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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
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この日サキは珍しく遅い出勤だった。
家に帰るぐらいなら史料室で本に埋もれて寝ていたいぐらいなので、いつも
朝一番で出廷しては夜ぎりぎりまで部屋に篭っているものなのだが、その日は
たまたま朝から警備隊に不審者と思われて尋問されたせいでこんな時間になっ
てしまったのだ。
「まったく、カラスカラスって。」
いつもどおりに日が昇るとともにねぐらを抜け出し、市もたたない裏通りを
中途半端な早朝にフラフラ歩いていたところ、駆け回っていた警邏の騎士団に
捕まってしまったのだ。
サキは知らなかったのだが、前の晩はデュラン邸で騒動があり、夜から走り
回っていた騎士や神官たちが捜査の範囲を広げたところに通りかかってしまっ
たのだ。
さらに運の悪いことに、俗世のことに興味の薄いサキはカラスの騒ぎにほと
んど無関心だったために、最初の尋問で話がかみ合わず、その様子がとぼけて
いると勘違いされて、余計に怪しまれてしまったのだ。
「怪盗だかなんだか知らないけど、僕が関係あるわけ無いじゃないか。」
客観的に見てサキは十分不審者であったが、そういうことには本人はきづか
ないもの。
スラムのチンピラだった昔はいざ知らず、これでも宮廷づとめの史料課室長
なのに……と、これもまた珍しく愚痴をこぼしながら、安息の地史料課のドア
ノブに手をかけた。
いつものようにドアを開けると同時に、邪魔な荷物を放り出そうと一歩中に
踏み込んだ瞬間、サキは突然手を引かれてそのまま部屋に引きずり込まれる。
「?!」
扉が閉まり、薄暗い部屋の中で何者かが口をふさぎ、最初にとられた手を後
ろ手に固められて動きを封じられたサキは、どうすることもできないまま混乱
のさなかにいた。
そもそも史料課は有益な情報の宝庫とはいえ、このイスカーナでは武を尊ぶ
国柄もあって、重要とは思われていない。
だからここをまかされたといっても、厄介ごとを押し付けられたようなもの
なので、かわいそうとは言われても、羨まれることすらないのだった。
(なに?なに?なにがおきてるの?!)
襲撃を受ける理由がまったくわからないサキはにも、この相手がかなりの腕
を持っていることはわかった。
腕を引くと同時にそのまま口をふさぐのと動きを封じるにいたる流れが恐ろ
しく手際よくよどみが無い。
混乱が恐怖に変わろうかというその瞬間……
「あ~ちがうちがう。……てか、それマジで怖いから……。」
……うす闇の中、別の方向から緊張感の無いききなれたこえがした。
それは、サキが友人と呼べる数少ない貴重な人間、クレイの声だった。
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「……カイだ。」
サキを開放したカイはまったく動じた様子も見せずに、簡潔に名のった。
「……えーと? クレイさん?」
名のったまま沈黙するカイに困惑した視線を送りながら、向かいに立つクレ
イに疑念の声を上げる。
「あー、今の相棒だから心配するな。」
いいながら首で奥を指し、二人をうながす。
前に来たときよりもさらに高くなった本の山を適当な高さに整えて居場所を
作り、おもいおもいの腰を下ろしたところでクレイはサキにいきさつをはなし
た。
もちろんサキが裏切らないことを知ってるからこそだが、カイも何も言わず
にクレイに任せていた。
「……クレイさん、てっきり大公さま相手にゆすりでもするのかと思ってた
ら、意表をつきますね。」
「おいおい、どういう風に俺を見てんだよ!」
冗談を言い合いながらもおたがいことの大きさは理解していた。
「ロイヤーですか……うーん……えーと。」
しばらく考えるように額にてをあててうなっていたサキは、クレイとカイが
見守る中、たちあがるとふらふらと入り口に近い山の中にわけ入っていく。
「たしかここらが………………あっ、これだこれ。」
いったいどういう技術がなされているのか、山を崩さずに引っこ抜くように
取り出したのは、かなりの量の書類を束ねたファイルだった。
それを手に戻ってきたサキは再び腰を落ち着けると、どこかのページを探し
てファイルをめくりだした。
「……! これ! ここ!」
サキがさしだしたページには細かい字でなにかの記録らしきものが暦ととも
に書き連ねられているものだった。
「これは?」
「ああ、貴族たちの身辺調査書ですよ。」
「お、おい、そんなもんがなんでここに?」
「え、これですか? 資料ですよ。こういうが歴史になるんですよ。」
「おまえ、けっこうやばいものあつかってるんだなぁ。」
「あはははは、違いますよ。こういうものがあまり重要視されてないんです
よ。実際クレイさんたち以外にはロイヤーの事情なんてどうでもいいことです
からね。まあ、一応他の国を見習ってこの手の情報管理をしてはいるんです
が、活用する人がいないんでここまでながれてきてたまってるんですよ。」
なんでもないことのように言うサキをえもいわれぬ顔で見るクレイ。
曲がりなりにも貴族に連なるものとして笑い飛ばしていいものなのかどう
か。
そんなクレイの横から書類をのぞき見ていたカイがおもむろに手を伸ばし、
有る一転を指で指し示した。
「ん? こいつは……。」
そこには三年前の日付でこうしるされていた。
【長男死亡に伴い直系断絶】
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