◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
誤算。
どんなに有能な策士でも恐れるその事態は、クレイにとっても例外ではなかった。
(っていうか、ルキアの策略だからなー、なんかこんな気はしてたんだ。)
今更自慢するわけではないが、クレイは自分より弱いものにしか強くない。
素直にわかりやすく言うなら、一般兵程度ならともかく、それなりに手練をつんだ相手に勝てるほど、自分の「武」に自信がないのだ。
(……それにしても、こいつらカラスじゃなくてこっちにきたのは何でだ?)
今クレイは眼前に迫る三人の白装束をまとった男たちをにらみつけながら、後ろにクレアとデュランを庇いながら剣を抜いた。
カイの起こした騒ぎを機に、屋敷に気配が集まるのを背に感じながら、カイと打ち合わせておいた合流地点へと移動を始めたクレイ達は、少し離れたあたりで行く手に立ちふさがる男たちに気がついた。
その男たちの雰囲気に通りすがりと思うようなクレイではなかったが、気がついたからといってクレアとデュランがいては逃げ切れるわけもないので、へたに背を見せる愚をおかさずに剣を抜いて構えたのだった。
「クレイ……。」
クレアがさすがに不安を隠しきれずにか細い声でクレイを呼ぶ。
かつて自分を追ってきていた家の者たちとは違う、剣呑な雰囲気をクレア自身も感じているのだろう。
「クレイ……。」
「……じーさんは黙ってろ。」
クレアを安心させようとなにかいいかけていたクレイだったが、デュランの冗談に気をそがれてしまった。
「ひょほほほ、この程度で余裕をなくすとはまだまだ若いのう。」
そういいながらデュランが前に出ようとしたので、あわててクレイが手で制する。
「ちょ! じいさん! やつらはまじだぞ。」
「ひょほほほ、わかっとるよ。 なにしろかおなじみじゃ。」
「え?」
デュランが前に出ると同時に、三人組の影の中から一人が進み出てくる。
「デュラン・レクストン元司祭、返してもらいますよ。」
近づいてきた男たちは、声をかけてきた40前後と思われる男と20代と思しき若者が二人であった。
若い二人は白装束越しにもわかる鍛えられた体を持つ屈強そうな男たちだったが、肉体には普通そうに見える中年の男のほうが、クレイには危険に思えた。
「マグダネル、こいつを返す先はおまえらの下ではないぞ。」
デュランはいつのまにか別人のように引き締まった顔になっていた。
いままでは眉唾と思っていたが、神職についていたことをしんじてしまうほどに。
「返すというのが気に入らないなら、『奪う』でもいいのですよ。」
(こいつら、まさか琥珀が目的か?)
「ふん、カラスはほったらかしか?」
「いえいえ、ですが今宵は正面切るには見物人が多すぎますのでね。」
「貴様らはとうに破棄されたはずじゃろに。」
「捨てる神あれば拾う神ありでしてね。」
マグダネルが片手を挙げると後ろの一人が両の手で印を組み、もう一人が棍棒の先に重りを鎖でつけた武器を出し構える。
(フレイルはともかく、そんな立派な体して術士かよ!)
実力未知数ながら、すでに絶体絶命の危機に陥った気分で、冷や汗をながすクレイにデュランが小声でささやく。
「わしのことはいいから、そっちのお嬢ちゃんを守ってやってくれ。」
「お、おい。」
「いや、わしの心残りはもうはらせたかもしれんのでな……。」
「じーさん、それはいったい……。」
「お、どうやら来るぞい。 術はわしが引き受ける。 あとはたのむぞい。」
デュランの引き受けるがその身を盾にしてという意味であることは容易に想像できたが、クレイにとって守るべき優先度の高いクレアとクレア
に預けられた琥珀のことを考えれば、反対することはできなかった。
なにより、この状況では他に手を考える時間もなかった。
「ちっくしょう!」
デュランの警告どおり男たちが攻撃に移る気配に反応しながらクレイの口からは、悔しさの叫びがもれた。
まず最初に仕掛けてきたのはフレイルを掲げた男だった。
体格からすると速いダッシュで一気に間合いを詰め、クレアに向かってフレイルを振り下ろしてきた。
クレイは敵がクレアの正体に気づいていないと踏んでいたので、おそらく定石どおり見た目からして弱そうなクレアから狙われると予想していたため、フレイルの一撃を受けきった。
しかしそのクレイの目は余裕のかけらもなく見開かれた。
悠然と構えているように見えたマグダネルが駆け出しながら袖から引き出された櫂のような武器、トンファーを回しながらクレイに飛び掛ってくる。
それと同時に後ろの男が術を解き放ち、白い閃光が走る。
(まずった!)
こうなれば根性でトンファーの打撃に耐えてみせても、デュランはどうやっても助けるには一手足らない。
「クレイ! おじいちゃん!」
クレアの悲鳴が事態の絶望を告げていた。
「だぁぁぁぁぁあ!」
「そんな、ばかな!」
閃光がデュランに届こうとした瞬間、間に湧き出すように現れた黒装束の男が、雄たけびとも怒声ともつかない声を上げながら手をかざした。
普通ならもろとも巻き込んで焼き尽くす予定であったのだが、閃光は男の前で、まる で見えないたてに阻まれたように滞ると、男が手を返したのにあわせて、空へと消えていく。
あっけに取られたように男を見るデュランのと同じように、クレイもあっけにとられていた。
クレイの覚悟した衝撃は訪れず、代わりにマグダネルが地に転がってうめき声を上げていた。
飛び掛ってきたマグダネルは、クレイとの間に割って入ってきた黒装束の女に、受けから返しを喰らってそのまま投げられたのだった。
クレイとともにあっけに取られていたフレイルの男もわれを取り戻して行動を起こそうとしたが、それより一瞬早く気を取り戻したクレイが男の腹にけりを入れて押し戻し間合いを取る。
「き、きさまらはカラスか!」
さすがにマグダネルはいつまでも転がったままでなどなく、すぐにたちあがるとと、残りの二人とともに少し下がって体勢を立て直す。
クレイはすぐに女がウルザかルキアであろうと気がついたが、その女から目配せを受けてクレアがいることを思い出して声をかけるのを思いとどまった。
「おじさま、私はともかくそちらはどうします?」
揶揄するように、どこかおかしさをこらえるように話す女の声に、クレイはウルザであろうとわかったが、ウルザが言葉に込めた意味までは気づくはずもなかった。
すなわち、『引退したはずのあなたもカラスを名乗りなおします?』に。
当然ながら、これまたクレイは知りうるはずもなかったが、ウルザにたきつけられてクレアをひそかに見守っていたカシューが黒装束の男であった。
カシューは面白そうに眼で笑うと、指先をふって否をマグダネルに告げる。
「俺か? 俺のことはそうだな、宵闇男爵と呼んでくれ!」
うまく陽動をこなしたカイは、一番警戒していた神殿関係の襲撃がないことをいぶかしみながら、クレイたちの後を追っていた。
そして先のほうで閃光が夜空に向かって消えていくのを確認し、焦燥の念に駆られながらかけて来た。
そして、
「俺か? 俺のことはそうだな、宵闇男爵と呼んでくれ!」
本気か冗談か……。
なにはともあれ、クレイとクレアの無事な姿に安堵のため息を漏らした。
PR
トラックバック
トラックバックURL: