◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
皆の無事に安堵しながらも、カイは走る速度をゆるめなかった。
白装束の三人が体勢を立て直している。まだ何かを企んでいるのか。
「援護が来ましたよ、どうします?」
ウルザの声に、男の一人が気を取られた。すかさず間合いを詰め、当て身の後に背
負い投げ。無防備になったところで腕を後ろに絡め取る。
もちろん宵闇男爵ことカシューも動いていた。
「だぁぁぁぁぁあ!」
気合い一声、手を翳し、マグダネルに直進する。マグダネルはなんとか避けた。
……つもりでいた。にも関わらず、体が衝撃と共に宙を舞う。首を中心に一回転
半、地面に叩き落とされた後に待っていたのは、上からの強力な肘落とし。気を失
い、泡を吹く。
残されたフレイルの男は、二人のターゲットが自分以外に向いていることを知ると
即座に、デュランを人質に取ろうと武器を振り下ろした。
後ろからクレイに体を引っ張られ、デュランの体がくの字に折れる。間一髪でフレ
イルは空を切り、老人は尻餅を付いた。しかし、次は同じ手は使えない。
白装束の男はもう一度フレイルを振り上げようとしたが、クレイの脚払いが功を奏
したようで、派手に昏倒した。打ち所が悪かったのか、脳震盪を起こしたのだろう。
涼しげな顔の黒装束二人に比べ、クレイは幸運に素直に感謝し、冷や汗をかいてい
た。同じコトが二度できるかと聞かれたら、答えは否だ。今のはとっさの賭で、下手
したらデュランも自分も命を落としていたかもしれない。
ドクドクと頭の中に響きわたる自分の脈拍を聞きながら、訓練中にはない、心臓を
ワシ掴みにされるような緊張感を切に感じていた。
駆け寄るカイに気付いたクレイは、何とか無事だよと手を挙げて合図する。
「……なーんか、妬けちゃう」
ぼそっとクレアが洩らした言葉を、クレイは聞かなかったことにした。
「こっちが宵闇男爵、ね。そっちは?」
「私のことはカラスでいいでしょう。デュラン元司祭、無事で何よりです」
ウルザが小さく会釈する。
「貴方に聞かなければならないことがあるようですから」
「なんじゃ、琥珀は渡さんぞい」
間髪入れずに切り返すデュラン。さっきの引き締まった顔が見間違いであったかの
ように、老人は口を尖らせ、子供のように拗ねていた。
「おじいちゃーん、一応助けて貰ったお礼くらいは出来るでしょー?」
クレアが肘でデュランを小突くと、大げさによろめいたフリをして涙目になる。
「小娘が老人を労[ねぎら]ってくれんのじゃ」
ふらふらとクレイの後ろに逃げ込もうとして、クレイに首根っこを捕まれた。
「はいはーい、話が進まないからコントはそのくらいにしてねー?」
何とも緊迫感のない会話である。さっきの命を懸けたやりとりはどこへ行ったのだ
ろうか。
「冗談言ってる場合じゃないんだって神殿側の追っ手が彼等だけとは考えづらいでし
ょ?」
老人をたしなめるクレイ。嗚呼、何故自分がいつも貧乏くじを引かされるのか。ク
レイはちょっと不幸な気がしてきた。
「空気を和ませようという、わしのささやかなおちゃめではないか……」
場違い、場違い。
あえて口に出さずに、胸の内でツッコむクレイ。脱力し、大きな溜め息が漏れる。
「……話、続けてもイイかしら?」
口を挟むタイミングを窺っていたウルザが、控えめに声をかけた。
これから、謎が明らかにされていくのだろうか。
知らず知らずのうちに、クレイとカイは姿勢を正していた。
PR
トラックバック
トラックバックURL: