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2024/05/17 04:26 |
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 5/ヘクセ(えんや)
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PC:ヘクセ カイ
NPC:アティア
場所:カフール国、スーリン僧院
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中天に月が浮かんでいた。
あと2日もすれば満月だろうか。
ヘクセは月を見上げながら思索にふけっていた。

「そんな顔もするんだな。」

不意に背後から声をかけられた。
振り向くとカイが立っていた。
「何か変な顔をしてたかい?」
にへらと笑ってみせる。
カイは隣に腰を下ろした。
「切なそうな顔をしていた。」
「そりゃ、私だって切なそうな顔の一つや二つ持ってるさ。
 女の子なんだぞ。」
「お前はいつも楽しそうにしてたから、
 悩みなど持ってないと思ってたよ。」
カイは本気っぽかった。
「人間だもの。悩みもするし、苦しみもするさ。」
ヘクセはそのまま仰向けに転がった。
そして月に向かって手を伸ばす。
「…私は月の光に誘われる羽虫だ。
 届かぬと知ってても、そこに向かって飛ばずにはいられない。」
ヘクセはふふっと笑った。
「月の光の下はよくないな。
 思わず素直になる。」
「…お前がそれほど求めるものってなんだ?」
カイが尋ねてきた。
会話の機微を楽しまないなんて、つまらない男だ。
「それはカイがここにいる理由と引き換えの約束だよ?」
ヘクセは意地悪く切り返した。
「こんな月の下で探り合いは風情がないと思わない?
 それよりも、もっとおしゃべりをしよう。
 …カイ、私が羽虫なら、君はさしずめ蟻といったところか。
 それも巣穴への道を失った蟻だね。
 …帰り道は見つかりそうかい?」
カイは息を呑んでヘクセを見た。
「カイって嘘のつけないタイプでしょ?
 目の奥に、寂しさと迷いが見えるよ。
 …寂しいなら寂しいと伝えればよかったのだよ。
 幼馴染君にさ。
 そうすれば、次に進めただろうに。
 大方、物分かりいいフリして、送り出しちゃったんだろう?
 バッカだねー。
 なんでカフールの人ってそうなのかね?
 禁欲的というか、弱音を吐きたがらないっていうか。
 人生ハレもあればケもあるって。
 その両方とも素直に受け入れて、
 ハレの時には心からはじけて、
 ケの時にはいっぱい泣いて…
 そうやって生きれば楽しいのに…」
「…言ったところで、彼女を困らせるだけだ。
 彼女とて十分に悩んで出した答えだろうし、
 私に何が言える?」
「それがやせ我慢っていうの。
 あげく、ここでうじうじしてたってしょうがないじゃん。
 それともここで修行を積んで鉄の意志を身につければ、
 そんな人の弱さを捨てられるとでも?」
ヘクセは唇を尖らせてダメ出ししたが、ふっと表情を緩めた。
「しょうがないなぁ。
 カイ君のために、その幼馴染君の代わりをしてあげよう。
 さぁ、私をその幼馴染君だと思って、
 あの日言えなかった言葉を言いたまえ。」
カイはヘクセをまじまじと見て、言った。
「無理。」
「なんで!」
「お前とフィーとじゃ、全然違う。」
カイはそう言ってから、吹き出した。
ひとしきり笑ってから、ヘクセの頭をぽんぽんと叩いた。
「気持だけ受け取っておくよ。
 ありがとう。」
ヘクセは不満げに唇を尖らせたが、カイの笑い顔を見て頬を緩めた。
「ま、いっか。
 時に迷うのも人生だ。
 一ついいことを教えてあげよう。
 人は幸せになるために生きてるのだよ。
 そりゃ、置かれた環境は選べないけど、
 どんな状況でだって、どう反応することを選ぶかは自身なのだしね。」
カイは月を見上げ黙り込んだ。
ヘクセも月を見上げた。
言葉は交わさなかったが、不思議と分かり合えた気がした。

   *   *   *
 
「昔々、グーティエという偉い僧正がここにいたんだよ。
 この人、誰が何を問うても、ただ指を1本立てるだけなんだ。
 彼には若い侍者が仕えていたんだけどね。
 ある時訪問者が、『あなたの師匠はどんな教えを説かれますか』
 って聞いたんだ。
 侍者は何も言わず指を1本立てた。
 これを聞いたグーティエは、刃で侍者の指をちょん切っちゃった。
 侍者が泣きながら走り去ろうとした時、グーティエは彼を呼んだ。
 彼が頭をめぐらすと、グーティエは指を1本立てた。
 そして侍者は忽然として悟った。

 …『一指の悟り』か。
 この話はカフール哲学の特徴を示す有名な話だねー。
 カフール哲学は『不律文字』。
 ありていに言うなら『言葉には出来ない』だ。
 自らがその境地に達する他無い。
 だからこそ、カフール哲学のことを『道』と呼ぶんだし、
 修行のことを『求道』と呼ぶわけだね。
 『道』とは魂を練磨し、領悟の頂きへと至る手段だ。
 武術、気孔術、仙術、針術、漢方…カフール特有の技術の真髄でね、
 これによってカフールの武人達や仙人たちは人を超えた業を使える。
 でもね、実のところ、そんな業は求道の過程で得る副産物なんだ。
 『道』とは、自然の周期と調和して動くことにより
 人体の最大潜在力を引き出すための生き方なんだね。
 わかる?」
「うん、グーティエって人が指をちょん切っちゃう人ってことはわかった。」
アティアは力強く頷いた。
「珍しく、おとなしく本を読んでやってると思ったら何の話をしてるんだ?
 子供には難しすぎるだろ?」
脇で見ていたカイが思わず突っ込みを入れる。
「ごめんごめんw
 ついつい夢中になっちゃって。
 ちなみにこのグーティエさんの姓がゲンマって言って、
 『指きりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーます』
 って歌の元になったんだよ♪」
「ホント!?」
「ううん、嘘w」
目を輝かせて乗り出すアティアに、ヘクセはにこやかに告げた。
奇妙な沈黙があたりを支配する。
「ヘクセのうそつきー!
 はりせんぼん飲ませてやるー!」
「きゃーっ!
 やめて助けてー!」
本を放り出し取っ組み合いを始める二人。
カイは溜息をついて、本を拾い集めた。

その部屋の横をばたばたと僧達が走っていく。
「何か騒がしいね。
 何があったんだろう?」
「確認しよう。」
カイは襖を開き部屋を出ると、近くの僧に声をかけた。
「何かありましたか。」
「ええ、今、大僧正がお戻りになられたのですが、
 お怪我をなされて…。
 お付きの者達はいなくなったと…。
 どうやら帰路にて、何者かの襲撃を受けたようで…」
カイはその言葉を聞いた瞬間駆け出した。
後ろをヘクセがついて来る。

二人が駆けつけたときには、大僧正は多くの僧に囲まれ
正殿へと運び込まれるところだった。

「大僧正!」
カイが声をかけるが、大僧正はちらりと見ただけで、苦痛のうめきを上げ顔を
伏せた。
そのまま慌しく寝室へと運ばれていく。
ヘクセはその様子を黙って見ていた。


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2007/06/21 02:30 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~

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