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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
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「はん! わしに話すようなことは何もありゃせんよ。」
そういってとぼけるデュランを囲むようにして、安全な場所として宵闇男爵ことカシューが一行を連れて行ったのは、かつて初代カラスとしてカシューが利用していたアジトの一つだった。
「ふむ。 ここなら襲撃の心配はなさそうだな。」
地理を確認したカイが納得したようにいったのに対し、カラスことウルザは呆れた様子でカシューをみた。
「たしかに、こんなところに潜んでるってのは盲点だし、ばれててもここで戦うことは無いでしょうけどね。」
カシューのことを知らない他のメンバーと違い、正体を知るウルザは、この場所に気づいたときはほんとに驚かされたのだ。
「そうね、まさか王太子府のすぐ隣だなんてね。」
クレアの言うとおり、カシューのアジトは王宮から少し離れたところにある王太子府のまさに隣の建物だった。
「もともと兵舎の一つなんだが、建てられただけで王子様方はこんなところで政務にいそしむなんてことはまずないんで払い下げられたというが……。」
クレイはウルザとはまた違った理由で呆れる。
ジト目で男爵を見た後、嘆かわしげに頭を振る。
「いくらなんでも、こんなのが手に入れられるなんて……、いくら王子が来ないつったって、派閥の貴族は代わりに仕事にくるんだし、身元確認ぐらい……。」
「おいおい、買うときはそれなりにてをうったんだぜ。」
心外そうにいう黒ずくめの男にクレイはおろか、この場にいる全員が心の中で思った。
すなわち―――
(いや、今その格好で言われても……)
「……それで、カラスの捕縛はともかく、元神官のデュランさんが狙われたわけを聞きたいんですけど?」
質素な部屋でこれまた質素なテーブルを囲むようにして落ち着いた一行を見渡した後、気を取り直してウルザが問いかける。
しかしめんどくさそうな目を向けた後、デュランは子供のようにそっぽを向いた。
「ふん。 おおかた神殿の琥珀を持ち出したもんだから怒ったんじゃろよ。」
しかしそれで納得させられるのはクレアぐらいで、説得力の足らない説明に頷くものはいなかった。
「あのものたちは明らかに普通ではなかった。」
カイはいいながらウルザとカシューを目で指し示す。
「こちらの二人がいなければ、例えはじめから私がいたとしても守りきれたかどうかわからないほどの相手だった。」
それはつまるところ、たんなる武芸自慢の神職者でなく、訓練を受けたプロであったということだ。
「神殿には表と裏があるってのを聞いたことがあるが、あいつらがそうか?」
「……。」
「じーさん、あいつらのことを知っていたからずっと隠れていたんだろう? なのに今回の一件はあまりに急すぎるし、命を危険にさらすにしては目的がはっきりしない。」
クレイは言葉を切ってデュランを見る。
「……。」
むっつりと考え込むように黙ったままのデュランは、自分を見つめながらじっと答えを待つ皆の顔をゆっくりと見渡す。
そして一回りし、クレアのところまで来たところで眼を閉じて大きく深呼吸をする。
「……あの日、カラスの予告が来た日、わしはついに待ち望んだ日が来たことを知った。」
再び目を開いたデュランは普段の様子とは違い、先ほどの戦いで一瞬見せたあの鋭く引き締まった顔で静かに語り始めた。
「わしには罪が有る。 もうずいぶん昔のことじゃが忘れたことは無かった。 時間を戻して罪を消すことはできぬが、やらねばならないことは残った。」
デュランはクレアを見ると悲しそうに微笑んだ。
「その琥珀は、本来嬢ちゃんのものなのじゃ。」
「え? え? 私?」
深刻な話になるのかなーと野次馬好奇心半分、きいてもどうせわからないしと聞き流すの半分で、あからさまに他人事のつもりでいたクレアはいきなり自分のことが出てきて目を丸くする。
そんなクレアから視線を移したデュランはウルザに目を向ける。
「もともとの予定はカラスが返してくれるはずじゃったんだが、これも縁かのう。 ともかく、わしの目的は琥珀を……生命の石を本来の主にかえすこと。 そのためだけに無駄に生きてきたのじゃ。」
罪とはなにか、過去に何があり、クレアと何のかかわりがあるのか。
カシューもウルザも語らない。
クレイもカイも推測を口にしない。
しかし、それでもクレアには胸元に入れた琥珀が間違いなく自分と深いかかわりがあることを信じられた。
「あら? 全然無駄ではなくてよ。」
それぞれの思いでよどみはじめた空気を吹き飛ばすように、明るく弾むような声がする。
「またカラス?」
そういったクレイに片目を瞑って合図を返したのは、おくれて帰ってきたルキアだった。
それを待っていたかのように、デュランが話し始める。
「わしらを襲ったのは、かつて神殿に飼われていたものじゃ。 生命の石の力を使って人為的に特異能力者を作る研究がされていて、そのときの試作体たちじゃ。 石の力がうまく制御できず、思うような成果が上げられなかったため廃棄処分にされたはずじゃったのだが……。」
「それで納得。 神殿のあきらめた宝をしつこく狙っているのは……。」
デュランの後を引き継いでルキアが、先ほどの男をつけた顛末を話す。
「……なーんであんな中級の貴族が生命の石のことを知ってたのかこれでわかったわね。 神殿に捨てられたあいつらがはなしたんだ。」
「どっちかどっちを利用しておるか知らんが、最悪の事態ではなかったか。」
ルキアの説明を聞いてカシューも安心したようにいった。
(あの時は何もできなかったが、こんどはしくじらねぇ。)
熱い思いを胸に思わずこぶしを硬くするカシューの黒覆面を、無邪気なクレアの瞳が見上げる。
「ねえ。 最悪って?」
さすがに自分にかかわりがあると知ってしまえば、無関心ではいられないクレア。
(クレアの正体まではばれてないこと……なんていったらギルベルトに殺される。)
カシューは自分がうかつなことを口にしたのに気がつくと同時に、頭と腹と足先に激痛を感じてテーブルに突っ伏する。
事態に気がついたクレイが足をウルザが横から腹を、ルキアが後頭部に一撃を加えてカシューをだまらすとカイが答えた。
「つまり、琥珀はまだこちらの手にありデュラン老も無事だからだ。」
「あ、なるほど~。」
(ないす! カイ。)
思わずクレイと二人のカラスの心が一つになる。
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