火山の街ヴァルカン。
清浄な水晶と、溶岩の山ヴァルメスト。
昨日は、果てしない青空に虹がかかったという現象が起きた。
人々は、空を見上げてそれを噂にした。ああ、虹だ。雨も雲もないのに、虹が
架かった。
ある者はそれは七色の虹だといった、ある者はそれは三色だったと言った。い
やいや、あれは数え切れない程の色を持っていたと言う者もいた。
「だから言っただろ!虹は本当に架かるんだ!」
得意げに話している子供がいる。名前はエメ。
通りの隅にばらばらに立て掛けられた木箱の上に、まるで剣を振りかざす勇者
の姿で山を指差して、誇らしげに宣言する。
「僕は約束したんだ!お姉ちゃん達が虹をかけてくれるって。きっとお姉ちゃ
ん達が架けてくれたんだ!」
そう言うと、彼の周りの友達の一人が目を輝かせて発言した。
「エメ、それきっと天使様だよ!」
少女は、エメに憧憬をいっぱいに称えて喋り続ける。
「虹は神様の歌声だって言うんだって。
神様は人間と約束を守る証に空に自分の歌声を架けるんだって。でも人間には
それは見えないんだって、だってそれは神様の言葉だから。
だから神様は虹を作って、空に浮べたんだって。契約は守護されるって示すた
めに!」
ほとんど勢いの棒読み。おそらく父母に聞いた話をそのまま喋っているのだろ
う。
それを聞いたエメは、満面の笑顔でこう答えた。
「天使様が、僕の約束のために虹を架けてくれたんだ!」
そんな噂の渦中の天使達といえば。
「ひ~ど~いっ!スイちゃぁん、櫻花ちゃんが虐める!私を弄ぶっ!!」
「誰がんなことをしたのだ!お前が寝起きで摺りついてきたから、剥がそうと
したら余計暴れて部屋が半壊したんだぞ!というかモテアソブなんて破廉恥な
言葉を使うな!お前が言うと余計火の粉になるから!」
「櫻花、弱い者虐めはよくない」
「いやどう解釈してもそいつは弱者の範疇に入らないぞ!」
「スイちゃん、えぐえぐ」
「ノクテュルヌも泣いている、櫻花無理やり玩ぶのは私もどうかと…」
「お前は部屋が離れていたから被害に遭わなかったんだ!」
平和そうに、大喧嘩を繰り広げていた。
寝相が恐ろしく凶悪なノクテュルヌに、毎回毎回餌食にされる仙女は、それを
分かっているのだが今回はどうしようもなかった。
何せ部屋の空きがなく、スイは一番怪我がひどかったので、別室を頼み込んで
寝かせた。
それで一部屋ベットが2個ある部屋に宿をとったのだが、ベットが離れている
からと油断した櫻花が甘かったのである。
「だからってゲンコツしなくたっていいじゃん!すきんしっぷ!スキンシッ
プ!!」
頭を抱えて涙ぐむノクテュルヌがスイにすがりつく、櫻花はさらに言葉を加え
る。
「スイ、お前どうしてか椿に甘くないか?いいや絶対甘い!甘いからこの諸悪
の根源がのさばるんだ」
諸悪の根源を指差しつつ、仙女は叫ぶがスイは黙して黙り…ふと気がついたよ
うに顔を上げた。
「皮膚の湿布?(スキンシップ)」
「誰がそんなこと言ってる!」
「あははー、スイちゃんアッタマいいー」
そうやってひとしきり騒いだ後、スイはやや面持ちを変えて二人に向かった。
「これからお前達はどこへ行くんだ?」
櫻花は、ノクテュルヌにスイと同じ疑問を含んだ視線を返す。
「櫻花ちゃんは一緒に来てくれるの?」
「…まあ、それなりに自由な身だ。暇つぶしに椿のような動物の世話も悪くな
い」
「あ、酷い。それって何気に櫻花ちゃんイジメ?」
隣の動物の反論もあまり気にしない風情で、緑茶をすする仙女。
「というか、私の契約はそういえば期限を設定されてないようだが?」
「あ、そうだねぇーどーしようかー」
「適当なその場限りの発言ほど無責任なものはないぞ」
むーと膨れるノクテュルヌ、テーブルに顎をのっけてだらりと体を机に預けな
がら微笑む。
三人が座るテーブルは窓側で、青空と雄大な山脈が雄雄しく聳え立つのが良く
見える。
山並みは壮大、青空は爽快に晴れ渡る。
あの空に、きっとあの少年が夢描いた虹がかかったのだろう。
ノクテュルヌは残念なことに見れなかった。それを思うとちょっとだけ悔し
い。
せっかくあんな辺鄙な場所まで行ったのに。一応少年のためを思っての行動だ
からいいけれどやっぱり少しもったいない気がした。自分も見たかった。
窓脇に可憐にさくセントポーリアの鉢植えに向かってむぅと唸る。
…でも、と思う。
また追えばいいのだ。何故なら私は虹追い。
私は求める者、追う者、捜し焦がれる者なのだ。
それに虹は決して消えない、七色の輝きは絶対の論理の化身。
例えヴァルメストであろうがコールベルであろうが、虹は架かる。どの国であ
ろうが、虹は決してその存在を一つも変えずに人々の前に現れる。
例え、見る者によって咀嚼され捻じ曲げられても、その本質は変わらないよう
に。
ノクテュルヌは、ふと思い出した。
ああ、忘れていた。
すっかり、大切なことを忘れていた。自分の探し物、神を称える学校からの聖
命を。
「そろそろ、行こっか?」
まだ、旅は終わらない。
飢えを凌いだ剣と、金色の瞳の仙人、そして決して虹が存在しない夜の住人の
名を持つ娘の旅は、まだ始まったばっかりだ。
……天は広く、そして果てしない
あなたの瞳に、私は天を見た
人生という酒場で、待たされる私達
歌いながら恐怖と定めの夜を明かす
屍は棺に詰めて、指定の宛先へ
どこからか、歌が聞こえる
ヒバリの歌声にも似た、かすかな兆しに
この漆黒の夜が
すこしだけ暖かく感じられる
少しだけ、暖かく…
朝まで持ちこたえれば
恐怖もその手を緩めて
虹が顔を覗かせるだろう
天は広く、果てしない
あなたの瞳に、私は虹を見た
空が顔をのぞかせれば
全てうまくいくの
人は己の心を知り
夢は目を覚ます
天は広く、そして果てしない
あなたの瞳に、私は天を見る
空は広く、果てしない
あなたの瞳に、私は虹を見た
No Frontiers ーMary Blackー
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曲名は『ノー・フロンティアーズ』。
メアリー・ブラック1989年代作品。
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