忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/05/16 16:23 |
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 6/カイ(マリムラ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:カイ ヘクセ
NPC:アティア
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大僧正が担ぎ込まれるのを、カイはただ見送るしか出来なかった。客人待遇
とはいえ、正式な儀式も済ませていないカイには入れない部分も多かった為
だ。
 じっと大僧正の姿を見ていたへクセが、急にカイの袖口を引いた。
「アティアを見に行こう」
 僧院全体が騒然となっている中、ヘクセの目は揺るがない。
「起こして不安がらせるものじゃない」
「違う、アティアが危険だからさ」
 カイを置いて動こうとするヘクセ。見張り役として付いて行くカイは、人が
まばらになるのを待ってから、ヘクセに声をかけた。

「説明しろ」
「あれは大僧正ではないな」
 移動しながらの即答に、何故かカイの鉄拳は飛ばなかった。
「何故分かる?」
 不安と不審の入り混じった声。しかしヘクセは早足で歩くのをやめない。
「カイにも違和感があっただろう?それを認めたくないだけでさ」
 人気が無くなってくると、早足は徐々に駆け足へと変わる。
「アティアが危険だと思う根拠は」
「忘れたの?あの子はここのトップシークレットだよ?」

   *   *   *

 駆けつけた部屋からは、物音一つしなかった。アティアの静かな寝息も、寝
返りをうつ衣擦れの音もない。何者かに荒らされた様子もなく、アティアのい
た痕跡さえ見えない。
「……ふむ」
 そういったきり考え込むへクセ。暗くてヘクセの表情が読み取れなかった
が、カイは得体の知れない妙な沈黙に不安を覚えた。

 ……無音?そういえばさっきまで聞こえていたはずの騒々しさがまったくな
い。

「うわぁぁぁぁあ!!」
 悲鳴の入り混じった叫びが突如響いた。カイはヘクセを置いたまま、大僧正
の寝室へと走る。途中で他人とすれ違わない。やはり何かが、起こっているの
だ。血の独特の臭いがむせ返るほどに強い。よほどの大量虐殺でもなければこ
んなに酷い臭いにはならないんじゃなかろうか。

「大僧正!」
 襖を大きく両手で開く。部屋一面に飛び散った血痕、そして、ちらりと振り
向いたのは気を失い血の気の引いたアティアを掴んだ猿の化け物。傍には破り
捨てられた大僧正のものであったろう皮が無残な姿で散らばっている。
「待てっ!!」
 カイが叫ぶと同時に奥の障子を体当たりで破り、猿の化け物はそのままの勢
いで山を駆け上がる。カイは追おうとしたが、結界の存在を思い出し、ヘクセ
の元へ駆け戻った。

   *   *   *

「ヘクセ、お前どうやって山に入った!?」
「結界のほころびを見つけて?」
 当然のように答えるヘクセ。
「白く毛の長い猿の化け物がアティアを掴んだまま山に上った。追うぞ」
「ははは、実は嘘のようでもあり本当のようでもあり」
「ふざけている場合じゃない!」
「結界はね、消せるよ。でも一時的。
 山神の力を使って修復を始めるように組んであるから」
 殴られないように頭を庇いながら走り出すヘクセ。
「本当だろうな!」
「ついてくれば分かるさ。見せてあげる」
 ヘクセはカイを振り返って言った。
「歴史に興味はあるかい?面白い仮説も聞かせてあげるよ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PR

2007/06/25 22:17 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 7/ヘクセ(えんや)
件  名 :
差出人 : えんや
送信日時 : 2007/06/26 22:17


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:ヘクセ カイ
NPC:アティア 魔猿
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

クォンロン山の山裾には結界が張り巡らされている。
資格無き者が立ち入れば、方向を失い、山を降りてしまうのだ。
その境目を示すように、古い石仏が点在していた。
もちろん山の登り口とて例外ではない。
山頂まではるかに続く石段。
その両脇に石仏が立っている。
石段という道があっても迷い、いつしか下ってしまうあたり、
結界は徹底していた。
「どう入る?」
カイは呟いた。ヘクセは石仏の一つに近づいた。
「この石仏は女なのだよ。知ってた?」
そう言いながら、ヘクセは手近な石を掴んだ。
「えいっ。」
そう言って石仏にその石を振り下ろす。
乾いた音を立てて石仏の表面が削れた。
「おい!何してる!?」
「この石仏で結界を構築してるんだ。
 今、この石仏の結界の紋様を一部削ったから、結界に穴が開いたよ。」
そう言うと、ヘクセは無造作に歩き出した。
「…そうやって前回も霊廟に忍び込んだのか…。」
カイはヘクセを後ろからひょいと抱えると、駆け出した。
だがしばらくすると、カイは急によろけて膝をついた。
目が回るようで、顔も青ざめ、頭を抑えている。
「慌てすぎだ。気持はわかるが落ち着け。」
「…結界は…破ったん…じゃ…なかった…のか?」
「その症状は結界のせいじゃない。
 正確に言うなら、あの迷いの結界は、
 こうなる者が踏みこまないための予防策だ。
 禊で俗界の気も払わずに、山の気に体を馴染ませずに入ってるんだ。
 手順をすっ飛ばしたぶんだけ、ちょっときつかろう。」
ヘクセはカイの額に手を当てた。
「普段気を練るときのように、丹田に意識を集中して深呼吸してみろ。
 頭の中で自分のイメージを描くんだ。」
カイは言われたとおりに深呼吸をしていた。やがて顔色も落ち着いてくる。
「自己をしっかり保てよ。さもなきゃ正気を失うぞ?」
ヘクセはカイにそう言うと、先頭を歩き出した。
「…これは…一体なんだ?」
カイはまだ息が荒い。
「この辺りは気が濃すぎるんだよ。
 結節というかね。自然の気脈の集まりやすい場所なんだな。
 龍脈といえばわかるかい?
 この手のことに耐性がないと、影響を受けてしまう。
 この辺りの山には物の怪の伝承も事欠かないだろう?
 この国の足元には龍脈が集中しているようでね。
 その中でも、この山が云わば胴体。一番龍脈が集中している。
 今でこそだいぶ流れが整えられているが、昔はもっと酷かったようだよ?
 それこそ大地を揺るがし、地形をも変えてしまうほどに。」
ヘクセは山の影響を受けてないのか、涼しい顔で歩いている。
「あの猿はなぜ平気で入れる?」
「山の気は山の者を拒絶しない。
 波長が似てるんだよ。
 魚が水の中で窒息しないのと同じ。
 ここでの奴は少々手ごわいぞ。
 …麓の結界が正しく機能してるなら、
 あれが入り込むこともなかったんだろうが…
 前回忍び込んだときも思ったんだけど、
 どうも時間が経ち過ぎて、麓の結界は脆くなってるね。」
ヘクセは世間話をするように言葉を続けた。
「伝承によると、昔は山の頂から火を噴いたり、
 赤き龍気が山を覆ったり、雷が天へと上ったり、
 そりゃあもう酷かったらしい。
 この辺りに龍の伝承が多いのも、このためだね。」
「…昔話はどうでもいい。
 何故、奴はアティアを連れ、山頂へ向かう?」
カイの問いに、ヘクセは眉をしかめた。
「…どこから話したものやら。
 多分に私の推測が混ざってるんだけどね。
 まぁ、その昔話がどうでも良くなかったりするんだ。
 建国の伝説は知っているね?
 後の祖霊神となる、異界の神ラスカフュールは
 山神の巫女をつとめる、後の聖皇母に恋をした。
 しかし、巫女は山神に一生を捧げる誓いを立てていたので、
 その想いには答えられない。
 そこでラスカフュールは山神に取引を持ちかけた。
 人の形を持たぬ山神に器となる身体を与えようとしたり、
 山神を土地の束縛から解放しようとしたり、
 でも、駄目だった。
 最後にラスカフュールは自らの持つ全ての魔力を与えると約束した。
 ラスカフュールは神の力を捨てると言ったわけだ。
 結果。山神は唸るような地響きで歓喜の返事をしてめでたしめでたし。
 で、この二人が結婚して出来た子供が、カフール国を建国した。
 これが建国の伝説なわけなのだけれど…。

 問題は、この山神の巫女なんだな。
 もっとも元の話に近いとされている『カフール書記』でも
 巫女は山神に嫁ぐと記してある。
 で、スーリン僧院に巫女の系譜があったよね?
 聖皇母より前の巫女は全て在位が25年なんだ。決められたようにね。
 さらに言うなら、その在位25年目の時に、
 聖皇母より前の巫女が欠かさず行ってきた儀式が『神婚の儀』なんだ。
 なぜ巫女が神様に嫁いだその年に、次の巫女が選ばれる?
 私にはこの答えは一つしか思い浮かばない。
 …生贄だ。
 おそらく巫女は自らの命を捧げることで、
 龍気を鎮め、この地を守ってたんだ。」
「………」
カイは青い顔をしながらも、黙って聞いている。
ヘクセは山頂へと歩を進めながら、言葉を続けた。
「アティアはたぶん山神の巫女なんだよ。
 それ以外にあの僧院にいられるわけがないんだ。
 ちなみに系譜によると山神の巫女は聖皇母以降、
 3代までは常に僧院に存在していた。
 それ以降は、異常気象や世情不安の折にのみ
 巫女は僧院に存在していたようだ。
 これも巫女が龍神を鎮める生贄と考えれば納得がいく。
 ラスカフュールが龍を鎮めたと言ったところで、
 人々はにわかには信じがたかったのだろう。
 それが聖皇母以降の3代の巫女の存在であり、
 凶兆時の巫女の存在に繋がった。

 あの猿がどこまで正確に把握しているかは知らんが、
 見るべきものが見れば、巫女の血に眠る龍気と
 山に満ちた龍気くらい結びつけよう。
 山神にもう一度生贄を捧げれば、ラスカフュールが眠らせた山神の力を
 自分のものに出来るとでも考えたんじゃないかな?」
ヘクセがそう言ったとき、不意に後ろから抱え上げられた。
振り向くと、カイが鋭い眼光で山頂を睨んでいた。
カイの呼吸はもはや通常のものとなっていた。
(…へぇ。)
ヘクセは内心感嘆した。
このような場所で自己を保つことは、慣れぬ者にとって困難を極める。
しかし、カイはそれをやってのけているのだ。
(たいした集中力とセルフコントロールだ。
 錬気術の下積みがあったとはいえ、なかなかできるものではない。)
カイはヘクセを抱えたまま、呟いた。
「あの猿はアティアを生贄にしようというんだな。」
カイはそれだけ言うと、山頂目指して一気に駆け上がった。 

   *   *   *

山頂にあるスーリン僧院の本殿は祖霊神の霊廟が祭られているだけの建物で、
居住するところではない。
スーリン僧院の他の建物とも全く別の建物であるかのように、
ただ山頂にぽつんと存在している。
(そもそも他の建物はクォンロン山の麓にしかない)
あるのは、霊廟と祖霊神が残したと言われている、丸い穴の開いた石碑<フー
>だけだ。
ここにいるのは、僧院の中でも選びぬかれた守護者が数名だけ。

しかし今、そこは歓迎されざる客人によって荒らされていた。

踏み込んだとたん立ち込める血の匂い。
四肢を引きちぎられ、物言わぬ骸と化した守護者達。
本殿の屋根や木の上で威嚇の唸り声をあげる猿の群れ。
…そしてアティアを抱えた魔猿。

「…カイ。あの魔猿は任せた。
 私は猿の群れを相手にしてよう。」
「猿の群れだって危険だ。」
「言い合う余裕はないと思うぞ。
 君がすべての相手をするのは不可能だし、
 私はあんな化け物とやりあいたくはない。」
ヘクセがそう呟くと同時に魔猿の咆哮が夜空に響いた。
「コロセ!!」
魔猿がそう言うと同時に猿達は一斉に襲い掛かった。
魔猿もアティアをその場に捨てると、カイに向かって跳躍した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/06/26 22:59 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 8/カイ(マリムラ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:カイ ヘクセ
NPC:アティア 魔猿
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 白い長めの体毛に覆われた巨体は、直立の姿勢でなくても軽くカイを見下ろす。他
の猿を煽るように吼え、カイを威圧するように体を震わせると、山なりに飛びかかっ
てきた。
 高い!
 カイはとっさに姿勢を低くして下を駆け抜け、振り向きざまに薙ぐ。しかし魔猿の
動きは速かった。着地から跳躍へのタイムラグがほとんどない。
 右。
 考える前に体が動く。カイが転がるようにして避けた跡には、魔猿の爪が突き刺
さっている。
 無理矢理爪を引き抜こうとする魔猿の脇を抉る刃は、もう片方の腕に阻まれる。

 なにをすればいい?大僧正にはない自分の特性とは何だ?

 正攻法で勝てる相手なら、大僧正が負けるはずはないのだ。カイは林へ駆け込みな
がら思案する。少し遅れて付いてきた魔猿は、目に見えて分かる速度でカイとの距離
を詰めてくる。

 大きく跳躍した魔猿は、一本の枝に取り付いた。踊るように次の枝へ渡ろうとす
る。

 刀身が斬り裂いたのは虚空。
 「気の風」と呼ばれる特殊な技で、離れた敵も斬ることが出来るのだが、今回の標
的は違った。跳び移ろうとした次の枝を切ったのだ。体重がかかると同時に落下する
魔猿。背中から落ち、体が痙攣する。カイは飛びかかって一刀両断にしようとした
が、逆に魔猿の腕に払いのけられ、木の幹まで吹き飛ばされる。

 声とは呼べない音とともに、肺の空気が押し出される。幸い骨折などはしていない
ようだが、即座に体勢を立て直すことは出来ない。緊張が走る。

 走ることはあまり得意ではないらしい。再び飛びかかってきた魔猿は、木の幹に押
しつけられたように動けないカイに鋭い爪を振り降ろした。辛うじて刀で受け流す
が、もう片方の振り降ろされる腕には対処できない。渾身の力を込めて腹に蹴りを入
れるも、よろけただけで致命傷にはほど遠いようだ。
 が、そこに一瞬の隙が出来た。腕がバランスを取ろうと左右に泳ぐ。カイは鞘から
小柄を取り出すと、全体重をかけて魔猿の懐に飛び込んだ。狙うは、目。

 耳を塞ぎたくなるような醜い声が響く。小柄は深々と魔猿の左目に突き刺さってい
る。
 無茶苦茶に振り払った魔猿の腕にカイは再び弾き飛ばされたが、今度は後ろに跳び
すさることが出来たため、先ほどのダメージは受けていない。

 しかしこのままで魔猿を倒すことは出来るのだろうか。こちらの方が疲弊してい
る。片目の傷など、相手には大したことはないかも知れない。さあ、ここでどうすれ
ば。

 手負いの魔猿は赤い血を滴らせながらカイに迫ってくる。カイはもう一度「気の
風」を試したが、魔猿の体毛を少し削いだだけで、気にする様子もなく近づいてく
る。

 カイは魔猿に背を向け、一本の木に向かって走り出した。なかば木の幹を駆け上が
るようにして大きく宙返りをする。初めて魔猿の背後を取った!

 即座に斜めに斬り上げる。

 ……はずだった。
 至近距離で背後から斬りつければ、いくら魔猿とはいえ大きな痛手になる。

 しかし魔猿の反応は速かった。耳をつんざくような奇声を上げながら大きく体を捻
る。
 長い手は振り向きざまに刀を跳ね飛ばし、カイの手の届かない木の幹に突き刺さ
る。武器を失ったカイに容赦なくもう一本の腕が振り降ろされる。
 カイは必死に背を逸らすも、魔猿の爪はカイの右の額に三本の朱を残した。血がじ
わりと染み出してきて、右の視界を奪う。

 舌打ちとともに砂を投げつけ、霊廟の方へと一旦引く。
 視界はお互い片方ずつ。相手の方が力も強く俊敏だ。しかも山の気を味方に付けて
いる。
 ……山の気?そういえば登ってくる際の息苦しさはもうない。自己鍛錬の成果だけ
でなく、山の気に馴染み始めているのではないか。

 そのとき、踵に硬い何かが触れた。見ると、すでに躯となった僧の長槍が転がって
いる。
 やけに鮮やかな朱色の柄が、カイに強く何かを主張する。

 待て。
 魔猿は薙ぎや払いへの対処は早いものの、突きには慣れていないのではないか。
 さっき唯一傷を負わせた小柄だって突きという直線的な攻撃だし、蹴りでもバラン
スを崩していた。
 攻撃手段が槍なら、もしくは。

 カイは長槍を手に取り、魔猿に向かって構えた。
 魔猿も砂の目くらまし効果が消えたのか、こちらへ動き出す。

 高く飛びかかってきた魔猿に鋭い突きを三度与える。
 しなやかに動く長槍をへし折ろうと魔猿は掴みかかろうとするが、不発に終わる。


 いける。
 致命傷にはまだ至っていないが、何とか戦える。

 カイは相手の視界の外に出るよう、円を描くように距離を詰める。
 魔猿の動きは今まで見た限り、非常に直線的だ。相手がきょろきょろしているうち
に、連続攻撃を与えておきたい。

 カイの専門は槍ではない。しかし、ここで学んだ武人として、一通りの武器を扱え
る。
 素直に師匠であった大僧正に感謝の念が浮かぶ。だからこそよけいに敵を討ちた
い。

 魔猿の脇に回ったところで、カイは連突を始めた。
 一撃一撃は重くないが、避けづらく対応が難しい。

 魔猿の足が止まったところで足払いをかける。
 連突の防御の為、腕に気を取られていた魔猿は不意を打たれた形となる。
 全体重をかけて止めを刺そうとしたそのとき、カイは鋭い痛みとともに視力を失っ
た。

 猿真似。
 それはさっきカイが使った砂による目くらましだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/10/04 23:02 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 9/ヘクセ(えんや)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:ヘクセ カイ
NPC:アティア 魔猿
場所:カフール国、クォンロン山頂、スーリン僧院本殿 祖霊廟前
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

咄嗟に体を引き、距離をとろうとするカイ。
しかし、その瞬間に腹部に烈しい衝撃を受け、カイは吹っ飛ばされた。
普段から内功を練りあげていなければ、それは致死の一撃だっただろう。
ぎりぎりのところで、カイの日々の鍛錬が命を救った。
だが今の衝撃で槍を落としてしまい、さらに体勢も崩してしまう。
もちろん魔猿は待たない。
カイの肩を掴み、振り回して地面に叩きつける。
通常なら身を竦ませ体を固める一瞬、カイは逆に全身の力を抜いた。
叩きつけられた瞬間、衝撃を全身に拡散させる。
衝撃に意識が一瞬飛びかけたが、大丈夫。
大僧正の教えのお陰で、これほどまでにされてもカイは重大なダメージを負ってはいなかった。

 『放鬆だよ。必要なのは力みじゃない。柔らかく、柔らかく』

カイの脳裏にかつての大僧正の声が響く。

カイの脱力を死んだと思って魔猿はカイから手を離した。
その隙を逃さず、カイは魔猿から距離をおいた。


   *   *   *


魔猿は再びカイに襲い掛かった。

脱力と内功。これまで培った技術と練り上げた肉体のお陰で致命傷は負ってはいない。
しかし人の限界を易々と超える魔猿の力と俊敏さに、ジリ貧ではあった。
何しろ魔猿の攻撃は避けられず、致命傷ではないとはいえ、
その圧倒的膂力は着実にカイの肉体にダメージを積み上げ、
カイの攻撃はかわされ、当たってもその分厚い筋肉に弾かれるのだ。

 …せめて、刀があれば…

カイは戦闘時特有の無表情になりながら、内心歯噛みしていた。

 …大僧正が敵わなかった相手だ。自分がどうこうできるわけがなかった。

絶望が湧きあがってくる。
折れそうな心を封じ込め、魔猿を睨みつける。

 こいつは大僧正の仇だ。

それは父とも仰いだ人を奪われたことによる怒り。

 自分が倒れたら、アティアやヘクセはどうなる?

それは自らに課せられた責任。
無茶でも、自分が傷ついても、彼女達は守らねば。 

その一方、何かが違うと感じていた。
技を使う時の違和感。
何かに縛り付けられたような窮屈感。

体を緩め、腰下からの力を汲み上げ、拳を撃ち放つ。

手順は正しいはずなのに、何かが根本的に違う。
魔猿の拳がカイを捉え、空高く弾き飛ばされる。
カイは大地を転がった。

 『カフール錬気術は心技体がそろってはじめて意味を成す』

あれは大僧正の言葉だったか。

 『心は未だ私も悟りきれてはおらぬがね。人生是修行か。』
 
あの時、大僧正はそう言って笑っていた。

 心?命のやり取りをしてるのに?

「そう。心。それが重要なのだよ。
 心を凝り(こごり)にしてては、だめなのだよ。」

心の中の声に返事するあまりに緊張感のない言葉に、カイは思わず顔を上げる。
そこにいたのはヘクセだった。

「バカ。危ないから下がってろ!」
「どこに?」

気付けば魔猿はいなかった。
それどころか死体も本殿の庭すらない。
ヘクセとカイしか存在しなかった。

「…どういうことだ?」
「ここは君の意識の中。
 実際に喋ると時間の制約があるからさ。
 頭の中なら数時間も一瞬のこと。
 こんなこともあるかと思って、私の思いの一部を
 君の中に忍ばせといたんだ♪」

カイの呆然とした顔を面白そうに眺めながらヘクセは言った。

「それより、ずいぶんと苦戦してるじゃぁないか。」
「…奴は強い。膂力も俊敏さも人の枠を越えている。」
「そのとおりだね。
 いいよー。相手を認め、自身が何が足りて何が足りないか見極める。
 扉を開くための一歩としては間違ってない。
 では次の段階だ。
 恨みや責任感を忘れろとは言わないけど、脇においておけ。」

ヘクセの言葉にカイは眉をひそめた。

「…何を言っている?」
「それらの感情は、視野を狭め、迷いを生む。心が囚われるからだ。
 囚われるから目の前しか見えなくなり、身体も強張り、
 ともすれば自分すら見失いかねない。
 …というかね、カフールの武術哲学はそうではないだろう?
 君のその責任感や義の厚さは素晴らしいとは思うがね。
 それに囚われていては開眼には程遠いぞ。
 そんなことより、今この瞬間に集中したまえ。

 正しい哲学を持ち、技の真の意味を悟らねば、
 君の武技は、単に身体運用が上手いだけの只の喧嘩だ。」

ヘクセはカイを見て微笑んだ。

「"凝り"であるところの、憎悪、憤怒、責務、勝欲、闘争心…。
 それはカフールの武術哲学とは相容れぬだろう。
 君は根本的な立ち位置が違うから
 "カフール錬気術"の本来の力を使えていないのだよ。
 カフールの御技は戦うことに非ず。
 自他合一だよ。 

 だから、先ずはあの猿を愛し敬いなさい。」

「愛するだと…?倒すべき相手をか?」

カイは腑に落ちないといった表情でヘクセを見た。

「倒す倒されるはただの未来の結果の一つだ。
 そんなことは気にかけるべきところではない。
 問題は正しく相手や世界と向き合えているかということだ。
 君はすでに言語を学んでいるはずだよ。
 ならば正しく相手の言葉に耳を傾け、
 正しく自分の言葉を用い世界に語りかけたまえ。」
「…言葉だと?」
「カフール錬気術は"気"という"言葉"を用いて、自らの肉体と魂、
 ひいては自らの立つ天地と意志を交わす技術だ。
 戦いとは、つたない"言葉"で罵りあうのと同じかも知れない。
 だが"武"とは、"カフール錬気術"とはそうではないだろ? 
 "言葉"で罵り合うだけでは、声の大きいほうが勝つだろうさ。
 猿は"言葉"を知らぬから、つたない"言葉"で咆えるしかない。
 だが君は違うだろう?
 これまでずっと日々の研鑽の中で
 自己の肉体と、魂と、剣と、天地と会話してきたはずだ。
 君の気脈も意念も長い修行の中で
 そのように練り上げられてきたのだろう?
 立ち姿はあれほど見事に正中線が天地を貫いていたじゃないか。
 呼吸の間に隙がないじゃないか。
 答えは君の目の前にあるんだよ。後は君が気付くだけでいい。
 そろそろ開眼して次の位階に踏み出したまえ。」
「………」

カイの中から、徐々に戸惑いが消えようとしていた。
変わりに何かに気付きかけて気付けないもどかしさ、もやもやが湧き上がる。

「カフール錬気術はただ戦う術だけなどではないし、
 まして気の刃を飛ばす程度の小手先の技でもない。
 
 …山界の気はそう容易く馴染まんよ。
 だが君は、今や苦しくはないだろう?
 それは君自身が山界の気に同調したのだよ。
 呼気により世界を取り入れ、受け入れたんだ。
 錬気術の下積みが、世界と折り合う術を君に与えた。
 ほら、もっと世界に耳を澄ませてみたまえ。
 今の君なら感じ取れるはずだ。
 山の気、大地の気、風の気、そして自身の気。
 あの猿の気すらね。
 それら全てを受け入れ、自身を水と成せ。
 自己を手放すのでもなく、自己に囚われるのでもなく、
 自己のありようを広げるんだ。
 後は自ずと振舞えるはずだ。

 考えるんじゃない。感じるのだよ。心を解き放て。」


   *   *   *


魔猿は戸惑っていた。
それもそうだろう。
小うるさい剣士を吹き飛ばしたものの、その間に割り込むように少女が入り込んできたのだから。
しかも、少女を襲うように命じた手下の猿たちは、少女を眺めるだけなのだし。

「オ前ラ!
 ナニヲシテイル!」
「コイツ山神サマ!」

猿たちが騒ぐ。
猿の化け物は、改めてヘクセを見た。
山の気が色濃く纏わりついている。

「…ナゼ、オ前ガ山神ノ力(ちから)ヲ手ニシテル!?」
「…聞いたよ。
 人に家族を奪われたんだってね。
 人に木々を切り開かれ、山を奪われたんだってね。
 山神を訪ね、大僧正を襲い、
 付き人から巫女のことを聞いたんだってね。
 山神の力を手にして、何がしたいんだい?」

ヘクセはそう言いながら、右腕の包帯を解いていく。
右腕があらわになる。
そこには不可思議な紋様か彫りこまれていた。
そしてそれと同時に、周囲の気が色濃くなる。

「何ガシタイ、ダト!?
 決マッテルダロウ!
 人ハ我ガ物顔デ山ヲ荒ラス!
 耐エルノハ、モウタクサンダ!
 山神ノ力(ちから)ヲ得テ、人ニ復讐ヲ成ス!!
 オ前ガ山神ダト言ウノナラ、我ラニ力(ちから)ヲ与エヨ!!」
「成る程。復讐をしたいわけか。
 だから一族こぞって、この山にやってきたと。
 山界の霊力を求め、山神の力を欲して。」
「ソウダ!!山神ハ我々ニ力(ちから)ヲ貸スベキダ!
 我々ハ人カラ山ヲ守ル為ニ戦ウノダカラ!」

ヘクセは可笑しそうに、のどの奥で笑った。

「違うだろう?山を守る為に戦うんじゃないだろう?
 今言ったじゃないか、復讐を成すってさ。
 現に聞いてごらん?君たちが一気に押し寄せたおかげで、
 実は全て毟られ、木の皮すら剥がされ、
 木々や飢えた動物達の悲鳴が聞こえる。」
「…」
「それじゃあ、山神は力を貸せないなぁ。」
「キサマ!!ヤハリ山神ヲ誑カシタ人間カ!!」

ヘクセは魔猿を見て微笑んだ。

「そういうお前こそ、自分は山神に相応しいとでも?
 山の掟に背き、猿の本分を捨てて?

 お前はね、山神になりたいんじゃない。
 ほんとうは人になりたいのだよ。
 だって、復讐のために命を奪うなんて、
 ずいぶんと人間くさいじゃないか。
 …いいよ。その願いを叶えてやろう。」

その言葉を聞いた瞬間、魔猿は自分の身体に違和感を感じた。
頬をなでるとずるりとした感触があった。
手をみると頬にあった毛がごっそりと抜けていた。
猿たちがしきりに騒いでいる。
魔猿は近くの池に駆け寄っていた。
おそるおそる水面を覗く。
そこには体毛が抜け落ちた、人とも猿ともつかぬ異形の化け物がいた。

「ガアアアァァァァッッ!!
 …キサマ、俺ニ、何ヲシタ!?」
「願いを叶えただけだよ。人になりたかったのだろう?
 ささやかな親切心だ。礼は…そうだなぁ、ちょこっとでいいよ。」
「キサマ!殺ス!」
「いいよぉ、実に人間くさい台詞だ。その調子その調子♪
 あっでもまだ私、死にたくないなぁ。
 それに他人の求道の機会を奪うほど野暮じゃないし。
 もう少し彼に付き合ってくれないかな?
 彼はまさに今、無門の関の前に立っているんだ。」

ヘクセはそう微笑むと脇に一歩ずれた。
その後ろには、カイが立ち上がっていた。
もはや立つことがやっとなのか、
その立ち姿は、力が感じられず、肩も落とし、
とらえどころがなく不安定さすら感じさせたが、

魔猿は何故か厭な空気を感じ取った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/10/29 20:23 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 10/ヘクセ(えんや)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:カイ ヘクセ
NPC:アティア 魔猿
場所:カフール国、クォンロン山頂、スーリン僧院本殿 祖霊廟前
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

立ち上がったものの、カイの身体に積み重なったダメージは大きかった。
身体は鉛のように重く、目は霞み、左腕も上がらない。
さらに勝算と呼べるものすら、一つとして見出せていなかった。

だが、先ほど垣間見た幻が、不思議とカイの気持ちを落ち着けていた。

 ――勝算?俺は勝とうとしていたのか?
 ――力でも速さでも勝てぬ相手に?

カイは先ほどまで自分が抱えていた奢りに可笑しくなった。

 ――いや、勝たねばならぬと思い込んでいたのだな。

カイは相手を見やった。意識を失う前と異なり、白い毛があちこち抜け、斑になった異形の化け物。
しかし、それ以上に、先ほどまでの威圧感を感じとれなかった。

 ――小さくなった?いや、そう感じるのか…。
 ――それほどに、俺は恐れ、不安だったのだな。

カイは苦笑した。
風が頬を撫で、目の端に映る木々の枝が風に揺れる。
数百年の寿命を持つこれら木々にしてみれば、魔猿もカイも刹那の間現れる小さな存在に過ぎない。
カイはそんなことを漠然と思った。

魔猿が雄たけびを上げる。
大気を震わす咆哮をカイは静かに聞いていた。

 『猿は"言葉"を知らぬから、つたない"言葉"で咆えるしかない。』

幻の中で聞いた、ヘクセの言葉を思い出す。

「…なるほど。咆えるだけ…か。」

魔猿がそのまま身体を折り、力を溜め、弾かれるように一直線に跳躍する様を、カイは静かに見ていた。

 ――激情は筋肉を強張らせ、想いとは裏腹に動きを阻害し"速さ"を奪う。
 ――それ以上に、視野を狭め、"疾さ"を奪う。

カイはただ、大地の力に身を任せた。
カイは水平に"落下"し、魔猿の爪はカイの衣服のみを掠めた。

"井桁崩し"。自らにかかる沈下力を用い、水平方向に"落下"する技法。
カイは以前から修得していた。
ただ、本来の意味を悟ったのは、この瞬間だった。
自らの力のみに依らず、大地の力を聴き取る。
"大地に立つ"という意味。
自らの力のみで戦っていた頃には、決して心で理解し得なかった概念。

魔猿が意外そうな表情でカイを凝視する。
魔猿にしてみれば、カイが瞬間移動したように見えたのだろう。
魔猿は再び唸ると両腕を無茶苦茶に振り回しカイに襲い掛かる。
しかし、そのすべてがカイを捉えることはできなかった。

 ――先ほどの俺もそうだった。
 ――怒り。焦り。恐怖。責務。それらで、周りを見渡す余裕もなくしていた。
 ――結局は、これまで培ったことしか出来ぬのに。
 ――その時その時やるべきことをやる。必要だったのはその覚悟。

カイの中に、まだ怒りはあった。
恐怖が消えたわけでもなかった。
二人を守らなければならないという責務も抱いている。

しかし、カイはそれらに囚われてはいなかった。
それらは心の水面にうつる波紋のように、
ただ自己を、深く深く水の底へと沈めていった。

深く深く。

波の影響を受けぬ水底へと。

 ――なぜ、こいつはこれほどまでに怒ってる?

魔猿の猛攻にある、魔猿の怒りをカイはただ感じ取っていた。

 ――俺と同じなのか?俺を怖れて、そして憎んでいる。

自身に深く潜れば潜るほど、魔猿の怒りの陰に潜む憎しみ、焦り、怖れまで、カイには見えるようになってきた。

 ――いや、憎んでいるのは俺じゃない。人か…。

カイは魔猿の目が自分ではなく、"人間"に向かっていることすら悟った。

この怒りは愛するものを奪われたものの怒り。自らの拠るべきところを奪われたものの怨嗟。
魔猿が人に何をなされたのか、詳しくはわからない。
だが、それが魔猿にどれほど深い傷を与えたのかは、理解できた。

父とも言える大僧正を殺したことは許せない。

しかし、それとは別に、カイは魔猿が憎むべき魔物ではなく、同じ悲しみを抱いた存在になっていた。


 ――『明鏡止水』

あれは何時の事だったか。
大僧正がまだ武術指南役の一人に過ぎなかった頃、カイに語ったことがある。

「明鏡止水とは?」
「うむ。我を捨て、心を鎮め、天地と一体になったとき、
 初めて真に相手の姿を映すことが出来る。
 それが成し得れば、相手の成すことを全て読むことができるだろう。」
「…全て読む。…そんなことが可能なのでしょうか?」
「私にもまだ至らぬ境地さ。
 己を捨て、勝負の理を脱し、相手の心と一体になる。
 だがなぁ。我を捨てるのいうのは存外困難でなぁ。」

若き日の大僧正はかかかと笑った。

「『明鏡止水』などまだ分かりやすいほうだ。
 『色即是空』など、解することもかなわぬわ。」
「『色即是空』?」
「『この世の全ては無』だとかいうことらしい。
 『明鏡止水』も『色即是空』も私が見た『アカーシャの書』の写本の一節だ。」
「なんですか、それは?」
「カフールの御業の全てが記された書物らしいがな、真偽は知らぬ。
 不完全な写本しか世には出ておらぬし、それすら目にするだけでも幸運というものだ。
 果たして原本があるのかすら怪しい。
 私は、過去の偉人達の言葉をその都度書き加えたものではないかと思っているがな。」
「また、そのような怪しげな事を。」

遠い日に交わした何気ない言葉。
カイはそんな言葉など、大僧正の世迷い言だと思っていた。

しかし今ならわかる。

これが、"明鏡止水"だ。
いや、明鏡止水へと至る道の一歩だと。

そして、さらに遙か遠くまで、その道が延びていることも。

大僧正が最後まで至る事の出来なかった境地。カイはそこに足を踏み入れようとしていた。


   *   *   *


ヘクセは、地べたに腰を下ろし、両者の戦いを見守っていた。

「どのような生物・魔物でも、認識し、判断し、行動するまでに僅かな時差が生じる。
 反応するだけでも、一流の戦士で0.2秒。通常で0.35秒。
 これに判断が加われば、選択肢が多くなればなるほど0.2~0.6秒。
 合計0.5秒から1秒近くの時間差。
 
 一流の拳闘士の拳速がおよそ40km/h。2mの間合いを通過するのに0.166秒。
 仮に音速の拳とて340m/s。2mを0.006秒。
 両者の差は0.2秒もない。
 生体的な速度差など、実のところ大して違いはないのさ。
 戦闘における"疾さ"とは、つまるところ予見だ。
 相手がどう動くか相手の筋肉、目その他の予備動作から見極め、先に動き出す。

 その点、カフールの武技は実に合理的だ。

 相手の行動を読み、自らの行動の気配は見せず、その時間差を自らのモノにする。
 
 あの猿がどう動くか決めた瞬間には、カイはそれを読み動き出す。
 猿にしてみれば、カイが実際に動いた後にしか認識できないのだから、当るわけもない。
 後出しジャンケンもいいところだ。

 それにしても、相手の行動を読み、即応するためとはいえ、
 それを実現するために"闘争心"を否定し、
 "捨己従人"、"自他合一"という"許容"の概念を持ち出し、
 自己の精神、観念すら作り変えるとは、
 …まったく、恐れ入るよ。」

ヘクセがくくくと笑ってるその前で、カイは魔猿の攻撃を避け続けた。
興奮する魔猿には視野が狭くなるから、余計相手の動きが見えなくなる。
カイには、逆に魔猿の動きが全て読めた。
だからこそ、魔猿がどう攻撃するか決めた瞬間には、カイはそれを認識していた。
そして動作の起こりを見せぬよう、無駄な筋肉を使わず、重力に従い重心を移し身体を流す。

 ――あぁ、そうだ。"武"とは弱者が生き延びるための理だった。

カイは、相手や周囲、なにより自身の弱さを受け入れることで、初めて自らが培った技術の真の意味を悟った。

 ――ならば。

カイは魔猿の腕の下を潜りぬけ、魔猿の死角となる脇に立った。
魔猿はすぐに飛びのき、身体をカイのほうに向け、腕を振り下ろす。

 ――やはり、そうだ。

カイは確信した。
相手の動きが読めるのであれば、導くことも容易い。

カイは魔猿の懐に踏み込む。魔猿が腕を振り下ろす。その腕を潜り魔猿の側面に。
魔猿はあわてて振り向き、腕でカイを振り払おうとする。その腕がカイを捉えたと思った瞬間、
カイは自ら跳び、魔猿の手首に腕を絡め、振り切ったその瞬間に、伸びきった肘に剄を叩き込んだ。
魔猿は自らの振るった腕の勢いのまま、肘をありえない方向に曲げられる。
そしてカイは魔猿の背後に降り立っていた。
魔猿が次の行動に移る前に、カイは掌で水面を叩くように剄を打ち込む。

浸透剄

あらゆる防護を通過し、内部に衝撃を伝える技。

魔猿は身体を大きくのけぞらせ、虚空を見上げ、身体を数回震わせた後、崩れるように地面に倒れ伏せた。


   *   *   *


カイは魔猿を見下ろした。
まだかすかに息はある。

「殺さないのかい?」

後ろからヘクセが声をかける。

「………」

あらためて魔猿を見下ろす。
今なら容易にとどめを刺すことが出来る。だが…。

「大僧正の仇だろう?」
「………」

カイは動かない。
へクセはさらに尋ねた。

「許すのかい?」
「…許せない。だが…」
「だが?」
「…こいつもまた、人を仇と思い、それ故に今回のことを行ったのだとしたら、
 こいつらは俺達となにが変わるのだろう?」
「さてねぇ?その答えは君の中にあるのだろう?」
「………」

その時、魔猿が大きく身じろいだ。意識を取り戻したのだ。
カイは魔猿の顔を見下ろすと、一言だけ告げた。

「次はない。
 判ったら、去れ。」

カイはそう言うと、魔猿に背を向けアティアの元へと歩もうとした。
魔猿は仲間を仰ぎ見、自身の斑になった腕を見つめ、
それから唸り声と共に、カイに向かって飛び掛ると、その腕をカイに向かって振り下ろした。

カイははたして、魔猿の行動に意表を突かれながらもなお、武人の常として残心を解いてはいなかった。
いや、カイの至った境地が、魔猿が飛び掛るであろうということを、意識の裏で悟らせていた。
したがって、そこからのカイの動きは武人の本能に実に忠実であった。

歩み去る気配を見せながら、うらはらに斜め後ろに水平移動し、魔猿の懐に入り込み、攻撃を避けると同時に重心を崩す。
そして手刀の小指側の側面に、"気"を集中させ、薄く鋭い刃となす。
それを、大きく振りかぶりでもなく、力を込めるでもなく、ただ自らの勢いのまま突っ込む魔猿の首筋に、側面からそっと添わせた。
突っ込む勢いが大きければ大きいほど、横側からの僅かな力に、大きく方向を逸らされる。
ましてやそれが鋭利な刃物であれば、掠めただけで魔猿の命を奪うのには十分であろう。

カイはそれを分かっていた。

だからそうした。


刹那の交差。

自らの勢いに大きく吹き飛ばされた魔猿は、大地を転がりカイと立ち位置を入れ替えた。
ゆっくりと立ち上がり、カイにむかって振り向いた魔猿は、次の瞬間、首筋から盛大に血を噴き出した。
なにか吼えようとするも、気管すら裂かれ空気の抜ける音しかしない。

魔猿はどうっと倒れ、そして二度と起き上がらなくなった。


カイは何も言わなかった。


「不意を打たれたから、手加減ができなかったかい?」

ヘクセが声をかける。

「…いや。」
「殺す意思があったかい?」
「……あぁ」
「…憎さが勝ったかい?」
「……いや。…おそらく」
「…ただ、その結果があったかい?」

ヘクセの質問は詰問ではなく、本当にただ聞いているように思えた。
だからこそカイはヘクセの言葉に素直に耳を傾けられた。
そしてヘクセの最後の言葉が一番カイの中にしっくりきた。
怒りも憎しみも同情も許しも、全てを内包して、
ただこの刹那、起こった事象に対し素直に反応したらそうなった。それだけだった。

「…彼はきっと、
 異形と化した自分は群れに戻っても前と同じようには生きられないだろう、
 どうせならおまえさんに楽にしてもらいたい、
 そう思ったのかもしれないね」
「…そうだな。」

カイの中にも、魔猿の最後の咆哮の中の、哀しみと救い縋る声は届いていた。
それが最後の自身の行動に影響を与えたのかは、自身にも判然としないけれども、
不思議と、自身の行動に後悔も疑心も抱くことはなかった。

頬を撫でる風に、カイは秋の匂いを感じた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2010/01/29 20:59 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]