグーティエさんの姓がゲンマって言って、
『指きりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーます』
って歌の元になったんだよ♪」
「ホント!?」
「ううん、嘘w」
目を輝かせて乗り出すアティアに、ヘクセはにこやかに告げた。
奇妙な沈黙があたりを支配する。
「ヘクセのうそつきー!
はりせんぼん飲ませてやるー!」
「きゃーっ!
やめて助けてー!」
本を放り出し取っ組み合いを始める二人。
カイは溜息をついて、本を拾い集めた。
その部屋の横をばたばたと僧達が走っていく。
「何か騒がしいね。
何があったんだろう?」
「確認しよう。」
カイは襖を開き部屋を出ると、近くの僧に声をかけた。
「何かありましたか。」
「ええ、今、大僧正がお戻りになられたのですが、
お怪我をなされて…。
お付きの者達はいなくなったと…。
どうやら帰路にて、何者かの襲撃を受けたようで…」
カイはその言葉を聞いた瞬間駆け出した。
後ろをヘクセがついて来る。
二人が駆けつけたときには、大僧正は多くの僧に囲まれ
正殿へと運び込まれるところだった。
「大僧正!」
カイが声をかけるが、大僧正はちらりと見ただけで、苦痛のうめきを上げ顔を
伏せた。
そのまま慌しく寝室へと運ばれていく。
ヘクセはその様子を黙って見ていた。
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